JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第6弾です。
これまで衛星の「開発篇」「運用篇」から
「パラボラアンテナ篇」、
さらには「周波数調整篇」‥‥と、
回を追うごとに
「深い宇宙」をご案内いただいてきました。
いよいよ「ラスボス」、軌道力学篇です。
高等数学を使ったりして難解そうだし、
実際とっても専門的なお仕事のため、
メディアで記事になったことも
ほとんどないらしい‥‥と聞いて戦々恐々。
でも、秋山祐貴さん、松本岳大さん、
日南川英明さん、尾崎直哉さんという
4名の「ラスボス」のみなさんが、
軌道力学とはいったい何か‥‥と
やさしく教えてくれました。
難しいこともあったけど、おもしろかった。
ぜひ、みなさんも、読んでみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第3回 スイングバイで飛んで行け。

安部
では最後、尾崎さん、お願い致します。
かの有名な「はやぶさ」のような
探査機の軌道を担当されている方です。
──
地球からどんどん遠ざかっていったり、
はるか彼方から帰ってきたりする
衛星の軌道を見ているってことですか。
尾崎
そうですね、はい。
さっきからみなさんの話を聞いていて、
おもしろいなあと思っています。
ぼくの仕事とだいぶちがっているので。

──
同じ「軌道」でも、ですか。
尾崎
ぼくがやっている仕事って、
目的地までどうやって楽して行けるか、
ということなので、簡単に言うと。
──
ほおお‥‥。
尾崎
たとえば「月」へ行く場合、
地球からは
38万キロくらい離れているんですが、
最短距離をまっすぐ行くより、
少しカーブした軌道をとったほうが、
効率よく行けたりするんです。
──
へええ。なぜですか。
尾崎
地球や月の重力による影響があって、
それを上手に考慮してあげると、
ロケットのサイズを
ちいさくすることができるんですよ。
──
その場合の「所用時間」は‥‥?
尾崎
時間は、ちょっと多めにかかります。
──
つまり、エネルギーが少なくて済む。
尾崎
そうです。
つまり同じ衛星を載せるのであれば
ロケットのサイズは
できるだけちいさくしたいんです。
逆に
同じロケットを飛ばすのであれば、
衛星のサイズは
できるだけ大きくしたいんですよね。
──
その、最適なバランスを狙って。
尾崎
もっとも「いい軌道」を探しています。
ただ、それが本当に最適だったかって、
じつは証明できないんです。
まぎれもなくベストな軌道であると
完全証明することは難しい。
人類が積み上げてきた経験や知識から、
ベストな選択をしています。
──
その都度「道」が、変わってくる?
尾崎
パターンはあります。
地球から火星に行こうと思ったときは、
いくつかに限られますので。
地球から土星へ行くのにも、
まっすぐ行って
まっすぐ帰るような軌道を考えると、
けっこう大きなロケットが
必要になってしまうんです。
そこで「スイングバイ」という‥‥。
──
おお、かの有名な。
惑星の引力を利用して、
人工衛星などをグルッと回転させて
加速させる方法で、
推進燃料を節約しつつ、
推進速度もアップできる‥‥という。
安部
はやぶさでも使われていましたよね。
──
よく考えついたよなあと思うんです。
あんなダイナミックな方法。
惑星を丸ごと一個、
スプリングボードみたいに使うって。
尾崎
いつ、どこで、
どういうふうにスイングバイするか。
そのあたりを計算によって決定して、
衛星を飛ばしています。

はやぶさ2 スイングバイ ©池下章裕 はやぶさ2 スイングバイ ©池下章裕

──
いったん反対方向へ飛んだりとかも、
あったりするんでしょうか。
たとえば‥‥地球よりも太陽に近い
金星でスイングバイして、
勢いをつけて土星を目指したりとか。
尾崎
ええ。まずは逆方向へ飛んだほうが
効率的なケースもあります。
惑星や地球の軌道って
「太陽系の内側」へ行けば行くほど
公転のスピードが速いんです。
反対に、
外側に行けば行くほどゆっくりです。
安部
公転周期のちがいというやつですね。
たとえば地球は365日をかけて
太陽のまわりを一周していますが、
金星は225日でまわっています。
尾崎
地球より外側をまわっている火星は、
687日。
太陽のまわりを一周するのに、
地球時間では2年くらいかかります。
そんなわけで、
火星でスイングバイしようとしても
こちらの望んだタイミングで、
ちょうどいい位置に
火星がいる確率って、わりと低くて。
──
地球よりも内側にある水星や金星は
公転周期が短いために、
「ちょうどいい位置」にくる頻度が
けっこう高い‥‥わけですね。
尾崎
そうなんです。
だから
太陽系の外側へ飛んで行くために、
いったん
内側を目指すことがあるんです。
あと、そもそも金星は、
火星よりも重力が大きいんですよ。
──
ええ。
尾崎
スイングバイで得られる加速度って、
重力の大きい星のほうが大きくなる。
──
つまり、火星より
金星でスイングバイしたほうが
加速度が高まると。
尾崎
仮に、地球から遠い土星へ行こうと
思ったときは、
地球を脱出する際の速度が
きわめて重要になってくるんですね。
土星や木星まで行くには、
すごい速度でぶっ放す必要があって。
──
秒速8キロメートルで飛ぶ人工衛星の速度を
「第一宇宙速度」と言いますね。
安部
地表ぎりぎりを落ちずにまわり続けるために
必要な最低速度です。
──
一方、ロケットが地球の重力を振り切って
地球重力圏を脱出するための速度は
秒速約11.2キロ、
これを「第二宇宙速度」と言うそうですが。
安部
はい。でも、その速度では
地球をギリギリ脱出するだけなんです。
尾崎
土星や木星に行こうと思ったら
「地球をギリギリ脱出する」のではダメで、
「さらに上のスピード」が必要なんです。
脱出したあとも
十分な速度を保っておく必要があるんです。
──
なるほど。
尾崎
人工衛星を、地球上から
すごく大きなロケットで飛ばしても、
地球から脱出したあとの速度って、
せいぜい秒速3~4キロ。
スイングバイを使った場合は、
秒速10キロ以上のスピードを出せる。
金星で1回、さらに地球で
もう1回スイングバイした場合には、
それくらいの速度を得られます。
──
スイングバイするたびに、速くなる?
尾崎
はい。もちろん限界はあるんですが、
基本的には、
惑星を使えば使うほど速くなります。
──
なるほど‥‥よくわかりました。
スイングバイが大切な理由が。
ともあれ、尾崎さんたちは、
スイングバイしやすい惑星の配列を、
つねに探っている‥‥と。
尾崎
たとえば、地球から火星に行くには
2年に1度しかチャンスはない。
そこを逃してしまうと飛ばせません。
そのタイミング以外ですと、
そもそも
現実的なサイズのロケットでは、
飛ばせない軌道になっちゃうんです。

安部
地球近傍の衛星部隊からすると
「あした、上げればいいんじゃん?」
みたいに思っちゃうんですが、
尾崎たち的には
「いやいや、次は2年後ですから!」
みたいな世界なんです。
──
ちなみに、
どこかの星を目指そうと思ったとき、
道中に、
いくつか惑星があるじゃないですか。
たとえば土星へ行こうとしてる場合、
地球との間には
火星と木星がありますけれど、
スイングバイするときって
それらの惑星すべてを使うんですか。
尾崎
それは、非常に難しい問題ですね。
先ほども言いましたが、
ちょうどいいタイミングに、
ちょうどいい場所に星がいなければ、
スイングバイできないので。
ですから、
仮に水金地火木土天海すべての星を
スイングバイするのは、至難の業。
安部
最高に惑星がそろう「惑星直列」が、
かの有名なボイジャー計画で‥‥。
秋山
「グランドツアー」ですね。
尾崎
ええ、かつて1960年代に、
ボイジャーという2基の探査機で
木星、土星、天王星、海王星を
いっぺんにまわろうと
アメリカが探査計画を立てまして。
──
ええ、ええ。
尾崎
外側の惑星は公転周期が遅いので、
木土天海が、一直線に並ぶタイミングは
「175年に1度」しかないんです。
ボイジャー計画のときは
その千載一遇のチャンスが来ていたので、
スイングバイを使って、
並んだ星を
一気に探査してしまおうとしたんですね。
──
175年に1度!
そうやってスイングバイで勢いをつけて
太陽圏を脱出したボイジャーも、
どんどん遠くへ飛んでいってますよね。
たしか、太陽に対して
秒速17キロとかの超絶猛スピードで‥‥。
安部
2013年に太陽圏を脱出したんですけど、
いまだにデータを送ってきてます。
──
はるかかなたの異星人へ向けて、
地球の生命だとか文化の存在を記録した
レコードを積んでるんですよね。
尾崎
金でつくったゴールデンレコードですね。
日本の尺八の演奏なども収録してます。
地球の座標などの情報も載せているので、
地球外生命体が、
うまいこと解読してくれれば‥‥。
──
お客さまがいらっしゃるかも、と?
尾崎
ただ、進行方向を考えると、
ボイジャーが太陽系以外の恒星系に
たどり着く可能性は低いかなと思います。
運よく到達‥‥というか近づけたとしても、
何十万年か、もっとかかるもしれない。
とにかく、だいぶ先の話ではありますね。

「はやぶさ2」1回目のタッチダウン ©池下章裕 「はやぶさ2」1回目のタッチダウン ©池下章裕

(つづきます)

2023-12-01-FRI

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