突然ですが、質問です!

仮に「ミィ」というポケモンと、
「ガルルドン」というポケモンがいたとすると、
どっちが体が大きいと思いますか?

もしかして
「なんとなく『ガルルドン』の方が大きそう」
と、思いませんでしたか?

この「なんとなく」が「おそらく、なんとなくじゃない」
ということを教えてくれるのが、言語学者の川原繁人さん。
名前と音の不思議な関係をたっぷり話していただきました。

題材はまったく堅苦しくなく、
ポケモン、プリキュア、メイドさんの名前ですよ。

>川原繁人さんプロフィール

川原繁人(かわはら・しげと)

慶應義塾大学言語文化研究所 教授。2000年カリフォルニア大学サンタクルーズ校に交換留学。同大学言語学科、名誉卒業生。2002年マサチューセッツ大学言語学科大学院入学。2007年同大学院より言語学博士号取得。

この対談の動画は後日「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

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第4回 ポケモンから感じる言語の起源

川原
濁音の仕組みを考えると、
濁音を発音するときって、
私たちの口の中って広がるんですよ。
ためしに「アッッッバアアア」って、
「アバ」の「バ」の”b”の部分を、
むちゃくちゃ伸ばして発音してもらっていいですか?
乗組員
アbbbバアアアア
川原
そうそう。うん。
ほっぺたが、広がりましたよね。
なぜかというと、「バ」を発音するときって、
両唇が閉じるじゃないですか。
でも濁音って、声帯を振動させなきゃいけないんですよ。
声帯を振動させるためには、
空気を入れなきゃいけないんですね。
でも、口の中が閉じてる。
両唇で閉じた口の中の空間に空気を入れるから、
ほっぺたが膨らむんですよ。
濁音というのは、そういう性質を持った音なんですよ。
これは実際に、清音と濁音の発音したときの
咽頭部分がどうなっているかをMRIで測った研究です。

川原
上が清音を発音したときの咽頭部分、
下が濁音を発音したときの咽頭部分です。
明らかに濁音の方が広がっています。
声に出して感じられる人は感じられるし、
感じられない人は
この図で納得してくだされば、と思います。
さっきのプリキュアの例だと、
「赤ちゃんが最初に身につける音が
両唇音だからかわいい」という
我々の発音の仕方が意味につながっていました。
こちらでも、
「濁音を発音するときに口の中が広がる。
よって『大きい』イメージになる」と。
だから
「私たちが発音するメカニズムから、
意味が生まれるのではないか」
というのが、現在、私が考えていることです。

この、「ポケモン言語学」ですけれども。
まあ〜広がりましたね。うん。
2017年には論文にして、ネットに上げたんですよ。
そしたら、世界中の研究者が
「あ、私も英語でやってみるわ」
「僕は中国語」
「自分はロシア語」
ってそれぞれ名乗りをあげてくれて。
ポケモンは世界的に親しまれているから、
様々な言語でキャラクター名があるんです。
みんなでポケモンの名前を、
それぞれの言語で研究しだしたんですよ。
「それだったら、もうみんなで集まらない?」
ってなったのが、2018年の5月ですね。
世界中から先生が東京に集まって、
ずっとポケモンの名前の話をしてた。
今考えるとすごいですよね。

川原
そのあと2018年にその論文が正式に出版されたんですけど、
その2年後の2020年、コロナ禍ですね。
もうね、私、つらくてつらくて。
というのは、言語学って役に立たないと、
そのころ思ってたから。
そこに来て、コロナ禍ですよ。
さらに「役に立たない感」が増してしまいました。
それで、なにをしたかっていうと、
「せめてポケモンっていう楽しい研究をして、
世の中を明るくしよう」
みたいな、変な使命感に目覚めました。
コロナ禍に、ポケモンの研究をすごくやりましたね。
高さ・重さ・進化レベルだけじゃなくて、
タイプを見たらどうなんだろうとか。
本当にいろんなことをやりましたね。
するとポケモンで、一大プログラムになりました。
その中でも一番おもしろいのが
「濁音が入った名前を進化後の名前と思うかどうか」。
これを、さっきのオリジナルポケモンの絵を使って
いろんな言語の話者を対象にして実験検証したんですよ。
そしたら、英語話者・ポルトガル語話者・ロシア語話者・
日本語話者でしっかり、結果が出るんです。
で、最近とある研究者から
「グルジア語でもやってみたけど同じ結果が出たわー」
っていう報告があって。すごく嬉しかったです。

川原
これがなぜ嬉しいかというと、
濁音を発音するときに口の中が広がるのは、
つまり、「物理」なんですよ。
「閉じた空間に空気を流し込んだら広がる」というのは、
言語とか関係ない。物理的・生理的な現象なんですよね。
だから言語を超えて、
こういう連想が働いててもおかしくないし、
これこそ言語の起源に関わっているかもしれないって、
感じられるぐらいのところに来たかなって。
どういうことかというと、
私たちって言葉が通じなくても、
同じ体を持っていて、
同じ物理的な条件で暮らしているわけじゃないですか。
だから口の構造がどうなっているとか、
どういう筋肉を使うとか、どういう風に空気が流れて、
それによって口がどう動くかというのは、
人類共通なわけです。
そこから、
「言語を超えてできるコミュニケーションが
あったかもしれない」っていう可能性が、
ポケモン研究から見えてくるのが素敵じゃないですか?
これがポケモン研究ですね。ご質問ございますでしょうか?
乗組員
ポケモンをまったく見たことがない人で検証しても、
同じ結果なんですか?
川原
はい。 ちゃんと実験のときに聞くんですよ。
ポケモン、どれくらい知ってますか?って。
ポケモンの知識は結果にあまり影響しないんですよ。
年齢と性別もあんま関係ないですね。
でも、これが何歳くらいからできるようになるのかは
調べてみたいです。
6歳で実験してできていたので、
もうちょっと小さい子たちもできるのかは気になりますね。
乗組員
ポケモンのタイプによる傾向もでましたか?
川原
タイプも、出ましたね。
たとえば、かわいらしい姿をしてるものが多い
「フェアリータイプ」は、 両唇音が似合うんですよ。
あとは、ちょっと後でも出てきますけど、
空を連想させる「ひこうタイプ」は”S”が似合うとかね。
あと、ちょっと悪っぽい「あくタイプ」には
濁音が似合う、という結果も出てきてますね。
これもね、おもしろくて。
少なくともポルトガル語話者で一部は確認されるし、
英語話者は全部のタイプで日本語話者と同じ感覚を持っている。
濁音の効果は確かドイツ語でも出たんじゃないかな。
はっきり「これだ」っていう仮説が見つかったら、
やっぱり実験した方が楽なんですよ。
「こういうポケモンと、こういうポケモンがいます。
名前つけてください」とか、
「名前選んでください」っていう風に実験すると、
きれいな結果が出てきますね。

(つづきます)

2024-10-17-THU

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