2023年6月6日に発売となった
飯島奈美さんのレシピ本『LIFE 12か月』。
2008年にはじまった『LIFE』シリーズ7冊目の書籍です。
本作は、重松清さんが書き下ろした
12の「食卓の風景の物語」に寄り添う料理を収載。
物語を読み、レシピを読み、料理をつくる、
そんな「あたらしいたのしみ」が1冊に詰まっています。
このコンテンツでは、
発売してからの『LIFE 12か月』を追いながら、
本書についてのいろいろな情報をおとどけしていきます。
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『LIFE12か月』──書評のような紹介文
小さなエピソードが
連歌のように歌い上げられる、
私たちの人生のような一冊。
TEXT by YOKOSATO Takashi
6月6日に発売となった飯島奈美さんの料理本、
『LIFE 12か月』。
重松清さんが書き下ろした
新作の物語12編とともに、
そこに寄り添う料理とレシピを
飯島奈美さんが考えた、
世界のどこにもなかった料理本です。
いちはやく、本書を読んでくださった
編集者の横里隆さんが、
「書評のような紹介文」を寄せてくださいました。
横里さんは、本とコミックの情報誌
『ダ・ヴィンチ』編集部に、創刊準備の時代から在籍し、
10年間、編集長をつとめた、いわば「本のプロ」。
きびしい目をもつ横里さんが、
どんなふうにこの本を読んでくださったのか、
また。いち読者としてどんな感想を持ったのか、
どうぞ、お読みください。(武井)
え! 『LIFE』に重松さんの新作書き下ろしが載るの!?
それも12篇も? 本当に??
『LIFE12か月』の企画を聞いたときの素直な感想でした。
出版業界で長く仕事をしてきた身として、
売れっ子作家に書き下ろし(初発表のオリジナル作品)を
頼むのはとても難しいことだと
よーく知っていたからです。
とくに重松さんであれば、何年も先までずっと
(10年先くらいまでは余裕で)
執筆予定が詰まっているはず。
原稿を心待ちにしている各出版社を飛び越えて
書き下ろし原稿を獲得したことにびっくりしたのです。
そこで武井さん(シェフこと『LIFE』担当編集者)に、
どうやって重松さんを口説いたのか聞いてみました。
すると‥‥
「え! そうなの? 出版界の事情を
まったく知らなかったから、
フツーに頼んじゃったよー」
とのこと。
それにしても各出版社の重松さん担当編集者たちから
恨まれてない? と聞いてみると‥‥
「ひええええ~!」との叫び声が。
そうか知らないことはときに最強なんだなと、
あらためて思い知りました。
とはいえ、重松さんにしても、
この企画に魅力を感じたから
割り込み依頼を引き受けてくれたはずです。
その魅力とは?
刊行された『LIFE12か月』を読んで、
その理由がわかった気がしました。
物語と料理のコラボレーション
本書『LIFE12か月』は、
従来の『LIFE』とは構成が異なります。
まず重松さんが“前菜”として
12篇の物語をあらたに書き下ろし、
それを受け止めた飯島さんが
“主菜”としての創作料理を
生み出していくというもの。
物語と料理、ジャンルを超えたコラボレーションなのです。
とはいえ、物語と料理を無理矢理繋げて、
アクロバティックの妙味を楽しむものではありません。
もちろん緊張感はあります。
重松さんの投げた物語を、飯島さんがどう受け止め、
どのような料理で返すのかという緊張感。
でも、本書を読んで感じたのは、
重松さんの物語と飯島さんの料理は、
どこかよく似ているということでした。
だからこそ重松さんも、それを承知で
この企画を楽しみながら
引き受けてくれたのではないでしょうか。
似ているところ、それは、
どちらも「小さなエピソード」を大切にしている、
もしくは「小さなエピソード」そのもの、
という点です。
重松さんの物語と飯島さんの料理に共通するもの
私たちが普段「ストーリー」と呼んでいるものには、
「大きなストーリー」と「小さなエピソード」が
含まれていると思うのです。
ちょっと乱暴な言い方ですが、
大きなストーリーは、ハリウッドの大作映画で
主人公がハラハラドキドキの
活劇を繰り広げるようなもので、
小さなエピソードは、ほのかに気持ちが動く、
出来事や事象の断片のようなものと言えるかもしれません。
もう少し言うと、
ストーリーにはジェットコースターのような
“うねり”と“カタルシス”が必要だけど、
エピソードにそれは必要ないし、
何ならオチすらいりません。
思えば、私たちの毎日に「大きなストーリー」なんて
めったに起こらなくて、
うれしいことやしあわせなことのほとんどは
「小さなエピソード」の積み重ねだと思うのです。
そんな「小さなエピソード」の最たるものは
日々のごはんではないでしょうか。
おいしいとつぶやくしあわせが、
幾重にも私たちのくらしを彩ってきました。
ゆえに従来の『LIFE』リーズが単なる料理本ではなく、
「ふたりのぶんの朝ごはん。」とか
「小さなお祝いの日のちらしずし。」といったように、
「料理ひとつずつにちいさなテーマを持たせてきた」
というのもよく理解できます。
加えて、料理本なのにタイトルが『LIFE』であることも。
私たちの人生は
「小さなエピソード」のかけらを集めたものですから。
そんな「小さなエピソード」であることが、
重松さんの物語と飯島さんの料理には
共通していると感じたのです。
ご存知のように、重松さんは素晴らしい小説を
数多く上梓してきた著名作家です。
いい意味での「大きなストーリー」も
多数生み出してきました。
でも、と思うのです。
重松さんの本領は「小さなエピソード」を丁寧に
すくいあげるその手腕にこそあるのではないかと。
そしてその手腕は、今回も存分に発揮されているのです。
これは、自分のことかもしれない
12篇の物語を読みながら、
これはまるで私のことではないかと、
何度も何度も感じ入りました。
たとえば1月の物語、
「定年オヤジ、百獣の王になりきれず?」に登場する
60歳の島村さん。
年齢とともに昔できたことができなくなってきたことを
自覚しながらも、全力で獅子舞に挑み汗を流します。
その姿は今の私そのものでした。
たとえば6月の物語、
「雨の日には『元気』の傘を」に登場する
女子大生の遥菜さん。
就活がうまくいかず苦しみながら、
元気が出る料理を作って力をチャージしようと決意します。
私も落ち込んだとき、
何度おいしいごはんに助けられたことか。
たとえば10月の物語、
「ヘコんでしまったイバりんぼのパパのために」
に登場するパパ、井上さん。
50歳間近でありながら気持ちだけは若く、
会社のスポーツイベントで倒れて
右足をけがしてしまいます。
おまけに心房細動まで発覚して
入院を余儀なくされることに。
じつは私も30年ぶりに行ったスキーで転んで
左膝を大けがしてしまい、
手術後の安静期間中に本書を読んだのです。
それこそまさに私のことではないか! と驚きました。
ほかにも、
バレンタインデーに家族からしか
チョコレートをもらえない(?)中学3年生の和輝くんも、
年老いて認知症になった母の世話を
兄と義姉にまかせっきりの雄二さんも、
読者からの投稿メール「フルーツポンチは鍋ものです」を
受け取ったウェブマガジン『旅めし』の編集長も、
結婚を決めたときの幸せのイメージが
夫婦二人で鍋を囲んでいる光景だった宏史さんも、
みんなみんな、私でした。
重松さんの物語には、私やあなたがたくさん居るのです。
誰もが自分のこととしてシンクロする、
それこそが素晴らしいミニマムエピソードの
証ではないでしょうか。
まるで連歌のように
物語を受け止める飯島さんは、そもそも
フードスタイリストとして映画やドラマをサポートし、
数々の物語を豊かに伝える料理を作りつづけてきました。
“物語”ד料理”の達人なのです。
そんな二人が、まるで連歌のように歌い上げる
『LIFE12か月』が、
私たちの心に響かないわけがありません。
本書は、欠けているもの、足りているものを
気付かせてくれる重松さんの物語にうるうるし、
レシピもコメントも写真も全部おいしそうな
飯島さんの料理にしあわせをもらい、
そして最後に、実際に料理を作って食べることで
心も身体もいっぱいに満たされる‥‥、
今までありそうでなかった
スペシャルであたらしい一冊なのです。
(了)
2023-06-14-WED