いろんなミュージアムが所蔵する作品や
常設展示を観に行く連載・第5弾は、
日本初の国立の美術館・
東京国立近代美術館にうかがいました。
もうまったく書き切れないですが、
セザンヌ、横山大観、アンリ・ルソー、
和田三造、靉光、藤田嗣治‥‥の名品から、
具体美術協会や「もの派」など
世界に誇る日本のアーティストの傑作まで。
見応え抜群、煌めきの所蔵作品を、
丁寧に熱く解説してくださったのは、
主任研究員の成相肇さん。
所蔵作品もすごいけど、成相さんの
東近美への「愛情」もすごかった‥‥!
それはもう、
聞いてるこちらがうれしくなるほどに。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ。
- ──
- 次は、オーソドックスな白壁の部屋ですね。
- 成相
- はい。まず、こちらの《南風》は、
当館のコレクションの代表作と言えますね。
- ──
- 和田三造さん。
いつ見ても、鋼のようないい身体です!
- 成相
- 1907年から開催される
文部省美術展覧会‥‥いわゆる文展という、
国がやっていた展覧会で
最初にグランプリを獲った作品なんですよ。
- ──
- あ、そういう絵なんですか。
- 成相
- この作品で重要なのは、筋肉です。
- ──
- やっぱり、そこですか!
- 成相
- はい、筋肉です。
やたらと西洋的で理想的な筋肉に注目です。
- ──
- 西洋的。
- 成相
- 古代のギリシャ彫刻‥‥と言ったらいいか、
このマッチョな人物像は、
当時の西洋絵画へのあこがれを感じます。 - 油絵が日本に入ってきてまだ日が浅く、
油絵の具を使いこなすのに、
まだまだ、みんな苦心していた時代の作品。
技法とともに、
西洋的な理想像、価値感を表しています。
西洋へのあこがれや羨望、
そうしたものが如実に出ている作品ですね。
- ──
- 和田さんって、どういう人なんですか。
- 成相
- はい、色彩学の研究もされていた人で、
和田三造の著作『配色事典』は、
現在でも、なお出版され続けています。
- ──
- へええ‥‥。
- 成相
- 洋画の技法の普及に、
大きく貢献した人なんです。 - 映画の衣裳デザインなどもなさっていて、
『地獄門』という作品で、
アカデミー賞の
衣裳デザイン賞に輝いたりもしています。
- ──
- アカデミー賞というと‥‥本場の?
- 成相
- はい、ハリウッドの。
- ──
- ひゃー、そんな人だったんですか。
- 成相
- 戦争のために幻となった
「1940年の東京オリンピック」では、
ポスターを描いたりなど。
- ──
- つまり、当時のスター的な人なんですね。
- 成相
- そうですね。でも、スターと言うのなら、
この部屋の作家は全員スターです。 - 明治後半から大正初期を扱ってますが、
中沢弘光も、久米桂一郎も、和田英作も。
- ──
- その、和田英作さんの‥‥《おうな》。
- 成相
- ドラマチックな夕焼けが目を引く作品で、
腰の曲がったおばあさんが、
洋傘を手にしているのもおもしろいです。 - こうもり傘ってたぶん「紳士用」で、
おばあさんのものではないと思うんです。
だからこれは、和田英作が
モデルに持たせたんじゃないかなあ、と。
- ──
- あえて、男物の洋傘を。
- 成相
- ただ、そういう時代背景の読み解き的な
おもしろさもあるんですが、
それだけじゃなく、
和田英作はじめ外光派と呼ばれた作家は、
「黒い絵の具を使わない」
ということを原理原則としていたんです。
- ──
- へえ‥‥。
- 成相
- つまり、見た目には黒く見える「影」も、
ただの黒じゃないんです。
黒の中にも、さまざまな光が入っていて、
赤や緑や黄色‥‥
それらの色を用いて影を再現することが
大事なんだ‥‥と。 - 「光」というものを、
なるべく「光のままに描く」というのが、
外光派のポリシーだったので、
黒い絵の具は
原則、使わないことにしていたんですよ。
- ──
- でも、この絵には「黒いこうもり傘」が。
大きく、しかも、あえて画面の真ん中に。
- 成相
- だからよく見ると「黒じゃない」んです。
- 黒いこうもり傘を、
紫やグレーの絵の具で表現してるんです。
- ──
- あーーー‥‥ほんとだ。
- 外光派って、つまり、
フランスでいう印象派ということですか。
- 成相
- そうです、そうです。
印象派の影響を受けた日本の画家たちです。
- ──
- この絵も、海面に映る太陽の光の表現が、
モネの《印象 日の出》みたいだし。
- 成相
- 日本の外光派とフランスの印象派は、
まったく同じものではないんですけれど、
《湖畔》という作品で有名な
黒田清輝とその一派が外光派と呼ばれて。
- ──
- 久米桂一郎さんらと、白馬会をつくって。
- 成相
- 和田英作も一瞬、黒田に学んでいます。
- で、黒田の《湖畔》も、
背景が水辺で、画面左側に、大きく女性。
あちらは、真っ白いうちわを手にした
夏の日中の情景ですが、
ほぼ同じ構図と言えます。
もしかしたら、
黒田を意識したのかとも思ったりします。
- ──
- なるほどー。
- 成相
- この朝倉文夫の《墓守》のおじいちゃんも、
当美術館の代表作です。
- ──
- 朝倉さん。この連載をやっていても、
いろんなところで作品にお会いしています。
- 成相
- 朝倉家は、彫刻家の一家なんです。
アトリエを改装した
「朝倉彫塑館」という美術館もあって。 - いま、照明の関係で、
ちょっとかっこいい感じに見えてますけど、
顔を覗き込んでいただくと、
おじいちゃん、じつは「笑ってる」んです。
- ──
- あ、ほんとだ。この方、外国の人ですか?
- 成相
- いいえ、日本の墓守のおじいちゃんです。
- お顔の彫りが深くて
絵になる人だったんでしょう。
朝倉さんがモデルにしたいと思うくらいの。
なので、「外国人ですか?」というのは
あながち見当外れな感想ではなくて、
西洋風の彫刻をつくろうと思ったときに、
西洋的な顔立ちの人を
わざわざモデルに選んだんじゃないかなと。
- ──
- はあ‥‥いや、ほんとカッコいいです。
- 成相
- 当館のコレクションでは、
このへんの大正時代に入って以降の時期が、
とりわけ充実しています。 - 岸田劉生の「切通」の作品は有名ですよね。
《道路と土手と塀(切通之写生)》。
さらには高村光太郎の《手》だとか、
あるいは、萬鉄五郎の《裸体美人》だとか。
これらの作品も、
当館の代表的なコレクションだと言えます。
- ──
- よく見ますもんね、萬さんのこの絵。
- 成相
- 教科書的なものには、必ず載る作品ですね。
- 萬は黒田先生の下で勉強して、
先生の言うことをぜんぜん聞かなかった人。
- ──
- あっ、そうなんですか。へえ。
- 成相
- 鼻の中、髪の毛、脇毛、そして輪郭線‥‥
やたら黒々と描いてますが、
これらぜんぶ、先生の言うことの反対です。 - 卒業制作なんですけれど、この絵は。
- ──
- 印象派の流れをくむ外交派っていうよりも、
ゴッホみたいな感じですよね。
- 成相
- この《太陽の麦畑》などいかにもゴッホ風。
太陽の表現や、草の描写など。
- ──
- ほんとだ。なんかすごくゴッホ。
- 成相
- ただし、当時の萬らは、
ゴッホを
モノクロでしか見たことなかったはずです。 - でも、必死に想像力で補って、
ゴッホ風のスタイルで描いているところが、
すごいし、おもしろいですね。
- ──
- つまり『白樺』みたいな雑誌に載った絵を、
じっと見て描いたってことですよね。 - 写真ですらない、
印刷のモノクロのゴッホをじーぃっ‥‥と。
- 成相
- 当時は、そういう手段でしか見れなかった。
実物は見たことがなかった。 - この時代、ゴッホだとかゴーギャンだとか、
あるいはセザンヌだとか、
同時代の海外‥‥
主としてフランスの画家からの影響が、
「露骨」と言っていいほどに出ていますね。
- ──
- 当時のパリとかその周辺って、
そうやって、
いまも有名な人たちがひしめいてたわけで、
そりゃあ、あこがれますよね‥‥。
- 成相
- お次は、
1階で開催している「民藝の100年」に
ちなんだ、白樺派の小特集です。 - 岸田劉生も民藝に関わっていたんですけど、
バーナード・リーチは、ご存じですか?
- ──
- はい。柳宗悦さんとなかよしの。
- 成相
- 劉生の描いた、バーナード・リーチです。
- ──
- おおー、こんな感じの人だったんだ。
- 成相
- 描いた劉生も描かれたリーチも、まだ20代。
この部屋に集まっている作品は
どれも若々しいです。
この時期はスペイン風邪や結核が流行っていて、
早くに亡くなってしまう作家も多かった。 - 代表的なのが、こちらの関根正二。
若くして才能の花を開かせて散っていきました。
- ──
- 自画像が印象的な人ですよね。
若くして亡くなったと言えば、
村山槐多さんとかも、この時期ですか? - あの、おしっこしてるお坊さんの絵の。
- 成相
- まさに、スペイン風邪で亡くなってます。
関根と並び称される、夭折の画家ですね。 - 次では、主に版画を紹介しています。
当館のコレクションでも、
版画は圧倒的に数が多いんですが、
展示するとなると、なかなか大変。
強い光を当てられないし、
長期間、展示することもできないんです。
- ──
- ああー、版画。
- それまで版画というものの素晴らしさを
わかってなかったんですが、
吉田博さんの展覧会で、思い知りました。
- 成相
- はい、東京都美術館での特別展ですかね。
当館でも、所蔵していますよ。 - いま、ここに出ているのは、
棟方志功だとか富本憲吉などの作品です。
彼らも
民藝に密接に関わった作家たちですね。
- ──
- ああ、ゴッホになりたかった、棟方さん。
- 成相
- ここから、パリを特集したコーナーです。
- 戦前戦後を通じ芸術の都と言えば、パリ。
芸術家にとって、
パリはあこがれの場所だったわけです。
- ──
- ええ。
- 成相
- アンリ・ルソーです。
パリのアンデパンダン展を描いた作品です。 - この作品も当館のコレクションの代表作で、
ルソー本人と
アンデパンダンの会長が握手している場面。
- ──
- あー‥‥ほんとだ。握手してる。
- 作品名が
《第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神》
ってめっちゃ長い。
- 成相
- アンデパンダン展というのは、
無審査、
誰でも出展していいですよという展覧会で、
ルソーは
そこで注目の作家になっていきます。
素人の画家で変なやつがいる‥‥と言って、
みんなに楽しみにされて、
注目されていって‥‥
ルソーはうれしくなって、
会長と握手している自分まで描いちゃった。
- ──
- ライオンも「夢の中」っぽい感じ。
- 成相
- 木立に茂っている葉っぱも、見てください。
ここまで1枚1枚、
丁寧に描かなくたって‥‥と思いますけど、
そこが、ルソーのよさなんですね。 - まわりから「おもしろがられている」反面、
大きな影響を受けた画家もいる。
やろうと思ってもできないスタイルだし、
単純に「ヘタ」とも言い切れない。
実際こうして美術史に名前を刻まれている。
- ──
- 人が宙に浮いてるような絵があったりとか
いろんな辻褄が合ってないのに、
ついつい見入ってしまう魅力がありますね。
- 成相
- もう、このフロアを紹介するだけでも、
セザンヌの花から、劉生の切通、萬の裸婦、
どれもあたりまえにある作品じゃない。
ものすごいコレクション、なんです(笑)。 - あちらには、岡本太郎もかかってますよね。
その向こうには、東郷青児。
- ──
- 東郷さんって、新宿の「SOMPO」の人。
- 成相
- はい、SOMPO美術館です。
- かつては
東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館、
と言っていたところです。
- ──
- ゴッホの《ひまわり》がある美術館。
- 成相
- 東郷青児は、
商品パッケージでも活躍していた人ですね。 - 昭和のビスケットの缶だったり、
そういうところで
東郷の作品に親しんだ人も多いと思います。
おそらくですが、戦後生まれの団塊世代に、
「知っている美術家は誰ですか?」
と訊いたら、美術には関心のない人でも、
岡本太郎と東郷青児そして山下清の名前は、
かならず出たはずです。
それくらい、「時代の寵児」だったんです。
- ──
- テレビへの出演や商品のパッケージで、
大衆的な認知度を持っていた‥‥んですね。
- 成相
- もうね、ぜんぶが「代表作」なんですけど、
この藤田嗣治も、
いわゆる藤田風になる前の重要な作品。
乳白色の裸婦のイメージで知られてますが。
- ──
- おお、うら寂しい‥‥この《パリ風景》は、
あのスタイルになる前の、藤田さん。
猫とか自画像とかのイメージも強いですが。
- 成相
- そうです。そしてこちらは、佐伯祐三。
それも佐伯祐三の作品の中でも、いい佐伯。
- ──
- 出た、「いい佐伯」(笑)。
たしかにぼくでも知ってる、有名な絵です。 - 外国の街ですかね。
- 成相
- パリですね。
- 壁のポスターを描いているんですが、
よく見ると、右上に文字が書いてあります。
その文字の描いてある部分と、
ポスターの上の文字とは、「次元が違う」。
キャンバスの中で、
次元が何層かにわかれているという意味で、
おもしろい作品です。
- ──
- そういう見方ができるんですね。
- 成相
- この画面から感じられる「スピード感」と、
繊細なタッチが、
いかにも佐伯らしいスタイル。素晴らしい。
- ──
- カッコいいなあ‥‥さすがは「いい佐伯」。
- 成相
- はい。カッコいいでしょう?
(つづきます)
2022-01-04-TUE
-
今回のインタビューのなかで
成相さんが解説してくださっている
所蔵作品展は、
2月13日(日)まで開催中です。
(一部の展示は変更になっています)
日本初の国立の美術館が収蔵する
きらめきのコレクションが
「500円」で味わえてしまいます。
年間パスなら、1200円‥‥。
いつ行っても、圧倒的な作品の数々。
言わずもがなではありますが
これは、「見たほうがいい」です!
くわしくは美術館の公式サイトで。