「kijinokanosei」がつくった生地に
「花格子」(はなこうし)と名付けた織物があります。
これをつくったのが、尾州の三星(みつぼし)毛糸。
吉川修一さんと田中喜子さんが工場を訪ね、
出会いから生地づくりのことを振り返りました。
三星毛糸で出迎えてくださったのは、
生地づくりの現場にたつ森谷佳苗さんと、
5代目の若き社長、岩田真吾さんでした。
- 吉川
- 今日はお時間をいただいてありがとうございます。
「kijinokanosei」プロジェクトで協業してくださった
三星毛糸さんは、尾州でも大手のメーカーですが、
最近の尾州は、いかがですか?
- 岩田
- ひと昔前、私の父の代は、
東京のアパレルの方も
尾州によく来てくださったとききます。
「いい生地をおさえるぞ!」
というような勢いがあったと。
ただ、だんだんと経費節減の流れもあって、
尾州のことがあまり知られなくなったと感じます。
それで私たちは、ものづくりの背景をふくめて、
「こんなことをしていますよ」ということを
きちんと知っていただく努力をすべきだな、
と痛感しているところです。
だからこうして来ていただけるのは、
本当に嬉しいです。
- 森谷
- よろしくお願いします。
- 田中
- こちらこそありがとうございます。
今回、三星さんといっしょにつくった素材は、
「花格子」という名前にしたのですけれど、
組織としては5、60年前からあるものなんです。
普遍的というほどではないにしろ、
極端に珍しい組織ではないのですが、
色と糸の組み合わせで、表現が変わるわけです。
そこで「いかにかわいいものがつくれるか」を、
一緒に考えていただきました。
森谷さんとはずいぶん長いお付き合いで、
ものづくりに対して、私たちのやりたいことを
とてもよく理解してくださっています。
「kijinokanosei」は、そういう人とでなければ
ものづくりができないだろうと感じていたので、
ほんとうによかったです。 - ちょっと専門的になっちゃうんですけど、
「花格子」のむずかしさは、
わざわざ経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の
質感を変えたことですよね。
色は一緒なんだけど、紡毛(ぼうもう)と
梳毛(そもう)を使い分けている。
- 岩田
- 紡毛というのは、フラノやメルトン、
ツイード、ホームスパンなどに使われるもので、
短い羊毛を主体とした糸です。
糸が太く、粗い印象があるけれど、
柔らかくて、織物になったときに凹凸感がでるので、
冬のジャケットなどが紡毛ですね。
いっぽう、梳毛は、凹凸感が少なくて光沢感があり、
スーツ地のような感じになる糸です。
繊維長の長い羊毛の繊維を引き揃えて、
短い毛を取り除いて使います。
そして糸全体に均一に撚りをかけて、
表面を滑らかにします。
- 田中
- 「花格子」は、いかに丸みをかわいく出すか、と、
けっこう苦労しましたよね。
- 森谷
- はい。最初は経糸と緯糸を同じ糸質にしていたら‥‥。
- 岩田
- 詰まりすぎちゃうんですよね。
- 田中
- なんだか、かわいくなくなるんです。
- 森谷
- それで、緯糸だけ紡毛にしたら、
程よく、目指すところの風合いになって。
- ──
- この青い所がふわっとしているのは、
そんなひみつがあったんですね。
- 森谷
- そうですね。
凹凸感が、梳毛と紡毛で違ってくるので、
いろいろ実験して決めました。
- 岩田
- 立体だってことですよね。
- 田中
- そうなんです。
ペタンコにならないように。
- ──
- その元々のイメージは
田中さんの発案なんですか。
- 田中
- そうですね。こうしたい、というイメージがあって、
そこから色の組み合わせや糸の番手、
どれくらいの大きさのスクエアにするのかなど、
どんどん突き詰めていきました。
始めは仮の色で織っていただいて。
- 森谷
- そうですね、試織をして‥‥本物を持ってきましょうか、
お待ちください(離席する)。
- 岩田
- 森谷は僕がこの会社を継いで最初に採用した社員なんです。
- ──
- そうなんですか!
- 岩田
- 僕が12年前くらいに戻ってきてから、
数年経った頃だったかな、
たしか京都駅で
「三星に来てもらえませんか」と口説きました。
- ──
- えっ! どういうことですか。
- 岩田
- 当時、森谷は京都にいたんです。
その前は盛岡で手紡ぎ職人の所にいたんですが、
実家のある京都に戻ってきていた。
そんなタイミングで彼女の先輩にあたる
共通の知り合いの女性から、
「繊維の仕事をしたいという人が京都にいる」と聞き、
京都駅のカフェで紹介してもらったんです。
それで‥‥。
- 森谷
- (サンプルを手に戻る)
お待たせしました。
あら? 私がここに来た経緯の話ですか(笑)。
あれから10年以上になりますよね。
- 岩田
- そうです。三星に来てくれてよかったです。
それが「kijinokanosei」にもつながって。
- 吉川
- ありがとうございます。
- 森谷
- (笑)それで──、
これが生機(きばた)です。
- 森谷
- 織っただけだとこういうガサっとした状態なんです。
これが整理加工されると、風合いも出るし、
なんて言うんでしょう、かわいい形も出る。
- 吉川
- 別ものになるんですね。
- 田中
- 本当、もう違うものを見てるみたいです。
試織は梳毛・梳毛、
完成品は経糸が梳毛、緯糸が紡毛です。
タテは細く、ヨコがふわっとしてるんです。
その方が程よいおもしろさがあるなあと。
- ──
- そもそも、なんですが、
田中さんは森谷さんに、
どうやってイメージを伝えるんですか。
デザイン画をお渡しする?
- 田中
- いえ、古い組織の見本と、どういう色で、
どういう番手で、どれくらいの膨らみがあって、
ということを伝えます。
- ──
- かつて存在した素晴らしい生地を、
現代的に復刻するのを手伝ってください、
というようなことですね。
- 田中
- そうですね。シンプルに言うと、
そういう感じになりますが、
復刻を目指すわけではなく、
それはあくまでもヒントですね。
- ──
- じゃあ、最初の見本からも、
けっこう変わったということですか。
- 田中
- そうです、けっこう変わってます。
- 森谷
- 変わったどころか、
風合いとか、もう全然違いますよね。
- 田中
- グラフィック的な見え方も、
まったくの別物になりました。
だから「復刻」は技術の面だけで、
デザインとしては新しいものですね。
試織をして出来上がっていく過程で
目指すものと変わっていくこともありますが、
「変わったけれど、その方がいいね」
みたいなことも多いです。
絶対ここが最終地点だ、ということはありません。
変わっていった方が結局よかった、ということが、
「kijinokanosei」にはいっぱいあります。
- ──
- ちょっと料理に似ていますね。
レシピ通りにつくる料理ではなく、
材料と火加減でちょっと変わっちゃったけれど、
結果、すごくおいしいものができた、みたいな。
- 田中
- そうです、そうです。
- 森谷
- おいしいものがつくりたい、
ということですね(笑)。
- 岩田
- ぼくが聞くのも妙なんですけど、
梳毛・紡毛の組み合わせっていうのは、
昔からあったものなんですか。
- 森谷
- スーツとかに使うような生地で
梳毛と紡毛の組み合わせっていうのは
あると思うんですけれど、
これ、ロービングといって、
太く柔らかい梳毛なんですね。
そこに、あえてヨコを紡毛にするのって、
あんまりないんじゃないかと思います。
- 岩田
- 普通はそれだったら、梳毛・梳毛で合わせる?
- 森谷
- はい、番手が合ってくるので。
- 田中
- わざわざやらないですよね。
でも森谷さんからこういうアイデアをいただけて、
ほんとうに嬉しかったです。
ドライブ中に「ここ右に行ってみない?」みたいな
冒険というか‥‥。
「kijinokanosei」は、そんなふうに、
ひとりじゃなく、みんなでつくっている感があります。
(つづきます)
2022-12-11-SUN