JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第6弾です。
これまで衛星の「開発篇」「運用篇」から
「パラボラアンテナ篇」、
さらには「周波数調整篇」‥‥と、
回を追うごとに
「深い宇宙」をご案内いただいてきました。
いよいよ「ラスボス」、軌道力学篇です。
高等数学を使ったりして難解そうだし、
実際とっても専門的なお仕事のため、
メディアで記事になったことも
ほとんどないらしい‥‥と聞いて戦々恐々。
でも、秋山祐貴さん、松本岳大さん、
日南川英明さん、尾崎直哉さんという
4名の「ラスボス」のみなさんが、
軌道力学とはいったい何か‥‥と
やさしく教えてくれました。
難しいこともあったけど、おもしろかった。
ぜひ、みなさんも、読んでみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第8回 地球を2年も回って加速。

──
軌道計算における「最適化」とは、
何をもって「最適」と判断してますか。
エネルギーなのか、時間なのか‥‥。
尾崎
いちばん消費燃料が少ないこと、です。
──
なるほど、明確ですね。
燃料消費についても
やっぱり「いちばん」を探ってるんですか。
尾崎
いろいろがんばって探した結果の中で、
現状ではこれがベストという意味です。
なので、
もっといい解があるかもしれないとは、
つねに考えています。
安部
それに「ベストじゃなくベターでいい」
みたいなことは、よく言いますよね。
ベストを探せたら最高ですけど、
運用はベストじゃなく、ベターでいい。
そこそこうまくいけばよくて、
必ずしもベストである必要はない、と。
──
ベストじゃなくても
精一杯の方法でチャレンジすることが
大切であると。
日南川
理論的に、燃料の下限を想定していて、
そこへどれだけ近づけたか‥‥
みたいな感じで、考えているんですか。
尾崎
はい、「これくらいは少なくできるな」
という値が頭の中にあって、
だいたいは近づきましたね、
もう、これくらいじゃないかなという。

──
消費エネルギーじゃなくて、
所要時間を重視する場合もありますか。
尾崎
あります。
──
その場合には、
軌道の図は変わってくるんでしょうか。
尾崎
ぜんぜん変わると思います。
ここに描いている軌道は、
めちゃくちゃ時間のかかる計算なので。
地球の周囲を回るだけで2年とか。
──
2年!
消費燃料を最適化する軌道をとるには、
そうなるってことですか。はあ‥‥。
安部
多天体になると、ひときわ
わけのわからない軌道になるんですよ。
軌道力学をやっている人たちって、
頭の中で、
変な3次元を描いてるイメージですね。

尾崎
他には、小惑星を探査する
「DESTINY+」というミッションにも
携わっております。
2025年の予定で、
小惑星探査機はやぶさでもおなじみの
イオンエンジンを使い、
イプシロンという
最近、話題のロケットを打ち上げます。
機体がちっちゃくて、
一気にドーンと
遠くまで飛ばすことができないので、
地球の周囲を限界の高度で回し、
そこから
電気推進でがんばって飛ばすんです。

地球周回軌道上でイオンエンジンを噴射して加速するDESTINY+探査機 ©JAXA 地球周回軌道上でイオンエンジンを噴射して加速するDESTINY+探査機 ©JAXA

安部
さっきの「2年、回す」やつですね、
DESTINY+って。
尾崎
ええ、地球周囲を2年かけて回って、
ようやく飛んで行きます。
──
ようするに「2年」の時間をかけて、
遠く深い宇宙へと
飛び出すためのスピードをつけると。
尾崎
大きなロケットだったら、
2年も回す必要はないんですけどね。
「はやぶさ」の場合は
大きなロケットでドーンと飛ばして、
その先で
いろいろ楽しいことをしているので。
──
楽しいこと‥‥って?(笑)
尾崎
標本採取、サンプルリターンとか。
同じ小惑星探査でも、
われわれのDESTINY+の場合は、
ある意味ニッチなミッションです。
──
たとえば‥‥。
尾崎
飛び出すために2年かけるので、
燃料もけっこう使っちゃうんです。
なので、
飛び出したあとにできることって
かなり限られてきます。
まずは「フェートン」という、
ふたご座流星群を形づくるもとの
小惑星があるんですけど、
その近くを
しゅーんと過ぎ去っていくときに
パッと撮影する
「フライバイ撮像」をやるんです。

──
しゅーん、で、パチリ。
尾崎
「はやぶさ」や「はやぶさ2」は
もっとじっくり撮影できるし、
惑星に着陸までしていましたけど、
DESTINY+では
残念ながらそこまではやりません。
──
むしろ一瞬の仕事。
安部
すごいスピードが出ていますから、
極めて難しいミッションです。
──
宇宙のデューク東郷‥‥。
尾崎
でも、DESTINY+では
やれることは限られていますけど、
「こいつだって、
こんなにすごいことができるんだ」
って言いたいじゃないですか。
JAXAに入社してから担当してきた
軌道設計の仕事って、
もう、めっちゃおもしろいんです。
──
おおー、いいですねえ。
尾崎
でも、DESTINY+の担当になって、
正直、悶々としました。
おそらくですが、DESTINY+のこと、
はじめて知りましたよね?
──
はい、申しわけございません。
浅学にて、存じ上げませんでした。
尾崎
いえ、いいんです。
そうやって知名度もありませんし、
「はやぶさ」のように
はるか彼方の小惑星から
サンプルを持って帰ってくるとか、
そういう派手さはまったくない。
なんとかDESTINY+の認知度を
高められないかなあと考えていて、
そこで行き着いたのが
「DESTINY+の軌道設計をがんばる」
ということでした。
──
おお、原点に立ち帰ったんですね。
ようするに、どういうことですか。
尾崎
つまり「はやぶさ」のタイプって
基本的には
ひとつの天体にしか行けませんが、
一瞬フライバイ撮像で
通り過ぎるだけのDESTINY+なら、
もっと、たくさんの天体を狙える。
つまり、そのことが
新たな価値になるんじゃないかと。
──
一瞬の仕事だってことを
逆手にとって、強みに変える、と。
新しい価値を見出していくことが、
宇宙のミッションでも、
やっぱり必要だってことしょうか。
まわりの人に理解されたり、
おもしろがられたり‥‥するということが。
尾崎
はい、そのためにわたしは、
フライバイがたくさんできる軌道を
がんばって設計しました。
地球スイングバイを何回もしてから
小惑星へ行って、
また地球に戻ってはスイングバイし、
別の小惑星へ‥‥
という軌道を設計したんです。
──
先ほどちょっとうかがったお話では、
この小惑星に行きたいんだけど、
次のチャンスは2年後ですとかって、
いろいろあるわけですよね。
そういった宇宙の込み入った事情を
すべて考慮に入れて、
この軌道の線を引いてくんですか。
尾崎
そうです。
今回、目指すフェートンという
天体にしても、行けるタイミングは
「この年とこの年だ」
とかって決まっちゃっていますから。
具体的には、
5つくらいの小惑星へ行きたいなと
考えているんです。
実際にどこの星へ行けるかは、
打ち上げてからのお楽しみですけど。
──
計画通りに行かないことも、あると。
尾崎
それは、あると思います。

──
打ち上げが、2025年‥‥。
尾崎
はい、フェートンに到達するのは、
2028年です。
そこまでずっと関わると思います。
ちなみにですが、
同じ軌道に5機とか10機とか
衛星を飛ばすことができた場合は、
そのぶんだけ、
フライバイの頻度が増えますよね。
──
ええ。撮影のチャンスが。
尾崎
「DESTINY+」は重量500キロ、
「はやぶさ」も500キロオーバー。
これまではそういう重さの衛星を、
10年かけて
ようやく1機、飛ばしてきました。
でも、たとえば50キロくらいの
ちいさい探査機なら
1年に1機くらい飛ばせるんです。
そうすると1ヵ月に1個とか、
新たな小惑星を見ることができる。
──
おおー。
尾崎
そういう世界をつくっていきたい。
できるかどうか、わかりませんが。
──
実現したら、うれしいですね!
尾崎
最後にひとつ、宣伝をいいでしょうか。
JAXAの宇宙教育センターでは
これまで小学生を対象にした
教育プログラムが多かったんですけど、
高校生以上に向けたプログラムも
実施することになったんです。
その第1弾で、軌道設計をやりまして。
──
わあ。高校生が、軌道設計!
尾崎
「高校数学・物理で学ぶ
スイングバイ軌道の作り方」

という教材を用意して、
コンペティションもやりました。
安部
おもしろかった?
尾崎
はい、おもしろかったです。
Pythonプログラミングを使いながら、
高校で習う数式でできる範囲で、
最終的には
スイングバイの軌道設計をしました。
──
未来のみなさんの後輩が、
その中から、出てきたりするのかも。
尾崎
はい。出てきてくれたらいいなあと、
思っています。

小惑星(3200) Phaethonをフライバイ探査するDESTINY+探査機 ©JAXA 小惑星(3200) Phaethonをフライバイ探査するDESTINY+探査機 ©JAXA

(つづきます)

2023-12-06-WED

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