連載第11弾は、箱根のポーラ美術館へ。
まさにいま、
開館以来、最大規模のコレクション展が
開催されています。
モネから、ルノワール、ベルト・モリゾ、
藤田嗣治、日本の具体、そしてリヒター。
ポーラ美術館といえばの名作から、
新収蔵作品もたーっぷりと楽しめます。
チャンスがあったら是非、
訪問することをお勧めしたい展覧会です。
ご案内くださったのは、工藤弘二さん。
担当は「ほぼ日」奥野です。
個人的には、
新収蔵作品だけの藤田嗣治さんの展示室、
あれがすごかった‥‥!
- 工藤
- こちらは、当館の「とてもいい睡蓮」です。
- ──
- とてもいい(笑)。でも、たしかに。
- 工藤
- 当館にモネの《睡蓮》は2点あるんですね。
- こちらは画面全体が水面ですけれども、
下の階で
リヒターと並べて展示しているのは、
いわゆる太鼓橋の描かれている《睡蓮》で。
- ──
- モネの《睡蓮》って
ぜんぶで200以上あるとのことですけど、
太鼓橋の《睡蓮》も複数あるんですか。
- 工藤
- はい、あります。
- モネは1899年から《睡蓮》を描き出しますが、
太鼓橋の《睡蓮》が第1連作、
水面を描いた《睡蓮》が第2連作と言われていて。
- ──
- 国立西洋美術館さんに、
表面の剥がれた、すごく大きな《睡蓮》が
ありますよね。 - たしか、凸版印刷さんが
デジタル技術で擬似的に修復していました。
- 工藤
- ええ、ありますね。
あの作品も、すばらしい《睡蓮》ですよね。 - こちらはマティス初期の作品なんですけど、
新収蔵です。
- ──
- 《オリーブの木のある散歩道》。
- 工藤
- これまでもマティスは持っていたのですが
初期の時代がなかったので、
こちらの作品を新たに加えたんです。 - 今回は、マルケやヴラマンクといっしょに
こちら側の列で「フォーヴィスム」、
つまり色彩の流れを見せています。
- ──
- はい。
- 工藤
- そして、反対側の壁では、
セザンヌからピカソ、ベン・ニコルソンと続く
「キュビスム」、
つまり線やかたちの流れを見せています。
- ──
- あ、なるほど。色と形で対比的に。
- あ、でもブラックが両方の壁にいますね。
色彩と形態と。ブラックと言えば
ピカソとともにキュビスムの代表作家、
つまり形態の人だと思っていたんですが。
- 工藤
- ジョルジュ・ブラックは、
最初のうちは、フォーヴィスムのような
描き方をしていたんです。
- ──
- そうなんですか。へええ‥‥!
- 工藤
- ピカソとキュビスムの実験をはじめる前は、
こういう絵を描いていました。 - これもですね、すごくいいブラックです。
《レスタックの家》と言って‥‥
あ、ごめんなさい、
さっきから何か自慢してるみたいな‥‥。
- ──
- 他館のみなさんも
もう、はりきって自慢されていますので、
どんどん自慢してください(笑)。
- 工藤
- あ、本当ですか。では、遠慮なく(笑)。
- で、キュビスムのブラックに
フォーヴィスムみたいな描き方をしていた
時期があるように、
マティスにも点描の時代があったんですよ。
- ──
- ええっ、スーラの
《グランド・ジャット島の日曜日の午後》
みたいな‥‥?
- 工藤
- マティスはシニャックの描き方を学んでます。
- わたしたちがよく知っているマティスは、
色彩が前面に出た、
フォーヴィスム時代が有名なんですけれど、
その前に「点描の時代」があった。
代表的な作品は
オルセーにある《豪奢、静寂、逸楽》です。
- ──
- 絵の具を混ぜずに点々を打っていくという
気の遠くなるような描き方を、マティスも。 - それは、すごく意外です。
- 工藤
- こちらの《オリーブの木のある散歩道》は、
点描からフォーヴへの移行期にあたる作品。 - その意味で「初期」なんです。
- ──
- たしかに、細かくないけど点々で描いてる。
- でも、何々派とかナントカスムとか、
画一的に分類しがちですが、そうですよね。
ひとりの作家の中でも、
描き方には、いろいろ変遷がありますよね。
ピカソなんか、まさにでしょうし。
- 工藤
- 同じようにラウル・デュフィという作家も、
極めて軽快な描き方が有名ですが、
初期には
フォーヴィスム風の作品を描いていました。 - マティスはフォービスムですね、
ブラックはキュビスムですねと、
もっとも有名な時代で覚えられていますが、
必ずしも、それだけではないんです。
- ──
- ちなみに、ここのパートのタイトルが、
「セザンヌからニコルソンまで」
となっているということは、
ニコルソンという人が重要なんですか。
- 工藤
- ええ、重要です。ベン・ニコルソンですが、
ご存知ですか?
- ──
- いえ、不勉強で、何も。
- 工藤
- イギリスの作家で、
抽象的な作品をたくさん残した作家ですね。 - こういった作品‥‥これも静物なんですが、
物体を分解して描いています。
タイトルは《セント・アイヴスの港》です。
- ──
- 港‥‥あ。
- 工藤
- そう。
- ものごとを分解するのがキュビスムですが、
そういう時代の影響も受けながら、
よく見ると、ここがほら、港なんですよね。
- ──
- はい、見ていて途中で気づきました。
- 青森県立美術館で見た、
土地から感じる印象を絵に描いてこられた
村上善男さんの作品と、
どことなーく、親しいものを感じるような。
- 工藤
- ああ、そうなんですね。
- では、こちらの大きな絵は
マルコ・デル・レというイタリアの作家の
《赤い室内》という作品なのですが、
どうでしょう、誰かに、似ていませんか?
- ──
- ‥‥‥‥‥‥マティス‥‥ですか?
- 工藤
- ご名答。マティスが大好きだったんですよ。
心から尊敬している、と。 - 画面の色の鮮やかさをはじめ、
たしかに、似通った雰囲気を感じますよね。
- ──
- 壁の柄みたいなのも、どこか。
- 工藤
- はい、そうですね。マティスは、
部屋の壁の装飾など好んで描きますからね。 - よく言われることですが、
マティスは壁と床の境目を明確に描かずに
3次元空間を平面的に表現しますが、
そんなところも似ています。
ただ、マルコ・デル・レは現代の作家です。
この作品も2011年のものですね。
- ──
- あ、そんな最近の人だったんですか。
ここからは一転して、しっとりした感じで。
- 工藤
- そうですね。
- ──
- 直前まで
マティスやマルコ・デル・レを見てたので、
何というか「暗め」‥‥というか。
- 工藤
- 日本人画家の描く洋画って、
西洋絵画と比較すると「暗い」んですよね。 - こちらは、関根正二です。
- ──
- 早逝というか、早く亡くなった方ですよね。
印象的な自画像の。
- 工藤
- そうですね。夭折の画家と呼ばれています。
- そして、あまりに有名な《麗子像》ですね。
岸田劉生が自分の子を描いた作品。
- ──
- 自分の娘をこんなにもたくさん描くのって、
いったいどういう‥‥
並べて言うのも失礼かもしれませんが、
世のお父さんたちが、
娘の似たような写真をたくさん撮っている、
あれと同じような気持ちなのかなあ。
- 工藤
- どうでしょうね(笑)。
でも、実際、本当にたくさんあるんですよ。 - 当館にも、ごらんのように
《麗子微笑》と《麗子像》と《麗子坐像》、
3つの「麗子」を所蔵しています。
- ──
- それぞれに、微妙に表情がちがって。
- 工藤
- でも、だいたいムスッとしてる(笑)。
- 彼女は当時、まだ小さかったので、
絵のモデルに慣れてないし、
ずっと黙って座ってなきゃいけないし‥‥で
「顔が笑ってない」んです(笑)。
- ──
- なるほど(笑)。
- それは‥‥ムスッとしても仕方ないですよね。
まだ、こんなちっちゃいわけですし。
- 工藤
- 画家とモデルの話、いろいろありますよね。
- 職業モデルが使えないとなると、
どうしても家族にお願いすることになって、
でも、みんな長時間座らされたりして、
イヤになっちゃったみたいな話があります。
- ──
- 彫刻ですが、ジャコメッティも、
家族をはじめ、
何年も何年も同じ人を前に座らせていたと、
富山県美術館で聞きました。 - ゴッホは「自画像」が多いですよね。
- 工藤
- ゴッホは、自分と、郵便配達の人だったり、
生活の近くにいた人を描いてますね。 - さて、こちらは新収蔵、里見勝蔵です。
ヴラマンクに、それまでの優等生的な絵を
ダメ出しされて、
こんなふうに過激な描き方になった人です。
- ──
- 作品のタイトルは《ポントワーズの雪景》。
たしかにダイナミックな雪景色です。
- 工藤
- さあ、おまたせしました(笑)。
お好きだという、松本竣介です。
- ──
- はい、わあ、でも、
そんなにいっぱいは知らないんですけれど。 - 最近は大原美術館さんで見た作品が、
こんなような、綺麗なブルーの色でしたね。
- 工藤
- ええ、抽象化した「街」に、
人物めいた影がおぼろげに浮かんでますが、
こういった色調が多いです。 - 大原美術館さんの作品も、同じシリーズでしょう。
- ──
- 当時の時局に抵抗してたんですよね。
- 工藤
- そうなんです。
- この人は『みづゑ』という雑誌に掲載された
「生きてゐる画家」という文章が有名。
戦争の時代に「こう描くべきだ」という絵、
戦争に協力するような絵、
体制に迎合するような絵‥‥に対して、
真っ向から反論したのが、竣介なんですよ。
- ──
- 当時の警察とかに、にらまれるかもしれないのに。
- 工藤
- 自由に描きたいものを描くべきだ‥‥って。
- ──
- そういう人だったんですね。
- 森村泰昌さんが、
松本竣介さんの全身の青年像に扮装されていて、
それで、オリジナルを好きになったんです。
- 工藤
- これは、その《立てる像》の背景です。
- ──
- あ、そうなんですか。え、あの絵の「背景」?
どこなんだろう。
- 工藤
- 高田馬場のあたりですね。
- ──
- へええ、そうだったんですか、高田馬場!
意外に身近な場所だったんだ。
どのあたりかな。ビッグボックスとか?
- 工藤
- 神田川に架かる田島橋‥‥ですね。
- ビッグボックスとの位置関係は
ちょっとわからないんですけど(笑)。
(つづきます)
2022-07-26-TUE
-
いま「開館以来、最大規模」の展覧会が、
ポーラ美術館で開催されています。
モネとゲルハルト・リヒターの競演、
すべて新収蔵作品で構成された
藤田嗣治の展示室。
さらには、ルノワールやマティスなど、
ポーラ美術館ではおなじみの印象派、
20世紀美術の有名作から、
戦後の日本美術、
杉本博司さんなどの現代アートまで、
新旧の名画ががズラリと並びます。
見ごたえ、満足感が本当に、すごいです。
9月6日(火)までの開催。
この夏休みは、ぜひ、箱根へ。必見です。