連載第11弾は、箱根のポーラ美術館へ。
まさにいま、
開館以来、最大規模のコレクション展が
開催されています。
モネから、ルノワール、ベルト・モリゾ、
藤田嗣治、日本の具体、そしてリヒター。
ポーラ美術館といえばの名作から、
新収蔵作品もたーっぷりと楽しめます。
チャンスがあったら是非、
訪問することをお勧めしたい展覧会です。
ご案内くださったのは、工藤弘二さん。
担当は「ほぼ日」奥野です。
個人的には、
新収蔵作品だけの藤田嗣治さんの展示室、
あれがすごかった‥‥!

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第1回 森の中の「ロニ・ホーン」から。

──
いま、ぼくたちは、
いったいどちらへ向かっているんでしょう?
工藤
はい(笑)、ロニ・ホーンさんという
アメリカの現代美術作家がいるんですけど、
以前、展覧会を開催したのを機に、
ガラス彫刻の作品を収蔵させていただいたんですね。
白いガラスでできた大きな作品なんですが、
この先の遊歩道に置かれていまして。
──
へえ、こんなところに‥‥あ、なんか見えてきた。
工藤
その、少し前の「ロニ・ホーン展」のとき、
今からごらんいただくガラス彫刻の
別バージョンが、
SNSなどで広まっていったんですね。
今回の展覧会の「モネからリヒターへ」が、
「光」をキーワードにしているんですが、
それとの関わりで、
この作品も紹介させていただきたいな、と。
──
つまりは、光を感じさせる作品なんですね。
うわあ‥‥すごい大きな作品!
工藤
作品名を『鳥葬(箱根)』と言います。

──
えーっと、鳥葬というと、あの、
チベットでハゲワシにご遺体を食べてもらう。
工藤
そうです。
──
この綺麗な作品の名前が、「鳥葬」ですか。
ロニ・ホーンさんって、
どういうアーティストなんですか。
工藤
日本では紹介が遅れていたんですけれど、
アメリカの現代美術を代表する作家です。
このようなガラスの作品をつくる方ですが、
ガラスって、
長い時間をかけてゆっくり鋳造していくと、
こんなふうに内部が透明になるんです。
──
宝石とか琥珀糖みたいな美しさ。
大きさがぜんぜんちがいますけど(笑)。
工藤
今日は残念ながら雨が降っていますけど、
晴れた日に見ていただくと、
水がいっぱいにたたえられているような、
そんなふうに感じられます。

ロニ・ホーン《鳥葬(箱根)》
2017−2018年 鋳放しの鋳造ガラス 高131.4 径142.2cm
© Roni Horn Photo: Nagare Satoshi ロニ・ホーン《鳥葬(箱根)》
2017−2018年 鋳放しの鋳造ガラス 高131.4 径142.2cm
© Roni Horn Photo: Nagare Satoshi

──
表面張力みたいな感じで、綺麗ですね‥‥。
ガラスでできた大きなかたまり。
つまり、中身が「空洞」とかではなくて。
工藤
はい、そうなんです。
ガラスをこのような状態にするためには、
とてつもなく長い時間がかかるそうです。
こういう状態のガラスを
ごらんになられたことって、ありますか。
──
ないです、ないです。
ガラスといえば窓ガラスみたいに薄いか、
おはじきみたいにちっちゃいか、でした。
工藤
先ほども、今回の展覧会は
「光」がテーマだと申し上げたのですが、
この作品も、
内部に光を宿したようにも見えませんか。
──
はい、見えます。ボワッとしてます。
工藤
晴れた日に見ていただくと
またちょっとちがった見え方をするので、
少し遠いかもしれませんが、
ぜひぜひ、またいらしてください(笑)。
──
来ます、来ます。楽しみが増えました。
ちなみにですが、
とっても素朴な疑問で恐縮なんですけど、
こういう綺麗な作品を屋外に置くと、
こうやって雨が降って、
雨水や枯れ葉がたまったり、
泥がはねたりもするわけじゃないですか。
工藤
ええ。
──
それはつまり、そういうものだと?
工藤
そうですね。この場合は、作家自身に
「ここに置きたい」という意向があって。
──
へええ‥‥、ロニ・ホーンさんご自身が。
そうなんですか。
陽が差したり、雨が降ったり、
日々変化する自然の中で見てほしい‥‥
ということなんでしょうかね。

工藤
もちろん、実際の「鳥葬」と同じように、
とは言いませんが、
こういう場所に恒久的に展示することで、
徐々に朽ちていくわけです。
もちろん、すぐにはそうならないけれども、
長い時間をかけて自然になじんでいく。
このガラスの色合いなども、
徐々に変わっていくかもしれないですよね。
そんなことも、ロニ・ホーンさんは、
きっと想像されているのではないかなあと。
──
時間とともに変化していく作品‥‥ですね。
以前、岩谷雪子さんという美術家さんの、
無数のオオウバユリの種子を
貼り合わせてつくった
作品を買ったことがあるんですが、
「たぶん、いつか自然にこわれて、
種子のじゅうたんになります」
というので、ほしくなっちゃったんです。
工藤
なるほど。
──
いまの美しさは永遠に続かないけど、
また
別の美しさに変わっていくというところが。
この林の静寂の中で鑑賞するという経験も、
またちょっと、いいものですね。
工藤
ここは、すでに「国立公園の中」なんです。
なので、基本的には、
あらゆるものが「手つかずのまま」なので、
この場所自体が「自然の赴くまま」ですね。
ちょっと霧が出てきましたね。
では、そろそろ展覧会場へ戻りましょうか。

──
はい、よろしくお願いいたします。
工藤
歩きながら説明しますと、
今回は「モネからリヒターへ」と銘打って、
ハイライトとして、
モネとリヒターを並べて紹介していますが、
全体的には開館20周年記念展示として、
新収蔵作品をたくさん紹介しているんです。
──
はい、楽しみにしてきました。
工藤
ポーラ美術館というと、
印象派とか20世紀絵画というイメージを
お持ちかもしれませんが、
これからは「現代美術」にも、
力を入れていきたいと思っているんですね。
冒頭から、これまでの当館コレクションと、
今回、新しく収蔵された作品とを、
対比するようにしてご紹介しているんです。
──
ああ、エントランスにはまず、ルノワール。

ピエール・オーギュスト・ルノワール《レースの帽子の少女》
1891年 油彩/カンヴァス 55.1 x 46.0 cm ピエール・オーギュスト・ルノワール《レースの帽子の少女》
1891年 油彩/カンヴァス 55.1 x 46.0 cm

工藤
はい、この作品は、ポーラ美術館開館以来、
メインビジュアルとして使ってきた
《レースの帽子の少女》という作品ですね。
ポーラ美術館といえば、
この作品を思い浮かべますなんていう方も、
多いかもしれませんね。
──
なるほど。そして、レジェの作品。
工藤
これはとなりのルノワールと対比していて、
どちらも女性の「身繕い」の場面。
ルノワールは髪を結っているところ、
レジェは、女性が鏡を見ているところです。

フェルナン・レジェ《鏡を持つ女性》
1920年 油彩/カンヴァス 55.6×38.7cm フェルナン・レジェ《鏡を持つ女性》
1920年 油彩/カンヴァス 55.6×38.7cm

──
あ、レジェ、よくよく見れば、たしかに!
鏡を見てますね。
工藤
ちなみに、先ほど、取材がはじまるまえに
松本竣介がお好きだって
おっしゃっていましたが、
このあたりの西洋絵画などはいかがですか。
──
はい、好きです。
印象派には、いろんな美術館で会えるので。
作品単位ですけど、
たとえば印象派のアニキ分みたいなマネの
《フォリー・ベルジェールのバー》とか。
印象派では、ルノワールなら
《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》
とか、モネなら
《サン=ラザール駅》とか。王道ですけど。
工藤
なるほど、なるほど。
──
あとは、もう少しあとですが、
エコール・ド・パリのフジタやユトリロは、
すごく好きかもしれません。
工藤
ああ、そうなんですね。
今回はユトリロはご紹介してないですけど、
フジタは、のちほどたっぷり出てきますよ。
──
わー、楽しみです!
工藤
おっしゃるように印象派の画家の作品って、
各地の美術館に入っていますが、
この作品は新収蔵。
ベルト・モリゾという女性作家の作品です。
これは印象派だけの話ではないんですけど、
女性の作家の作品って、
これまで注目されてこなかった歴史があり、
今後、積極的に収蔵していこうと。

ベルト・モリゾ 《ベランダにて》
1884年 油彩/カンヴァス 81.0×100.2cm ベルト・モリゾ 《ベランダにて》
1884年 油彩/カンヴァス 81.0×100.2cm

──
その問題意識については
今、いろんな美術館さんが持っているはずですね。
ベルト・モリゾって、
マネの弟の奥さんでしたよね、たしか。
工藤
はい、そのとおりです。
もともと本人はマネに絵を学んでいました。
だからモリゾが語られるときには、
必ずといっていいほどマネも出てきますが、
当然モリゾも独立した作家ですし、
ごらんのように、
こんな素晴らしい作品を残しているんです。
──
何人かの男女がバルコニーにいるみたいな、
マネの有名な絵にも描かれてますよね。
工藤
そうそう、そうです、そうです。
その名も《バルコニー》という作品ですね。
──
アーティゾン美術館でよく観ていました。
メアリー・カサットといっしょに。
工藤
ああ、なるほど。
このベルト・モリゾの作品は、
女性作家にいっそう注目していこうという
当館の方針を象徴する作品です。
──
新しい作品を入れていこうとなるときって、
何かきっかけがあるんですか。
工藤
当館は今年開館20周年を迎えるのですが、
新しい作品を収蔵しはじめたのは、
ここ5年くらいなんですが、
ひとつのきっかけとしては、
現代美術のギャラリーをつくったんですね。
──
ええ。
工藤
そこで現代の作家を紹介しているのですが、
従来のコレクションは
印象派や20世紀前半のものが多いので、
現代との間に時間のひらきがあったんです。
つまり、その間の、
重要なピースを埋めていこうということで。
──
なるほど。そのときの方針というか
コレクションを収蔵する方向性のひとつが、
「女性作家」であったと。
工藤
そうですね。
このロベール・ドローネーなんかも、
新収蔵した、非常に重要な作家なんですよ。

ロベール・ドローネー《傘をさす女性、またはパリジャン》
1913年 油彩/カンヴァス 122.8 x 90.2 cm ロベール・ドローネー《傘をさす女性、またはパリジャン》
1913年 油彩/カンヴァス 122.8 x 90.2 cm

──
おお‥‥抽象的‥‥というのか、
《傘をさす女性、またはパリジェンヌ》と。
言われてみれば、たしかにそう見えます。
工藤
となりに展示されている、
モネの日傘をさす女性の絵と対比しています。
あるいはこちら、モネの風景画と、
アメリカのジョアン・ミッチェルという
抽象画家の作品は、
ともに「セーヌ河」を描いているんです。
──
あ、こっちもセーヌ河なんですね。
工藤
そう見えないですか?
──
はい、あの‥‥今のところ(笑)。
工藤
そう言われても、難しいですよね(笑)。
実際、抽象画ですから、
具体的なものは描かれてはいません。
ただ、やっぱり、
ブルー系の色は水面かなあと思えますし、
明るい色は水面に反射する光かな、とか。
──
なるほど、なるほど。
工藤
作家が、そういう光景に
インスピレーションを得て描いた作品が、
きっと
この「セーヌ河」じゃないかと思います。

©Ken KATO ©Ken KATO

(つづきます)

2022-07-25-MON

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  • ポーラ美術館開館20周年記念展 モネからリヒターへ 新収蔵作品を中心に

    いま「開館以来、最大規模」の展覧会が、
    ポーラ美術館で開催されています。
    モネとゲルハルト・リヒターの競演、
    すべて新収蔵作品で構成された
    藤田嗣治の展示室。
    さらには、ルノワールやマティスなど、
    ポーラ美術館ではおなじみの印象派、
    20世紀美術の有名作から、
    戦後の日本美術、
    杉本博司さんなどの現代アートまで、
    新旧の名画ががズラリと並びます。
    見ごたえ、満足感が本当に、すごいです。
    9月6日(火)までの開催。
    この夏休みは、ぜひ、箱根へ。必見です。

    常設展へ行こう!

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