ながくパーキンソン病を患いながら、
愛猫ROCCOを、
まるで俳優みたいに撮り続けた
星野正樹さんに聞きました。
たった独りでROCCOに向き合い、
部屋を真っ暗にして、
頭に、懐中電灯をくくりつけて。
病気に身体をふるわせながら、
どうして、そうまでして撮ったのか。
幼少時、舞台の「闇」に衝撃を受け、
長じてからは、
演劇プロデューサーとして活躍した
星野さんの半生が、
そこには、ふかく関係していました。
公私にわたる星野さんのパートナーで
ファッションクリエイター、
伊藤佐智子さんにも一緒に伺います。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第2回

残る写真。

──
ROCCOと時間を過ごしていると、
星野さんのなかで、
だんだん、妄想がふくらんできて‥‥。
星野
病気になると、フラフラするんです。
いろんなところに
身体をぶつけたりして生きていると、
そういう妄想が、
リアリティを持っちゃうんですよね。
──
そうなんですか。
星野
でも、そんなふうに、
妄想だらけになっちゃう日常が嫌で。
ただ、何ともしようがなかったけど、
そのうちに、
ROCCOの見せる表情が、
映画のシーンみたいだと思えてきた。
──
おお。
星野
いや、そう思わないと、
つまらなかったのかもしれないです。
だから、そう思えるほうに、
自分を持っていったんだと思います。
──
ままならない日々を過ごす中で。
星野
そんなとき、ROCCOに、
おまえ鞍馬天狗に出てきただろう
なんて話しかけると、ぽかんとして、
いったん動きが止まるんです。
──
止まる。ROCCOの動きが?
星野
そう、それで、また動き出すまでの
一瞬の「間」が入るんです。
間というのは、
芝居で、いちばん大事なところです。
台詞にしても何にしても、
どういう間で言うか、演ずるかって、
すごく大事な部分なんですが、
それは、演劇の勉強をしたところで、
なかなか身につくものじゃない。
──
センスに近い部分?
星野
センスのいい人は、みんな間がいい。
で、そういう「間」が、
ROCCOにあったんで、驚いたんです。
後ろ姿だったんですが。

──
へえ‥‥。
星野
私が「そうだろ?」って話しかけたら、
ROCCOの動きが、ぴたと止まった。
──
写真集に載っている星野さんの文章に、
ROCCOに対して、
「ぜんぶ、わかってるんだよね」
って語りかけている部分がありますね。
星野
人間が自分たちに期待してることだとか、
自分たちのことをどう思ってるか、
そういうことは、
猫はぜんぶ、わかってるんだと思います。
その姿を何に喩えてもいいんだけど、
神様と言ったら、大げさになるんだけど。
──
でも、ある意味で、
やっぱり「人間以上」なのかもしれない。
星野
そう、そう言ってしまいたくなるほどに、
絶対的なものを感じたんです。
──
ROCCOに対して。
星野
私は、弱者だったんですね。
弱者という以上の弱者で、
食事さえひとりでできない。
──
ええ‥‥はい。
星野
身体がふるえて、箸だって、
遠くのほうまで飛ばしちゃうわけです。
そのことが、じつにつらいです。
──
箸が‥‥。
星野
つらいです。何がつらいって言えば、
飛んだ箸で汚れた床を、
誰かが、拭きに行かなきゃならない。
そのことがなにしろつらいし、
自分が落ちぶれて、
沈んでいって、
消えていくのはやむを得ないけれど、
人を巻き込むことはないだろう、と。
──
そんなふうに思われて。
星野
でも、そこに、妄想でもなんでも、
ROCCOがいてくれたら、
助かるというか‥‥
自分にとって都合のいい妄想だとは、
思ってはいるんです。

──
そういう状況で部屋を真っ暗にして、
照明を当てて写真を撮る、
それはもう、大変だったと思います。
星野
カメラマンの方は一発で見抜きます。
「どうやって撮ったの」と聞かれて
こうこうこうしたんですと言うと、
「それは、大変だったでしょう」と。
──
カメラの重さだってありますものね。
暗いから簡単に画像がブレたりして、
ふつうに撮るより、
わざわざ写りにくいような状況にも
しているわけで。
星野
たしかに、やる前に思っていたより、
はるかに大変な仕事で、
やらなきゃよかったと思ったくらい。
でも、壁一面に写真を貼っておくと、
帰ってきた彼女が言うんです。
「え、どうしたの、これ!?」って。
──
びっくりされて。
星野
よろこんでくれて。
以前、私が料理をつくったときにも、
カレーとか、煮物とかね、
そのときもよろこんでくれたけど、
写真の場合は‥‥それとは違う‥‥
未来があるというか、
奥行きがあるというか、
希望があるというか、
褒め言葉が違うんです、ふだんとは。
──
星野さんも、うれしくなっちゃって。
星野
それで、続けていけたんです。
もっともっと見たことのない写真を、
撮ってやろうと思って。
──
具体的には、どうやって撮るんですか。
星野
照明がすべてだと思いました。
だから、灯りをつくるところからです。
4畳半くらいの部屋の隙間を、
ぜんぶテーピングして、真っ暗にして。
──
わー‥‥。
伊藤
たった独りで撮ってるから、
頭にライトくくりつけてたんでしょ?
星野
うん。『八墓村』みたいに(笑)。
伊藤
口にもくわえたって。
星野
使えるところは、ぜんぶ使いました。
──
そんなふうにして‥‥この写真を。

星野
ROCCOを定位置に座らせますよね。
椅子に載っけて、
私のほうがROCCOの動きにあわせて、
距離感を決めていきます。
──
ええ。
星野
しかしながら、
闇は、彼らにとっては真っ暗じゃない。
見えてるんです。
こちらの緊張感を敏感に感じるし、
照明なんか入れたら、もう、丸見えで。
──
はい。
星野
だから、ようやく椅子の上に座らせて、
カメラの位置まで戻って、
振り返ってファインダーをのぞいたら、
もう、そこにいなかったりして。
──
ああ‥‥一筋縄ではいかない俳優。
星野
椅子に載っけて、いなくなって、
撮らせてくれって頼んで連れ戻して。
そんなことを、
2、3時間やってたこともあります。
──
そんなにですか。
星野
毎日毎日が、その繰り返しでした。
でも、それを繰り返すことで、
自分は何かを掴むんだと、
かたく信じてやっていたんです。
──
1枚も撮れない日も‥‥。
星野
ありました、ありました。
最初のころは、1枚も撮れなかった。
撮れたとしたって、
まったく大した写真じゃなかった。
──
毎日、撮影を繰り返してるうちに、
ROCCOのほうでは、
何か変わったりとかしたんですか。
星野
変わったのか、変わってないのか。
そこは、ちょっとわからないです。
私の言うことは、
相変わらず聞かなかったですよね。
──
あ、そうですか。

星野
でも、そのかわりに、
ROCCOの習性がわかってきました。
何か物音がしたら、
2~3歩、距離を置いて離れるとか、
こんなふうにすると、
あわてて、右に旋回するとか‥‥。
──
じゃ、星野さんのほうでも、
戦略を立てられるようになって。
星野
まさに、そうです。
でも、そんな「戦い」ばっかりだと
おたがいにきつくなるんで、
かわいい面を撮ったつもりの写真も、
いくつかあるんですよ。
──
ええ、ありますよね。かわいい写真。
星野
私にすると、カッコいい写真。
──
伊藤さんは、お家に帰ったときに、
貼ってある写真をごらんになって、
星野さんの撮影のことを、
はじめて知ったということですが。
伊藤
ええ。写真、撮ってるんだーって。
星野
壁一面に、貼ったからね。
伊藤
そう、壁一面‥‥写真だらけだった。
でも、ずっと見てても飽きなかった。
古くならないんです。
そのことがすごいなと思ったんです。
──
先ほど、星野さんも、
褒めてもらったから続いた‥‥って。
伊藤
大袈裟かもしれないけど、
「残る写真だ」って、思ったんです。

(つづきます)

2019-04-04-THU

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  • 病身の演劇プロデューサーが
    憑かれるようにして撮った、
    「俳優」ROCCOの写真展。

    星野さんが、自由にならない身体で、
    部屋を「暗闇」にして照明をつくり、
    ときには
    『八つ墓村』の「要蔵」みたいに
    頭に懐中電灯をくくりつけて撮った、
    愛猫・ROCCOの写真。
    10年以上、発表の方法を模索した結果、
    昨年、ようやく写真集として結実した
    星野さんとROCCOの「共作」を、
    TOBICHI2に展示させていただきます。
    世の中には、
    かわらしい猫ちゃんを撮った写真って、
    いろいろあると思いますが、
    それらのどれともまったくちがいます。
    猫の写真ではありますが、
    そうであることを忘れると言いますか。
    演劇プロデューサー・星野正樹さんと、
    「俳優」ROCCOがつくりあげた、
    ちょっと見たことのない、猫の写真展。
    ぜひ、ご来場ください。
    (本展は、開場時間を2時間、延長し、
    午後9時閉場といたします)

    会場では、
    写真集『Luv.ROCCO』はもちろん、
    写真を撮りながら
    星野さんがつづったROCCOの物語
    ROCCO 夢をこえた猫のお話
    なども販売いたします。
    オリジナルのTシャツも、素敵です。
    さらに、ROCCOの写真と
    小説『ROCCO 夢をこえた猫のお話』
    から抜いた言葉を組み合わせた、
    特製「ROCCOみくじ」を、
    無料で一回、引いていただけます。
    もし「当たり」が出たら‥‥
    素敵な景品をプレゼントいたします!
    どうぞ、いろいろ、お楽しみに。

    なお、展覧会場で上映されている
    ドキュメンタリーがまた素晴らしいです。
    これまで、日本とパリで展示された際の
    記録映像なのですが、
    YouTubeにアップいたしましたので、
    会場に来れない方はもちろん、
    会場でご覧になった方も
    ぜひ、あらためてごらんください。

    ◎日本編
    ◎フランス編

  • Luv.ROCCO
    暗闇の俳優。展

    写真 星野正樹

    期間/
    2019年4月5日(金)~
    2019年4月14日(日)
    会場/TOBICHI2
    時間/11:00~21:00
    ※展示内容により通常より2時間延長して営業
    ※よりくわしいことは
    展覧会の公式サイトでご確認ください。