浅草東洋館に行くと会えるおふたり、
東京太・ゆめ子さん。
ご夫婦の漫才コンビなのですが、
結婚されたのが1976年、
コンビ結成が、1993年‥‥つまり?
まずご夫婦としてはじまった関係が、
十数年後に、漫才コンビに?
それって、すごくないですか‥‥!?
専業主婦だったゆめ子さんは、
いきなり、
初舞台でしゃべれたんだそうです。
仲睦まじいおふたりの掛け合い、
ずっと聞いていたくなる取材でした。
担当は「ほぼ日」奥野です。
東 京太・ゆめ子(あずま きょうた・ゆめこ)
漫才協会、落語芸術協会所属の夫婦漫才コンビ。京太は1961年、松鶴家千代若・千代菊に入門。東京二・京太として活動し解散後、漫談や司会業の活動後、妻・ゆめ子(1976年結婚)と1993年にコンビを結成。2010年文化庁芸術祭大衆芸能部門で大賞受賞。
- ──
- 雰囲気のいいお店ですね、とても。
- 京太
- 俺が、この世界に入ったころから、
よく来てた喫茶店なの。
- ゆめ子
- すてきでしょ。趣味もよくて。
こんなお店、もうどこにもないよ。
- 京太
- なんたって、ここが、
俺が東京に出てきて最初の浅草だ。
- ──
- 上京されたのは、何年ですか?
- 京太
- 昭和36年。西暦で、1961年か。
- 浅草ROXってあるでしょ。
あそこはね、昔、松竹演芸場って、
お笑いやってたんだ。
- ──
- 色物さん専門の寄席ですよね。
- 京太
- 俺たちのときは、弟子がみんなで
師匠の家の近くにアパートを借りてて、
俺が入ったときは
8畳一間に10人も住んでたんだから。
- ──
- えっ、そんなにたくさんで!?
- 京太
- いちばん売れたのは、松鶴家千とせ。
- 「ヘイ、ヘイ、ヘイ、シャバダバダ♪」
っていうの、あれ。知ってる?
- ──
- アフロヘアーの、わかるかなぁ、
わかんねぇだろうなぁ~‥‥の。 - 世代的にリアルタイムではないのですが、
もちろん存じ上げています。
残念なことに、
先日、お亡くなりになられましたよね。
- 京太
- 正直いって、俺はあいつにだまされて、
この世界に入ったんだよ(笑)。
- ──
- だまされて?(笑)
- ゆめ子
- そうだ、そうだ。
- 京太
- 芸人なんか、やるつもりなかったから。
- ──
- どういうことですか?
- 京太
- 俺の話をし出すと長いよ。
- ゆめ子
- 短く言って。
- 京太
- まあ、かいつまんで話すと、
俺、もともと板前になりたかったの。 - 田舎の知り合いで、
トシ坊って
でっかい農家の次男坊がいてね、
次男は手に職をつけなきゃダメだって、
東京に出てきたのがいて‥‥。
- ゆめ子
- 長い。
- ──
- まだそこまで長くないです(笑)。
- 京太
- 俺も「板前になる」つって出てきた。
栃木から、住み込みで。 - 当時、給料が「月3000円」だった。
大学卒業した会社員の初任給が
1万5000円の時代。
で、そこへ、千とせが来たの、偶然。
- ──
- お店に、ですか?
- 京太
- そう。客として店に来て、
「おまえ給料いくらもらってんだ?」
って聞くんだよ、俺に。 - で、「月3000円だ」って答えたら、
「バカだな、おまえ。芸人になれよ。
1日2000円もらえるよ。
30日で6万だよ」って言うんだよ。
で、「俺なる!」って。
- ──
- 本当ですか。そんなはじまり。
- 京太
- でね、なんで千とせが
そんなこと言ったかっていうとね、
「後釜」が欲しかったんだよ。 - 当時、やつがいちばん下で、
掃除したりするのがイヤだった(笑)。
- ──
- なるほど(笑)。
- 京太
- それが、昭和36年の12月。
「今日からは俺のことを兄さんと言え」
「なんで?」
「この世界、
一日でも先に入ったら、兄さんだから」
「あ、そうか」つって、
あれやれこれやれ何だかんだ言われて。 - コノヤロウ、
俺をだましてこの世界に入れたなって。
- ゆめ子
- でもさ、松鶴家千代若・千代菊師匠は、
やさしかったよね。
お父ちゃんお母ちゃんって呼んでたの。
- 京太
- うん。12月に弟子入りして、
いきなりもう次の年の4月に仕事だよ。
- ──
- 4ヶ月でデビューですか。すごい。
- 京太
- すごくねぇよ。歌の司会の仕事で、
「2、3年やってる若いのいねぇか?」
って電話で話が来て、
うちの師匠が「ああ、いるいる。いる」
って、俺しかいねぇんだ。 - 「おめぇ、次の4月になったらな、
岡山まで行ってこ」って。
2、3年どころか、入って4ヶ月だよ。
そんな、しゃべれるわけねぇべ、何も。
- ──
- はあ。
- 京太
- 大丈夫、心配すんな、
メインの司会はいるからっていうわけ。 - 俺には「前歌」のね、
売れてない歌い手さんの司会をやれと。
「どうやってやんだ、わかんない」
つったら、ある先輩が
「歌手の名前と曲目、手の平に書いて、
わかんなかったらパッと見ればいい」
って、いいこと教えてくれた。
それで舞台に出て行ったら、
手が汗ビッショリで字が滲んじゃって。
- ──
- えっ!
- ゆめ子
- 緊張しちゃってね!
- 京太
- 手の平、真っ黒。
何て書いてんだかサッパリわかんねぇ。
- ──
- えーっ!(笑)
- 京太
- 陸に上がった金魚だよ。
マイクの前で口をパクパクしちゃって。
気がついたら、
舞台のソデのイスに座らされてたんだ。 - 見かねた先輩が
バーっと吹っ飛んできて司会をやって、
俺を引っ込ませて、イスに座らせて。
その間、客はウケてたんじゃないかな。
よくわかんないけど。
- ──
- 記憶が飛んでるってことですか。
- 京太
- あとで、「おまえ、何年やってんだい」
「え?」
「司会やったことあんの?」
「はじめて」 - それ、4日間の仕事だったんだけど、
千とせが
「1日2000円」って言ってたでしょ。
「4日で8000円」くれたんだよ。
- ──
- あ、そこは本当だったんですね。
- 京太
- そう。「えー!?」って。
- ──
- それまで、ひと月3000円だったのに。
- 京太
- すごいでしょ? 8000円だもんね。
昭和37年の4月だよ。 - そのときの人がみんないい人で、
「帰って、どうだったって聞かれたら、
バッチシって言っときゃいいから。
岡山と東京だ、わかんねえから」って。
で、東京に帰ってきて
「どうだった?」って聞かれたんで
「バッチシ!」って答えたら
「電話が来てんだ、バカ野郎!」って。
- ──
- ははは(笑)。
- 京太
- もう、おやじ(=師匠)に怒られてね。
- そのとき、メインの歌い手さんの娘さんが
一緒に来てたんだ、春休みかなんかで。
俺の顔を見てゲラゲラ笑ってた。
それが、のちの瀬川瑛子だよ。かの有名な。
- ──
- なんと。
- 京太
- 瀬川伸って、
瀬川瑛子のお父さんのショーだったんだよ。
- ──
- じゃあ、ちっちゃいころの瀬川瑛子さんに
会ってらっしゃったんですか。
- 京太
- 瀬川さん、俺の顔を見てゲラゲラ笑ってた。
- まあ、本人は覚えてないだろうと思って、
のちに瀬川さんに会ったとき、
「そんなことがあったの、覚えてる?」
って聞いたら、「ああ、覚えてる!」って。
- ──
- おおー(笑)。
- 京太
- 「それ、俺だよ」って言ったら、
「ウソ!?」って(笑)。
- ──
- ちっちゃいころに見た、
おもしろい顔の人を覚えてらっしゃった!
- 京太
- そうそう。それ以来、
どういうわけか一緒の仕事で会うんだよ。 - 俺、お嬢さまって呼んでんだけど(笑)。
- ──
- そんなご縁があったんですか。
- 京太
- そうやって、師匠のところに4年間いて、
歌い手さんから
いろんなことを教えてもらったりしてね。 - こんなこと言っちゃいけないとか、
しくじったりしながら、
いろいろと体で覚えてきたんだよ。
- ゆめ子
- それで60年もやってるんだもんね。
すごいよね。
- ──
- 修行というのは、何をするんですか?
- ゆめ子
- 掃除、洗濯、犬の散歩。
- 京太
- 松鶴家千代若・千代菊という師匠で、
夫婦でやってたんだ。 - まずは着物の畳み方、着物の着付け。
だから、いまでもそれはできる。
今日のスケジュールを聞いて、
カバン持って、一緒に舞台へ通って。
- ゆめ子
- いまどき、ないよね。そんなの。
- 京太
- いちばんは、「あいさつ」からだね。
「おはようございます」
「ありがとうございます」ってね。 - 他の師匠から「おまえ、誰の弟子だ」
なんて聞かれちゃダメなの。
そう聞かれたら、しくじってるんだ。
「どちらさんのお弟子さん?」
って聞かれるようになんなさいって。
「どちらさんの」って聞かれたら、
ちゃんとやってるってことなんだと。
- ──
- そんな見極め方があるんですね。
- 京太
- どちらさんの‥‥って、
俺にはじめて聞いてくださったのは、
(三遊亭)圓馬師匠。 - 「どちらさんのお弟子さん?」
「千代若の弟子です」
「そうか、がんばれな」
って声かけてくれた。
いまの小遊三さんの、師匠の師匠だ。
- ──
- うれしかったですね、それは。
- 京太
- うん。それ以来、みなさんに
「どちらさんのお弟子さん?」って、
聞かれるようになった。 - 着付けしたり、靴をそろえたりして。
うちの師匠が
「とにかくいちばん下からやってけ」
って方針だったから、
不満とか言いたいことがあっても、
「その場で言うな」と。
しばらく経ってから言いなさいって。
- ──
- どうして「しばらく」ですか。
- 京太
- その場で言ったら、
口ごたえに聞こえるかもしれないと。 - しばらくしてから言えば、
「ああ、そうか」って聞いてくれる。
そういうもんだからって。
- ゆめ子
- だからね、
いまだに口ごたえしないの(笑)。
- 京太
- もう、染みついちゃった。
- ──
- 口ごたえしない身体に(笑)。
- 京太
- そう。どこへ行っても、
最初に、いちばん下の仕事からやる。 - それはね、
60年やっても、いまだにそうなの。
(つづきます)
2022-11-21-MON