ながくパーキンソン病を患いながら、
愛猫ROCCOを、
まるで俳優みたいに撮り続けた
星野正樹さんに聞きました。
たった独りでROCCOに向き合い、
部屋を真っ暗にして、
頭に、懐中電灯をくくりつけて。
病気に身体をふるわせながら、
どうして、そうまでして撮ったのか。
幼少時、舞台の「闇」に衝撃を受け、
長じてからは、
演劇プロデューサーとして活躍した
星野さんの半生が、
そこには、ふかく関係していました。
公私にわたる星野さんのパートナーで
ファッションクリエイター、
伊藤佐智子さんにも一緒に伺います。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第1回

猫のプライド。

──
星野さんは、愛猫ROCCOの写真を、
いつから撮っていたんですか。
星野
撮りはじめたのが10年前です。
撮り終えるのに3年、かかってるんです。
──
パッと見て「わあ」と思いました。
こんな猫の写真、見たことなかったので。
星野
かわいい猫ちゃんの写真というものでは、
ないですけどね。
──
はい、ただ単にかわいいというよりも‥‥
かわいい写真もあるけど、
それよりドキッとさせられるというか。
星野
ROCCOという猫の、
多面的な部分を撮ったつもりなんです。
そういう部分って、
私に見せるのは「ほんの一瞬」だけで、
カメラではなかなか捉え切れないので、
撮るのに3年くらいかかってしまって。
──
ROCCOが闇のなかにいる‥‥つまり、
写真が暗いということは、
夜中に撮った、ということなんですか。
星野
いや、違います。真っ昼間です。
──
じゃ、部屋を暗くして?
星野
そう、懐中電灯とか、家の灯りを使って。
彼女(パートナーの伊藤佐智子さん)が
仕事に行っている間に撮って、
帰ってくるまでに、
すべてをもとの位置に戻しておくんです。
──
何事もなかったように(笑)。
星野
その仕事が、大変なんです。
──
星野さんが撮っていることを、
伊藤さんはお気づきになってたんですか。
伊藤
いや、それが、ぜんぜん。
だから、ある日突然、写真を見せられて、
本当にびっくりしちゃって。

──
お仕事柄、ふだんからよく
写真を見てらっしゃると思うんですけど、
その伊藤さんから見て‥‥。
伊藤
カメラマンとの付き合いは多いですし、
写真に興味もありました。
でも、
こういう写真は見たことないと思ったし、
何より「彼自身だ」と思った。
──
星野さん自身?
伊藤
結局、写真というものには、
撮っている人と被写体との間の距離感が、
あらわれると思うんです。
だから、そういう意味で、驚いたんです。
こういう距離感の写真って、
あんまり見たことないな‥‥と思って。
──
それで「本にしたい」と?
伊藤
1枚のROCCOの写真を、
10年くらい、家に飾っていたんです。
すると、あそびに来る人のなかには
「これは、何ですか」
「どういう写真なんですか」
って、興味を持って聞いてくる人が、
ちらほらいたんですね。
──
ええ。
伊藤
それで、じょじょにですけど、
多くの人に見てほしいって気持ちが、
ふくらんでいったんです。
──
具体的に、
どの写真に驚いたか覚えていますか。
伊藤
これ。

──
何かもう、表情が。
伊藤
どこか、
フランス映画の『オルフェ』みたいな、
現実ではない何か‥‥
猫なんだけど、猫じゃないっていうか。
「これは彼のこころのなかだ、
 彼がいま置かれている状況だ」って、
勝手に思っちゃったわけです。
──
そのあたりのことを、
もう少し詳しくお聞きしていいですか。
伊藤
演劇が大好きで、
演劇界の第一線で仕事していた人が、
突然、病気になって、
生命にも等しいような演劇の仕事を、
やれなくなってしまった。
葛藤もあったとは思うんですが、
彼自身は、そういう悩みを、
あんまり、言ったりはしないんです。
──
ええ。
伊藤
もっと泣き言を言える性格だったら
よかったのにとも思うんです。
なにしろ、彼の撮った写真を見て、
「ああ、こんなにも
 こころのなかに『闇』を抱えて、
 生きてきたんだな」
ということをすごく感じたんです。
──
ROCCOの写真を撮りはじめたのは、
ご病気になってから‥‥。
星野
6年か7年くらい?
伊藤
いやいや、ROCCOがうちに来たのが
もう16、17年前だから、
彼が写真を撮りはじめたのは、
病気になってから、
15年は経っていると思います。
星野
ああ、そうか。

伊藤
まず、この写真を売ってほしいって、
言われたのよね?
星野
ヨーロッパで、アンティークの商売を
やってる人がいまして、
その方と写真談義になったんです。
で、「わたし最近、撮ってるんです」
と言ってお見せしたら、
何だか、その方がびっくりされまして。
──
ROCCOの写真に。
星野
「これ、あなたが撮った写真?」って、
後ずさるようにして(笑)。
──
おお。
星野
「私はマン・レイを扱っていた。
 古い写真はいくつも見てきたけど、
 マン・レイの次がいなかった。
 でも、これは、マン・レイの次ね」
とおっしゃって、
たいそう驚いた表情をされたんです。
──
目利きの人が、そんなふうに。
星野
そして、
「わたし、ほしいんだけど、買える?
 わたしの買える値段?」と聞かれたので、
「売りものじゃないんです、
 うちの家内のために撮ったものですから」
と言って、お断りしました。
のちに、その人がご病気になったと聞いて、
この写真を手づくりの額に入れて、
「がんばってください」と贈ったんですが、
よろこんでくださったようです。
──
そういうこともありながら。
星野
でも、3ヶ月後に亡くなってしまった。
だから少なくとも、
ROCCOの写真に延命の効果がないことは、
わかったんですけれども。
──
ああ、なるほど(笑)。
星野
自分も病気なんで、くじけそうになると、
そんなエピソードを思い出して、
なんとか立ち直って、
また生きてきた‥‥という感じでしたね。
──
ご自身の支えにもなっていたんですね。

星野
この写真って、好きか嫌いか‥‥つまり、
好みがはっきり出るんです。
仲間や親友であっても、
「何だよ、これ」って言う人もいますし、
だから、人が来ると見せてたんです。
ある意味「踏み絵」みたいにして(笑)。
──
へえ‥‥。
星野
で、7、8割の人はダメ。
──
え、そんなにですか。意外です。
星野
やっぱり、猫の写真っていうと
「かわいい」ものを、
みんな、期待するんでしょうね。
──
そうなんですかね。
星野
ただ、3割の人の情熱がすごかった。
これは海外で売ったらいいよなんて
言ってくださる人もいて、
まあ、そう簡単じゃないんですけど。
──
こんなふうに、まるで俳優みたいに、
ドラマティックに撮影した理由は、
どういう気持ちからですか。
星野
ROCCOのプライドを感じたんです。
──
プライド。‥‥猫の。
星野
猫といっしょに住んでいる人なら
わかると思いますが、
あちらがこちらに用事があるときは、
にゃーにゃー呼ぶわけです。
でも、こちらが用があるときには、
来ないでしょう、絶対に(笑)。
──
ですね(笑)。
星野
ねこじゃらしなんかやってやると、
かわいらしいポーズで
だいぶこちらと遊んでくれるけど、
じゃ、そのねこじゃらしを
ポイッと投げて
「ほら、取ってこい」と言っても、
取りに行かない、絶対に。
──
犬は行ってくれますけどね。
星野
ねえ、うれしそうに。
でも、猫は、
その寸前までは付き合うんだけど、
取りに行くことは絶対しない。
「なんで?」みたいな顔をされる。
──
ええ(笑)。
星野
さっきまであんなにも遊んでたし、
もっと遊びたいはずなのに、
その気持ちにフタをしてでも、
「それは、やらない」プライドを
残してるんだなと思って。
──
猫という生きものは。
星野
おもしろくなってきたんです。
──
猫のプライド。
たしかに、ちょっと誇り高い顔に
見えますものね、ROCCO。

星野
でね、ここからは妄想なんだけど、
そういう一匹一匹の猫が、
そんな計算できるはずもないから、
これは、きっと、
猫会議があるんじゃないかと‥‥。
──
猫会議?(笑)
星野
猫が夜な夜な集まる猫山みたいなところで
「いいか、おまえら、
 この話は人間には秘密だぞ」と言って、
パッと解散して、
みんながみんな、
口を真一文字にギュッと閉じて、
人間には、その取り決めを言わないように
生きて、死んでいく。
そういう会議が、あるんじゃないか‥‥と。
──
それは人間の上を行ってますね、猫。
星野
もちろん今のは、私の盛大な妄想ですけど。

(つづきます)

2019-04-03-WED

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  • 病身の演劇プロデューサーが
    憑かれるようにして撮った、
    「俳優」ROCCOの写真展。

    星野さんが、自由にならない身体で、
    部屋を「暗闇」にして照明をつくり、
    ときには
    『八つ墓村』の「要蔵」みたいに
    頭に懐中電灯をくくりつけて撮った、
    愛猫・ROCCOの写真。
    10年以上、発表の方法を模索した結果、
    昨年、ようやく写真集として結実した
    星野さんとROCCOの「共作」を、
    TOBICHI2に展示させていただきます。
    世の中には、
    かわらしい猫ちゃんを撮った写真って、
    いろいろあると思いますが、
    それらのどれともまったくちがいます。
    猫の写真ではありますが、
    そうであることを忘れると言いますか。
    演劇プロデューサー・星野正樹さんと、
    「俳優」ROCCOがつくりあげた、
    ちょっと見たことのない、猫の写真展。
    ぜひ、ご来場ください。
    (本展は、開場時間を2時間、延長し、
    午後9時閉場といたします)

    会場では、
    写真集『Luv.ROCCO』はもちろん、
    写真を撮りながら
    星野さんがつづったROCCOの物語
    ROCCO 夢をこえた猫のお話
    なども販売いたします。
    オリジナルのTシャツも、素敵です。
    さらに、ROCCOの写真と
    小説『ROCCO 夢をこえた猫のお話』
    から抜いた言葉を組み合わせた、
    特製「ROCCOみくじ」を、
    無料で一回、引いていただけます。
    もし「当たり」が出たら‥‥
    素敵な景品をプレゼントいたします!
    どうぞ、いろいろ、お楽しみに。

    なお、展覧会場で上映されている
    ドキュメンタリーがまた素晴らしいです。
    これまで、日本とパリで展示された際の
    記録映像なのですが、
    YouTubeにアップいたしましたので、
    会場に来れない方はもちろん、
    会場でご覧になった方も
    ぜひ、あらためてごらんください。

    ◎日本編
    ◎フランス編

  • Luv.ROCCO
    暗闇の俳優。展

    写真 星野正樹

    期間/
    2019年4月5日(金)~
    2019年4月14日(日)
    会場/TOBICHI2
    時間/11:00~21:00
    ※展示内容により通常より2時間延長して営業
    ※よりくわしいことは
    展覧会の公式サイトでご確認ください。