写真評論家の飯沢耕太郎さんに、
森山大道さんの「写真」がどいうものか、
いろいろうかがいました。
一貫して路上を撮ってきた森山さんの
特異性、魅力、その功績。
さらには、あの有名な「三沢の犬」が、
「どうして有名なのか」という、
なんとも素朴な(?)ギモンについても
丁寧にお答えくださいました。
最後には「撮れちゃった写真」の大切さ。
これには、なるほど~とうなりました。
「撮った写真」じゃなく
「撮れちゃった写真」が、なぜ凄いのか。
「撮れちゃった写真」を撮れるのが、
素晴らしい写真家なんです‥‥と。
全6回の連載、担当はほぼ日の奥野です。
飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)
写真評論家。1954年、宮城県生まれ。1977年、
- ──
- 森山大道さんと言えば
「三沢の犬」と呼ばれる有名な写真が
ありますけど、
素朴な疑問ですみません、
「三沢の犬」は、
どうしてそれほど有名なんでしょうか。
- 飯沢
- あの写真は『狩人』という写真集に
入っているんだけど、
左を向いてるのと、
右を向いてるのと2種類ありますね。
- ──
- ええ、どっちかが「裏焼き」で。
- 飯沢
- 青森の三沢には、
昔からアメリカ軍基地があるんです。 - 米兵がアメリカから犬を連れて来て、
帰国するときに
連れて帰らずに野良犬になった、
それで三沢には犬が多かったんだと、
そういう「説明」はあるんですが。
- ──
- ええ、そうなんですか。
- 飯沢
- 当時、森山さんは「アサヒカメラ」の
「何かへの旅」という連載で、
全国を旅しながら写真を撮ってました。 - その旅の途中で三沢に立ち寄ったとき、
泊まっていた宿の外に出たら、
この犬が、目の前にいたそうなんです。
それで、パッと撮った。
- ──
- はい。
- 飯沢
- たぶん、ただ、それだけの話。
- ──
- それだけ。
- 飯沢
- うん。
- ──
- それだけ‥‥の写真が、
どうして
これほど有名になったんでしょうか。
- 飯沢
- 森山さんという写真家は、
被写体を決め込んで撮る人じゃなくて、
目の前に現れたものを
パッと捕獲する‥‥つかまえるような、
そういう撮り方でしょう。
- ──
- いわゆる「スナップショット」で。
- 飯沢
- だから、この写真の場合も、
目の前にこんな野良犬が現れることを
予測していなかったし、
撮ったときも、
いったいどんな見え方をするのかも、
あらかじめ
知っていたわけじゃないと思うんです。
- ──
- ええ。
- 飯沢
- でも、現像したら、こんな写真だった。
- そして、暗室の中の森山さんはたぶん、
その写真に表れた犬に対して、
シンパシーを感じたんじゃないかなあ。
ぼくは、そう思うんです。
- ──
- シンパシー。
- 飯沢
- 野良犬という、その存在のあり方にね。
- 森山さんがよくおっしゃることだけど、
自分という写真家は、
いろんなところをほっつき歩いて、
獲物を探す‥‥そういう存在なんだと。
そういう写真家の存在のあり方と、
この犬の佇まい、
野良としての存在のあり方というのが、
似ているように思えたんじゃないかな。
- ──
- なるほど‥‥。
- 飯沢
- で、そういうようなことを、
写真を見るぼくたちも感じるわけです。 - だから、よく言われることですけれど、
この「三沢の犬」は、
森山さんのセルフポートレートだって。
- ──
- なるほど。そういう意味で、ですか。
- 飯沢
- この犬の野良犬としてのあり方に、
森山大道という写真家が、
象徴的に表れているように見える。 - だから、この時期の代表作として、
ぼくたちの記憶に、
残っているということなのかなあ。
- ──
- この写真が、何か賞を獲ったとか‥‥。
- 飯沢
- ないんですよ。
- ただ「アサヒカメラ」の連載のときに、
すでに「この写真だ」という
確信めいたものは
森山さんに、あったような気はします。
たしかこの写真は見開きページで‥‥
ほら、
こんなふうに、レイアウトされていて。
- ──
- おお、すごいインパクト。
- 飯沢
- もう、確信犯的に
「この犬の写真を見せよう」っていう
レイアウトですね。 - そもそも、本当は「右向き」なんです。
この写真。
- ──
- え、最初から「裏焼き」で載せた?
- 飯沢
- そう、それはどうしてかと言うと、
雑誌って
左から右へページを繰っていくわけで、
左側に「犬の顔」をもってくるほうが、
圧倒的に、インパクトが出るから。
- ──
- じゃあ、そのことを考えに入れて‥‥。
- 飯沢
- ネガをひっくり返して、プリントした。
- 2012年に、テート・モダンで、
ウィリアム・クラインと
森山さんの展覧会が開催されたんです。
そのとき、
この「三沢の犬」だけの部屋があって。
- ──
- わわ、そうなんですか。へええ。
- 飯沢
- そこでは、本来の右向きの犬の写真と
裏焼きの左向きの犬の写真とが
ズラーッと並んでいて、
なかなかおもしろい展示だったんです。 - そうそう、この展覧会のカタログでは、
こういうレイアウトもしている。
- ──
- あ、新宿の。
- 飯沢
- そう、森山さんのデビュー作の
『にっぽん劇場写真帖』に入っている、
新宿地下道の、
ホームレスみたいな人を撮った写真ね。
- ──
- はい。
- 飯沢
- 写真家って、知らず知らずのうちに、
自分なりのイメージが
記憶の中に刻み込まれるのか、
無意識に
同じようなポーズ、同じような構図で
写真を撮ることがあるんです。
- ──
- なるほど。
- 飯沢
- このカタログを編集した
キュレーターのサイモン・ベーカーが
「あ、似てる」って発見して、
こうやって写真を並べたんでしょうね。
- ──
- 並んでいるのは、はじめて見ました。
- 飯沢
- この男の人の写真にも、
興味深いエピソードが残されています。 - この人は盲目で、こうやって
道端でお金を恵んでもらっていたけど、
カメラを向けたら、
いきなり逃げ出しちゃったっていうの。
- ──
- つまり「見えていた」と?
- 飯沢
- そうみたい(笑)。
- ──
- 同じ時期に撮影された写真、なんですか。
- 飯沢
- 新宿の男の写真は
1968年の『にっぽん劇場写真帖』だし、
「三沢の犬」は
1971年の「アサヒカメラ」の連載の
「何かへの旅」が初出なので、数年ちがう。
- ──
- ともあれ、森山さんご自身としても、
「三沢の犬」は、
当初から大きな作品だったんですね。
- 飯沢
- そうだったんだと思います。
- 「アサヒカメラ」に掲載された誌面には
「犬の町」とだけ書かれているし、
そう見せようという意図を感じますから、
ご本人も、最初から
作品の持つ力を感じていたんでしょうね。
- ──
- なるほど‥‥。
- 飯沢
- あらためて当時の雑誌誌面を見てみると、
のちに
森山大道の一種のセルフイメージとして
認識されていく構図が、
ごくごく初期から、完成していますよね。 - それだけインパクトの強い写真として
残っている。だからこそ
ことあるごとにフィーチャーされて、
2000年代以降は
人気がさらに高まっていって‥‥
Tシャツになったり、時計になったり。
- ──
- 置物にもなってました。ゴトッと重たい。
- 飯沢
- あるよね。
- でも、やっぱり、見たらわかるじゃない。
どうして人気あるのかって。
この目の強さ、
いかにも飢えた犬っていう感じが出てて。
- ──
- はい。
- 飯沢
- でも、この犬、撮ったときは、
そんなに怖くはなかったと思うんですよ。
- ──
- え、どうして、そんなことが?
- 飯沢
- 少なくとも、怒ってはいないと思う。
- だってさ、興奮すると尻尾が立つでしょ。
犬って、ふつう。
- ──
- あ、この子はペタッとしてます。
- 飯沢
- そこもだから森山さんの見せ方というか。
獣が本来持っている目の力や、
ちらっと見える鋭い牙を強調するような
プリントの仕方をしてるんです。 - この犬がもともと持っていた生命力とか
動物としてのエネルギーを
ぐっと引き出すような表現をしている。
そういうことじゃないかと、思うんです。
2021-04-09-FRI