われらが地球を静かに見つめる
「地球観測衛星」についてとことん聞く特集、
第2弾は人工衛星の「運用」について。
担当するSED(宇宙技術開発株式会社)の
片上さん、船木さん、杉原さんに、
「衛星の運用」とは何かと、うかがいました。
たとえばそれは、
秒速8キロとかでビュンビュン周回する
「デブリをよける」こと。
衝突確率が「10のマイナス5乗」つまり
「0.00001%」くらいで、
みなさん「あ、ヤバい」って思うそうです。
「運用」とは「人工衛星のお医者さん」とも。
なかなか聞けないお話を、
たっぷりうかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。さあ、どうぞ。

前へ目次ページへ次へ

第1回 人工衛星のお医者さん?

──
本日のテーマは
人工衛星の運用、ということですね。
安部
はい。われわれの大部分の人工衛星の
運用を担当してくださっている
SED‥‥宇宙技術開発株式会社の
片上さん、船木さん、
杉原さんに、お集まりいただきました。

左からJAXAの安部さん、SEDの片上さん、船木さん、杉原さん。 左からJAXAの安部さん、SEDの片上さん、船木さん、杉原さん。

──
人工衛星って、打ち上げておしまい、
あとは勝手に仕事をしてくれます‥‥
というわけではもちろんなくて、
日々、地球とのやりとり、
つまり「運用」が必要だということは、
うっすら、わかるのですが‥‥。
安部
ええ、そのあたりのことを、
みなさんに、ぜひお話いただければと。
片上
よろしくお願いいたします。
──
そもそもすみません、衛星の運用って、
JAXAさんではなくて、
別の会社さんが担当されてたんですね。
片上
そうなんです。わたしは、
いまの会社に99年に入社したんですが、
2年目に、当時、JAXAさんが
まだNASDA、
宇宙開発事業団だった時代の
ALOSプロジェクトに出向したんです。
その後SEDに戻り、
安部さんとはGOSAT-2で仕事をしました。
──
ALOSというと、
地図作成や災害状況把握を目的とした
陸域観測技術衛星「だいち」ですね。
で、安部さんとは
温室効果ガスを観測するGOSAT-2、
「いぶき2号」で関わってらっしゃった。
片上
はい、安部さんとは約3年間一緒でした。
これまで、6衛星に携わってきました。

──
6衛星! 20年ちょっとで‥‥6衛星。
安部
衛星の打ち上げと運用に
6機も関わっている人は
JAXAの人間でも、ほとんどいません。
衛星の運用を専門にされてる方ならではの、
稀なキャリアだと思います。
片上
うちの会社でも、打ち上げに関わった数は、
わたしがいちばん多いかもしれない。
ちなみにALOSの前は、ETS-Ⅶで‥‥。
安部
ああ~、またシブいなあ!
──
シブい。

技術試験衛星VII型「きく7号」(ETS-VII)©JAXA 技術試験衛星VII型「きく7号」(ETS-VII)©JAXA

片上
宇宙空間で、2つの衛星を
ガシャーンとドッキングさせたりするなど、
さまざまな実証実験をやった、
ちょっとガンダムチックで、
かなり男気を感じる人工衛星なんですけど。
──
衛星に感じる「男気」(笑)。

ETS-VIIランデブドッキング実験©JAXA ETS-VIIランデブドッキング実験©JAXA

片上
HTVといって、ISSすなわち
国際宇宙ステーションへ物資を届ける‥‥。
──
補給機。通称「こうのとり」ですよね。
着るものや食料、実験装置などを
無人で宇宙ステーションに持っていく。
片上
そう、あの衛星は宇宙空間でドッキングして
物資を宇宙ステーションに補給しますが、
その技術の実証衛星のような位置づけでした。
──
以前、そのHTVがISSへドッキングするとき、
ロボットアームによる「把持」と
ISSへの結合の瞬間の生中継の映像に
ぼくらがマヌケな副音声をつけて、
インターネットで配信したことがありました。
片上
いろんなことやってますね(笑)。
ともあれ、そのETS-Ⅶのあとに
ALOSプロジェクトに入り、
陸域観測衛星の1号機の開発から運用まで、
携わることができました。
──
はい、ここで「運用」のワードが出ました。
「人工衛星における運用」って、
ザックリ言うと、どんな概念なんでしょう。
片上
人工衛星のお医者さん的なイメージ、かな。
──
おおー、お医者さん。
片上
日々、衛星から降りてくるデータのことを
テレメトリデータと言いますが、
そこから、
衛星が健全に稼働しているかを確認します。
カルテを見るみたいなイメージですね。
で、状況によっては、
コマンドつまり指令を衛星に送るんですね。
たとえば温度が低かったら、
温度を上げるコマンドを送ったりとかです。
──
なるほど、点滴を打ってみましょうだとか、
お薬を処方するみたいな感じですか。
片上
実際の現場、運用室のようすは、
もっともっと泥くさい感じですけど(笑)。
あくまでイメージっていうか、
ちょっと感じよさそうに言ってます(笑)。
──
毎日、人工衛星の身体の調子を整えている、
みたいなお仕事なんですね。
安部
人工衛星って、最近のものなら最低でも5年間、
毎日ずっと定常的に動かなければならない。
衛星によって、
1日に何回地球と交信するかは違いますが、
たとえば、1日に15回だとしたら、
そのたびごとに、
衛星の全身カルテ的なデータが降りてくる。
ひとつには、それを、チェックするお仕事。
──
はい。
安部
あるいはまた、
どこのどういうデータを取ってほしいとか、
システムの設定などについての指令、
こういったコマンドを
衛星に上げたりするわけですが、
SEDさんでは、
そのあたりの「運用」全般を、
すべて、担当してくださっているんですよ。
SEDさんから
わたしに電話がかかってきたときは、
ま、だいたい「悪い話」でしたね。
──
衛星に不具合が‥‥みたいな?
安部
そうでなければ、飲み会のお誘いか。

──
ふふふ(笑)。
ひととおり、運用のイロハを覚えるのには
どれくらいかかるんですか。
安部
運用には、いろんな役割があるんですよね。
その日にどういう運用をするか‥‥という
運用の企画をつくる人や、
指示を受けてコマンドを送るといった
実際の操作をする人、
降りてきたデータを見る人とか、ですよね?
片上
ええ、経験を積んでいくと、
役割が増えていくみたいな感じなんですが、
ひととおり学ぶのに、2~3年ですかね。
安部
ぼくが「いぶき2号」の打ち上げで
指揮官だったとき、
運用側のパートナーが、
まだ入社2年めの杉原さんだったんですよ。
杉原
はい(笑)。

片上
大抜擢で。
安部
なので、運用の訓練をいっしょにやりつつ、
同じくらい、飲み会もやりつつ(笑)。
──
人工衛星の健康にとっては、
人間の側のお酒の席が、重要そうな(笑)。
でも、不具合ってわりとあったりしますか。
片上
まあ、ありますね。それなりに。
結果的に許容できる細かい不具合もあるし、
起こるべくして起こる不具合もあるし。
安部
もう、すぐに電話がかかってくるんですよ。
すぐ運用室に来てください‥‥って。
そのときの声色で、まあ、だいたい
「ああ、よくない話だな」とわかるんです。
──
飲み会の誘いじゃないな、と。
安部
違うなと。たとえばデブリの接近‥‥とか。

──
それは一大事っぽい!
片上
よけますか、どうしますか‥‥とか。
──
え、よけない選択肢もあるんですか?
安部
ええ、デブリをよける‥‥ということは、
人工衛星の軌道を変えることで、
それって、めちゃくちゃ大変なんですよ。
いったん、そのときにやっている実験を
止めなきゃならないですし、
よけ続けていたら、
いつまで経っても実験が進まないんです。
──
つまり、よけないで、どうするんですか。
まさか、ガンダムのオデコについている
60ミリバルカンみたいなので
撃ち落とすわけにもいかないでしょうし。
安部
衝突の確率が「10のマイナス5乗」、
つまり「0.00001%」くらいの確率だと、
「あ、ヤバいな」って状況なんです。
──
‥‥「0.00001%」で、「ヤバい」?
安部
衝突確率が「100万分の1」とかなら、
特殊な事情がない限りは
今回は見送ろうかという判断になったり
するんですけど‥‥。
片上
10のマイナス4乗なら、絶対よけます。
5乗は、ケース・バイ・ケース。
よけないと決めたときには‥‥祈ります。
──
ああ、「祈る」の選択肢もある(笑)。
よけるかどうかの判断って、
どのくらい前の時点でくだすんですか。
安部
よけるのに、丸一日は必要なので‥‥。
片上
はい。最短で「丸一日」ですね。
デブリ接近予測をする専門の人たちが
データを解析して、
だいたい、3日くらい前から、
危ないかもしれないってわかってくる。
安部
気が重いですよ。3日間くらいずっと、
デブリ、デブリ、デブリ‥‥。
話がずっとデブリ、デブリ、なんです。
片上
ある年のお正月、
嫁さんの実家に帰省したその日の夜に、
運用室から
「デブリが発生した」
という緊急連絡が入ったんです。
──
よりによって、そんな日に。
片上
急いで筑波に帰ったんですが、
翌朝、息子が「パパがいない!」って。
「デブったから
宇宙センターに帰ってったよ~」って、
親戚一同で、
お正月の初笑いをしたそうです(笑)。
──
パパ抜きで‥‥(笑)。
片上
デブリが発生したら、仕方がないです。
──
泣く子とデブリには勝てない、と。
片上
勝てません(笑)。

(つづきます)

2022-09-19-MON

前へ目次ページへ次へ