さまざまなミュージアムが所蔵する作品や
常設展示を観に行く連載・第3弾は
「トライアローグ」展を開催中の
横浜美術館さんに、おじゃましました。
「トライアローグ」展は、
横浜美術館・富山県美術館・愛知県美術館
という日本の公立美術館を代表する3館が、
それぞれのコレクションを組み合わせて
20世紀の西洋美術の歴史を振り返る試み。
「所蔵作品を活用した企画展」なので、
常設展じゃないけど、行ってきました!
ピカソ、デュシャン、マティスから、
シュルレアリスムを経て、
ウォーホルやリヒターなど現代美術まで。
作品の解説をしてくださったのは、
学芸員の大澤紗蓉子さん。
担当は、ほぼ日奥野です。どうぞ!
- ──
- 同じ「りす」という作品が、ならんでる。
めっちゃかわいいですね。
- 大澤
- はい、メレット・オッペンハイムという
スイスの作家の作品ですね。 - この人は、お父さんの影響で
フロイトやユングの精神分析に触れていて、
その影響下で
ブルトンの存在を知って会いに行き、
シュルレアリストになった女性作家です。
- ──
- フロイト、ユング、ブルトン。
- 大澤
- 中国製のティーカップやスプーンを
毛皮で覆った作品が、
ブルトンに高く評価されたんです。 - それまでシュルレアリストの作品を
購入したことのなかった
ニューヨーク近代美術館が買ったという
逸話が残っています。
- ──
- このふたつ‥‥右が横浜美術館、
左が富山県美術館の所蔵品なんですね。
- 大澤
- 美術品は「一点もの」だということが
それまでの常識でしたけど、
デュシャンが
便器を芸術にしてしまったことで、
大量生産の工業製品ですら、
芸術になり得る時代が到来したんです。
- ──
- その流れの中で、この作品も。
ものすごく大きな考え方の変化ですね。
- 大澤
- この作品は「デペイズマン」という、
シュルレアリスムの手法が使われていて、
ビールジョッキと人工毛皮という
本来であれば
一緒になるはずのないもの同士を
あえてくっつけています。 - 「りす」と名付けることで、
さまざまな考えを掻き立てられますね。
こうしたことも、
シュルレアリストが考え出したことで。
- ──
- シュルレアリスム、あらためておもしろいです。
- 大澤
- あるいは、アイロンに釘を刺している、
マン・レイのナンセンスなオブジェ。 - 日常的に使われる既製品を異化していく方法論が
確立されたため、
同じ作品がいくつもできちゃうという
事態が起こったんです。
- ──
- この「りす」も、数ある中のふたつ。
- 大澤
- はい、それも販売用に100個と、たくさん。
- そのうちの2個が、
ここにやってきているというわけです。
ふたり並べて、双子ちゃんです(笑)。
- ──
- 芸術作品の大量生産‥‥という事態は、
のちのウォーホルにつながりそうな。
- 大澤
- こうして、ふたつを並べることで
芸術作品の大量生産という
20世紀美術の特徴を提示しながら、
単純に「かわいい」という(笑)。
- ──
- 大事ですよね、「かわいい」は。
- 同じところでつくられた複製品どうしが、
長い旅を経て、
別々のルートをたどりながら、
それぞれ
横浜美術館と富山県美術館にたどりつき、
いまここで、こうして、再会したんだ。
- 大澤
- そうです、そうなんです。
そう思うと本当にドラマチックなんです。 - 富山県美術館に収蔵されたのは1984年、
横浜美術館に収蔵されたのは2003年と、
購入した時期もまったくちがうんですけど。
- ──
- どっちがどっちか、わかんなくなりそう。
見分け方が、きっとあるんでしょうけど。
- 大澤
- はい‥‥ここだけの話、
これ、絶対にわかる方法があるんですよ。 - 横浜のビールジョッキの中をよく見ると、
ちっちゃいクモさんがお亡くなりに‥‥。
- ──
- わあ、本当ですか。おもしろーい(笑)。
いつ入ったんだろう?
- 大澤
- 不明なんです。ずっと前からいるんです。
- もちろん毛並みでも判別できるんですが、
確実なのは、クモさんです。
- ──
- 買ったときから、入ってたんですかね。
- というか、
制作時に入ったかもしれないですよね。
あとからじゃ、入りにくそうだし。
- 大澤
- かもしれないですね、うん。
美術館が収蔵したときから、いるので。
- ──
- そうなると、
50年とか60年も前のご遺骸が‥‥。
- 大澤
- はい(笑)。
- ちなみに、マン・レイのアイロンって、
1921年につくった1作目は、
パリで開いた個展の初日に
盗難にあってしまったらしいんですよ。
- ──
- えええ、それは‥‥なんと(笑)。
- 大澤
- この作品は、それから50年ほど後に
マン・レイの監修のもと、
エディションつきで再制作されたもの。
- ──
- いろんなエピソードがあるものですね。
美術って、そこがおもしろいですよね。
- 大澤
- このような
シュルレアリストから影響を受けながら、
ジャクソン・ポロックなどの
抽象美術の表現が、
アメリカで花ひらいていくんです。 - それまでのアメリカでは、
ありのままの対象を描く
リアリズムの伝統が大きかったんですけど、
ジョージア・オキーフ然り、
ポロック然り、
アメリカで、抽象表現というものが、
ひとつのムーブメントになるんですね。
- ──
- シュルレアリスムって、
本当にいろんなものを生んだんですね。
- 大澤
- こちらのポロックの作品は有名なので
ご存知だと思いますが、
ポーリングという
絵具を垂れ流す手法で描かれています。 - オートマティスムに
影響を受けたとも言われています。
- ──
- 自分などは、気づいたときには、
こうしたポロックのようなイメージは、
洋服のグラフィックとかをはじめ、
いろんなところで見ていて、
後から
ポロックを知るみたいな状態でしたが。
- 大澤
- ええ。
- ──
- 革新的だったんでしょうね、当時は。
- 大澤
- はい、極めて独創的な手法で、
抽象の世界に新境地をひらいた人です。 - こちらのルイスも戦後アメリカの
抽象美術の運動の代表作家なんですが、
抽象表現主義から
「カラー・フィールド・ペインティング」
という流れを生み出した芸術家ですね。
- ──
- めちゃくちゃデカくないですか。
- 大澤
- そうなんです、アメリカで
もうひとつの大きな変化が訪れまして、
それが「作品の巨大化」です。
- ──
- 作品のサイズを大きくするというのは、
単純なことのようでいて、
誰もやってなかったってことですか。
- 大澤
- 一説には、やっぱり
アメリカが広大な国であるということ。 - ヨーロッパとはまったく異なる風土が、
影響したんじゃないかと。
- ──
- 物理的に大きくする空間があった、と。
- 大澤
- ここからは、第3章に入ります。
- 見ていただければ一目瞭然なんですが、
ありとあらゆる、
さまざまな表現方法が
世界中で試されていった時代ですね。 - あまり好きな言い方じゃないんですが、
いわゆる「何でもあり」という。
- ──
- これも芸術である‥‥ということが、
受け止める側にも、
育まれていったということですよね。
- 大澤
- そうですね。
- ヴァイオリンをバラバラに壊して
アクリル樹脂に封じ込めている作品、
これは
アルマンという作家のものですね。
- ──
- 作品名が《バイオリンの怒り》ですか。
その一言で、なんかすごく「わかる」気がする。
- 大澤
- 友人のイヴ・クラインとともに、
ヌーヴォー・レアリスムの代表的作家。 - 第二次世界大戦後、
モノの溢れた消費主義社会の隆盛の中、
日常を揶揄するような方法で、
身辺のモノを扱うのが彼らの手法です。
- ──
- なるほど。
- 大澤
- こちらのルイーズ・ニーヴェルソンは
ロシアから
幼いころにアメリカに移住した作家で、
これは、ベッドやキャビネットなど
廃品になった家具を解体して
真っ黒に塗りつぶしつつ、
レリーフ状に再構成した作品なんです。
- ──
- はあ‥‥これも芸術なんだ。
あっちには、ウォーホルもありますね。
- 大澤
- あのマリリンの作品は
すべて富山県美術館の所蔵品。 - 日本の公立美術館が買った、
はじめてのアンディ・ウォーホルです。
- ──
- 有名で、みんな知ってると思いますが、
ウォーホルという人は、
どんなふうに評価されているんですか。
- 大澤
- やはり、すごかったのは
マリリン・モンローの作品でも使われた
スクリーンプリントという商業的な手法を、
美術の世界に
はじめて導入したひとりということです。 - 本人は「好きだから、つくった」という
言い方しか残していなくて、
どこまで戦略的だったかは、
いまだに論争が続いているんですけれど。
- ──
- ええ。
- 大澤
- ああして、大衆文化の象徴的アイコンを
大量生産することで、
「美術は一点ものである」という神話が、
決定的に崩壊したんです。
- ──
- はあ‥‥おもしろい。
- 美術って、新しくつくりだすことで
いろんな枠組みを、
壊していくような営みなんですね。
- 大澤
- この他にも、まだまだ作品があるんですけど、
そろそろ時間が来てしまうので、
最後の締めくくりの作品の話を、いいですか。
- ──
- はい、お願いいたします。
- 大澤
- 2020年10月、箱根のポーラ美術館さんが
ドイツの巨匠ゲルハルト・リヒターの
1987年の作品を、
オークションで、30億円で落札してるんです。
- ──
- さんじゅうおくえん!
- 大澤
- 現代では、かなり値段が高い作家のひとりです。
- でも、その5年前に描かれた作品を、
富山県美術館さんは、
1984年に870万円で購入しているんです。
こちらの作品なんですけど。
- ──
- ええっ‥‥えらいちがいですね。
個人でもがんばれば買えそうなくらいのお値段。
- 大澤
- おうちを買うより安いじゃないですか、実際。
- でも、その870万円で買えた作家の作品が、
30年後に30億になっているんです。
- ──
- そこが、美術の魔的なおもしろさでありつつ、
富山県美術館さんの先見の明でもありますね。
- 大澤
- そうなんです。
- 冒頭の横浜美術館のピカソの作品も、
購入当初は、それほど‥‥
たしかに「億」の単位ではありますけれども、
今は、その何倍にもなっているはず。
- ──
- はあ‥‥すごい。
- でも、ぼくたち鑑賞する側にしてみたら、
飛行機に乗って外国に行かずとも、
世界の名作を
気軽に日本の美術館で見られるのは、
単純にうれしいです。
- 大澤
- そう思ってもらえる作品を、
これからも、集めていきたいと思っています。 - ただ、必ずしもリヒターのように、
価値が高騰する作品ばかりではないのが
現実ですが。
- ──
- そういうところも、アートの怖さでありつつ、
おもしろいところでもありますね。
- 大澤
- 現代美術の作品の中には、
時が経つほどに価値を高めるものがあります。 - でも、そうした流行的な価値に関わらず、
美術館が
美術作品をコレクションしていくことは、
未来へ向けて大事な作業なんだと、
あらためて、感じているところですね。
(おわります)
2021-02-26-FRI
-
この連載で取材させていただいている
「トライアローグ」展は
2021年2月28日(日)まで開催。
愛知県美術館・富山県美術館と共同で、
3館それぞれが所蔵する
20世紀西洋美術の名品がせいぞろい。
みごたえばつぐんです。ぜひ!
その後、展覧会は、
愛知県美術館・富山県美術館に巡回。
横浜美術館は、この展覧会をもって
2年を超える長期休館に入りますので、
その意味でもぜひこのタイミングで。
来館する場合は、
日時指定予約制になっていますので
公式サイトでご確認を。