美しくもかわいい《シロクマ》で知られる、
彫刻家フランソワ・ポンポン。
日本最多のコレクションを有する
群馬県立館林美術館で、
動物彫刻をはじめとしたポンポンの作品を、
たっぷり拝見してきました。
ちょうど、2022年1月26日まで
日本ではじめての
ポンポン展の巡回展も同館で開催中。
オルセー美術館や、ディジョン美術館など
フランスからの作品も見られます!
ポンポンが《シロクマ》で
一躍有名になったのは、なんと67歳。
人生についても、たくさん聞きました。
お話くださったのは学芸員の松下和美さん。
担当は、ほぼ日の奥野です。

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第1回 ロダンの工房の下彫り職人。

──
こちら群馬県立館林美術館では、
彫刻家のフランソワ・ポンポンの作品を、
たくさん所蔵されていますね。
松下
2001年に当館がオープンするさいに
コレクションしたものになります。
わたしたちは
「自然と人間の関わり」をテーマにして
作品を収集したり、
企画展を開催しているんですけれども、
その中で、
動物彫刻において革新的な作品を残した
ポンポンに注目したんです。
──
なるほど。
松下
ちょうど、ポンポンの作品と資料を
まとめてコレクションできるチャンスも、
運良く重なったこともありまして。
──
じゃあ、開館当初から、
ポンポン作品が、かなりあったんですね。
松下
そうなんです。
現在、作品点数では「67点」あります。
資料については、1200点超。
国内最多のコレクションなので、
当館の代表作家として位置づけています。

──
で、ことし2022年1月26日までは、
そのもともとの所蔵作品に
オルセー美術館などからの作品を加えて、
フランソワ・ポンポン展を開催中、と。
松下
はい。ふだんポンポンの作品は、
コレクション展示で
10点くらいお見せしているのですが、
今回は所蔵作品のほぼすべてを出し切り、
全館で展示しているので、
いつもとは、だいぶちがっています。
──
ポンポンと言えばの《シロクマ》って、
オルセー美術館に、でっかいのが‥‥。
松下
あ、ごらんになられました?
──
はい、見ました。
2階のテラスっぽいところで遭遇しました。
あのイメージが強かったので、
今回の展覧会を見て、
ポンポンさんも
やっぱり最初は「人の顔」なのかと思って、
何だか意外でした。
松下
そうなんです。
ポンポンが生まれたのは19世紀半ば。
当時、彫刻と言えば、
人物像をつくるものという時代でした。
ですからポンポンも、
まずは人物からつくりはじめたんです。

──
ロダンのお弟子さんだったんですね。
松下
はい。ただし、ポンポンが
ロダンの工房にいた期間は、5年間。
ロダンの作品と見くらべたときに
意外に感じられるかもしれませんけど、
ポンポンは、
彫刻とは何か、という本質的な部分で、
ロダンの影響を受けているんです。
──
彫刻の、本質。
松下
そうですね、ロダンという彫刻家は、
それまでの人物像‥‥
つまり、
西洋が理想化してきたような表現から、
人間をいきいきと表現する方向へ、
かじを切った作家だったと思うんです。
──
理想と言うと、ギリシア、ローマとか
ルネッサンスの時代の、
人間の肉体かくあるべし‥‥みたいな?
ロダンの作品というと、日本では
上野の国立西洋美術館の庭に建ってる
《地獄の門》とかですよね。
松下
はい、かの有名な《考える人》なんかにも
言えますが、
人間の感情、生きること、生命‥‥
そういったものを
大きなテーマとして彫刻に取り組みました。
とりわけ「生命」の表現が
どういうところから生まれるかについては、
ロダンは、
「動き」と「ボリューム」だと言っていて。
──
ええ。「動き」と「ボリューム」。
松下
その考え方を、のちにポンポンは、
動物彫刻で実践していくことになるんです。
ただ、いまごらんいただいている人物像は、
まだそこへ至る手前。
ロダンから学んでいた時代の作品ですね。

《D氏像》1879年 群馬県立館林美術館 《D氏像》1879年 群馬県立館林美術館

──
ロダンのところにいたときは、
ようするに、お手伝いをしていたんですか。
松下
そうですね。
ポンポンが手伝っていたのは、石彫でした。
下彫り‥‥石を彫る作業のお手伝いです。
ロダンの工房では
工程が非常に細かくわかれていたんです。
石膏の担当の人、石を彫る人、
石彫の前に印をつける星取り職人‥‥。
──
星取り?
松下
はい、「星取り」というのは、
石の塊にどこを彫るかの印をつける人です。
まるで「コンパス」のような専門の道具で
石に目印をつける専門の職人。
ポンポンは星取りのあとに
石を彫る作業を担当する職人だったんです。
──
当時、そういう「工房制」って、
ロダン以外の作家もやってたんですか。
松下
ええ、とくにめずらしくはない形態で、
ポンポンは
非常にすぐれた技術を持っていたので、
ロダンだけじゃなく、
さまざまな作家のお手伝いをしました。
引き合いというか、
あちこちから声をかけられたようです。
──
へえ‥‥。
松下
ロダンの工房へ入ったのも、
ロダンから声をかけられたからですし。
──
引き抜き‥‥みたいなことですか。
松下
はい、ロダンに才能を認められまして、
工房長を務めたりもしていました。
ただ、ロダンのもとに5年間いたあと、
今度は
当時ロダンのライバルだった彫刻家に、
引き抜かれることになるのですが。
──
おお。
松下
そして、そのことがきっかけとなって、
動物彫刻へ向かう道が開かれます。
というのも、引き抜いたその彫刻家が、
ノルマンディーの田舎に
アトリエや別荘を持っていたんです。
彼は、夏のバカンスのあいだ中、
そちらで過ごす習慣がありました。
それで、パリ暮らしのポンポンも、
田舎で動物の観察をするようになって。
──
そのライバルって、有名な人ですか?
松下
サン=マルソーという彫刻家です。
国からの注文も受けていた作家で、
作品的に言うと、ロダンとはちがって
アカデミックな作風の、
当時の大彫刻家ではあったんですが、
いまでは、
有名ではないと言っていいでしょうね。
──
サン=マルソーさん。
たしかに、すいません‥‥知りません。
松下
なので、ポンポンとしても、
作風的な影響を受けたというのでなく、
たがいになかよく
田舎で一緒に釣りに出かけたりだとか、
そういう間柄だったんでしょう。
きっと、サン=マルソーのもとで、
いい時間を過ごしたんじゃないかなと。
──
あの、引き抜きっていうと、
今でいう「ヘッドハンティング」的な
ニュアンスなんですかね。
つまり、お給料をもっとあげますから、
こっちへ来ませんか‥‥みたいな。
松下
ああ‥‥でも、それもあるでしょうね。
というのも、とくにロダンって、
給料の支払いが遅れがちだったそうで、
実際ポンポンも、調停所に
申し立てをしたこともあるみたいです。
──
え、そうなんですか。何だか意外です。
美術館で見上げるロダンと言えば、
押しも押されぬ大彫刻家‥‥ですから。
松下
そうですよね、たしかに。
このあたりに展示されているのは、
ポンポンがロダンの工房にいた時代の、
彼にとっては
最初の動物彫刻とも言えるような作品。
──
卵の殻?
松下
こちらは本来、生まれたてのひな鳥も
一緒にいたはずなんですが、
現在は散逸してしまっているんですね。
──
ええ。へえ‥‥。
松下
卵の殻と麦の穂が彫り出されています。
つまり、大理石の塊から、
生命が誕生するような創作ですけど、
そのあたりに、
やっぱりロダンの影響が見て取れます。
技術的な面に注目しても、
卵の殻はツルッとなめらかに仕上げて、
それ以外の部分は、
石彫のあとを残したりしていますよね。
こういうコントラストのある仕上げも、
ロダンの影響だと言えます。
──
ところで、
ロダンが自分の作品をつくろうというとき、
ご本人は、
工房で何をしているんですか。
星取り職人さんが目印をつけて、
ポンポンさんが石を彫ってるわけですけど。
松下
何より「コンセプト」ですよね。
作品のアイディアを生み出すことです。
──
なるほど、なるほど。
プロデュース的な部分が大きい‥‥と。
松下
作品によってケースバイケースだとも
思いますが、
もとになるアイディアを考え、
最初に粘土でモデルをつくるところが、
ロダンの
もっとも重要な仕事だったはずです。
──
で、ロダンのコンセプトやアイディアを
かたちに落としていくプロセスでは、
ポンポンさんはじめ、
腕っこきの職人さんに委ねていた‥‥と。
松下
よく言われることなんですが、
ロダンって、
モデルにポーズをとらせなかったんです。
できるかぎりモデルに自由にさせて、
そうすることで、
いきいきとした人間の動きを捉えていた。
──
なるほど。
松下
ポンポンも、そうなんです。
田舎で動物の動きをつぶさに観察し、
自然な動きの本質を捉えて、
それを
粘土塑像に落とし込んでいたんです。
──
そんなふうにして引っ張りだこで、
腕の立つ職人だったポンポンさんも、
いずれ、
ひとりのアーティストとして、
独り立ちしていく‥‥わけですよね。
松下
はい、1906年に、
はじめて動物彫刻を発表するんです。
非常に革新的で、
それまでの西洋的な彫刻の文脈とは
まったく異なる作品を、
はじめから発表しているんですけど。
──
ええ。
松下
注目されなかったんです、なかなか。

《仔鹿》1927-1928年 群馬県立館林美術館 《仔鹿》1927-1928年 群馬県立館林美術館

(つづきます)

2022-01-17-MON

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  • 日本初のフランソワ・ポンポン展。 館林美術館では、1月26日まで!

    あの《シロクマ》の彫刻家、
    フランソワ・ポンポン日本初の個展が、
    日本最多のコレクションを持つ
    群馬県立館林美術館にただいま巡回中。
    4種類の《シロクマ》はじめ、
    カンムリヅル、ブタ、ペリカン‥‥等、
    ポンポンと言えばの動物彫刻の数々を
    たっぷり楽しむことができます。
    オルセー美術館をはじめ、
    フランスからきた作品にも会えますよ。
    展示会場をまわっていくほどに、
    動物たちに向けられた
    ポンポンの愛あるまなざしを感じる、
    うれしい展覧会。
    館林のあとも各地を巡回する予定とか。
    詳しくは、公式サイトでチェックを。

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