美術館が所蔵している作品や
常設展示を観に行く連載・第4弾です。
今回は、2020年にオープンした
アーティゾン美術館へうかがいました。
前身は、歴史あるブリヂストン美術館。
東京・京橋の街中で、
ピカソやルノワールを見られる美術館が、
新しくうまれ変わったのです。
現在、休館中に新たに収蔵した作品を
たっぷり楽しめる
「STEPS AHEAD :
Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」
を開催しているので、そのようすを取材。
作品を解説してくださったのは、
学芸員の島本英明さん。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ!
- ──
- こちらの方が‥‥石橋正二郎さん。
- 島本
- はい。正二郎です。
- ※4階展示ロビーに常設されている、清水多嘉示《石橋正二郎氏之像》(1970年)の前で。
- ──
- こんなにもすばらしい美術館を、
つくってくださった人。 - 芸術が、お好きだったんですか。
- 島本
- 正二郎が収集をはじめた時代は、
明治・大正期を経ていたとはいえ、
日本の近代美術も
まだ形成期のさなかにありました。 - もちろん
事後的に集めた作品も少なくありませんが、
冒頭でふれた藤島武二、
そして同郷の坂本繁二郎らとは、
同じ時代を生きながら、
その作品を収集したのです。
- ──
- こういう方がいてくれたから‥‥
ということを、すごく思うんです。 - 国立西洋美術館を構成している
松方コレクションの
松方幸次郎さんなんかにしても。
- 島本
- おっしゃるとおりですね。
- ──
- 自分のお金で作品を集めてきて、
みんなに見せてくださるというのは、
人助けのようなことですよね。 - ちなみに東京都美術館も、
九州の実業家の佐藤慶太郎さんが
資金を寄付されたそうなんですが、
それ、とんでもない資産家が
貯金の一部を出したのではなくて、
全財産に近いくらいだったそうで。
- 島本
- そうなんですか。
- ──
- 松方さんも九州ですよね、たしか。
- 島本
- 鹿児島ですね。
- ──
- 出光美術館の出光さんも九州だし。
九州の人ってすごくないですか。
- 島本
- たしかに‥‥九州人は多いかも。
- ──
- 世のため人のためにという気質に
あふれているのかなあ‥‥。 - いや、おもしろかったです、展示。
- 島本
- ありがとうございます。
- ──
- 個人的には、やっぱり、
女性の作家の作品に惹かれました。 - ブリヂストン美術館から
連綿と続く歴史も、感じましたし。
- 島本
- 美術館というのは、
収集した作品を見せる場ですから、
コレクターの美意識や趣味が、
色濃く反映されると思うんですね。 - その意味では、
創設者の正二郎のあとを継いだ
息子の幹一郎が
デュビュッフェやザオ・ウーキーなどを追加し、
そしていまは、幹一郎の息子の石橋寬が、
石橋財団理事長および
アーティゾン美術館館長を務めています。
それぞれの個性が加わって、
現在の姿になっていると思います。
- ──
- こちらは私立の美術館ですけれど、
当時、公共性というものは、
どれだけ意識されてたんですかね。
- 島本
- もちろん意識していたと思います。
そうでなければ、
美術館を開設することもなかったでしょう。 - ブリヂストン美術館ができたのは、
1952年なんですね。
当時は、一般の人が、
美術を見ることのできる環境って、
まだまだ整っていなくて。
- ──
- ええ、ええ。
- 島本
- そこで正二郎は、
みずからのコレクションを公開して
みなさんに見てもらおうと
決意するわけですが、
公開施設とする以上、
公共への意識も絶対あったはずです。
- ──
- 日本ではじめて神奈川に
公立の近代美術館が誕生したのって、
1951年だと聞きました。 - つまりブリヂストン美術館の、
たったの1年前ってことですよね。
- 島本
- そうなりますね。
- ──
- 同じ1952年にできた
竹橋の東京国立近代美術館よりも、
こちらのほうが先の開館ですよね。 - つまり、お手本とすべき美術館が
ほとんどなかった時代に
私立の美術館をつくるっていうのは、
本当に大変だったでしょうし、
それだけ先駆けだったんでしょうね。
- 島本
- ブリヂストンのビルを建てる直前に、
正二郎はアメリカに渡り、
ニューヨーク近代美術館を訪れて、
つぶさに見、大きな影響を受けています。 - そこから、オフィス街のビルの中に
美術館を入れる‥‥
という発想を得たということですね。
- ──
- ああ、なるほど。
- 島本
- そして正二郎は、帰国するや、
すでに設計が進んでいた自社のビルにも、
美術館を入れるよう指示し、
ブリヂストン美術館が誕生しました。 - 京橋という、
多くの人が訪れやすい立地でもあるので、
やはり「公共性」は
つよく重視していたんだと思います。
- ──
- なるほど。
- 島本
- そういうことも一因だと思うんですが、
正二郎が集めた作品を見ると、
オーセンティックで偏りがありません。 - 純粋にいい絵だなと感じる作品が多い。
- ──
- 東京って、電車に乗って来られる近場に、
こうしてピカソがあったり、
新宿には、ゴッホのひまわりがあったり。 - 飛行機に乗って遠くへ飛んでかなくても、
世界の名画が見られますよね。
よく考えるとすごいなあと思うんですよ。
- 島本
- 本当ですね。
- ──
- ちなみに、アーティゾンさんといえば、
という「代表作」って、
どの作品だとお考えになっていますか。
- 島本
- ポール・セザンヌ
《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》、
パブロ・ピカソ《腕を組んですわるサルタンバンク》、
青木繁《海の幸》、
藤島武二《黒扇》、あたりでしょうか。
- ──
- おお、そうそうたる。
そしてそれらは、こちらへ来れば見られる。
- 島本
- はい。とくに人気が高いという意味では、
ピエール=オーギュスト・ルノワールの
《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》
も、当館ならではの作品だと思います。
- ──
- ああ、たしかに。
- あの絵の前には、
いつでも、何人もの観客がいますもんね。
- 島本
- いずれも、1900年前後の
フランスや日本の近代の絵画ですけれど、
アーティゾンになってからは、
そこに、カンディンスキーや
エレイン・デ・クーニングの抽象作品を
もうひとつの柱としていこうと。
- ──
- 今日、見せていただいたコレクションは、
別の企画展をやっているときでも、
見ることができますか?
- 島本
- お見せする作品は、
企画内容によって変わりますが、
当館はコレクションの活用を大切に考えており、
コレクションを核とした企画展、
石橋財団コレクション選や特集展示も
定期的に行っています。
- ──
- ちなみになんですけど、
島本さんのお好きな作品って‥‥何ですか。
- 島本
- はい、そのときどきで変わっていきますが、
いまは‥‥そうですね、
今日は触れなかったんですけど、
このジョアン・ミロの版画とか好きですね。
- ──
- へええ、ああ、これミロの版画なんですか。
どういうところがお好きなんですか。
- 島本
- わたし、どちらかと言いますと、
声高な作品よりも‥‥
むしろ、紙の作品だけどよくできてるとか、
そういうものに感動することが多くて。 - こんなふうに、細部がよく見えるものなど。
以前クレーを取り上げたときは、
やっぱりクレーが好きになりましたけどね。
- ──
- 関わっていると、引き込まれていく。
- 島本
- そういうことは、よくあります(笑)。
- ──
- 好きな作品の傾向とか‥‥。
- 島本
- 自己完結していない作品、でしょうか。
- ミロやクレーに共通するのは、
キャリアを重ねても
絶えず自己革新を続けたところだと思います。
それも、自分を前面に出すというよりも、
自然のような
自分を越える大きな存在を絶えず意識して、
そこに自らも創作を通して参与する。
- ──
- おお。
- 島本
- その関わりの持ち方を、生涯にわたり
探究し続けた作家たちといえると思います。 - そうした作家の作品は、
サイズを問わず、
活き活きとした生命が伝わってきて、
自分は、とても好きですね。
- ──
- そういえば、
少し前にインタビューさせていただいた
サカナクションの山口一郎さんも、
クレーが好きだっておっしゃってました。 - 音楽をやってたんですよね、クレーって。
- 島本
- ええ。バイオリンを弾く人で、
お母さんも音楽教師だったかと思います。
- ──
- どこかに音楽的なものを感じるようで、
だから好きなのかもしれない‥‥って。
- 島本
- ああ、そうなんですね。
音楽的、たしかに。わかる気がします。
(つづきます)
2021-07-06-TUE
-
ブリヂストン美術館を休館した後、
2020年に
新しい美術館として開館した、
アーティゾン美術館。
開催中の「STEPS AHEAD」では、
この真新しいミュージアムに
新たに収蔵された作品を、
たっぷりと楽しむことができます。
なんと展示の半数近くが、
はじめて公開される作品とのこと。
メインビジュアルに採用された
エレイン・デ・クーニングはじめ
女性作家たちの抽象画、
藤島武二、キュビスム、具体、
マティスの素描‥‥など
3つのフロアにまたがる展示は、
みごたえ十分です。
ルノワール、ピカソ、青木繁など
この美術館の代表作も。
9月まで会期も延長されたので、
ぜひ、足をお運びください。
チケットなど詳しいことは
アーティゾン美術館の公式サイトで
ご確認ください。