美術館が所蔵している作品や
常設展示を観に行く連載・第4弾です。
今回は、2020年にオープンした
アーティゾン美術館へうかがいました。
前身は、歴史あるブリヂストン美術館。
東京・京橋の街中で、
ピカソやルノワールを見られる美術館が、
新しくうまれ変わったのです。
現在、休館中に新たに収蔵した作品を
たっぷり楽しめる
「STEPS AHEAD :
Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」
を開催しているので、そのようすを取材。
作品を解説してくださったのは、
学芸員の島本英明さん。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ!

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第4回 戦争と、人間性の危機と、美術と。

──
たまたまかもしれませんが、
この常設展シリーズの取材をしていると、
瀧口修造さんのお名前が、
ひんぱんに出てくるんですよね。
富山県美術館の初期コレクションは
瀧口さんの助言のもとに構築されたとも
うかがいましたし、気になってます。
島本
ええ、日本におけるシュルレアリスムの
中心的な人物ですね。
詩も書けば美術批評もこなし、
こうして、自身で作品もつくりました。
ファンも多いです。
ちょっと他にいないタイプの人ですね。

提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

──
早くからミロを評価してたんですよね。
島本
はい、おっしゃるとおりです。
世界で初めてミロの研究書を書いた人。
──
世界で初‥‥って、すごいですよね。
故郷のスペインや、
活動していたパリでも書かれていない時点で、
日本人が、日本で書いたって。
島本
1940年でしたか。
──
ミロも嬉しかったでしょうね、きっと。
島本
瀧口が、その研究書を携えて渡欧して
ミロ本人に渡したら、
その場にいた人から
「これは世界でいちばん早い研究書だ」
と言われたという逸話が残っています。
──
ミロさんの隣にいた人の、お墨付き!
島本
このあたりが、
瀧口の周辺に集まっていた作家たちの
作品になります。
絵描きだけでなくて、音楽や演劇など
総合的な芸術活動をしていた
実験工房というグループがありまして。

提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

──
ええ。こちらの作品は、デュシャン?
島本
はい。
──
デュシャンも、よく出てくるんですよ。
この取材をしていると。
デュシャンっていうと、
何よりまず、
あの便器のイメージが強いんですけど。
島本
ええ。
──
やはり革命的な人だったんでしょうか。
島本
はい、若いときに絵を辞めてしまって、
いわゆる芸術的創作とは
まったく別の方向へ向かった人ですね。
20世紀美術に、多大な影響を与えました。
これは断片的なメモや紙片の複製を、
フォルダーにわけて箱に収納した作品です。
──
これが「表現」なんですね。
島本
デュシャンの思考を作品化したものです。
絵画や彫刻といった、
いわゆる美術の形態をとらなくても創作だ、と。
──
なるほど。
島本
むしろ、カンヴァスに描かれた絵は
目で視覚的に捉えられたものに過ぎず、
模倣的だといって、
デュシャンは、芸術的なリアリティを
感じなくなってしまうんです。
──
絵として描かれる以前の思考について、
以前、山口晃さんが、
似たようなことをおっしゃってました。
頭の中でああしてやれこうしてやれと
考えているときが最高に楽しくて、
それを絵として描く作業は
ほとんどつじつま合わせです‥‥って。
島本
ああ、なるほど。おもしろいですね。
これなどは少し遊び心のある作品です。
自分で自分の過去の作品を複製して、
トランクの中に、収めているんですよ。
それを携帯できる美術館という具合で。
──
へええ‥‥あ、ちっちゃい「泉」も!
しかも使用可能っぽい(笑)。

提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

島本
このトランクの作品は、
いくつかのエディションが存在します。
どれもコンセプトは一緒なんですが、
収められているものが、
ちょっとずつ異なっているんです。
これはシュルレアリスムの画家である
エンリコ・ドナティと、
その夫人に、捧げられた作品です。
──
こっちの「箱」は‥‥。
島本
造形作家、ジョゼフ・コーネルの作品。
デュシャンはアメリカへ行くんですが、
コーネルは、
同じ時期に活動していて、
デュシャンからも
熱狂的に支持されていた作家なんです。
──
へえ‥‥コーネルさん。なんか、いい。

提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

島本
このような箱の作品が彼の代表作です。
1930年代から制作をはじめ、
箱の中に、
書物からの切り抜きや映画の複製写真、
球状のコルクなどを、
コラージュしていった作品です。
──
いまでこそ、
そこまでめずらしい作風ではないけど、
当時は斬新だったんでしょうね。
この、芸術家のひとつのちいさな世界。
島本
はい、それぞれの物体は
特別な意味を持ってはいないんですが、
こうして
ひとつの箱の中に同居させることで、
互いに不思議な連関が生まれてきます。
たしかに、ちいさな世界ではあるけど、
とてつもない発想だったと思います。
──
デュシャンも、お好きだったんですね。
島本
ええ、デュシャンの作品制作を、
コーネルが手伝ったりもしたそうです。
──
で‥‥このあたりは、
第二次大戦の後のフランスの抽象美術。
島本
デュシャンがアメリカで
いまのような作品をつくっていたとき、
フランスでは、
このような作品が生まれていました。
中心的な役割を担ったのが、
このジャン・デュビュッフェであり、
新収蔵の扱いではないんですが、
ジャコメッティといった人たちでした。
──
この《泥の中の顔》とか、すごいなあ。
まさに泥のカンヴァスみたいなものに、
人の顔が描かれていて‥‥。
島本
さまざまな解釈があるとは思いますが、
時代的なもの‥‥つまり、
世界を巻き込んだ戦争で
人間性が危機に陥った直後だったので、
無意識に、
無自覚に人間を描くということが、
できなくなった時代だと思うんですね。
──
それで、
人間の顔をこのように表現した。
島本
世界や人間性の危機に対して、
美術はこれでいいのか、という想いも、
きっとあったと思うんです。
舗装された道路みたいな感じですよね。
オート・パットと呼ばれる支持体です。
──
オート・パット?
島本
はい、フランス語なんですけれど、
オートは「高い」で、
パットは「ペースト」、つまり「地」。
土や泥、
コールタールなどを混ぜたものですね。
そこに、こうして人の顔を描く。
目や歯は小石を埋めて表現しています。
──
はあ、本当だ。よく見ると。
島本
そうやって、従来の美術が
相手にはしてこなかった素材を使って、
ゼロから美術をこしらえる‥‥
ということを自覚的にやった作家です。
ちなみにこの人は、
40代から作家活動をはじめますけど、
芸術家になる前は、
ワインの卸売りをやっていたんですよ。
──
へええ、おもしろい経歴。
知らない人が、いっぱいいるんだなあ。
あらためて、ですけど。
島本
ここからは、最後のフロアに入ります。
1950年代、日本の芦屋で誕生した、
具体美術協会をご紹介します。
──
吉原治良さんなんかで、有名な。
島本
はい。
表現の仕方は十人十色なんですけれど、
ダイレクトな、
生々しい表現を志向した人たちです。

提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

(つづきます)

2021-07-04-SUN

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  • ブリヂストン美術館を休館した後、
    2020年に
    新しい美術館として開館した、
    アーティゾン美術館。
    開催中の「STEPS AHEAD」では、
    この真新しいミュージアムに
    新たに収蔵された作品を、
    たっぷりと楽しむことができます。
    なんと展示の半数近くが、
    はじめて公開される作品とのこと。
    メインビジュアルに採用された
    エレイン・デ・クーニングはじめ
    女性作家たちの抽象画、
    藤島武二、キュビスム、具体、
    マティスの素描‥‥など
    3つのフロアにまたがる展示は、
    みごたえ十分です。
    ルノワール、ピカソ、青木繁など
    この美術館の代表作も。
    9月まで会期も延長されたので、
    ぜひ、足をお運びください。
    チケットなど詳しいことは
    アーティゾン美術館の公式サイト
    ご確認ください。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館