突然ですが、質問です!

仮に「ミィ」というポケモンと、
「ガルルドン」というポケモンがいたとすると、
どっちが体が大きいと思いますか?

もしかして
「なんとなく『ガルルドン』の方が大きそう」
と、思いませんでしたか?

この「なんとなく」が「おそらく、なんとなくじゃない」
ということを教えてくれるのが、言語学者の川原繁人さん。
名前と音の不思議な関係をたっぷり話していただきました。

題材はまったく堅苦しくなく、
ポケモン、プリキュア、メイドさんの名前ですよ。

>川原繁人さんプロフィール

川原繁人(かわはら・しげと)

慶應義塾大学言語文化研究所 教授。2000年カリフォルニア大学サンタクルーズ校に交換留学。同大学言語学科、名誉卒業生。2002年マサチューセッツ大学言語学科大学院入学。2007年同大学院より言語学博士号取得。

この対談の動画は後日「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

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第7回 日本語は「ぱぴぷぺぽ」を一度失っている?

川原
これでだいたい、メインは終わったんですが、
他の例も簡単にまとめてきました 。

川原
まず、”s”の 音ですね。
これは、風とか、爽やかさを喚起すると言われています。
ポケモンで言うと、ひこうタイプですね。
風、すなわち飛ぶイメージと言われています。
あとは母音の中で「あいうえお」って言った時に、
「う」と「お」って、両唇が丸まるんですよ 。
両唇音、つまり両唇をつかう母音も、
「丸い印象」があると言われています。
両唇音の子音は、
赤ちゃんのおむつによく出てくるんですね。
「パンパース」「メリーズ」「ムーニー」
「マミーポコ」。 ぜんぶ両唇音が入ってるんですよ。
おむつの新しい名前を考えてもらう実験をしても、
両唇音が入りがちです。
あとは、赤ちゃん言葉ですね。
「おさかなさん」が
「おしゃかなちゃん」や「おちゃかなちゃん」になる。
”sh” や ”ch” は、こどもらしさを出します。
英語では “i” を、単語の最後にくっつけるとこどもっぽくなります。
私はシゲトだけど、「シギー」と言うと、
なんかかわいらしい名前になる。
“sh”, “ch”, “i”は、音声学的にも似てるんですよね。
「硬口蓋」(口の天井の前方にあるかたい部分)あたりで
出す音っていうのは、かわいらしさを喚起していますね。

川原
あとこれ、日本語限定ですけど、
「パピプペポ」が「洋菓子感」が出る。
「パピコ」とか「ポイフル」とか 「パイの実」とか。
「パピプペポ」は洋風感があるお菓子の名前に
よく使われます。
なぜかというと、
「パピプペポ」って、日本語は1回失ってるんですよ。
たとえばひよこは、どうやって鳴きますか?
「ピヨピヨ」ですね。
なぜ「ひよこ」なのに、「ピヨピヨ」鳴くんですか?
「ぴよこ」だったらね、
「ピヨピヨ」鳴くのはわかるけれども。
あとは、光ってどうやって光りますか?
「ピカピカ」でしょ? 
光なのに、「ピカピカ」光るんですよ。
これは、なぜそうなったかというと、
「ひよこ」も「光」も、
昔は「ぴよこ」で「ぴかり」だったんですよ。
「ピヨコ」だから、「ピヨピヨ」鳴いてたの。
「ぴかり」だから「ピカピカ」光ってたの。
「パタ」だから「パタパタ」してたの。
だけど、「パピプペポ」が
オノマトペ(擬音語擬態語)には残ったんですけど、
一般の語彙からはなくなって、
「ハヒフヘホ」に変わっちゃったんです。
だから「ひよこ」で「ピヨピヨ」っていう、
不自然な対応が生まれちゃったんですよね。
それが明治時代になって、
「パン」や「ペン」、
「パイナップル」や「アップル」などがでてきて、
”p” をもう1回、使うようになった。
どんな語彙に使ったかというと、借りた語彙なんです。
つまり、西洋から借りたものに ”p”が使われたから、
その「パピプペポ」を使うことによって、
西洋感が出るんですよね。
こちらは英語の分析結果なんですけど、
しょっぱい系のお菓子と、甘い系のお菓子を比べると、
”i”と”e”の方が塩味に似合ってて、
”a”・”u”・”o”の方が
クリーミーな感じがするというのもあります。
「フリッシュ」ってアイスクリームと、
「フロッシュ」ってアイスクリームあったら、
どっちが爽やかですか?
はい。「フリッシュ」ですね。
”i”と”o”で、けっこう違いが出るんですよね〜。
「フリッシュ・フロッシュ実験」という結構有名な実験です。
せっかくなんで、ここでソクラテスにもどりましょうか。
いまのように、「音にそのものに意味がある」という
音象徴の例をはなすと、
「最近の言語学って、
いろんなことを発見してきているんですね〜」
と思われるかもしれないですけど、
ソクラテスがすでに、おもしろい考察を残してるんです。
例えば、ギリシャ語の”ρ”(ロー)。
「rrルルルル」っていう、
巻き舌の”r”だったんですよね。
だから、「舌がよく動くから運動に使われる」
という考察をしています。

川原
母音も、おもしろくて。
「アー」と「イー」、どっちが大きいですかというと、
たいてい「アー」の方が大きいと感じるんです。
「マル」というテーブルと、
「ミル」というテーブルあったら、
どっちが大きいですか?と出題すると、
「マル」の方が大きいテーブルだって判断するんですよ。
それと同じことをソクラテスも言ってるんですね。
さすがソクラテス! すごいな!って感じですね 。
これは、とある論文からの引用です。
それぞれの母音に対して、
いろんなイメージがまとめてあったので
参考になればと思い、持ってきました。

川原
これは「母音表」といって、
舌がどうなっているかで母音を表現したものです。
「アー」って言うと、舌が下がるんですよね。
「ウー」っていうと舌の位置が高い。
「イー」も高いんですけど、
ちょっと舌が前に行くんですよね。
「あ」は大きいとか、
「い」は小さい、せまいとなりがちですね。
「う」と「お」は唇がまるまるんで、
「丸い」っていう結果が出ました。
あと、色に興味がある人もいてね。
「あ」が赤色で、「い」が黄色で、
「う」は日本語は無色っていう人もいる。
「お」が青い、みたいなのも聞いたことあります 。
でもこれね、周波数的な観点からは
あまりうまく説明がつかなくて。
なぜ特定の色を喚起させるのか、わからないんです。
でも「タケテ」と「マルマ」の図があったじゃないですか。
丸いとか、とがっているというのが
音と結びつくのは分かっているので、
視覚情報と音が結びつくこと自体は、
そんなに不思議じゃない。
でも、なぜかって言われるとちょっと分かんないですね。
一応まとめますと、今回一番お伝えしたかったのは
「我々が音をどのように発し、
その音がどのように空気中を伝わるかによって、
その音が意味を持つことがある」
ということです。
音と意味につながりがあることも大事で、
それも楽しいんですけど、
そのつながりの土台に、
私たちが音をどうやって発音してるかとか、
どういう風に空気を伝わっていくかっていうメカニズムが、
存在するんじゃないの?
私はその土台部分をしっかり研究したいなと思っています。

(おわります)

2024-10-20-SUN

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