
突然大きな音が鳴ったり、
緊張すると痛くなったり、
日常にありがちな「おなか」のトラブルですが、
そのとき私たちの体内では
どんなことが起こっているんだろう?
そんな疑問を抱いていた乗組員が、
ほぼ日コンテンツでも
なにかとお世話になっている
「けいゆう先生」こと、消化器外科医の
山本健人先生に聞いてみることにしました。
さすがのけいゆう先生、
素朴な「なぜ?」を正面から受け止めて、
とってもわかりやすく解説してくれたんです。
けいゆう先生(山本健人さん)
博士(医学)。外科医専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「けいゆう先生」として情報を発信しているX(旧twitter)が人気を博す。著書に『すばらしい人体』『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)など多数。
- ──
- 腹痛について質問です。
私は緊張するとおなかが痛くなるタイプでして、
そういった腹痛はなぜ起こるんでしょうか。
- けいゆう
- 腸の蠕動(ぜんどう)運動について
さきほどお話ししましたけど、
ふだん、腸が動いたり物を送り出したりすることって
意識していませんよね。
食べた後、自分で送り出していませんよね。
こういうふうに自動で動くものって
体の中にたくさんあるじゃないですか。
たとえば心臓が動く。
呼吸も、自分で深呼吸とかできますけど、
基本は意識せずにしてますよね。
それから、汗が出たりとか、
こういったものもほぼ自動ですよね。
- ──
- はい。
- けいゆう
- これらをつかさどっている神経が
自律神経系というシステムなんですね。
自律神経の中でも交感神経と副交感神経という
対になった神経系があって、
これをまとめて自律神経と呼ぶんですけど、
緊張する場面になると、
交感神経が活発になって、
心臓が鼓動が速くなったり、汗をかいたりします。
動物が襲われそうになって必死で逃げるとか、
動物同士が戦うような場面で、
緊張しつつ力を発揮しないといけないと。
こういうときに働く神経系が
交感神経系です。
- けいゆう
- 一方で、食事をしたり、眠ったりするときには
逆にリラックスしていないといけないので、
心臓も脈拍がゆったりします。
そっちは副交感神経なんですね。 - 副交感神経がうまく機能することで、
腸が動いて下に流れるんですが、
食事のときはそっちが働いてるので、
交感神経が活発になると副交感神経のほうは
逆に抑えられる。
そうすると腸の動きが悪くなるので、
調子を崩すんですよね。
それで緊張すると、
おなかが痛くなったり下痢したりする人がいる、
こういうふうに考えられています。
- ──
- 交感神経と副交感神経の
バランスの問題だったんですね。
- けいゆう
- そういうことですね。
ですから、副交感神経が頑張らないといけないときに
頑張ってくれていないと調子が悪くなるんです。
- ──
- おなかが痛いときって、
必ずしも炎症が起きていると
いうわけではないんですか。
- けいゆう
- たとえば緊張しているときに痛くなる、
みたいなときは、
炎症とは全く無関係です。
炎症が起きているときって、
おなかの中で何か病気が起こっています。
- ──
- そのときの痛みの質って違うんですか。
- けいゆう
- 違いますね。
炎症が起きる原因はいろいろありますけど、
基本的に炎症が起きている部分が痛いんですよ。
たとえば盲腸と呼ばれる病気、
これは正確には急性虫垂炎と言いますが、
盲腸は右下のあたりにある臓器なので、
そこに炎症が起きると右下が当然痛い。
逆にいうと、右下以外の部分は痛くない。 - だけど、今おっしゃったように
「なんとなくおなかの調子が悪いんです」
というとき、ありますよね。
これはおなか全体がどことはなしに痛いんです。
でも、どこが痛いか聞いても、
ピンポイントでは指せない、という感じですよね。
それって全体的に調子が悪いんですよ。
動きが悪くなって。
- ──
- 腸全体が調子悪い?
- けいゆう
- そうですね。炎症が起きているときは、
その部位が痛いのであって、
それ意外の部位は痛くないんですね。
なので、「ここが痛い」という場合、
そこに何かが起きてるんですね。
だから、私たちは医者として、
おなかが痛い患者さんを診察するときに、
狭い範囲が痛いとおっしゃる方は、
何か病気かもしれないなと思う一方で、
「おなか全体がなんとなく痛いけども、
どこかはっきり分からない」みたいなときは、
怖い病気ではないかも、と思います。
- ──
- おなかが痛くなることって
私は普段からけっこうあるんですけど、
危険な腹痛の見分け方として、
どこが痛いか特定できるときは、
ちょっと危ないと思ったほうがいいんでしょうか。
- けいゆう
- 絶対に何か病気が隠れている
というわけではないですが、頻度でいうと多いです。
ただ、ひどい腹膜炎のときは
おなか全体に炎症が及んで、全部が痛くなります。
でもそうなったらものすごく痛いので、
「なんとなく痛いです、先生」とはなりません。
もう救急車を呼ぶレベルです。
- ──
- 腹膜炎って怖いですね。
それって、急になるんですか。
- けいゆう
- よくあるのは、たとえば胃とか大腸とかに穴があいて、
そこから中身が漏れる状態です。
これは全体に炎症が広がるので、
厳密には医学用語で汎発性腹膜炎と言うんですけど、
もう全部がめちゃくちゃ痛いです。
- ──
- 胃酸は塩酸だとさきほどおっしゃってましたもんね。
それが広がっちゃうということは、
わあ、相当痛そうです。
- けいゆう
- そうなんです。
胃潰瘍や胃がんで穴があく人もいるんですけど。
そういうケースではおなか全体が痛い。
一方で、ある臓器の調子が悪い、
たとえば胆嚢(たんのう)炎といったら、
さっき言ったように胆嚢の近くが痛いけれど、
それ以外は痛くないんですよ。
虫垂炎といったら右下が痛いとか、
いろんな、病気がある場所だけが
痛くなっていくわけですよね。
- ──
- 気持ちが腹痛に左右するメカニズムが
さきほどの交感神経と
副交感神経の話でよく分かりました。
緊張しておなかが痛くなってしまう人は、
とにかくリラックスを心がけるしかないのでしょうか。
- けいゆう
- ねえ、難しいですよね。
実は私も緊張したら
おなかが痛くなるタイプなので、
受験シーズンとか苦労したほうなんですよね。
でもまあ心の持ちようというか、難しいですよね。
場慣れして緊張しにくくなった人もいるし。
自律神経というのは結局自動的に調節するからこそ、
私たちの生活をうまく成り立たせてるものなので、
それをコントロールしようということ事態が
実は難しいんです。 - ただ、社会が人間を病気と定義する現象を
増やしたという観点で言うと、
緊張しておなかの調子が悪くなって、
でも、ここでトイレに行くわけにはいかない、
みたいな状況って、
野生の動物にはないと思うんです、あまり。
なので、人間特有だと思うんですけど、
それでたとえば社会生活に支障をきたすほど
ひどくなっているとなると、
やはり治療が必要であると考えますよね。 - それは病気と考えてもよくて、
たとえば過敏性腸症候群という病名をつけて、
腸の動きを整えたりする薬というのがあるんですよ。
なので、ある程度、度を超えると
医療が介入しないといけないので、
それなりに薬で対応するという方法はあります。
だから、何もできないという意味ではないんです。
なので、そのときは、
「おなかの専門の先生に相談してくださいね」
ということをよく言われていますよね。
- ──
- よくわかりました。
ほかにも、おなかを冷やすと痛くなることが
あるんですが、それはなぜですか?
- けいゆう
- これは多分シンプルに、
体温よりも熱いものとか冷たいものが流れ込んだら、
調子悪くなるでしょうね。
腸の動きがやっぱり悪くなるんですよ。
それで、おなかの中も含めて、
全身って大体36度台、
平熱が低い人でも35度台ぐらいですよね。 - 体の臓器の全ての機能は、その温度で最適に働きます。
逆にいうと、この温度を逸脱すると働けません。
たとえば体温が30度になると、もう生きられないんです。
低体温症とかいって、ものすごく寒い日に
お酒に酔っぱらって道路で寝てしまって、
そのまま低体温症で亡くなる方もいますけど。 - ですので、この温度は厳密に管理されているので、
すごく冷たいものがたくさん入ると、
機能としてはやっぱりかなり落ちるというか、
うまく働けないって考えるべきだと思いますね。
(つづきます)
2025-03-23-SUN