JAXAの「地球観測衛星」のことを
いろいろ教えていただく連載、第6弾です。
これまで衛星の「開発篇」「運用篇」から
「パラボラアンテナ篇」、
さらには「周波数調整篇」‥‥と、
回を追うごとに
「深い宇宙」をご案内いただいてきました。
いよいよ「ラスボス」、軌道力学篇です。
高等数学を使ったりして難解そうだし、
実際とっても専門的なお仕事のため、
メディアで記事になったことも
ほとんどないらしい‥‥と聞いて戦々恐々。
でも、秋山祐貴さん、松本岳大さん、
日南川英明さん、尾崎直哉さんという
4名の「ラスボス」のみなさんが、
軌道力学とはいったい何か‥‥と
やさしく教えてくれました。
難しいこともあったけど、おもしろかった。
ぜひ、みなさんも、読んでみてください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第6回 大気の濃度を測る理由。

安部
それでは日南川さん、お願いします。
日南川
はい、冒頭でも申し上げましたが
わたしがやっているのは
「大気密度モデリング」です。
具体的には、人工衛星にはたらく
空気抵抗を研究しています。

──
どうして「それ」を、つきつめようと。
われわれ、ただの宇宙好きからすると
純粋に不思議なことが多いんです。
どういったきっかけで、
空気抵抗という
「目に見えないもの」を調べようと
思ったのか‥‥とか。
日南川
はい、宇宙空間に浮かぶ物体同士には
つねに衝突の可能性があり、
そのリスクを正しく把握するためには、
軌道の予測精度が重要になってきます。
──
ええ。
日南川
さらに、
宇宙のゴミって、だんだん落ちてきて
大気圏に突入して
たいていは燃え尽きるんですけど、
サイズが大きいと
一部が地上に落ちてくる可能性がある。
──
なんと。
日南川
そういうとき、予測の精度が高ければ
どのあたりへ落下するか、
正確に把握することができますよね。
たとえばそういうときに、
誤差の大きい空気抵抗を研究することが、
非常に役に立つわけです。
──
なるほど、そうした目的があるんですね。
でも、そうなんですか。
宇宙のゴミって、落ちてくるんですか。
日南川
高度にもよりますが、落ちてきますね。
高度「800キロ以下」あたりの軌道には
地球観測衛星が
うじゃうじゃ飛んでいるんです。
それらは、数十年とか数百年後には
どんどん落ちてくるはずです。
これを大気圏への再突入、
リエントリ(re-entry)と言います。
──
そいつはデンジャラスですね‥‥。
日南川
ちなみに大気密度の計算に関しては、
偉大な先人たちによって、
たくさんモデルがつくられています。
ちょっと専門的になりますけれど、
「Jacchia-Roberts」とか、
「NRLMSISE 2000」とか‥‥。
──
当然ですが、はじめて耳にしました。
いまのはいったい、どのような?
日南川
太陽活動などの
いくつかの情報を入力すると、
「そのへんの空気の濃さは、
これくらいですよ」
って計算してくれるものです。
──
おおー、そんな便利グッズが。
日南川
ただそれらは「経験的なモデル」で、
過去のデータに基づく計算なので、
未来を予測するには
厳密には正確でないこともあるので、
補正してやる必要もあるんです。
──
そこで日南川さんの腕がなる、と。
日南川
わたしは、具体的には
ダイナミック・キャリブレーション・
オブ・アトモスフィア‥‥
という研究分野に取り組んでいます。
刻々と変わる大気の変動を把握して、
データを修正していく仕事です。
──
おお。
日南川
ご存知のように、地球のまわりには、
無数の人工衛星が飛んでいます。
それらが直接的に受けている
実際の大気抵抗を解析したデータと、
数学的なモデルの数値を比較して
データの修正を試みます。
1999年から2019年まで、
ここ20年間の修正結果を調べてみると、
低高度では、数学モデルによって、
わりと正しい値を計算できているのですが、
高度が高くなると、
かなり誤差が生まれてしまうんです。

──
高度が高くなればなるほど、
経験的なモデルによる計算の結果と
実際との乖離が大きくなる。
安部
高度が低いほうが大気が濃いわけだし、
数学モデルとの誤差も、
大きくなりそうな気がするんですけど。
日南川
高度が高いと、
現状、太陽活動や地球の磁場の影響を
うまく取り込めないんです。
逆に、高度が低ければ、
空気が膨張しても、
比較的ちいさい影響ですむんですよね。
──
単純に「距離が遠い」ってだけで、
いろいろ難しいことがあるんですねえ。
日南川
そうした影響を数式で表わせないかと。
2018年くらいには、
宇宙とは関係ない流体力学の分野から
画期的な研究が発表されまして、
なかなか果てしない話なんで
学会で発表しても、
ポカンとされることも多いんですけど、
とにかく、その研究を応用すると
「ひとつ先の予測」が、
じょじょに、可能になってきたんです。
──
繰り返しますが、ぼくたちからすると、
「大気の濃度」という
目に見えないものを計測しようなんて、
とんでもない試みに思えます。
日南川
ははは、そうですか。
軌道上の人工衛星などの物体の様子を
正確に把握する研究もやっています。
人工衛星がどこを飛んでいるのかは、
基本的には、地上のレーダーや
望遠鏡で、観測しているんですけれど。
──
ええ。
日南川
アメリカが資金も人材も豊富なので、
世界中に
レーダーや望遠鏡を配備して、
ある程度サイズの大きな物体を
監視してくれてはいるんですけれど、
逆に、自分の人工衛星に
衝突するかもしれない物体に集中して
観測してもらうのはなかなか難しい。
そこで取り組んでいるのが、
人工衛星にもともと搭載されている
スタートラッカーというセンサーを
活用する方法なんです。
──
スタートラッカー‥‥星追い人?
日南川
これは、画像を撮影し、
星のカタログと照らし合わすことで、
衛星がどういう姿勢をとっているか、
どれくらい傾いているか‥‥を、
検知するセンサーなんですけれども。
安部
昔の船乗りみたいな原理ですよね。
星座を見て自分の位置を決めると。
日南川
はい。で、その撮影データに、
他の人工衛星だとか宇宙のゴミが
写り込むんですね、たまに。
であるならば、
そういった宇宙で記録したデータを
うまく利用して
物体の軌道を計算できないか‥‥と。

──
宇宙でも、ゴミの有効活用!
日南川
画像をたくさん撮って重ねていくと、
1枚では
暗すぎて見えなかった物体が見える。
すでに確立している技術や
もともと持っている軌道のデータを
あれこれ組み合わせて、
より信頼性の高い観測と軌道解析をしています。
2021年には、「S-Booster」という
宇宙を活用した
ビジネスアイデアのコンテンストで、
審査員特別賞をいただきました。

──
おおお、すばらしい。
日南川さんたちの宇宙のクリエイティブ、
しかと理解しました。
ちなみに、
むかしから疑問に思っていたことを
うかがってもいいですか。
深宇宙へ向けてものを飛ばす場合、
どこまで飛ばすか、
最初から決めていたりするんですか。
安部
尾崎さんですかね。
尾崎
はい、衛星の目標地点のことですね。
それは、ものによりけりです。
たとえば
小惑星を探査するミッションならば、
「この小惑星」
と決めているケースは少ないんです。
なぜなら、小惑星って、
100万個以上発見されていますから。
──
うわー、そんな数なんだ。
尾崎
そうなんです。小惑星のなかでも
ざっくりとしたジャンルがあるので、
その中のどれかに行こう‥‥
みたいな状態から、スタートしたり。
──
ざっくりあのへん‥‥で飛ばす。
尾崎
その場合、がんばって軌道計算して、
この小惑星なら行きやすい、
こっちは行きにくいです‥‥とか
フィードバックをして
「じゃあ、行きやすいこっちの星で」
みたいに決まったりとか。
安部
大まかな目的地しか決めずに飛ばす。
ぼくらの地球観測だと、
ピンポイントで「ここの数値を出せ」
という世界なんで、
だいぶ考え方がちがいますよね。
──
行ってみてわかったことがあって、
「じゃあ、また別の場所へ行こうか」
みたいな、
あてどない旅になったりとかも‥‥。
尾崎
あります。
安部
「着いたけど、燃料あまってるから、
もう1個くらい行っとく?」とか。
尾崎
ありますね(笑)。
安部
もったいないですもんね。燃料。
秋山
それこそ、「はやぶさ2」の場合も、
もともと目的地が
決まっていたわけじゃないですよね。
燃料がまだあって機体も健全だから、
もうひとつくらい行こうか、と。
尾崎
ミッションが終了した段階で
どれだけ燃料が残っているか‥‥が
わかりますよね。
残燃料を最大限に使って到達できる
小惑星はどこか‥‥って、
次の行き先を決めたりもしています。

「はやぶさ2」1回目のタッチダウン ©池下章裕 「はやぶさ2」1回目のタッチダウン ©池下章裕

(つづきます)

2023-12-04-MON

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