美術館が所蔵している作品や
常設展示を観に行く連載・第4弾です。
今回は、2020年にオープンした
アーティゾン美術館へうかがいました。
前身は、歴史あるブリヂストン美術館。
東京・京橋の街中で、
ピカソやルノワールを見られる美術館が、
新しくうまれ変わったのです。
現在、休館中に新たに収蔵した作品を
たっぷり楽しめる
「STEPS AHEAD :
Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」
を開催しているので、そのようすを取材。
作品を解説してくださったのは、
学芸員の島本英明さん。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ!

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第5回 具体、アボリジナル・アート、マティス。

──
東京では、国立近代美術館で、
吉原治良さんの「黒地に円」の作品を
見ることができますよね。
あの作品にはじめて触れたとき、
これは何だろう‥‥と疑問に思いつつ
吸い込まれるように感じたことを、
いまでも覚えています。
島本
吉原治良は、
戦争の前から関西の前衛芸術家として
活動していた人ですが、
彼を中心に、
若手作家たちで結成されたグループが、
具体美術協会です。
──
元永定正さんも、具体の方ですよね。
島本
代表的作家です。上から絵の具を流して、
重ねるように、また垂らして。
偶然性をたくみに取り込んだ作品です。

元永定正《無題》1965(昭和40)年 © Motonaga Archive Research Institution Ltd. 元永定正《無題》1965(昭和40)年 © Motonaga Archive Research Institution Ltd.

──
なんだか素人目には、印象として、
どっちかというと
抽象的に見えるものもあるんです。
具体って言うけど。
島本
ああ、なるほど、なるほど。
具体美術協会の理念は、
形態としての抽象を否定するものでなく、
精神が自由であることを
具体的に提示すること‥‥だったんです。
──
あ、そうなんですか。
精神の自由を具体的に表現しているのか。
島本
はい。ようするに、彼らは、
それまでの抽象的な芸術表現にたいして、
手応えのなさを感じていた。
具体にはさまざまな表現がありますけど、
共通して言えるのは、
線も何もない平面に、
色彩がダイレクトにほとばしっていたり。
──
ええ。生命力みたいなものを感じます。
島本
そう、身体性を感じさせる作品だったり。
──
白髪一雄さんが足で描いてたりして。

白髪一雄《観音普陀落浄土》1972年 白髪一雄《観音普陀落浄土》1972年

島本
はい、そういった表現に
リアリティを感じていたんでしょう。
田中敦子の作品なども、
当館で紹介するのは2回目になりますが、
休館中に加わった新収蔵品のひとつ。
──
すごいエネルギーを感じますよね。
島本
女性の作家が登場してくると、
一気に戦後という雰囲気が高まりますね。
さて、次は、オーストラリアの
アボリジナル・アートをご紹介しています。
──
以前のブリヂストン美術館のころから、
こうしたアボリジナル・アートには、
力を入れていらっしゃったようですね。
島本
はい、その点は、
アーティゾン美術館でも継続してます。
ここにある作品は近年収蔵したもので、
今回はじめて公開しました。

提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

──
オーストラリアの美術って、
どういう立ち位置にあるんでしょうか。
島本
美術館がコレクションする対象は
西洋か日本の作品、
もしくはどちらも‥‥というケースが
ほとんどだと思うんですが、
その意味でいうと、
オーストラリアは「第三極」です。
──
ええ。
島本
彼・彼女たちは、
アカデミックな教育を受けていません。
つまり西洋美術とは、
別のバックグラウンドを持つ作家たち。
美術を相対的に捉えるうえで、
今後、ますます重要になると思います。
──
特色みたいなものって‥‥。
島本
わたしたちの目に見慣れた芸術表現を、
ことごとく
否定しているようなところがあります。
素材も、樹皮などはじめ、
自然由来のものを使っていたりだとか。
──
たしかに、また別の文脈を感じますね。
西洋の影響は、限定的?
島本
もちろん、交流自体はありましたから、
まったくのゼロではないと思います。
とくに、このアボリジナル・アートって、
先住民の美術ですから、
彼らが、どんなふうに
他の文化と接していたかによりますね。
──
そうこうしているうちに、
ラストのセクションに入ってきました。
島本
マティスです。
──
このあたりも‥‥ぜんぶ新収蔵ですか。
島本
はい、そうですね。
この6点が新しく収蔵されたものです。
とりわけ、この作品がユニークです。

アンリ・マティス《ジャッキー》1947年 ※マティスのセクションは9月5日の展覧会閉幕まで継続しますが、作品の状態保全上、取材時より作品点数を減らしての展示となっています。ご紹介している《ジャッキー》と《画室の裸婦》は展示を継続しています。 アンリ・マティス《ジャッキー》1947年 ※マティスのセクションは9月5日の展覧会閉幕まで継続しますが、作品の状態保全上、取材時より作品点数を減らしての展示となっています。ご紹介している《ジャッキー》と《画室の裸婦》は展示を継続しています。

──
いいなあ、これ!
何だか、すごーく肩の力が抜けていて、
それでいて、
マティスの作品だとすぐにわかります。
島本
マティス最晩年の作品で、
身体の自由が利かなくなってきていて、
切り紙絵をはじめたころ。
──
切り紙絵というと、
有名な《ブルー・ヌード》とかですか。
島本
はい。
この作品は、
自分でも気に入っていたのか、
マティスの書斎に掛かっていたことが、
遺された写真で確認できるんです。
──
へえ! そうなんですか。
そういった作品が、
めぐりめぐってここにかけられている。
島本
そうなんです。
──
当時も額装されていたんでしょうか。
島本
いや、自身の作品ということで、
おおらかに、
そのまま壁に飾っていたようです。
──
昔の写真に写っている作品が、
いま、ぼくたちの目の前にあるって、
何だか、すごいことですよね。
マティスを介して、
何十年もの時間を飛び越えて、
空間がつながるような感覚というか。
島本
そうですよね。
こちらの《画室の裸婦》という作品は、
まだ「野獣派」と呼ばれる前の作で、
洗練には至っていないけれども、
原色を使った荒々しいタッチで、
後のマティスの原型が表れています。
世界的に見ても重要な作品で、
貸し出しの依頼も多い作品なんです。

アンリ・マティス《画室の裸婦》1899年 アンリ・マティス《画室の裸婦》1899年

──
ああ、そうか。貸したり借りたりも。
ありますよね、マティスなんかだと。
島本
ええ、そうですね。欧米の美術館だと、
ふだん飾っている場所に
「現在どこそこの美術館に貸出中です」
という札が掛かっていたりします。
──
パリのオランジュリーに行ったとき、
モネの睡蓮の部屋以外の
常設展示室がぜんぶクローズしていて、
ガッカリしたんです。
でも、帰ってきたら、
そのコレクションが、横浜美術館に、
どーんと来ていたことがありました。
島本
ははは、そういうことが(笑)。
──
海外の作品が日本にやって来るのは
しょっちゅうありますけど、
よく考えたら、
日本から
海外へ行くこともあるんですよね。
島本
ええ、頻繁にありますよ。
──
こちらからも、世界の美術館へ。
島本
はい。
──
ぼくら観客の知らないところで、
人類のお宝みたいな名画が、
世界の空を、
行ったり来たりしてるんですね。
島本
お電話をいただくこともありますよ。
あの作品いま見られますか‥‥って。

(つづきます)

2021-07-05-MON

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  • ブリヂストン美術館を休館した後、
    2020年に
    新しい美術館として開館した、
    アーティゾン美術館。
    開催中の「STEPS AHEAD」では、
    この真新しいミュージアムに
    新たに収蔵された作品を、
    たっぷりと楽しむことができます。
    なんと展示の半数近くが、
    はじめて公開される作品とのこと。
    メインビジュアルに採用された
    エレイン・デ・クーニングはじめ
    女性作家たちの抽象画、
    藤島武二、キュビスム、具体、
    マティスの素描‥‥など
    3つのフロアにまたがる展示は、
    みごたえ十分です。
    ルノワール、ピカソ、青木繁など
    この美術館の代表作も。
    9月まで会期も延長されたので、
    ぜひ、足をお運びください。
    チケットなど詳しいことは
    アーティゾン美術館の公式サイト
    ご確認ください。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館