JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第6弾です。
これまで衛星の「開発篇」「運用篇」から
「パラボラアンテナ篇」、
さらには「周波数調整篇」‥‥と、
回を追うごとに
「深い宇宙」をご案内いただいてきました。
いよいよ「ラスボス」、軌道力学篇です。
高等数学を使ったりして難解そうだし、
実際とっても専門的なお仕事のため、
メディアで記事になったことも
ほとんどないらしい‥‥と聞いて戦々恐々。
でも、秋山祐貴さん、松本岳大さん、
日南川英明さん、尾崎直哉さんという
4名の「ラスボス」のみなさんが、
軌道力学とはいったい何か‥‥と
やさしく教えてくれました。
難しいこともあったけど、おもしろかった。
ぜひ、みなさんも、読んでみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第9回 よりよい宇宙のために。

ISSから撮影された富士山 ©JAXA/NASA ISSから撮影された富士山 ©JAXA/NASA

──
みなさんのお話、本当に刺激的でした。
すべてを理解できたとは思いませんが、
難しいことも
やさしくお話くださったおかげで、
きっといい記事になると信じています。
安部
ありがとうございます。
──
軌道計算という
頭で考えたら理解不能そうなお話も、
みなさんの夢や目標が
とても明確で具体的だったので、
心は、すごーくおもしろかったです。
最後にひとつだけ、みなさんが
これから
とくにがんばっていきたいことって、
何かあったら教えてください。
安部
じゃあ、秋山さんから。
秋山
はい、いま、わたしが関わっている
反射器開発やRABBITの改良って、
デブリの回避や、衛星の
姿勢を把握するための仕事なんです。
ようするに
デブリに怯えなくてすむ宇宙空間を
つくっていこう‥‥という。

──
おお、すばらしい!
「デブリに怯えなくてすむ宇宙空間」。
秋山
街を走っている自動車には、
バックミラーだとかサイドミラーが、
必ず、ついていますよね。
将来的にデブリとなる可能性のある
すべての宇宙機に、
自動車の「ミラー」にあたるものを
標準搭載することができたら。
それができれば、宇宙開発事業を
より安心安全にできるという思いで、
わたしは日々、研究開発しています。
──
宇宙の「安心安全」のために。
ありがとうございます。
安部
では次に、松本さん。どうですか。
松本
わたしは、PODとSLRそれぞれで、
具体的な目標があります。
PODでは、ソフトウェアを
月近傍まで使えるよう拡張すること。
いま、GPSを含めた測位衛星群、
GNSSの利用範囲が
どんどん広がっているんですね。
その範囲を、
月の近くの衛星まで拡張できないか。

──
おお、具体的な目標だ。
松本
SLRでは、局数を増加させることが、
業界全体の課題なんです。
うまく増えていかない原因があって、
それが「コストの高さ」なんですが、
もっとコンパクトで
ローコストなSLRをつくれないかと、
東京大学や一橋大学と共同で、
いま、研究を進めているところです。
──
さっき、
そのSLRを、つくばに新設していると
おっしゃってましたが‥‥。
松本
あれもだいぶちいさくなってますが、
まだまだ大きいんです。
天文の好きな個人が空を見るように、
赤道儀などを使ったSLRが
実現できないかなと研究しています。
大学の先生でも
手を出せるような価格でつくれたら、
どんどん数が増えていくので。
安部
なるほど。では、日南川さんは?
日南川
うまく言葉で表現できないんですが、
松本さんが「過去の軌道の決定」
つまり「ここにいたんだよ」の
スペシャリストなので、
わたしは
「未来の予測のスペシャリスト」に
なれたらいいなと思ってます。
そのために
大気濃度の計算モデルなどをはじめ、
軌道解析に関連する研究に
この先も
携われたらいいなあと思っています。

──
ありがとうございます。
安部
では最後に、尾崎さん。
尾崎
さっきもちょっと話しましたけど、
地球から遠く離れて
深宇宙を探査するミッションって、
ボタンをポチッと押したら、
パパっと簡単に
軌道が設計できるような世界でなく、
専門家がゴリゴリがんばって、
ようやく計算する世界だったんです。
これまでは。

──
これまでは。‥‥これからは?
尾崎
そういう時代もそろそろ終わりかな、
あとちょっとで
新しい時代がくるんじゃないかなと。
──
おお、そんな予感が。
尾崎
いま、地球上に関して言えば、
どこへ行くにも
スマホで最適なルートが出ますよね。
難しい知識や複雑な操作も不要で、
ユーザーがポチポチしたら、すぐに。
ああいう感じで、
遠い遠い宇宙へ行きたい場合にも
簡単に計算できる世界が、
そう遠くない将来くるかもしれない。
──
土星の第6衛星タイタンへ行く際の
最適ルートは‥‥とか。
尾崎
最新の解析法や機械学習を活用して
ぼくみたいな専門家がいなくても
検索できる世界をつくりたいんです。
──
でも「軌道を描くのが楽しい」って、
さっきおっしゃってましたよね。
その仕事がなくなってもいい‥‥と?
尾崎
軌道設計するという仕事そのものは
なくなってもいいかなと思います。
仮にそういうことになっても、
特別なミッションへのアドバイスや
技術的なコンサルなど、
わたしたち軌道のスペシャリストが
考えなきゃいけないことって、
まだまだたくさんあると思いますし。

ISSから撮影された日本の夜景(関東地方)©JAXA/NASA ISSから撮影された日本の夜景(関東地方)©JAXA/NASA

──
なるほど。ありがとうございます。
今日、みなさんのお話を聞いていて、
鉄道の複雑なダイヤを組む
スジ屋さんの取材を思い出しました。
安部
スジ屋?
──
はい、もう10年以上前の取材ですが、
JRのダイヤを組んでいる方に、
お仕事の大変さやおもしろさついて、
インタビューさせていただきました。
スジ屋の仕事っていうと、
たとえば「首都圏の過密ダイヤ」に
1本の臨時列車を通すため、
職人的な手腕を発揮する‥‥とか、
「すごい人」的な側面が
語られがちなのかなと思うんですが。
安部
ええ。
──
自分が取材したスジ屋さんの場合も
当然すごいんですけど、
感銘を受けたのは、
明確な職業的使命を持っていたこと。
いわく
「自分は埼京線の混雑を緩和したい」
「そのために、
毎年ダイヤを微調整しているんだ」
みたいなことをおっしゃっていて。
その姿勢や信念が、
めっちゃカッコいいと感じたんです。
安部
なるほど。
──
今日、ここにお集まりのみなさんも、
同じ軌道計算のプロでありながら、
それぞれの専門領域を持ち、
ひとりひとりが
異なる目標を持ってらっしゃいます。
でも、全体として見れば
宇宙開発の発展に寄与したいという
同じ気持ちで、
同じ方角を向いてるじゃないですか。
それが、カッコいいなあ‥‥と。
安部
そういっていただけると、
集まってもらった甲斐がありますね。
──
新しい手法や概念が、
どんどん生まれてるんでしょうか。
現場というか、実務的な場面では。
日南川
そうですね、軌道研究というのは、
日本国内でも
盛んに行われている分野かなあと。
それこそ人工知能みたいなものを
積極的に利用していこう、
というような研究もあるんですよ。
安部
デブリの回避も
すべて人間が調整するんじゃなく、
衛星が自律的に避けられるように、
という研究もあるんです。
──
それらの研究が
実際の場面で運用されるためには、
時間はかかるものですか。
安部
理論的には可能かもしれないけど、
本当にできるかどうかは
実際に衛星を1個つくって
飛ばして試さなきゃいけないので。
──
簡単にできることじゃないですね。
つくって飛ばして‥‥って。
日南川
それでも、軌道計算の場合は
地球上で完結することも多いので、
他の分野よりは、
進歩は早いほうかもしれませんが。
──
ご自身以外の研究成果を聞いて
「なるほど~」
みたいなことって、ありますか。
松本
ありますあります。
軌道という大きな枠組みは一緒でも
細分化されていますので、
やっていることはけっこうちがうし。
──
実は専門性もかなりちがったり?
安部
ベースは似ていると思うんですけど、
話を突き進めていくと、
やっぱり特化型になってきますよね。
日南川
軌道力学的な知識は共通ですけど、
それだけじゃ研究はおもしろくない。
おもしろくないからその先に進んで、
そのことが、
それぞれの研究の
プラスアルファにつながるのかなと。
松本
逆に「突起部分」だけを話したので、
共通する部分を語り合ったら、
それはそれで、おもしろいかもです。
──
たしかに難しいことを考えているし、
やっていることも、
実際となりで見ていたら
チンプンカンプンかもしれませんが、
「話は通じるんだなあ」という‥‥。
安部
そりゃそうですよ!(笑)
──
読者のみなさん、
この「地球観測衛星特集のラスボス」
と言われた軌道計算のプロたちも、
こわくありませんよと言いたいです。
安部
そうです(笑)。こわくないです。
──
むしろ、よりよい宇宙の未来ために、
やさしく教えてくださって‥‥。
本日は、ありがとうございました!
ラスボスのみなさん
ありがとうございました!

軌道力学のみなさん、にこやか。ありがとうございました! 軌道力学のみなさん、にこやか。ありがとうございました!

(終わります)

2023-12-07-THU

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