われらが地球を静かに見つめる
「地球観測衛星」についてとことん聞く特集、
第2弾は人工衛星の「運用」について。
担当するSED(宇宙技術開発株式会社)の
片上さん、船木さん、杉原さんに、
「衛星の運用」とは何かと、うかがいました。
たとえばそれは、
秒速8キロとかでビュンビュン周回する
「デブリをよける」こと。
衝突確率が「10のマイナス5乗」つまり
「0.00001%」くらいで、
みなさん「あ、ヤバい」って思うそうです。
「運用」とは「人工衛星のお医者さん」とも。
なかなか聞けないお話を、
たっぷりうかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。さあ、どうぞ。

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第2回 デブリをよけるのは、大仕事。

──
盆暮れ正月なんか関係ありませんもんね。
デブリには。
安部
ぼくらも、衛星に不具合なんかがあれば、
ちょっと休んでる場合じゃない、
みたいなことなんかもあるんですけれど、
運用のみなさんは、
ずーっと衛星に張り付いておられるので。
片上
もちろんチームでですが、
365日24時間体制で、衛星を見ています。
──
デブリが「発生した」というのは、
つまり、もともと軌道上に存在していた
何らかの物体が、
何らかの理由で
人工衛星の通り道に入ってきてしまって、
衝突しちゃうかも、という意味ですよね。
片上
そうです。

──
宇宙には、こんなにもデブリがある、
みたいな画像を見たことがあるんですが、
実際、ああいう状態なんですか。
片上
そうですね。ちっちゃいやつなら、
ちょこちょこぶつかってる気もしますし。
──
おお、ぶつかっても平気なようなものは。
片上
衛星から降りてくるデータから
機体が揺れたことがわかることがあって。
おそらく、
レーダーでも捕捉できないような、
ちっちゃいのがぶつかった衝撃だろうと。
──
ちっちゃい、というと‥‥。
安部
仮に1センチのデブリが衝突したら、
もう、大破のレベルで壊れると思います。
10センチ、15センチのデブリだったら、
衛星が全損するでしょうね。

──
ええええ、そんな大きさで‥‥全損って!
デブリ、おそろしや‥‥!
どれくらいの速さで飛んでくるんですか。
片上
第一宇宙速度くらい‥‥
具体的には「1秒間に7.9キロメートル」
みたいなスピードですね。
──
そんなすごいスピードで飛んでいるから、
1センチ以下の、
レーダーでは捉えれられないデブリでも、
人工衛星にぶつかれば、
グラッと揺らすくらいの衝撃がある、と。
安部
宇宙ステーションの表面には、
細かい穴や凹凸がたくさんあるんですが、
それらも、
微細なデブリの衝突のあとです。
そのサイズのデブリはよけられないので、
「構造」でがんばって、耐えるしかない。
──
はああ‥‥なるほど。
安部
役割を終えた人工衛星を
宇宙空間に放置しっ放しにしてしまうと
ケスラーシンドロームといって、
デブリがデブリに衝突し、
どんどん
自己増殖していってしまいかねません。
そうなったら最悪なので、
デブリを減らしていかなければ‥‥って、
衛星を運用していると、切に感じますね。

低軌道から見たスペースデブリイメージ©JAXA 低軌道から見たスペースデブリイメージ©JAXA

──
大きなデブリどうしが衝突した場合は、
10センチ以上のデブリが数千個、
1センチ級デブリが数十万個、
1ミリ級デブリが数百~数千万個とか
発生する懸念があると、
JAXAさんのHPにもありましたが‥‥
大変なことです。
じゃ、いざ「よける」と決めた場合には、
やっている実験を止めて、
衛星の姿勢を変えたりとかするんですか。
片上
ええ、衛星の「軌道」を変えるんですが、
車の車線変更みたいに、
気軽にヒョイヒョイとはできないんです。
──
ええ、そんな気がします。
安部
デブリをよけるときは、
衛星の高度を上げ下げするんですけれど、
そうすると、
軌道をまわる速度が変わっちゃうんです。
そのあたりも調整しつつ、最終的には
元の位置にピタッと戻す必要があるので。
──
大変なんだ。衛星を動かすのって。
安部
船木さん、よくやってたと思いますけど、
けっこうしんどいですよね?
船木
はい。とくに減速するときが大変ですね。
衛星って後ろ側にしか
スラスターを吹くことができないんです。
ということは、減速したい場合には、
機体をくるっと反転させて、
スラスターを吹いてあげる必要があって。
──
スラスター。
片上
ガンダムでいうと、
背中についているバーニアみたいなやつ。
──
ああー、はい。
モビルスーツのバックパックについてる、
あの推進機みたいな。
片上
衛星の高度を上げる場合は、
そのまんま前進すればいいだけなんです。
なので飛んでくるデブリをよけるために、
高度を上げたかったら、
スラスターをシュッと吹くだけでいい。
でも、よけたあとは
元の位置に戻してやらなければ、
観測するポイントがズレてしまうんです。
──
それでこんどは、高度を下げる。
片上
そのときは、減速させます。
そのためには、
衛星をグルリンチョって反対に向けて、
スラスターを吹いてあげないとダメで。
──
で、その一連の作業に、
けっこうな時間がかかるってことですか。
片上
何十時間、実験を止めなきゃ‥‥とか。
安部
あと、ALOSの初号機は、
電力系の故障でダメになっちゃったんです。
──
ええ。
安部
でも、その原因も、
放射線の影響で機器にくるいが生じたのか、
デブリが当たったのか、
そもそも設計がよくなかったのか‥‥って、
原因を突き止めるだけで、
もう、めちゃくちゃ時間がかかるんですよ。
──
見えない場所で起こってることですものね。
あの、人工衛星の運用って、
太古の昔からあった仕事じゃないですよね。
すくなくとも、
人工衛星が宇宙に飛んでってから生まれた
新しいお仕事のはずですけれど、
いまみたいなノウハウって、
どんなふうに蓄積されていったんですか?
片上
けい‥‥‥‥‥けん?

一同
(笑)。
──
セーラー服姿の薬師丸ひろ子さんみたいに
言いましたね、いま(笑)。
片上
はい(笑)、でもやっぱり、「経験」です。
わたしが入社した時点ではすでに、
JAXAさんの衛星の運用をやっていました。
先輩方の仕事を見たり、
教えていただいたりとかしながら、
徐々に徐々に‥‥という感じだと思います。
──
今回は地球観測衛星について聞いてますが、
それこそ衛星によって、
ミッションも仕様もちがいますから、
運用の仕方なんかも、変わってきますよね。
臨機応変の対応とかも、けっこうあったり。
片上
そうですね、それはあります。
ただ、衛星の「目的」はちがったとしても、
われわれの「目的」は同じですから。
──
おお、それは‥‥。
片上
打ち上げの直後の時点では、
機器が振動で壊れていないかチェックして、
かつ、その作業を、
スケジュールどおりにきちんと終えること。
これが、初期段階の最大の目的。
──
なるほど。
片上
そこのチェックが遅れれば遅れるほど、
ミッションのスタートが遅れてしまうので。
限られた時間内に、
自分たちのやるべきことを、きちんとやる。
これが、まずはいちばんの目的です。
安部
結局、人工衛星というものは、
数百億円かけてつくっても、
地上にあるうちは何の役にも立たないです。
上に行ってはじめて役に立つものなんです。

H-IIAロケット15号機 「いぶき」(GOSAT)打ち上げ時の追跡運用室の様子©JAXA H-IIAロケット15号機 「いぶき」(GOSAT)打ち上げ時の追跡運用室の様子©JAXA

──
そうですよね、ええ。
安部
それを、仮に5年間、使おうと思った場合、
運用の準備などで1日延びても、
日割りで計算すると、
その損失額は、
1000万とか2000万になってしまいます。
だから、1時間も無駄にしないように‥‥
というくらいの気持ちで、
複雑なパズルを組み合わせるように、
ビッチビチのスケジュールで、
いつも、お仕事していただいているんです。
──
パズル。
安部
これは、ほとんどの衛星の運用を
SEDさんが担当されているからこそ
できることなんですが、
ほかの衛星の運用パスを譲ってくれないか、
みたいな調整を、
社内で細かくやっていただいたりとか。
──
運用パス‥‥って?
片上
はい、たとえば勝浦にあるアンテナを
何時から何時まで
GOSAT-2で使いたいとなったときに、
すでに別の衛星が使う予定だった、と。
そのとき、ただ「どけっ!」だけだと、
ジャイアンになってしまいますよね。
──
そして、どいてくれないでしょうね。
相手はのび太でもないですし。
片上
なので、そっちは、
こっちのアンテナでもできるから、
ちょっとどいてもらっていいかな、
みたいな調整を社内でやってるんです。
──
えっと、アンテナを社内で調整できる、
ということはつまり、
SEDさんみたいな会社って、ほかに。
安部
ないんじゃないですか。いまのところ。
──
そうなんですか。
片上
ええ、通信衛星のような静止衛星なら
ずっとつながりっぱなしだし、
やることも決まっているので
各事業者さんが運用してたりしますが。
安部
SEDさんが見てくださっている
ぼくらの衛星は、
地球をぐるぐる回っているし、
日々変わっていく実験スケジュールを、
どんどんアサインしていく運用なので。
──
そんなことのできる会社って‥‥。
安部
これだけの体制でできる会社は、
なかなかないと思います。

(つづきます)

2022-09-20-TUE

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