この写真家にインタビューできなければ、
この現代写真家インタビュー連載には、
決定的な「欠け」があると思っていました。
なのに、長らくできなかったのは、
その作風のせいか、
勝手に「怖い人」というか、厳しい人、
激しい人じゃないかと思っていたからです。
実際の大橋さんは、
自分の欲求に対して真摯で真面目で、
人間や生命の不思議や謎を探り続けている
少年探検家のようでした。
センセーショナルな写真集で
世間を賑わせている側面ばかり見ていては、
「大橋さんの写真」のことを、
理解しきれないままだったろうと思います。
全7回、担当はほぼ日の奥野です。
- ──
- ふとした発見だとか驚き、感動などを
絵に描く人もいれば、
歌に歌う人も、小説にする人もいます。 - 大橋さんが写真にすることの意味って、
どういうところにありますか。
- 大橋
- ぼくは視覚から刺激を得て撮ることが、
「気持ちいい」んだと思うんです。
だから、撮りたくなる。 - 表現方法は人それぞれだと思いますが、
何かをつくる人はみんな、
自分の中の気持ちよさ、快感を求めていると思います。
- ──
- 大橋さんの場合は、その源が視覚情報。
- 大橋
- うん。「撮ってまとめる」‥‥ことが、
ぼくにとっての、
ひとつの大きな快感なんでしょうね。
- ──
- 4作目まで拝見して、
お会いしたこともない大橋さんのことを、
何か「怖そう」っていうか、
クリエイティブに厳しい感じの人かなあって、
思っていたんです。勝手に。 - でも、こうして会ってお話してみたら、
すごく真面目な人なんだな、と。
- 大橋
- あ、そうですかね。
- ──
- はい、すごく真面目に、
自分や自分の感情について考えている。
そういう印象なんですが、
そこに「パンティ」という言葉が
あまりに自然にスッと入ってくるのが、
何というか‥‥。 - 「哲学ですね」みたいな、
ありがたそうな話にもできるんだけど、
大橋さんの話って、
安易にそうしてしまったときの
「小ささ」に収まらない気がしますね。
- 大橋
- 哲学より大きいってことですか?
- ──
- プラスアルファがあるっていうのか、
広いっていうのか。
かわいらしい感じがしちゃうんです。 - 生と死の深い対話になりそうなのに、
かわいらしいものが横にあるな、
みたいな感じで、気を取られちゃう。
- 大橋
- ショートケーキのイチゴだと思ってるんです。
ぼく、パンティのこと。 - 全身を金にペインティングしたとか、
虫みたいに全身ドット柄にしてみても、
やっぱりちがうんです。
燃えない。
ぼくの生命につながってる感じがしない。
やっぱり、裸に、
少し柄とか色の生地が付いているのが、
ぼくはいいんです‥‥って! また!
- ──
- 「さらして」らっしゃいますね(笑)。
- 大橋
- 何でこんな話をしているんだろう。
- ──
- わかります。ぼくも、初対面の人と
こういう話をしたことがなかったです。 - でも、そこを突き詰めたいと思ってる、
その気持ちの根源は何なんですかね。
生きてるって何?
みたいなことを知りたいんでしょうか。
- 大橋
- 何なんだろう。
- たとえば‥‥ラーメン屋さんに行って、
人生ではじめて食べたような、
めっちゃおいしいラーメンに出会って、
「何? この味!」みたいな。
- ──
- 驚き? よろこび?
- 大橋
- 「えっ? どういうこと?」っていう、
その不思議を解き明かしたい気持ち。
「何の出汁?」とか、
「どんな大将がつくってるの?」とか。
知りたいと思う気持ちも
大きな欲望のひとつなんでしょうね。
これまでの人生では気づかなかった、
とんでもない秘密に出会った感覚です。
- ──
- なるほど。
- 大橋
- だって、まったくちがっちゃいますし。
- またこんなこと言うとあれなんだけど、
柄とか色によって、
やる気が出たりシュンとしたり‥‥。
あんなにも、
自分に決定的な影響を与えてくるって。
- ──
- そこまで言われると、
たしかに、突き詰めたくなってきます。
- 大橋
- この不思議を深く掘っていって、
結論とかにまではたどりつけなくても、
ちゃんと見つめて、
自分に何が見えたかを
かたちにしなきゃダメだと思ったんです。
- ──
- 写真を撮ることで。なるほど。
- 今日、これまでうかがってきた話って、
ここまでの説明を聞いたからこそ、
やっと伝わるような感じがするんです。
だから、写真単体では、
とくに伝えにくいものだと思います。
それでもやっぱり、
大橋さんは写真でやりたいわけですか。
- 大橋
- うん。
- ──
- 文章で書いて‥‥とかじゃなく。
- 大橋
- いつか気づいてもらえるとうれしい、
というか、
理屈で考え抜いてとかじゃなく、
自然に
「あっ、そういうことだったのかあ」
って思ってもらえることが
じつは、いちばん強烈だと思ってて。 - そのためには、写真からは
できるだけ言葉を排除したい気持ち。
- ──
- なるほど。
- 大橋
- ただ、今回の『はじめて あった』は、
出版社の会長さんからも、
かなり強めに
「この写真集については、
文章を書いておいたほうがいい」って
言われてたんですよ。
- ──
- 本の最後に載ってますよね、文章。
- 大橋
- そうです、そうです。
- 本ができあがったあとからも、
また気付きがあって、
さらに新しい言葉が出てきたりしたので、
それについては
手書きの紙を挟むことにしたんです。
タイミング的に、
もう、印刷する時間がなかったんで。
- ──
- 言葉で説明しようと思えば、
それくらい大変なことだった‥‥と。
- 大橋
- そう。
- ──
- あとから本に挟んだ手書きの紙には、
こう書かれていますね。 - じぶんの性癖と
母の死と
昆虫たちが
命の記憶へと
向かっていく
- 大橋
- この作品集を集約した言葉です。
- この本のことが、
もっと伝わればいいなと思って
そう書きました。
- ──
- ぼくがこの4冊目を見たときに
「ああ、大橋さんって、そうだったのかあ」
とハッと気づいたことも、
こういうようなことだったかもしれません。 - じぶんの性癖と
母の死と
昆虫たちが
命の記憶へと
向かっていく
- 大橋
- この本を見てくれた人たちが、
そのことを、自分のことのように追体験できれば、
おもしろいなあと思ったんです。 - 自分の性癖を掘ってみることで
何となく自分のことがわかるっていうかな、
そのきっかけになるような、
そういう見方をしてもらってもおもしろいかなと。
- ──
- そういう思いもあったんですね。
- 大橋
- そんな、人の性癖のことまでね、
本当によけいなお世話なんですけど。
- ──
- いや‥‥ぼくが思ったのは、
仮に宇宙に宇宙人がいたとしまして、
地球人を理解しようと思ったとき、
大橋さんの4作品を見たら、
ちょっとわかるんじゃないかな、と。
- 大橋
- あー。
- ──
- 地球に住んでる人間っていう生物は、
こういうものに発情して、
こういうふうにして子孫を増やして、
こうやって死ぬのか‥‥って。 - われわれ人類の「ひとつの側面」が、
ザックリだけど、
わかるんじゃないかなと思いました。
- 大橋
- そう言ってもらえて、うれしいです。
- 人間って何だろう? ‥‥ということは、
自分的に、大きな謎のひとつなので。
自分の生命を通して、
その謎を見てみたいっていうことは、
たぶん死ぬまで、
ずっとやり続けることだと思います。
- ──
- なるほど。
- 大橋
- すべてをわかったような気になったら、
自分は終わると思うんです。
今作で言えば、「パンティ」のような
自分の中に現れる得体の知れない謎の存在が、
自分を生かしてくれているんです。 - そういう自分の中の未知や謎を、
これからも、追いかけるんだと思います。
- ──
- 写真で。
- 大橋
- だからこそ、欲求に対して
ウソやごまかしがあっちゃダメだし、
隠したりもできない。 - そのまんま、出さざるを得ない。
そうなっちゃってるんですよね。
- ──
- 怖くても出さなきゃダメなんですね。
何を言われるかわからないけれども、
これが、大橋さんの突き詰めたいことだから。
- 大橋
- そうなんですよ。
- ただ、自分自身のすべてを
表現しきれてるんですかと言われたら、
そんなこともないんです。
まだ出せていないものもあるから。
でも、自分のなかのひとつの真実ではある。
自分のなかで、
もっとも尖っているものに関しては、
きちんと正面から向き合って、
かたちにしないとダメだと思ってます。
- ──
- 人間とか生命みたいなものについては、
昔から興味あったんですか、 - たとえば、それこそ子どものころとか。
- 大橋
- いわゆる「目覚め」は早かったですね。
- 小2くらいから、もう自発的に‥‥。
小2って早いんですか?
- ──
- たぶん‥‥平均的には中学生くらいなのかな?
- 大橋
- 完全に自発的にはじめたので、
知識も認識もなかったんですが、
人前でやるものではないことは本能的に理解していたので、
こそこそやってたんです。 - 最初は、うつ伏せで眠る父親のふくらはぎで‥‥。
- ──
- はー‥‥。そういうケースもあるんですか。
あんまり家に帰ってこなかったという、お父さんの。
- 大橋
- この自発的な目覚めも大きな謎なんです。
誰から教わったわけでもなく、
たまに帰ってくる父親にしがみついて寝ていたら、
父親のふくらはぎで、
ある朝、突然はじまってしまった。 - 自分は異性愛者ですが、
異性の母親のふくらはぎではなく、
同性の父親のふくらはぎだったことも興味深い。
自分の手でなくて、
他の人の肉体に自分の肉体を密着させる方法も
いまから思えば性交みたいだし、
性についての根源的な何かに、
ごく自然にアクセスしていたんだと思います。
- ──
- 自己分析が深い‥‥!
- テーマともども、
他ではちょっと聞いたことのない類の話です。
- 大橋
- 生命とは何かと言うことを、
そこそこ早いうちから
研究しはじめていたということなんですかね(笑)。
(つづきます)
2024-11-09-SAT
-
荒木経惟さんをして
「これが現代アートだ」と言わしめた作品
『そこにすわろうとおもう』から10年、
大橋仁さんが
「過去の3作品とくらべて、自分の頭の中、
脳細胞やメンタルやDNA、
生命の記憶の領域へ足を踏み入れてる感じ」
と位置づける第4作。
写っているのは金のパンティとコガネムシ。
(もちろん、それだけではありませんが)
このインタビューを読んで、
もし「大橋仁」という写真家、
というか「人間」に興味を持たれましたら、
ぜひ、手にとってみてください。
みなさんの感想を、聞いてみたいです。
販売サイトは、こちらです。