
突然大きな音が鳴ったり、
緊張すると痛くなったり、
日常にありがちな「おなか」のトラブルですが、
そのとき私たちの体内では
どんなことが起こっているんだろう?
そんな疑問を抱いていた乗組員が、
ほぼ日コンテンツでも
なにかとお世話になっている
「けいゆう先生」こと、消化器外科医の
山本健人先生に聞いてみることにしました。
さすがのけいゆう先生、
素朴な「なぜ?」を正面から受け止めて、
とってもわかりやすく解説してくれたんです。
けいゆう先生(山本健人さん)
博士(医学)。外科医専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「けいゆう先生」として情報を発信しているX(旧twitter)が人気を博す。著書に『すばらしい人体』『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)など多数。
- ──
- 医療についてもうかがいたいんですけど、
先生は外科手術をされていて、
そのご経験をもとに、
ブログもよく書かれていますよね。
- けいゆう
- はい。
- ──
- 医療ドラマとの違いについても
書かれていましたが、
そこで麻酔の覚め方が
リアルとドラマではちょっと違う、と。
- けいゆう
- そうなんです。
ドラマでよく見るのは、
寝たままでなかなか目が覚めず、
しばらくしてからやっと目が覚める、
というシーンですけど、
実際の全身麻酔は、
手術室で手術が終わったら
麻酔科の先生が「じゃあ麻酔を覚まします」と言って、
いろんな薬を使うなどして麻酔が覚めて、
意思疎通ができるような
状態になったことを確認してから部屋に戻ります。
そうでないと危ないので。 - ですから、通常、患者さんのご家族が
たとえば病棟で帰りを待っていたら、大体話せます。
全身麻酔が覚めたばかりなので
少しぼんやりしてますけど、
それでも目が開いているし、
普通に「お疲れさま」「ありがとう」
みたいな会話はできます。
もう帰ってきたそのタイミングで。
- ──
- そうなんですね。
驚きました。
- けいゆう
- そうですね。
けっこう脚色はありますよ。
- ──
- 逆に、ドラマのシーンと実際との
差がないと感じる描写もありますか。
- けいゆう
- 最近は、医療ドラマの中でも
リアリティーを重視して作っているドラマも
多くなっているように思います。
たとえば私たちが手術で使う道具って
いろいろありますが、
一般の方が一番よく知っている道具は、
メスだと思うんですよね。
ナイフみたいな、小っちゃい金属製のメス。 - でも、実際の手術のときって、
最初に皮膚を切ったら、
もうそれ以外ではほとんど使わない
道具なんですよ、メスって。
一番はじめに使ったきり、そこから10時間の手術で
メスを1回も使わないということも当たり前にあるんです。
- ──
- ええ、そうなんですか?
- けいゆう
- はい。では切るときに何を使っているかと言うと、
メス以外にもいろいろな切開用の
デバイスがあるんですけど、
よく使うのが電気メスといって
通電しながら切るものがあります。
これは鋭利じゃなく、
通電しなかったら何も切れないんです。 - 他にもいろいろあるんですが、
通電して熱を高めたり、摩擦の力や
超音波の力で温度を上げたりして、
細かな血管を凝固させて、
固めながら血が出ないようにしながら
切っていくという道具が多いので、
使っていると煙が出ます。
で、焼けたにおいがするんです。
焼けたにおいを嗅ぎながら、
私たちは手術してます。 - 最近の医療ドラマって、リアルに煙を出すんですよ。
あれは鶏肉なんかを使って撮影していると
聞いたことがあるんですけどね。
ピーッと音がしながら煙が出る、
みたいな描写が最近すごく増えて、
それはなんか、リアルだなと思っています。
- ──
- すごいですね。
あの、ドラマだと、
「カリスマ医師」みたいな人が登場しますけど、
そういうお医者さんって、
やっぱりいらっしゃるんですか。
- けいゆう
- カリスマがどういう定義か難しいですけど、
いわゆるその業界というか、
その専門の中のオピニオンリーダーみたいな先生は
やっぱりいます。
影響力のある先生とか、
いろんな後進を育てている先生とか。
でも、ドラマと大きく違うのは、
現実世界のほうが専門性が狭いです。
たとえば『ドクターX』の大門未知子は、
おなかだけじゃなく、心臓も肺も、
なんなら整形外科の骨の手術までする
スーパーエキスパートですけど、
あんな人はいません(笑)。
- ──
- そうですよね、さすがに。
- けいゆう
- ですから、非常に狭い範囲で、
たとえば大腸がん手術のスペシャリストで、
非常にベテランでオピニオンリーダーで、
という先生はもちろんいますし、
それはある意味カリスマでもあると思いますが、
ドラマって本当に何でもできすぎますよね。
昔だったらあったかもしれないけど、
今はもう本当にかなり細分化されてるので、
ドラマみたいに何でもできること自体が
もう不可能になってます。
- ──
- 手術の腕がすごくいい先生とかも
ドラマだと出てきますけど、
そういうのもありますか。
- けいゆう
- もちろんスキルというか、
当然ながらスポーツ選手と一緒で、
プロの中にも差はありますよね。
全員が大谷選手クラスではないので。
ですから、そこには当然ながら
腕のいい人と、
腕が悪い人‥‥って言い方は悪いですけども、
腕がそこそこの人と、ある程度の幅はありますよね。
- ──
- それを最新のデバイスとかで、
ちょっと平均化しているとか‥‥。
- けいゆう
- 最近、本当にいろんなデバイスがあります。
手術ロボットもそうですし、
かなりたくさんのデバイスができているので、
技術の均てん化というのが、
昔以上に進んだと思います。
それと、手術って1人でやるわけではなくて、
3人とか4人のチームでやるので、
エキスパートと、中堅がいて、
教育を受けるべき駆け出しの外科医がいます。
その駆け出しはいずれ未来の患者さんを救うために
教育されなければいけないので、
エキスパートだけでやっていれば
未来の医療は成り立たないと考えると、
それぞれ役割がありますよね。 - で、チームの中で一定のレベルが
保たれているというふうに考えるのが
多分、今の外科手術の基本だと思うんですね。
なので、ある程度、経験値であるとか
スキルに幅があっても、
できる治療のクオリティーみたいなものは、
大きくは差がないように
努力されているのが今の現場だと思います。
- ──
- ああ‥‥それは安心ですね。
- けいゆう
- 日本は特にそれが意識されてますね。
やっぱり国民皆保険制度で、7割から9割の
公費が注ぎ込まれているのが、
この日本の極めて恵まれた医療ですよね。
そう考えると、ほぼインフラですから、
水道水が、あるところで飲んだら
病気になるほど汚いってことがないのと
同じように、基本的には同じだと
考えるべきだと思いますね。
- ──
- 外科手術がある時代に生まれてよかったなと
しみじみ思うんですけど、
外科手術ができるようになったのが、
ここ100年くらいだと聞いたことがあって、
それに驚きました。
- けいゆう
- おそらく百何十年前というぐらいの
レベルなんですね。
200年前に全身麻酔はなかったし、
傷の消毒という概念もなかったので、
本当にここ1世紀ちょっとのあいだに
全身麻酔が開発されて、
患者さんを任意のタイミングで寝かせて、
意識をなくさせて、
そのあいだに体を切って病気を取り除いて、
また縫い閉じて、目を覚まさせるという
芸当ができるようになった。
これはほんの1世紀ちょっと前ですよね。 - で、もう一つは、手術の後に傷が膿んでも
抗生物質もなかった頃、
あるいはその感染症の原因も
わかってなかった頃に、傷が感染して膿んで、
それで亡くなるという人がいっぱいいたので、
消毒という概念ができたことで、
手術をした後にその患者さんが
ちゃんと社会復帰できるようになった。
手術においては、
この2つが極めて大きな進歩だと思います。
- ──
- 麻酔と消毒。
- けいゆう
- そうですね。
- ──
- それぞれ誰の功績によるものかは
歴史的にわかっているんですか。
- けいゆう
- 消毒というのは、
イギリスのジョゼフ・リスターという外科の先生がいて、
この先生が、消毒によって傷の感染を
防ぐことができるということに気づいて
世界に広めたといわれてます。
全身麻酔は、世界で一番初めにやったのは
華岡青洲という江戸時代の、
今でいう和歌山の紀州藩にいた医師です。
- ──
- 日本人なんですか。
- けいゆう
- そうなんですね。
ただ、その方法というのはかなり複雑で、
その方法が世界に普及して
今の麻酔ができたわけではなくて、
実際には今の全身麻酔の基礎を作ったのは、
アメリカの歯科医ですね。
抜歯をするときに意識を朦朧とさせて抜歯をすれば、
痛みを感じずに済むんじゃないか、ということで、
揮発性の麻酔薬といいますけど、
いろんな気体を吸わせて眠らせて、
そのあいだに歯を抜くというようなことをやって、
これが全身麻酔の基礎になったと言われています。
(つづきます)
2025-03-24-MON