さあ、満を持しての登場です!
「常設展へ行こう!」を名乗る本連載には
決して欠かすことのできない美術館、
上野の「国立西洋美術館篇」。
かの「松方コレクション」をベースにした
見応え120点満点のコレクションを、
4時間半もかけてご案内いただきました。
全13回に渡って、たっぷりお届けします。
これを読んだら、ぜひぜひ、
東アジア最高峰とされる西洋美術の殿堂を、
訪れてみてください。
きっと、いっそう楽しめると思います!
担当は、ほぼ日の奥野です。
- ──
- この連載がはじまってすぐ、
ここ国立西洋美術館がリニューアル工事で
長期休館に入ってしまったので、
もう、取材したくてうずうずしていました。
- 新藤
- ありがとうございます。
- ル・コルビュジエの建築群のひとつとして
当館の本館が世界遺産に登録された際に、
ル・コルビュジエの設計による
当初の前庭の設計意図が
一部失われているという指摘がなされたため、
今回、地下にある企画展示室の屋上防水を
更新する機会に、開館当時の状況に
限りなく近づける工事をしたんですね。
- ──
- ええ。
- 新藤
- 具体的には、ロダンの《考える人》と
《カレーの市民》の位置を、
できる限り開館当初の状態に戻したりとか、
あるいは「モデュロール」と言って‥‥。
- ──
- モデュロール。
- 新藤
- はい、ル・コルビュジエが考案した
建築の基準寸法システムがあるんですが、
それにのっとって、
この前庭の目地も復原したりしています。
- ──
- 寸法‥‥というと、何の寸法ですか?
- 新藤
- ええ、ようするに「身長183㎝の人」が
手を伸ばしたときの高さを基準に、
建築の寸法を割り出しているんです。 - 館内もですし、この前庭もそうなんです。
- ──
- このマス目が、その基準に則っている。
人が手を伸ばした高さ‥‥というと、
あの有名な絵と同じようなことですか。 - ウィト‥‥なんでしたっけ。黄金比の。
- 新藤
- はい、レオナルドらによる
「ウィトルウィウス的人体図」とも、
遠くは響き合います。 - 身長183㎝ということで、
西洋中心主義的で
男性中心主義的かもしれませんけれど、
ル・コルビュジエは、
人間の身体を基準にすることで、
建築的空間も
人にとって心地よいものになるという、
そういう考えを持っていました。
- ──
- 183cmって大きいですもんね。
竣工当時1959年の日本人にしては。
- 新藤
- この前庭の下が展示室なので、
あらためて、防水工事も施しています。 - それでは、建物の中をご案内しますね。
まずはエントランスの19世紀ホール。
- ──
- はい、いつ訪れても雰囲気があります。
- ここが国立西洋美術館の常設展の、
スタート地点。
- 新藤
- 当館には本館と新館とがあります。
ル・コルビュジエの基本設計による建物が、
1959年に竣工した本館。 - そして開館20周年のときに、
ル・コルビュジエの弟子であった
前川國男の設計事務所が新館を設計しました。
当館の向かいにある
東京文化会館も設計した建築家ですけれど。
- ──
- 東京都美術館とかも、ですよね。
- 新藤
- はい、おっしゃるとおりです。
- 現在はル・コルビュジエが基本設計した
本館のほうに古い時代の絵、
つまりオールドマスターたちの作品が、
前川設計の新館には
モダン、すなわち近代の作品が並んでいます。
たとえば、竹橋の東京国立近代美術館の
コレクション展では、
各部屋ごとに、
テーマ別の展示になっていますよね。
- ──
- はい。最初に「ハイライトの部屋」とか、
戦争画が集まっている展示室とか‥‥。
- 新藤
- そうですね、時代を追ってゆく展示ではない。
イギリスの近現代美術館である
テート・モダンなんかが先駆けですが、
いまでは国内外を見渡しても、
テーマ別の展示が
かなりスタンダードな見せ方になってきました。 - 一方、当館は、
基本的には時代順/地域別に作品を並べ、
美術史の複数の展開を交錯させ合いながら
展示を見せてゆくという、
ある意味では
オーソドックスなやりかたを保持しています。
- ──
- なるほど。
- 新藤
- ちなみに当館のコレクション形成は、
開館してから9年後、
1968年に
山田智三郎が第2代館長に就任して以降、
大きな方針転換を遂げました。
- ──
- と、言いますと?
- 新藤
- ご存知のように、国立西洋美術館では、
松方幸次郎の所蔵していた作品群が
コレクションのベースになっています。 - 大戦後、フランスから寄贈返還された
松方コレクションが約370点、
それらは基本的に、
ほとんどすべてがフランス近代の美術でした。
しかしながら、
いま、まわりを見渡していただくと、
フランス近代じゃない作品も
たくさん並んでいますよね。
- ──
- たしかに。
- 新藤
- 当初、ル・コルビュジエは
フランス近代美術を並べる場所として、
この美術館を構想しました。 - でも、第2代館長の山田智三郎が、
この美術館は「多種多様な美」つまり
中世の終わりから20世紀初頭までの
美術の展開を
見せていく場としてゆくべきだ、
そう謳って、大きく舵を切ったんです。
- ──
- なるほど。
- 新藤
- たがいに絡み合いながら流れる
複数の川のようなものだといえるかもしれません、
国立西洋美術館が描きだそうとする
芸術の歴史というのは。 - そのために、
テーマによる展示を全面化するのではなく、
かなりの程度、
順序だった歴史の体系を見せてゆく。
それが当館の常設展示のやりかたです。
フランスのルーヴルやオルセーなどと、
基本的には同じコンセプトですよね。
- ──
- 美術史の体系に沿って、見ていけると。
- 新藤
- ただ、その大きな構造は崩さないまま、
ポイントポイントで、
あるテーマのもとで所蔵作品を見せる
「コレクション・イン・フォーカス」
という試みを、
先のリニューアル後にはじめました。 - 美術史研究の視座だけでなく、
保存科学、保存修復、教育普及‥‥などの観点から、
コレクションを深掘りしていく、
複数の「特集」のようなコーナーです。
- ──
- この19世紀ホールから
スロープを上っていってすぐのところに、
ちっちゃな部屋がありますよね。 - いつだったか、そこに
ハンマースホイがかけてあったんです。
何だか、すっごく古そうな作品と一緒に。
あれも‥‥。
- 新藤
- はい、あの展示も
去年の「コレクション・イン・フォーカス」
のひとつですね。 - あのときは「黙せる音楽」というテーマで、
音の鳴らない楽器‥‥
鳴っていないように思える楽器の
描かれた絵を、同僚が対置したんです。
ひとつが、そのハンマースホイの室内画で、
もうひとつが、
エヴァリスト・バスケニスのリュートの絵。
- ──
- はい、あの部屋では、国立西洋美術館でも、
とりわけ古そうな絵を見ることが
多かった気がするので、すごく新鮮でした。
- 新藤
- コレクション・イン・フォーカスの例では
ないのですが、
あの部屋に、クールベとリヒターの絵を
並べたこともあります。 - リヒターの絵画はお借りしたものでしたが。
- ──
- 印象派よりも前のレアリスムの作家と、
現代美術の大御所。 - どうしてそのふたりを並べたんですか。
- 新藤
- リヒターの自宅のダイニングルームに、
クールベの絵画がかかっていると。
そこから発想しました。 - リヒターに《シルス・マリア》という
スイスの地を書いた絵があるんですけど、
当館にその作品とほぼ同じ寸法で、
スイスに亡命する直前に制作された
クールベの風景画がありますので、
たがいに対面させてみたんです。
(つづきます)
※作品の保存・貸出等の状況により、
展示作品は変更となる場合がございます。
2023-08-09-WED
-
2016年、世界遺産に指定された
ル・コルビュジエ建築の国立西洋美術館。
この「常設展へ行こう!」の連載が
はじまる直前、地下にある
企画展示館の屋上防水更新の機会に、
創建当初の姿へ近づけるための
リニューアル工事がはじまったのですが、
その一部始終を描いた
ドキュメンタリー映画が公開中です。
で、これがですね、おもしろかった。
ふだんは、見上げるように鑑賞している
巨大な全身肖像画‥‥たとえば
スルバランの『聖ドミニクス』なんかが
展示室の壁から外されて、
慎重に寝かされて、
美術運搬のプロに運ばれていく姿なんか、
ふつう見られないわけです。
それだけで、ぼくたち一般人には非日常、
もっと言えば「非常事態」です。
見てて、めちゃくちゃドキドキします。
重機でロダン彫刻を移動する場面とかも
見応えたっぷりで、
歴史的な名画を描いたり、
彫刻をつくったりする人もすごいけど、
それを保存したり修復したり
移動したり展示する人も同じくすごい!
全体に「人間ってすごい」と思わせる、
そんなドキュメンタリーでした。
詳しいことは映画公式サイトでご確認を。
また、その国立西洋美術館の
現在開催中の企画展は、
「スペインのイメージ:
版画を通じて写し伝わるすがた」です。
展覧会のリリースによると
「ゴヤ、ピカソ、ミロ、ダリら
巨匠たちの仕事を含んだ
スペイン版画の系譜をたどることに加え、
ドラクロワやマネなど
19世紀の英仏で制作された
スペイン趣味の作品を多数紹介します」
とのこと。まだ見に行ってないのですが、
こちらも、じつにおもしろそう。
常設展ともども、夏やすみにぜひです。