JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第6弾です。
これまで衛星の「開発篇」「運用篇」から
「パラボラアンテナ篇」、
さらには「周波数調整篇」‥‥と、
回を追うごとに
「深い宇宙」をご案内いただいてきました。
いよいよ「ラスボス」、軌道力学篇です。
高等数学を使ったりして難解そうだし、
実際とっても専門的なお仕事のため、
メディアで記事になったことも
ほとんどないらしい‥‥と聞いて戦々恐々。
でも、秋山祐貴さん、松本岳大さん、
日南川英明さん、尾崎直哉さんという
4名の「ラスボス」のみなさんが、
軌道力学とはいったい何か‥‥と
やさしく教えてくれました。
難しいこともあったけど、おもしろかった。
ぜひ、みなさんも、読んでみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第7回 ダイナミックで、精密で。

安部
お次は、松本さん。お願いします。
松本
はい。では、ぼくが担当している
「高精度軌道決定」の話をします。
「Precise Orbit Determination」、
通称PODと呼ばれています。
精密さが求められる衛星の軌道を、
決定する任務ですね。

──
衛星の軌道って、
どのように「精密に」求めるんですか。
松本
地球から2万キロ上空の
GPS衛星などを利用します。
GPSという言葉はおなじみですが、
実際にはアメリカの衛星のこと。
ロシアや中国にも
同じ役割をになう衛星があります。
日本も「みちびき」という
準天頂衛星を持っておりまして、
測位衛星とも呼ばれて、
ユーザーが
自分の位置を計算するための
測位信号を地上へ送信しています。
──
ええ。
松本
ぼくらは、その測位信号を利用して、
衛星の精密な軌道を計算しています。
「TAKUMI」というツールを使って。
──
なるほど。
松本
通常の衛星運用であれば
たとえば数百メートルオーダーの
軌道決定精度で十分なのですが、
数センチ、数ミリでも
精度をよくしたい場合があります。
その要請に答えるのが、PODで。
──
数ミリの精度を要求してくるのって、
どういうケースなんですか。
松本
先ほども少し話に出ましたけど、
海面高度を観測している
NASA/CNES等のJasonシリーズや、
重力場を観測している
NASA/DLR等のGRACE、
GRACE-FOなどが該当します。
JAXAのALOS-2も合成開口レーダSAR
により地上の高度を測定していますよね。
その場合、軌道の精度が高いほど、
当然ですが、
観測データの品質がよくなります。
──
そういう宇宙の計測の「精度」って、
研究開発を重ねることで、
どんどん高まってきているんですか。
松本
はい、ここ20年の間に、
精度はかなり上がってきていますね。

ALOS-2_SAR照射イメージ ©JAXA ALOS-2_SAR照射イメージ ©JAXA

安部
資料によると、2000年の時点では
10メートルくらいの誤差が。
松本
そうですね。2000年くらいですと、
GPSが使われ出したころですし。
でも、それから20年のときが経ち、
いまでは、
「1センチから10センチ」の間の
オーダーにまで、
精度が高まってきているんです。
──
え、10メートルから1センチって、
めちゃくちゃアップしてる。
松本
さまざまな技術進歩の恩恵です。
安部
ようするに、2000年くらいまでは
海抜0メートルの平地も
海抜10メートルの丘も
観測データ上は
一緒くたにされていたわけですね。
松本
そうですね。先輩たちの偉業です。
──
この先もっと精密になるんでしょうか。
1センチでもすごいけど、1ミリとか。
松本
さすがにこれ以上は、
原理的に難しいところもあるでしょう。
何の観測でもそうなんですが、
データには絶対にノイズが入るんです。
どうしても取り除けないノイズが。
なので、ノイズの大きさである
数ミリ以下の精度を出すのは、
ちょっと難しいかなって感じがします。

──
すでに極まってますもんね、十分に。
松本
PODで難しいのは、精度検証なんです。
というのも、PODって
最高の精度で軌道を決める技術なので、
PODの検証って、
PODでしかできないんですよ。
──
最高すぎて自分で自分を測るしかない。
王者のセルフチェック。
安部
軌道の分野って、やっぱり
NASAとかDLRとかが強いんですか?
松本
そうですね。
──
DLR。さっきもチラッと聞こえました。
松本
DLRは、航空宇宙技術を研究する
ドイツの政府機関。
他にも欧州のESA、フランスのCNES、
スイスのベルン大学なども強いです。
あと、冒頭に少しお話しましたが、
衛星レーザ測距、
通称「SLR」にも関わっています。

秋山
新しくできたんですよね。つくばに。
松本
そうなんです。そもそもSLR局って
世界に40くらいしかないんです。
──
40‥‥箇所。それだと、少ない?
松本
われわれの感覚としては少ないですね。
というのも衛星が直上を通るときしか
データを取れない地上局ですから、
世界で40局だけでは、
どうしても連続的なデータが取れない。
しかも、多くは
ヨーロッパ地域に固まっているんです。
──
そうなんですか。
松本
ともあれ、日本にはSLRが3局あって、
うち1局をJAXAが保有しています。
以前は、種子島にもあったんですけど、
老朽化の影響で
2021年にクローズしたんですね。
それでいま、
つくばに新しいSLRをつくっています。
(※2023年6月より運用開始)
駐車場の横、草ぼうぼうのスペースに
ドーンとドームを建てて、
そこへ望遠鏡もグイーンと入れました。
安部
ぜひ、見にきてください。
──
レーザーって肉眼で見えるんですか。
宇宙の彼方の宇宙豆腐‥‥
例の再帰反射性を持つ鏡へ向かって
撃ってる、そのレーザーって。
松本
はい、ふつうに肉眼でも見えますよ。
近隣のみなさんに怪しまれないために、
「怪しい光ではないです」と、
事前に説明したりしているくらいです。

つくばSLR局 / レーザ照射(JAXA) ©JAXA つくばSLR局 / レーザ照射(JAXA) ©JAXA

──
はあー‥‥ありがとうございました。
松本さんのやってらっしゃることも
想像しきれないダイナミックさと
針をも通す精密さが同居していて
「これぞ宇宙!」って感じですよね。
安部
最後は、毛色のちがう尾崎博士に。
尾崎
ではまず、こちらを見ていただいて。
わたしが設計した軌道です。
真ん中の星が地球、
その周囲に月の軌道が描かれてます。
これ、束になっているように
見えてますが、月って
地球に近づいたり遠ざかったりして
動いているんで、ブレているんです。
──
なるほど。はい。
尾崎
次は地球中心の座標系です。
地球が真ん中、
太陽と地球と一緒にまわる座標系で、
花びらみたいな軌道です。
──
赤い線が衛星のたどった軌道ですか。
尾崎
そうです。
──
アンモナイトっぽいというか、
黄金比みたいな軌道を描くんですね。

尾崎
こういう軌道は、よく見かけますね。
月に対する軌道の周期の比が重要で、
月で1回スイングバイをして、
再び月に帰ってくる軌道というのは、
月の周期の比率と
探査機の周回軌道の比率を合わせて、
描いているんです。
──
つまり、この軌道って
「合理的」なんだと思うんですけど。
尾崎
はい。
──
その合理性を軌道に落とし込むと、
こういった
美しいかたちを描く‥‥んですか。
尾崎
そうなんです。
とくに美しさを追及したわけでなく、
最適化した結果がこれです。
──
不思議というか‥‥すごいなあ。
安部
何であれ「最適化されたもの」には、
美しさを感じることがありますね。
iPhoneの基板は美しい‥‥
みたいなことも言われるようですが、
おっしゃるとおり、
わたしも、不思議だなあと思います。

ISSから撮影された月 ©JAXA/NASA ISSから撮影された月 ©JAXA/NASA

(つづきます)

2023-12-05-TUE

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