冷戦時代、旧ソビエト連邦では、
ジャズやロックンロールなどの
「ブルジョワ的、自由主義的」音楽は、
厳しい取り締まりの対象でした。
そこで、
ジャズやロックを聴きたいソ連の人は、
使い古しのレントゲン写真に
「ブルジョワ的、自由主義的」音楽を
刻み込み、地下流通させていました。
見つかれば収容所送り、それも覚悟で。
この、ほとんど知られていない
「ボーン・レコード」を、
あの都築響一さんが持っていた!

音への渇望、アートと自由の関係性。
興味深い話、たくさんうかがいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第2回 生命をかけて聴く音楽。

──
つまり、淡谷のり子さんの歌って、
禁制だったんですか。旧ソ連では。
都築
淡谷さんというより、
歌っていた曲の種類によるんです。
 
社会主義体制では
「プロレタリアート的な音楽」と
「ブルジョア的な音楽」とに、
分類されるわけです。
──
オッケーな音楽と、ダメな音楽と。
ロックはダメなほうですよね。
都築
で、その他にも、
ワルツはいいけど、ポルカはダメ、
ジャズにしても、
スイングはオッケーだけど、
モダンジャズはブルジョア的とか。

──
はああ‥‥。
都築
細かくジャンル分けされて、
厳しく、統制されていたんですよ。
──
つまり、
淡谷さんの歌っていたその音楽が、
禁制に引っかかっていたと。
都築
そうですね。ルンバだったかな。
──
都築さんは、はじめて
肋骨レコードに針を落としたとき、
どんなふうに思いました?
都築
まず、聴くまでが大変でしたね。
 
回転数が「78回転」なんですけど、
プレーヤーを持ってなくて、
それを入手することからはじまって。
──
ああ‥‥なるほど。
都築
音質は当然良くない、というか悪い。
 
ノイズだらけで不明瞭だし、
78回転ってことは
たったの1曲しか入らないどころか、
録音時間も数分だから、
楽曲によっては、途中で切れちゃう。
──
なんと。
都築
実物を見てもらえばわかりますけど、
そもそも、
あんなものから本当に音が出るのか、
まったくピンと来ません。
 
昔、ソノシートってありましたけど、
あれよりペラペラで、
どっちが表か裏かもわかりにくいし、
盤面に掘ってある溝も浅いんで、
たぶん、すぐに聴けなくなると思う。
──
そんな代物。
都築
つくられて何十年も経ってますから、
クルクル丸まってたりするんです。
 
だから、これなんかは、
かたい紙を裏から貼り付けています。

──
聴くにも、ひと苦労なんですね。
都築
たぶん、クルクル丸まってるのには、
また別の理由もあって、
つまり、売ってるのを見つかったら、
「シベリア送り」なんです。
──
え、収容所ですか!
都築
国家が認めていない音楽をバラまく、
深刻な罪ですから。
 
持っているだけでヤバい音楽なのに、
それをつくって密売してるって、
重罪ですよ。
捕まったら何年もくらいこむレベル。
──
わー‥‥それで、
クルクル丸めて隠して売ってたんだ。
都築
新作ができたら、何十枚も重ねて
コートの袖に隠し持って、
駅の暗がりとか市場の隅っことかで
「新しいの、できたよ‥‥」

──
敵性音楽を闇で流通させるのって、
大げさでなく、
生命がけの行為だったんですね。
都築
聴くほうも大変だったと思います。
 
夜遅くに、カーテンを閉めきって、
絶対に漏れないようにして、
みんなでこっそり聴いて踊るとか。
──
そこまでして‥‥。
都築
そうなんです、捕まったら、
ほとんど、人生おしまいですよね。
 
それなのに、そこまでして‥‥
つまり生命をかけてまで
聴きたい音楽があったってことが、
僕は、すごいと思うんです。

──
本当ですね。
都築
今、そんな音楽ってないでしょう。
少なくとも僕らの手にはない。
 
さまざまな音楽が
存在することをゆるされてるけど、
何を聴いたって、収容所はない。
──
そうですよね‥‥。
どんなにアンダーグラウンドでも、
どんなに反体制のロックでも、
寒い流刑地に送られはしないです。
都築
バレたらシベリア送りにされると
わかってて、
つくって売る勇気があるか、
買って聴く勇気があるかってこと。
 
ものすごいことだと思います。
──
現代の自分たちの感覚では、
音楽をつくって
みんなに聴いてもらうというのは、
ひとつのアートですけど‥‥。
都築
だからこそ、
厳しく禁じられたんでしょうね。
 
ようするに、音楽「も」なんです。
他の文化‥‥
小説なんかも禁じられてたわけで。
──
中身としては、
西側のロックの海賊版以外にも、
当時のソ連の人たちの
オリジナル曲もあったんですか。
都築
ええ、メインはソビエトですよ。
 
禁じられた音楽に惹かれて
ロックやジャズをやってる人は、
当時も、たくさんいたので。
──
有名な人たちも‥‥?
都築
いたみたいですね。
──
有名で、みんな知ってるんだけど、
存在としては、禁じられている。
都築
いないことになっている人たち。

──
西側のロックを命がけで聴いて、
かっこいいと思ったら、
自分でもやりたくなりますよね。
都築
ロシアの第2の都市である
サンクトペテルブルクって街は、
隣、ヘルシンキですから。
 
西側と地続きで接してるわけで、
外交官はもちろん、
スポーツ選手や船員さんだとか、
人間の出入りは禁じられないし、
人間が出入りしたら、
文化だって入ってくるわけです。
──
ええ。
都築
ましてや、音楽なんて。
──
風に乗って聴こえてきそうです。
都築
だからね、当時の社会主義体制って、
文化的に、
貧しい状態に置かれてきた場所だと
思うんですよ、
だって、好きな音楽も聴けないとか。
──
ええ、ええ。
都築
でも、そういう「不毛の地」から
こういう最高の音楽が‥‥
つまり最高というのは
音楽的な「いい悪い」じゃなく、
生命をかけてつくり、
生命をかけて聴かれるような、
そういう音楽がうまれたというね、
その歴史が、僕には、おもしろい。

──
なるほど。
都築
どうしても聴かせたい音楽があり、
でもそれが、国家によって、
かたく禁じられていたわけですよ。
 
そういう状況下、
自分たちでレコードをつくって
地下で流通させるしかないときに
目をつけたのが、
使い古しのレントゲン写真だった。
──
その、すごみ‥‥たるや。
都築
だからね、
今の時代にも、いると思うんです。
 
経済的に恵まれず、
環境的にも虐げられていたりして、
まったく勝つ見込みもなく、
楽器もパソコンも持っていない人。
──
ええ。
都築
でも、人に聴かせたい音楽はある。
 
そういう人たちって、
今、どうやって、
人に聴かせようとしてるんだろう。
──
ああ‥‥。
都築
そのことを、
僕は、本当に考えさせられますね。

ボーン・レコード Ⓒ Photography by Paul Heartfield ボーン・レコード Ⓒ Photography by Paul Heartfield

(つづきます)

2019-04-24-WED

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  • BONE MUSIC展が
    日本にやってくる!

    インタビューで語られている
    ボーンミュージックの
    日本初の展覧会が、東京・表参道の
    BA-TSU ART GALLERYで開かれます。
    2014年、ロンドンからはじまり、
    イタリアやロシアをめぐった企画展が、
    日本にやってくるのです。
    ボーン・レコード現物の展示を中心に、
    会場には、貴重な「音源」が、
    BGMとして流されているそうですよ。
    Tシャツなどのグッズも、よさそう。
    期間が4/27(土)~5/12(日)と
    短めなのですが、
    ご興味を持たれた方は、ぜひとも。
    詳しいことは、
    展覧会の公式サイトでチェックを。