JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第6弾です。
これまで衛星の「開発篇」「運用篇」から
「パラボラアンテナ篇」、
さらには「周波数調整篇」‥‥と、
回を追うごとに
「深い宇宙」をご案内いただいてきました。
いよいよ「ラスボス」、軌道力学篇です。
高等数学を使ったりして難解そうだし、
実際とっても専門的なお仕事のため、
メディアで記事になったことも
ほとんどないらしい‥‥と聞いて戦々恐々。
でも、秋山祐貴さん、松本岳大さん、
日南川英明さん、尾崎直哉さんという
4名の「ラスボス」のみなさんが、
軌道力学とはいったい何か‥‥と
やさしく教えてくれました。
難しいこともあったけど、おもしろかった。
ぜひ、みなさんも、読んでみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。
- ──
- 軌道計算における「最適化」とは、
何をもって「最適」と判断してますか。 - エネルギーなのか、時間なのか‥‥。
- 尾崎
- いちばん消費燃料が少ないこと、です。
- ──
- なるほど、明確ですね。
燃料消費についても
やっぱり「いちばん」を探ってるんですか。
- 尾崎
- いろいろがんばって探した結果の中で、
現状ではこれがベストという意味です。 - なので、
もっといい解があるかもしれないとは、
つねに考えています。
- 安部
- それに「ベストじゃなくベターでいい」
みたいなことは、よく言いますよね。 - ベストを探せたら最高ですけど、
運用はベストじゃなく、ベターでいい。
そこそこうまくいけばよくて、
必ずしもベストである必要はない、と。
- ──
- ベストじゃなくても
精一杯の方法でチャレンジすることが
大切であると。
- 日南川
- 理論的に、燃料の下限を想定していて、
そこへどれだけ近づけたか‥‥
みたいな感じで、考えているんですか。
- 尾崎
- はい、「これくらいは少なくできるな」
という値が頭の中にあって、
だいたいは近づきましたね、
もう、これくらいじゃないかなという。
- ──
- 消費エネルギーじゃなくて、
所要時間を重視する場合もありますか。
- 尾崎
- あります。
- ──
- その場合には、
軌道の図は変わってくるんでしょうか。
- 尾崎
- ぜんぜん変わると思います。
- ここに描いている軌道は、
めちゃくちゃ時間のかかる計算なので。
地球の周囲を回るだけで2年とか。
- ──
- 2年!
- 消費燃料を最適化する軌道をとるには、
そうなるってことですか。はあ‥‥。
- 安部
- 多天体になると、ひときわ
わけのわからない軌道になるんですよ。 - 軌道力学をやっている人たちって、
頭の中で、
変な3次元を描いてるイメージですね。
- 尾崎
- 他には、小惑星を探査する
「DESTINY+」というミッションにも
携わっております。 - 2025年の予定で、
小惑星探査機はやぶさでもおなじみの
イオンエンジンを使い、
イプシロンという
最近、話題のロケットを打ち上げます。
機体がちっちゃくて、
一気にドーンと
遠くまで飛ばすことができないので、
地球の周囲を限界の高度で回し、
そこから
電気推進でがんばって飛ばすんです。
- 安部
- さっきの「2年、回す」やつですね、
DESTINY+って。
- 尾崎
- ええ、地球周囲を2年かけて回って、
ようやく飛んで行きます。
- ──
- ようするに「2年」の時間をかけて、
遠く深い宇宙へと
飛び出すためのスピードをつけると。
- 尾崎
- 大きなロケットだったら、
2年も回す必要はないんですけどね。
「はやぶさ」の場合は
大きなロケットでドーンと飛ばして、
その先で
いろいろ楽しいことをしているので。
- ──
- 楽しいこと‥‥って?(笑)
- 尾崎
- 標本採取、サンプルリターンとか。
- 同じ小惑星探査でも、
われわれのDESTINY+の場合は、
ある意味ニッチなミッションです。
- ──
- たとえば‥‥。
- 尾崎
- 飛び出すために2年かけるので、
燃料もけっこう使っちゃうんです。 - なので、
飛び出したあとにできることって
かなり限られてきます。
まずは「フェートン」という、
ふたご座流星群を形づくるもとの
小惑星があるんですけど、
その近くを
しゅーんと過ぎ去っていくときに
パッと撮影する
「フライバイ撮像」をやるんです。
- ──
- しゅーん、で、パチリ。
- 尾崎
- 「はやぶさ」や「はやぶさ2」は
もっとじっくり撮影できるし、
惑星に着陸までしていましたけど、
DESTINY+では
残念ながらそこまではやりません。
- ──
- むしろ一瞬の仕事。
- 安部
- すごいスピードが出ていますから、
極めて難しいミッションです。
- ──
- 宇宙のデューク東郷‥‥。
- 尾崎
- でも、DESTINY+では
やれることは限られていますけど、
「こいつだって、
こんなにすごいことができるんだ」
って言いたいじゃないですか。 - JAXAに入社してから担当してきた
軌道設計の仕事って、
もう、めっちゃおもしろいんです。
- ──
- おおー、いいですねえ。
- 尾崎
- でも、DESTINY+の担当になって、
正直、悶々としました。 - おそらくですが、DESTINY+のこと、
はじめて知りましたよね?
- ──
- はい、申しわけございません。
浅学にて、存じ上げませんでした。
- 尾崎
- いえ、いいんです。
- そうやって知名度もありませんし、
「はやぶさ」のように
はるか彼方の小惑星から
サンプルを持って帰ってくるとか、
そういう派手さはまったくない。
なんとかDESTINY+の認知度を
高められないかなあと考えていて、
そこで行き着いたのが
「DESTINY+の軌道設計をがんばる」
ということでした。
- ──
- おお、原点に立ち帰ったんですね。
ようするに、どういうことですか。
- 尾崎
- つまり「はやぶさ」のタイプって
基本的には
ひとつの天体にしか行けませんが、
一瞬フライバイ撮像で
通り過ぎるだけのDESTINY+なら、
もっと、たくさんの天体を狙える。 - つまり、そのことが
新たな価値になるんじゃないかと。
- ──
- 一瞬の仕事だってことを
逆手にとって、強みに変える、と。
新しい価値を見出していくことが、
宇宙のミッションでも、
やっぱり必要だってことしょうか。 - まわりの人に理解されたり、
おもしろがられたり‥‥するということが。
- 尾崎
- はい、そのためにわたしは、
フライバイがたくさんできる軌道を
がんばって設計しました。 - 地球スイングバイを何回もしてから
小惑星へ行って、
また地球に戻ってはスイングバイし、
別の小惑星へ‥‥
という軌道を設計したんです。
- ──
- 先ほどちょっとうかがったお話では、
この小惑星に行きたいんだけど、
次のチャンスは2年後ですとかって、
いろいろあるわけですよね。 - そういった宇宙の込み入った事情を
すべて考慮に入れて、
この軌道の線を引いてくんですか。
- 尾崎
- そうです。
- 今回、目指すフェートンという
天体にしても、行けるタイミングは
「この年とこの年だ」
とかって決まっちゃっていますから。
具体的には、
5つくらいの小惑星へ行きたいなと
考えているんです。
実際にどこの星へ行けるかは、
打ち上げてからのお楽しみですけど。
- ──
- 計画通りに行かないことも、あると。
- 尾崎
- それは、あると思います。
- ──
- 打ち上げが、2025年‥‥。
- 尾崎
- はい、フェートンに到達するのは、
2028年です。
そこまでずっと関わると思います。 - ちなみにですが、
同じ軌道に5機とか10機とか
衛星を飛ばすことができた場合は、
そのぶんだけ、
フライバイの頻度が増えますよね。
- ──
- ええ。撮影のチャンスが。
- 尾崎
- 「DESTINY+」は重量500キロ、
「はやぶさ」も500キロオーバー。
これまではそういう重さの衛星を、
10年かけて
ようやく1機、飛ばしてきました。 - でも、たとえば50キロくらいの
ちいさい探査機なら
1年に1機くらい飛ばせるんです。
そうすると1ヵ月に1個とか、
新たな小惑星を見ることができる。
- ──
- おおー。
- 尾崎
- そういう世界をつくっていきたい。
できるかどうか、わかりませんが。
- ──
- 実現したら、うれしいですね!
- 尾崎
- 最後にひとつ、宣伝をいいでしょうか。
- JAXAの宇宙教育センターでは
これまで小学生を対象にした
教育プログラムが多かったんですけど、
高校生以上に向けたプログラムも
実施することになったんです。
その第1弾で、軌道設計をやりまして。
- ──
- わあ。高校生が、軌道設計!
- 尾崎
- 「高校数学・物理で学ぶ
スイングバイ軌道の作り方」
という教材を用意して、
コンペティションもやりました。
- 安部
- おもしろかった?
- 尾崎
- はい、おもしろかったです。
- Pythonプログラミングを使いながら、
高校で習う数式でできる範囲で、
最終的には
スイングバイの軌道設計をしました。
- ──
- 未来のみなさんの後輩が、
その中から、出てきたりするのかも。
- 尾崎
- はい。出てきてくれたらいいなあと、
思っています。
(つづきます)
2023-12-06-WED
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シリーズ、ぞくぞく更新予定!