いろんなミュージアムが所蔵する作品や
常設展示を観に行く連載・第5弾は、
日本初の国立の美術館・
東京国立近代美術館にうかがいました。
もうまったく書き切れないですが、
セザンヌ、横山大観、アンリ・ルソー、
和田三造、靉光、藤田嗣治‥‥の名品から、
具体美術協会や「もの派」など
世界に誇る日本のアーティストの傑作まで。
見応え抜群、煌めきの所蔵作品を、
丁寧に熱く解説してくださったのは、
主任研究員の成相肇さん。
所蔵作品もすごいけど、成相さんの
東近美への「愛情」もすごかった‥‥!
それはもう、
聞いてるこちらがうれしくなるほどに。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ。
- ──
- 本連載は、「常設展へ行こう!」と言って、
学芸員の方に教えていただきながら、
所蔵作品を拝見する‥‥という趣旨でして。 - 東京国立博物館さんからスタートしまして、
これまで、いくつかの‥‥。
- 成相
- 一番にお越しいただきたかったなあ(笑)。
- ──
- はっ、すいません(笑)。
- 成相
- いや、でも、わかります。
東博さんのコレクションはすばらしいので。
- ──
- ただ、言いわけってことでもないんですが、
個人的に、こちらの常設展は、
見に来ている回数がいちばん多いです。
- 成相
- ありがとうございます。
実際、すさまじいコレクションですから。
- ──
- 日本で最初の「国立の美術館」ですよね。
- 成相
- ええ、それより前には、
東京国立博物館ができていたわけですが、
国立の「美術館」としては初です。
1952年に開館したので、
2022年で、
ちょうど70周年を迎えますね。
- ──
- おおー。古希。おめでとうございます。
- 成相
- コレクションの数は、1万3000点ほど。
規模としては国内最大級です。 - ぼく自身も学生のころから通っていまして、
美術を学ぶ人にとっても、
基本中の基本となる美術館だと思います。
美術館のなかには、
企画展示室に
広いスペースを割くところもありますけど、
当館は所蔵品展のほうが圧倒的に広大。
- ──
- 見応えが半端ないです。いつ来ても。
- 成相
- その広い展示室の中で、
明治時代の後半から現代にいたるまでの
百数十年の美術の歴史を一望できます。
- ──
- それぞれの美術館ごとに、
収集の方針や基準があると思うんですが、
こちらでは‥‥。
- 成相
- やはり「国立」という看板がありますし、
模範として見られておりますから、
まずは、
国立近代美術館にふさわしい作品である、
ということでしょうか。 - これまでの70年間、先輩が培ってきた、
教科書に載るようなコレクションに
加えるにふさわしい作品、というような。
- ──
- そんなにたくさんお持ちのなかでも、
自分たちの代表作はこれだ‥‥っていう、
そういう作品も‥‥。
- 成相
- あります、あります。
順を追って、ごらんいただきましょうか。 - その前にまず、
こちらの「眺めのよい部屋」へどうぞ。
- ──
- はい、みんなかならず寄る部屋ですよね。
本当に「眺めがよい」です。
- 成相
- 手前にお堀、その向こうに皇居が見えて、
あちらに丸の内、東京タワーも見えます。 - 春‥‥桜の時期も、すごくいいんですよ。
敷地内もそうですが、
千鳥ヶ淵は桜の名所ですから。
そして、レストラン横に立っている作品、
ここからも見えますが、
あちらは、イサムノグチの作品なんです。
- ──
- え、そうだったんだ。知りませんでした。
あの、大きな、オレンジの。
- 成相
- 変わるんですよ、色。あの作品。
- ──
- え、変わる‥‥?
- 成相
- いまは、ごらんのように朱色と黒ですが、
以前は、黄色と黒でした。 - イサムノグチ本人の指示で、
「塗り替えてよい」ことになっています。
ですので、実際に
何年かのサイクルで塗り替えてるんです。
- ──
- へえ‥‥知らなかったなあ。
色が指定されているということですか?
- 成相
- もうひとつの「両方とも青」を含めて、
3パターンの指定があります。 - 作家自身はもはやこの世にいないけど、
色が替わるたびフレッシュな感覚で
鑑賞することのできる作品なんですよ。
- ──
- ちなみに、現在の色になったのは‥‥。
- 成相
- 10年前、2011年ですね。
- いつ塗るという決まりもとくになくて、
ゆっくり準備しつつ、
その時期が来たら‥‥という感じです。
- ──
- そうだったんですか。へえ‥‥。
- 成相
- では作品を見ていくことにしましょう。
まず、最初の部屋から。
- ──
- よろしくお願いいたします。
- 成相
- ここは「ハイライト」という部屋です。
10年ほど前にリニューアルしました。 - まず、最初に入るこちらの部屋で、
ダイジェスト的に
当館コレクションをごらんいただこう、
ということで、
毎回、いわゆる「名品」が、
この部屋にそろう構成になっています。
- ──
- この絵は‥‥よく見ます。
- 成相
- 原田直次郎《騎龍観音》(1890年)という作品です。
国の重要文化財に指定されています。 - 当館のコレクションには、
15点の重要文化財があるんですけど、
そのなかのひとつです。
ちなみにですが、近代の作品で
重文指定を受けている作品はまだ少なく、
単館で15点も所蔵しているというのは
すごいことなんです。
- ──
- わあ、そうなんですか。
- 成相
- こちらは「寄託作品」で、
護國寺というお寺さんのご所蔵品なんですが。
- ──
- だいたい、ここの壁に飾られてますよね。
- 成相
- ええ、サイズも大きいですし、
寄託くださっている所蔵者のご意向もあって、
こちらに展示していることが多いです。 - この絵、ちょっとヘンテコに見えるというか、
違和感があると思いませんか。
で、その違和感が日本の美術史を語るうえで、
とても重要だと思っています。
- ──
- 龍の顔つきが‥‥何でしょう、
どこかアニメのキャラクターっぽいのかなあ。 - 人間の言葉を喋りそうな感じ。
- 成相
- ある種、異様ですよね。
- それまでの自分たちの描いてきた絵画と、
海外、
特にヨーロッパからやってきた絵画とが、
描き方においても
鑑賞する仕組みの面でも
まるっきり異なっていたので、
美術を取り巻く制度と
当時の作家の心は、激しく揺らぐんです。
この作品も、
和風の画題が洋風の描き方で描れており、
作家の「揺れ」が露わになっている。
- ──
- 舶来の「芸術」を受容する時期ならでは、
という感じなわけですか。はあ‥‥。
- 成相
- 次に、セザンヌです。
- これは《大きな花束》という作品ですが、
比較的近年‥‥
2014年度に収蔵されました。
コレクション展には、
収蔵されて以来
ほとんど出展され続けている作品です。
セザンヌの中でも、いいセザンヌですね。
- ──
- いいセザンヌ!(笑)
- ぼくとかが知っているセザンヌの絵って、
テーブルに果物が転がってたり、
同じ山をいっぱい描いてたりしてますが、
こんな、
パアッとした花の絵も描いてたんですね。
- 成相
- たしかにセザンヌと言えば、
サント=ヴィクトワール山で有名ですね。 - ただ、この作品の中にも、
ところどころに「塗り残し」があったり、
奥行きの辻褄が合ってなかったり‥‥。
- ──
- セザンヌらしさが。
- 成相
- そう、テーブルの角度もおかしいだとか、
どこか奇妙なところが、
いかにも「セザンヌ」という感じです。 - セザンヌを語るうえで欠かせない要素が、
たっぷり入っている作品ですね。
パッと見て、すぐセザンヌとわかるはず。
- ──
- はい、たしかに。眼福でした。
いいセザンヌをありがとうございました。
- 成相
- そして、ロダン‥‥梅原龍三郎‥‥。
- ふだんは
いわゆる「名品」が並んでいますが、
今回は
「ハイライトあらためインデックス」と題して
少し趣向を変え、
これから見て行く部屋と関連する作品が
ピックアップされています。
- ──
- なるほど。
- 成相
- 同じ作品を同じように展示するのでなく、
各担当者の
「変えていこう」という意識を感じます。
- ──
- だから、こちらの常設展には、
何度も何度も来たくなるんでしょうね。 - 前回は、ここに長い絵巻物がありました。
- 成相
- ああ、横山大観の《生々流転》ですね。
あの作品も重要文化財でして、
必ず1年のどこかで展示する作品です。
- ──
- ぼくは、横山大観の描く「牛」の絵が、
何だかかわいくて好きなんです。
- 成相
- ああ、かわいいですよね(笑)。
- 水の一生を描いた《生々流転》は、
大観の代表作中の代表作といえる作品。
お好きだという、牛も出てきます。
- ──
- 実際、えらい長かったです。
- 成相
- 全長40メートルあるので、
この部屋をいっぱいに使ったとしても
広げきれないんですよ。 - なので、展示前半と後半とで半分づつ、
お見せせざるをえないという。
- ──
- えっ、そうだったんですか。
半分は「巻かれた状態」だったんだ! - でも、40メートルって、
あの鳥獣戯画全4巻を足した長さと、
あまり変わんない‥‥。
- 成相
- まあ、横山大観の展覧会などの機会に、
1階で展示すれば、
一気に40メートルいけるんですけど。 - 雨の粒があたりに広がって、川となり、
めぐりめぐって最後、龍となる‥‥。
- ──
- 何とも壮大ですよね。
サイズじたいも、描かれている内容も。
- 成相
- そんな壮大な絵巻物の話のあとですが、
こちら「折り紙」でできた作品。 - つくったのは、
冨井大裕さんという現代アーティスト。
- ──
- これは‥‥。
- 成相
- 本当にただの折り紙でできているので、
万が一ダメになったら、
さっきのイサムノグチの作品みたいに、
つくりかえてもいいんです。
- ──
- これは、筒状に丸めた折り紙を‥‥。
- 成相
- ホッチキスでとめている。それだけ。
- ──
- ふぅん‥‥。
- 成相
- ‥‥ってなりますよね(笑)。
- ──
- いえ、あの‥‥申しわけございません、
自分は
この方の作品を見たことなかったので、
何でしょう、どうとらえていいのかが、
まだちょっと‥‥っていうか。
- 成相
- これが「芸術作品なのか?」と?
- ──
- ええっと、まず「芸術作品」としては、
まったく未知のものでありますが、
子どもの保育園で
何だか見たことありそうとも言えます。 - 芸術やアートに親しんでいくにつれて、
もっともっと、
感じることが多いんでしょうけれども。
- 成相
- たしかに、
これのどこが作品なのかと問われると、
どう答えるかは難しいです。 - ですので、
まずは「意外だなあ」と感じてほしい。
- ──
- あ、それなら感じました!
- 成相
- 「だってこれ、折り紙じゃないですか」
という問いは、
ある意味で「当たり前」だと思います。 - でも、
「折り紙で芸術をつくったら、ダメ?」
と問い返されたら‥‥。
- ──
- なるほど。ダメじゃないです。
- 成相
- 冨井さんは、
美術大学の彫刻学科を卒業してますが、
「彫刻って何だろう」という
問題意識の周辺で制作してきた人です。 - ご自身でも彫刻家を名乗っていいのか、
という迷いを作品にしているんです。
- ──
- たしかに、にわかには、「彫刻」とは。
- 成相
- たとえば絵画にも厚みがあるわけだし、
その意味では「立体物」ですよね。
なのに、なぜ彫刻と呼ばないのだろう。 - あるいは、
寝かされている物体を立たせた瞬間に
突然、彫刻っぽくなる。
ならば立ち上がれば彫刻なのか、とか。
そういった、彫刻の原理的なところを、
追究している作家なんです。
- ──
- 石内都さんのプリント作業を見たとき、
同じことを思いました。 - ロールの端っこをちぎって舐めていて、
何をしているのかうかがったら、
薬品が抜けているのをたしかめてると。
そのとき銀塩写真とデジタルとは
まったく別のもので、
銀塩写真って立体作品なんだなあって。
- 成相
- なるほど。
- ──
- ちなみにですけど、
この台の端っこに置くっていうことも、
作家の指示なわけですよね、やはり。
- 成相
- アンソニー・カロという著名な作家が
「テーブルピース」と呼んだ、
一連のシリーズ作品があるんです。 - テーブルに作品が腰掛けるように‥‥
もっと言うと、
台座から落ちかけてるように置かれた
彫刻作品なんです。
それに対するオマージュだと思います。
- ──
- なるほど。
- 成相
- 通常の「芸術作品」であれば、
こうして台座から落ちかけてるだけで、
ものすごく「不安」ですよね。
- ──
- はい、ドキドキしちゃいます。
- 成相
- 置き方ひとつで、ガラッと、
作品の見え方が、変わってくるんです。 - 冨井さんは、毎日のように
ツイッターで「今日の彫刻」と言って、
路上で見つけた
「彫刻のようなもの」を写真に撮って、
アップされてるんです。
- ──
- ええ。
- 成相
- 見方が変わったら急に彫刻っぽくなる、
という、そういう意図も、
この冨井さんの作品にはあるのかなと。
- ──
- で、これも、つくり直してもいい作品。
- 成相
- はい、破れたり潰れたりした場合には、
指示書に従ってつくり直すことができる。 - 折り紙の何色をひと通り使うだとか、
折り紙はこれくらいのサイズで‥‥とか。
- ──
- 40メートルにもなる壮大な絵巻物から、
折り紙でつくった彫刻まで。 - 芸術って、おもしろいです。あらためて。
- 成相
- そうでしょう?
(つづきます)
2022-01-03-MON
-
今回のインタビューのなかで
成相さんが解説してくださっている
所蔵作品展は、
2月13日(日)まで開催中です。
(一部の展示は変更になっています)
日本初の国立の美術館が収蔵する
きらめきのコレクションが
「500円」で味わえてしまいます。
年間パスなら、1200円‥‥。
いつ行っても、圧倒的な作品の数々。
言わずもがなではありますが
これは、「見たほうがいい」です!
くわしくは美術館の公式サイトで。