いまから2年ほど前、
NHKのディレクター保坂慶太さんに
取材させていただきました。
当時、保坂さんがはじめようとしていた
プロジェクトが、
とっても興味深かったからです。
それは「WDR」といって、
脚本家を公募して選抜チームをつくり、
ワクワク・ドキドキの止まらない
連続ドラマをつくる‥‥というもの。
あれから2年、そのプロジェクトから
ひとつのドラマがうまれました。
それが10月5日(土)から放映される
連続ドラマ『3000万』。
このたび再び、保坂さんに聞きました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

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第3回 チームの目標、個人の責任感。

──
ふだん、チームで仕事をしていても、
「ここは、自分が決めるんだ」
みたいな覚悟というか、
責任感を持つことが重要だなあって、
よく思うんですよ。
保坂
わかります。
──
たとえ自分がリーダーじゃなくたって、
「ここはぼくが、ここはわたしが」
と思えるかどうか‥‥って言いますか。
逆に「みんなで決めれば民主的だよね」
って言ってるだけだと、
何にせよ「強度」を失う気がしていて。
保坂
たしかに。
──
アニメーション監督の堤大介さんも
「メンバーの意見は、聞けるだけ聞く。
そのうえで、誰かひとりが、
責任を持って決定することが重要です」
とおっしゃってました。
会社に入って間もない新人の社員にも、
「ここはぼくが、ここはわたしが」
という場面はくると思うんです。
それがどんなに小さな決断であっても。
そこで「決める」心構えを、
つねに持っていることが大事というか。
保坂
ええ。
──
そういう仕組みになってると思いました。
各回のメインライターが、
その回の最終の決定者になる方法って。
保坂
今回、脚本の打ち合わせに際しても、
好き放題じゃないけど、
けっこうみんな、スパッと明確に、
いろんな意見や感想を言うんですね。
そのときも、基本的には、
ただ、ちがうと否定するだけじゃなく、
代替案もセットで出したりとか、
そのあたりは
気配りしてくれていたんですが、
でも、やっぱり
「最終的な責任」については、
自分が取らなくたって大丈夫ですよね。
──
ええ。「言う側」は。
保坂
その意味では、
フィードバックを受けた側の脚本家が
みんなの意見や感想を持ち帰って、
その人の責任感において、
もう一段階
ブラッシュアップさせてくれたから、
それぞれの話が
おもしろくなっていったという部分は、
たしかに、あったと思います。
──
どんなにチームで仕事をしていたって、
ひとりの時間で、
「ああでもない、こうでもない」
みたいに考えるのは、重要ですもんね。
保坂
たとえば、名嘉さんとかたくましくて、
ふだんは柔和なんですけど、
喧々諤々の議論のときに
「わかった! それでやってみる!」
とかって言って、引き取るんです。
「おお~、肝が据わってるなあ」
みたいな感じがして、すごいんですよ。
──
おおー。
保坂
また、「責任の所在」という意味でも、
たしかに
弥重さんのつくった作品なんだけど、
それを、
「みんなでちゃんとおもしろくしたい」
という意識が共有されていました。
開発チームの4人に選ばれたからには、
弥重さんの世界観は尊重しつつ、
よりおもしろい作品になるよう、
せいいっぱい貢献したい‥‥みたいな。
──
個人の責任感が、みんなの目標に直結。
そういうチームって強そう。
保坂
戦友といったら大袈裟かもしれませんが、
4人の間に連帯感を感じました。
これ、まだ10人だった7か月間の経験が、
4人のチームにとっても、
すごく役に立っていると思うんです。
──
なるほど。
保坂
いきなり4人の脚本家をポンと集めて
「さあ、物語をつくりましょう」
というのとは、やっぱりちがいました。
ドキドキ、ワクワクさせるドラマには、
どういう要素が必要なのか。
それを知るために、10人のころから
全員で海外ドラマを見て、
ここがおもしろいとか
途中からこういう人が登場してきたり、
こういう要素、あるいは展開があると
がぜん盛り上がるよね、みたいな話を、
雑談のように積み重ねていたんですね。
──
そこで「そろった」わけですね。目線が。
保坂
そう。開発がスタートした時点ですでに
4人の中には、
ぼくらが目指す「おもしろい」とは何か、
という点についての共通言語があった。
いきなりぼくが、初対面の脚本家の前で
「海外ドラマの論法がどうのこうの」
みたいな講釈をしたところで、
ちょっと構築できない関係だと思います。

──
何かをおもしろいなあって感じるとき、
あるいは感動するときって、
ぼくらは、つくった人の「世界観」を
好きになったり、
それに驚いたり、共感したり、
裏切られたりしてるんだと思うんです。
保坂
ええ。
──
ダヴィッドの巨大な絵の前に立ったら、
彼の世界に飲み込まれますし、
出口治明さんの描く人類史や美術史が
おもしろいのも、
出口さんならではの世界観で、
人類や美術の歴史を
描いているからだろうなと思うんです。
保坂
なるほど。
──
つまり「世界観」って、平均値だとか、
最大公約数を足していくだけでは
うまれにくいというか、
もっといえば
「その人ならではの個性、偏り」とか
「度が過ぎていること」とかが必要で、
ある意味「特殊」な、
属人的なものだと思っていたんですね。
保坂
つまり「世界観」というものは、
才能ある個人がうみ出すものであると。
──
チームでつくることもできるんだって、
保坂さんの話を聞いていて思いました。
保坂
弥重さんのつくった物語の世界という
ひとつの方向性が示されているところへ
他の3人がダイブインして、
それぞれの個性で
物語世界をさらに広げていったんですね。
だから、逆に言えば
まずひとつの世界観が存在したからこそ、
うまくいったのかもしれません。
ベースとなる物語もないままに、
いきなり4人で、
「さあ、何かひとつ、物語をつくろうか」
なんて言ってたら、
もっといろいろ難しかったかもしれない。
──
少し前に、5人の陶芸家が車座になって
ひとつの陶芸作品をつくる、
という映像作品を見たことがあるんです。
保坂
へえーっ、おもしろそう。
──
映像作家の田中功起さんの作品ですけど、
シナリオなしで、
5人で話し合ったり手を動かしたり‥‥
結果としては、
全員が納得するものはできませんでした。
途中で、みんなで壊しちゃったんですよ。
「やっぱり、ぼくは気に入らない」
「どうする? 壊す?」とか言いながら。
保坂
そうなんですか。
──
結局、全員のつくりたいものはちがうし、
全員が、ちょっとずつ妥協したものを
つくるくらいなら、
壊して、消滅させてしまうことを選んだ。
保坂
それはそれで、物語を感じさせますね。
──
たしかに。でもそのときは、
それぞれに作家性のあるプロが集まって
ひとつのものをつくるって、
きっと、むずかしいんだなろうなあって
思ったんです。
一方、保坂さんのプロジェクトでは、
うまくいったわけですよね。
それってやっぱり、
みんなをとりまとめる保坂さんの存在が
重要だったんだろうな、と。
5人の陶芸家の場合は、
保坂さん的な役割の人はいなかったので。
保坂
ああ、そうなんですね。なるほど。
──
その意味で今回のプロジェクトにおける
ご自身の役割って、
発案者、言い出しっぺという以上に、
どういうものだったと、思っていますか。
保坂
そうですね‥‥4人の作家のみなさんの
セリフのおもしろさ、
キャラクターの立たせかた、
つまり、
それぞれの「物語る力」には感服したし、
純粋に「すごいな」と感心しました。
ただ、プロデュースとかディレクション、
その点については、
ぼくの役割だし、ドラマをつくる上では、
そこからの目線は、つねに必要なんです。
──
具体的には‥‥?
保坂
そうですね‥‥細かいところで言ったら、
「ト書き」にしても、
ぼくらは映像化する前提で考えるんです。
俳優たちのアクション、時間の流れかた、
文字から映像へ起こす段階で
違和感や無理が生じそうなこと、
あるいはこうしたほうが
映像的にもっとおもしろくなる、
というところは、
ディレクターの経験がないと、
わからないんじゃないかと思います。
──
なるほど。
保坂
あるいはまた、コスパ的な意味あいで、
脚本を制限しないといけないところを
判断するなど、
撮影を見越しての意見は必要ですし、
もっと大きなことでは、
そもそも、
「本当に、おもしろいと思える脚本で
連続ドラマをつくりたい」
という動機からはじまった企画なので、
脚本に対する関わり方は、
いままででいちばん「濃い」んですよ。
──
たしか、ときには「週5」のペースで
脚本について、4人の脚本家と
打ち合わせをしていたと聞いています。
保坂
ふだんは、まずプロデューサーがいて、
脚本家がいて、ぼくら演出は
「書き上がった脚本を、預かる立場」
であることも多いんです。
もちろん、いただいた脚本にたいして、
意見を言うこともありますよ。
でも、どちらかというと、
あるていど完成したものを受け取って、
「じゃあ、現場でどう撮ろうか」
という仕事を、
演出としてはずっとやってきたんです。
──
そこは、ぜんぜんちがいますよね。
脚本の最初から最後まで、
ガッツリつきあっているわけだし。
保坂
だから、それだけ
「現場における、脚本の理解度」も
深かったと思います。
どんな物語かを熟知していますから、
「ここでは、こういう工夫をしたい」
とか、
アイディアが次々と浮かんでくるし、
映像表現の細かなディテールに
いつもより、
目を行き届かせることもできました。
──
より緻密に、ドラマづくりができた。
言ってみれば、
「脚本に描かれていない部分」まで、
頭に入ってるわけですもんね。
保坂
撮影現場で、役者さんに何かを聞かれても、
パッと答えられるんです。
「このシーンでは、何が大事なのか」
ということについて、
完全に理解した状態で現場に入ってるので。
その上で「映像的にどう切り取るか」とか、
より突っ込んだ部分についても、
自分の能力の範囲内でですが、
ひとつ上のレベルで
やれたんじゃないかな、とは思っています。

(つづきます)

2024-10-06-SUN

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  • WDRプロジェクトからうまれた 連続ドラマ『3000万』は 10月5日(土)夜10時、第一話放映。

    いまから2年とちょっと前に
    保坂さんがはじめたWDRプロジェクトから、
    ついに連続ドラマがうまれました。
    タイトルは『3000万』。
    安達祐実さん、青木崇高さん演じる夫婦が、
    偶然に遭遇した事件から、
    ドロ沼にはまっていくクライムサスペンス、
    だそうです。
    取材の都合上、第1話だけ拝見しましたが、
    すでにして、
    ドキドキ・ワクワクが止まらなそうな予感。
    全8話、みなさんと一緒に、
    しばらく
    土曜の夜を楽しみにしたいと思います!

    土曜ドラマ『3000万』
    NHK総合
    10月5日より毎週土曜夜10時放送