飯島奈美さんのあたらしい料理本『LIFE 12か月』。
これまでも、小さな物語にそって料理を考えるのが
『LIFE』シリーズの特徴だったのですけれど、
今回の本は、その「物語」を
作家の重松清さんが担当してくださいました。
重松さんによるプロット(あらすじ)を読んだ飯島さんが
オリジナルの料理を考え、
それを試食した重松さんが、
さらにプロットをふくらませて、物語にする。
そんなコラボレーションで、
12の物語と、46の料理ができあがり、
1冊の本になりました。
このコンテンツでは、重松さんがインタビュアーとして、
飯島さんの「物語を料理する」過程をさぐるとともに、
料理がもっている物語性のこと、
そして作家がどうやって
物語をつむいでいくのかについても、
つまびらかにしていきます。
クリエイティブで、ハラペコな二人の話、
どうぞおたのしみください!

>飯島奈美さんプロフィール

飯島 奈美(いいじま なみ)

フードスタイリスト。フードスタイリングのチーム、
セブンデイズキッチン(7days kitchen)を立ち上げ、
TVCMなどの広告を中心に、映画、ドラマなどで
フードスタイリングを手がけている。
『LIFE 12か月』では重松清さんのえがく
「前菜」(各月の物語)を受けて、
料理の考案とレシピを担当。
「ほぼ日」での登場コンテンツも多数。

>重松清さんプロフィール

重松 清(しげまつ きよし)

小説家。出版社勤務ののち独立、
フリーランスのライターを経て作家デビュー。
2000年『ビタミンF』で直木三十五賞を受賞。
著作多数。そのなかにはテレビ・ラジオドラマ、
映画、舞台化された作品も多い。
『LIFE 12か月』では「前菜」
(各月のレシピにつながる物語)を執筆。
「ほぼ日」のコンテンツでは、
飯島食堂へようこそ。おでかけ編
キッチンツール選び、ごいっしょに
重松清さんと、かっぱ橋。
」など、
たくさんのコンテンツに登場。

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その2

食べ物が「表現」できること。

重松
ぼくが家族の小説を書こうとすると、
家族が顔を合せるのは、
飯を食っている時間になることが多いんです。
その時は、ごはんそのものよりも、
食卓で交わされている会話に集中して書いているから、
料理がおざなりになっていると思うんですよ。
ぼくは登場人物に、ゆっくりと時間をかけて
ごはんを食べさせてない気がする。
飯島
ああ、なるほど‥‥。
重松
でも『LIFE 12か月』の12の物語は、
飯を食べるっていうことに主眼を置いたから、
書き手としてもすごく新鮮でした。
食べるものに対する、
作家としての執着みたいなものも、
出ているかもしれない。
飯島
食べることの細かい表現って、
読むほうもおもしろいですよね。
ここまでこまかく描くんだ、みたいなこともあって。
重松
同じ料理でも、
鎌倉あたりでおばあちゃんがつくるごはんと、
団地のキッチンでつくるごはんと、
舞妓さんがまかないでつくるごはんは違うしね。
飯島
わたしも同じです。つくり方からして変えます。
重松
そういえばドラマ『舞妓さんちのまかないさん』は、
京都の中でもディープな京都の物語ですよね。
これは相当、飯島さんも勉強なさったんですか。
飯島
そうです。京都に2か月行って、いろいろと‥‥。
知り合いの料理人の方に入ってもらって、
お雑煮のシーンは一緒につくってもらったりもしました。
シチュエーションによって、使うお椀ひとつ、
いろいろな種類があることを知り、
すごく勉強になりました。
重松
あのドラマは、食器選びも飯島さんが?
飯島
はい、美術さんといっしょに
食器選びもやらせてもらいました。
古くから続いているおうちということで、
古い食器も加えました。
重松
飯島さんの仕事を、
ぼくは食器と料理のセットで覚えていることが多いんです。
『かもめ食堂』だったかな、
おにぎりののってるあのブルーのお皿。
飯島
「24h アベック」ですね。
フィンランドのアラビアというブランドの協賛で、
器、調理道具をたくさん選ばせてもらいました。
日本の食器にも似ていて、印判みたいな模様で、
おにぎりに合いますよね。
重松
あれ、ずっと品切れだったのが再発されたとき、
ぼく、すぐに買ったんですよ。
おにぎりの白と海苔の黒と、
お皿の青がまたよく合うんです。
飯島
そうなんですよ。
重松
飯島さんが食器を選ぶとき、
登場人物についての考察、
たとえば経済力とかセンスとか、
「この家にこのカップはないでしょう」とか、
「このお父さんが、こんな食器のこだわりを
持っているはずがないでしょ」ということを考えますよね。
つまりここでもキャラクターに「寄り添う」ことが
必要になってくる。
飯島
はい、すごく、必要です。
リアリティを求める監督のときはとくにそうですね。
「もっと味のあるものを」とか
「おばあちゃんが使っていそうなものを」とか、
具体的な提案をいただくこともあります。
わたしも普段から昭和の食器や鍋を見つけると、
そういう撮影が比較的多いものですから、
いつか使うかもしれないと思い、
買って、ストックしておくことにしているんです。
重松
自分のことで言うと、
カトラリーは使いやすさ本位かな。
たとえばスプーンは一口のサイズが自分にちょうどいいから、
コンビニでくれるプラスチックのスプーンを使っていたり、
箸も、うまく持てないから、
一時期、矯正箸を使ってみたことがあったり。
現実の生活ってね、そうやって結構いい加減に
進んでいったりしているんですけれど、
映像作品って小説以上に絵で見える世界なわけだから、
監督さんの美意識と飯島さんの考察、
リアリズムのせめぎ合いってあると思うんだなぁ。
飯島
そうですね。監督さんの美意識といえば、
ご自身がお使いの食器を準備なさる監督も
いらっしゃいますよ。
重松
あ、やっぱり! うんうん。
それこそ小津安二郎さんだったら、
この場面のオレンジジュースの減り具合はこれくらいで、
って、すごく厳密に決めたのだろうし。
そういう画づくりをなさるその監督さんと、
「ま、そこは勢いで」みたいな監督さんがいるでしょうね。
後者の場合は、飯島さんが決めることになるのかな。
飯島
はい、「そこは勢いで」っていう場合は、
わたしがもう進んで決めちゃいます。
たとえばビールだったら、
満タンじゃなく飲みかけにしよう、となったら、
一回注いでから減らして、
グラスの上のほうに泡がついている状態にします。
それはわたしたちの仕事だと思ってやっています。
昔は「これでいいですか?」と細かく聞いてたんですけど、
今は「あ、飲みかけでいいんだったら、こうしましょう」と
率先して動くようになりました。
重松
それで思い出した。
自分が小説を書いてて思うのが、
「いつの間にか時間が経っていた」という表現なんだ。
自分がタバコを吸っていた時には、
登場人物の喫煙率がすごく高かったんです。
でも自分がやめたら、登場人物も禁煙しちゃったの。
出てくるみんな、タバコを吸わなくなっちゃった(笑)。
飯島
ふふふ、そういうものなんですね。
重松
だから、今は、時間経過を表わすのに、
コーヒーがぬるくなるとか、
氷が溶けていくとか、
ビールの気が抜けたとか。
たとえばビールを使うと
非常にわかりやすい時間経過とともに、
しらけていくような雰囲気が出せるな、とかね。
ラーメンとか焼肉など、
早く食わなきゃいけないものは、
なかなか時間経過には使えないけれど。
飯島
そうそう、撮影もたいへんなんですよ、ラーメンって。
すぐに麺がのびちゃって、
汁とのバランスが変わってしまうんです。
重松
そうだよね。
飯島
撮るたびにつくりなおすんですが、
チャーシューの位置や丼の向きも、
スマホで撮って同じようにして。
重松
それをさ、役者さんによってはチャーシューを持ち上げて、
なかなか食べずに、
ちょっと別のところに置いちゃったりね。
飯島
そうです、そうです。
「あれ、前のカットと違う?」
なんてことがないように、気を遣います。
重松
ぼくはいま、早稲田大学で教壇に立っていて、
ノンフィクションや小説の表現についての
演習をしているんだけど、
食べ方の表現ってすごくおもしろいんです。
たとえば、登場人物が左利きであるっていうことを
読者に強く印象づけるにはどんなことをやらせればいいか、
というテーマでは、
「ラーメン屋のカウンターで肘がぶつかる」とか、
洋食ならナイフとフォークの置き方を
左右対称で変えるとか、
串揚げ屋のソースを左側に置き換える、
なんてことを話してます。
飯島
左ききの人は、自分が食べやすいように、
テーブルをちょっとアレンジするんですね。
重松
それからね、その人の器用さや
育ちの良さを表わすのに、
魚を上手に食べるとか、
食べても箸があまり汚れていない、とか。
だからね、一緒にごはんを食べるっていうことは、
すごくその人をさらしちゃうことなのかもしれない。
だから「飯でも食いましょうよ、今度」っていうのって、
結構、怖い誘いであるかもしれなくて。
飯島
ほんとですね。
重松
ぼくは箸がうまく持てなかったから、
大学時代、女の子とごはんに行く時は、
絶対に焼鳥かカレーだったんです。
「なんか重松くんってカレー好きだよね」
って言われてました(笑)。
飯島
なるほど、お箸を使わなくてすむからですね。
大学生の時にそこまで考えられていたのがすごいです。
重松
コンプレックスがあったんです、すごく。
そういうことを思うと、
食事って、いろんな物語が見えてくる。
いまだに覚えているのが、
『家族ゲーム』っていう森田芳光監督の映画で、
家庭教師役の松田優作さんを中心に
お父さん役の伊丹十三さんとお母さん役の由紀さおりさん、
子どもたちが横一列に並んで食事をするシーンです。
伊丹さんが目玉焼きをズーッとすすって、
すごくインパクトがあって。
飯島
たしかに食事のシーンって、インパクトがありますよね。
伊丹さんの監督作品もそうですし、
スタジオジブリのアニメーションの食事のシーンも、
いつも印象深いです。
重松
あ、そうだね! 
飯島
宮崎監督は、たとえば飲み物を飲み干すシーンだと、
グラスのグラデーションまで
細かく指示しているんですって。
この人は早食いだとか、
この人は食べるのが遅いとか、
そういうことも全部監督が考えていると。
重松
すごいな。うん。
飯島
『千と千尋の神隠し』で
主人公の千(せん)がおにぎりを食べて泣くシーンも、
最初はつらくて食べられなかったのが、
やっぱりお腹も空いているし、
一口だけ食べようと口に入れたら、
急に美味しく感じて、
泣いて食べながら元気を出していく。
そこが短いなかでちゃんと描かれていて、
とても印象的でした。
食べている間に、いろんな感情の変化があって。
重松
漫画だと『あしたのジョー』で
減量に耐えきれなくなったマンモス西が、
夜中に屋台のうどんを食べるシーンが忘れがたい。
でも、すぐにジョーに見つかって、殴られて、
鼻からうどんを出すんだけどさ。
飯島
屋台のうどん! ああいうシーンって、
妙に美味しそうに感じますよね。
自分も飢えているような気がしてきて。
重松
食欲ってほんと不思議ですよね。
満腹だったはずなのに、
その映像を見てどんどん腹が減っていったり。
すごいことだなぁと思うんですよ。
映像の場合、
やっぱり役者さんのお芝居にも左右されるんですか。
飯島
そうですね。
映像作品って何度も撮り直すことがあって、
それがわかっているから、
役者さんもたいへんなんです。
食事のシーンで満腹になってしまったら、
「もう一度」のときに支障が出てしまうから。
それで一口を小さくしてセーブする方もいますし、
口元をきれいに見せたいからという理由で
あまりたくさん食べない方もいらっしゃいます。
でもそんなことは関係なく、
すごい勢いで食べながら台詞を話す方もいます。
重松
なるほど。
飯島
もちろん監督の演出も入りますけれど。
重松
飯島さんが、こういう順番で食べてほしいとか、
こういう食べ方をしてほしいみたいなことを、
役者さんに伝えることはあるんですか。
飯島
それは基本的にはないですね。
ただ、箸でつかみにくいだろうなと思う料理には、
ちょっと切れ目を入れておき、
切り離しやすいようにすることはあります。
重松
月見そばの「玉子、いつ崩すんだよ」とか、
やきとりの串を外すか外さないかとか、
東海林さだおさんなら
それだけでエッセイを1本書いちゃうぐらい、
考察ができるんですよね、食事って。
これは大学の授業で話したんだけれど、
ビールの美味しさを文章で描写するには、
ビールの味そのものを書かなくても、
「その日がいかに暑かったか」
「どれだけ喉が渇いているか」を描写しておけば、
おのずとビールは美味くなる、と。
飯島
そうですね、たしかに。
どれだけ会社でストレスたまっていたか、とか。
重松
そうそう。
だから食事の描写は面白いんです。
味そのものを克明に描写してもいいし、
その外側のシチュエーションで
「これ、絶対、美味いやつだね」
とわからせる表現もできる。
飯島
そうですよね。
映像だとそれを「焼け具合」で表現をすることがあります。
たとえば豚の生姜焼きだったら、
ギリギリまでしっかり焼いて、
香ばしい匂いがしてくるような色のものなら、
料理上手のお母さんがつくった
美味しそうな雰囲気が出ます。
逆にちょっとボヤッとした色合いだったら、
あまり料理をしない若い子がつくった、
という表現ができます。
料理上手のお母さんは
焦げる寸前までほっとける経験と余裕があり、
料理初心者はずっとそばでひっくり返すから、
火は通るけど、なかなか焦げ目がつかないんですよ。
重松
そうなんだよね、初心者のほうが触るよね。
飯島
そんなに触ったら焼き目がつかないよって。
重松
手数が増えちゃうんだな。
料理の上手い人やベテランの人って
「ほっとける勇気」がある。
飯島
すこし焦げかけたぐらいのところに調味料を入れた時、
焼き付いたものが溶けてうま味になる。
そういう経験が、初心者の人には
なかったりするんですよね。
だから同じ材料でも見た目も味が変わります。
その表現をすることも、
フードスタイリングの仕事のひとつなんです。

(つづきます)

2023-04-25-TUE

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  • SUPER LIFE MARKET

    世界のどこにもない
    料理本をつくりました。
    飯島奈美さんの
    『LIFE』シリーズ、
    6年ぶりの新刊です。


    LIFE 12か月


    飯島奈美 重松清 著

    大江弘之 写真


    2023年6月6日発売

    242ページ A5判 上製本 オールカラー
    価格
    2,640円(税込・配送手数料別)

    発行
    株式会社ほぼ日

    ISBN
    978-4-86501-774-8 C0077

    先行発売1生活のたのしみ展


    2023年4月29日(土)午前11時より
    5月5日(金・祝)18時まで
    東京・新宿で開催の「生活のたのしみ展」
    「飯島奈美 SUPER LIFE MARKET」
    (ブース番号 OP-7)にて、
    限定部数の会場先行販売を行ないます。
    (すぐに、手にとってご購入いただけます。)
    特典に、特製コースターをおつけします。
    「生活のたのしみ展」について詳しくは、
    こちらのページをごらんください。


    生活のたのしみ展2023

    先行発売2ほぼ日Liveコマァ~ス


    「生活のたのしみ展」会場から
    糸井重里がお届けする配信番組
    「ほぼ日Liveコマァ~ス」にて
    「生活のたのしみ展」限定数の
    通信販売分の受付をいたします。
    期間中の番組開始時以後に、
    「ほぼ日Liveコマァ~ス」ページの
    カートがオープンしますので、
    そこからお申し込みください。
    ここでお申し込みいただいた方へは、
    「ほぼ日ストア」より、特典のコースターとともに、
    5月8日(月)以降、順次、発送いたします。
    (一般発売よりも早くお届けします。)
    「ほぼ日ストア」の他の商品との同梱が可能です。


    ほぼ日Liveコマァ~ス

    2023年5月1日(月)15時30分(予定)から

    ※申込期間は5月5日(金・祝)18時まで


     一般発売


    一般書店・ネット書店・「ほぼ日ストア」での発売は
    2023年6月6日(火)です。
    取り扱いの有無は、お近くの書店または
    ふだんお使いのネット書店でご確認ください。


    「ほぼ日ストア」でお申し込みの方には、
    特典のコースターを一緒にお届けします。
    また、「ほぼ日ストア」の他の商品との同梱が可能です。


    「ほぼ日ストア」(一般発売)に申し込む