ながくパーキンソン病を患いながら、
愛猫ROCCOを、
まるで俳優みたいに撮り続けた
星野正樹さんに聞きました。
たった独りでROCCOに向き合い、
部屋を真っ暗にして、
頭に、懐中電灯をくくりつけて。
病気に身体をふるわせながら、
どうして、そうまでして撮ったのか。
幼少時、舞台の「闇」に衝撃を受け、
長じてからは、
演劇プロデューサーとして活躍した
星野さんの半生が、
そこには、ふかく関係していました。
公私にわたる星野さんのパートナーで
ファッションクリエイター、
伊藤佐智子さんにも一緒に伺います。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第３回
病の守護者であり、杖である。
- ──
- ROCCOを飼おうと言いだしたのは、
伊藤さんだったんですか。
- 伊藤
- うん、私は猫と暮らしたいなあって、
ずっと思っていたんです。 - ROCCOの前にも猫を飼っていて、
その子は、
とっても私になついていたんです。
気づくと私の上で寝ていたり。
- ──
- かわいらしい（笑）。
- 伊藤
- 本当にかわいい子だったけど、
亡くなって、ペットロスにもなって。 - もう生きものを飼うのはいやだって
ずっと言ってたんですけど、
３年くらい経ったら、
やっぱり猫と一緒に暮らしたいなと。
- ──
- 思うようになって。
- 伊藤
- ある日、私の誕生日だったんですが、
帰ったらROCCOがいました。 - 彼が、連れてきてくれたんです。
でも、私にとっては、
抱きしめることのできない猫でした。
- ──
- と、言いますと‥‥。
- 伊藤
- 「ボクはちょっと、
そういうのはいいです」っていう。
- ──
- なるほど。でも、それから、16年。
- 伊藤
- ええ。
- ──
- 昼間は、星野さんと２人きりで。
- 伊藤
- 彼の部屋の前に、
必ず、番兵みたいにしているんです。 - 私がほしいって言ったのに、
結局、彼のために来たんだなあって。
- ──
- なるほど。
- 伊藤
- 彼がよろけて倒れそうなときに、
ROCCOの、
ピンと立った尻尾につかまって
難を逃れたりとか。 - 何かね、いつでも彼を見てるの。
- ──
- ROCCOという名前は‥‥。
- 伊藤
- それが、彼のところに、とつぜん
「ROCCO」
という名前が降りてきたんです。 - で、そのときに
「ROCCOって、どういう意味？」
って聞かれたので、
「友だちの洋裁店の名前だけど」
って答えたんです（笑）。
- ──
- ええ（笑）。
- 伊藤
- でも、あとからわかったんですが、
聖ロッコって、キリスト教で
ある特定の病気を治す聖人の名前、
だったんです。 - だから、不思議ですよね。
- ──
- へえ‥‥星野さんは、
急にROCCOという名が浮かんだ？
- 星野
- そうなんですが、
聞き慣れていたとは思うんですよ。 - 洋画を見ていると、
よくROCCOって名前の人物が
出てきますし、
それに、口当たりがいいというか、
私には発語が楽なんです。
- ──
- なるほど。
- 星野
- でも、言ってみればそれくらいです。
- ただ、あまりにも、
自分とROCCOの関係が深くなって、
これは何かあるのかもと、
あるときに辞書で調べてみたんです。
- ──
- ええ。
- 星野
- そうしたら、聖ロッコというのは、
ある特殊な難病‥‥
黒死病、ペストの守護神だって。 - うわぁって、びっくりしちゃって。
- ──
- 偶然にしては、できすぎというか。
- 星野
- また別の調べものをしていたとき、
ドイツ語の辞書だったかな、
ROCCOって引いたら
杖‥‥現代では
転じてローマ法王の錫杖を指すと。
- ──
- しゃくじょう‥‥聖なる杖？
- 星野
- 夜中、私の部屋の前にいるんです。
で、私がトイレに起きると、
彼もパッと目だけ開けるんですね。 - で、私がトイレを終えて、
扉を開けると、そこにいるんです。
- ──
- おお、お迎えに。
- 星野
- あくびしたりして、
「起こすなよ～」みたいな感じで
こっちを見てるんですが、
しっぽを「ピン！」と立てている。 - 持ってもいいぞって、感じで。
- ──
- 持つ。
- 星野
- それで私も尻尾の先を持つんです。
すると、歩き出すんです。
- ──
- え、じゃ、本物の「杖」みたいに。
- 伊藤
- それも、案内してくれる杖ね。
- ──
- わー‥‥。
- 星野
- ふとんの横まで、私を連れてきて、
振り返ってこっちを見るんです。 - 「これでいいだろ？」って感じで。
頼んでもいないのに、
毎晩毎晩やるんですよ、そのこと。
- ──
- ROCCOすごい。
- 星野
- そんなことばっかりだと、
何かあるって、思っちゃうでしょう。 - だから、この話は「封印」しました。
あんまり言っても、
バカバカしいと思われるから（笑）。
- ──
- そのようすをイメージすると、
なんだか、すごく胸にぐっときます。
- 星野
- でも、つらそうにしてるから、顔は。
- ──
- え、ROCCOがですか？
- 星野
- うん、わからないけど、
自分から、そうやってるつもりは、
ないのかもしれない。
- 伊藤
- まあ、年齢を重ねて、
何か苦渋に満ちてきたよね（笑）。
- ──
- 名優みたいな感じ？（笑）
- 星野
- 歳をとって、活力がなくなってきて、
エネルギーは不足してきました。 - うちの長い廊下を、
むかしはスタスタ歩いていたのに、
今は、ヨタヨタヨタと。
ずいぶん老いたなあって感じです。
- ──
- ROCCOと通じあってる感じって、
やっぱり、あるんですか。
- 星野
- 通じてるかどうかわかんないけど、
しゃべってはいますね。 - でも‥‥最近はそうでもないかな、
あんまりしゃべらないな。
おたがいに、歳をとりましたから。
- ──
- しゃべらなくてもわかる関係。
- 星野
- 彼が、もっとヨボヨボしてきたら、
今度は、私が、
彼を助けてやろうと思ってます。
- ──
- おお（笑）。
- 星野
- そのとき、
彼がどんな顔をするか楽しみです。
- ──
- ROCCOは撮られてるってことを、
どう思ってたんでしょうね。
- 星野
- わからないです。
- そのことについて聞いても、
何も答えてくれませんから（笑）。
- ──
- 急に暗くなるわけでよね、あたりが。
- 星野
- やれやれ‥‥また俳優のまねごとか、
みたいに思っていたのかな。
- ──
- 受け容れていた。
- 星野
- 無理やり撮影していた部分もあるし、
かわいそうだったかもしれない。 - だから、せめて、これ（写真集）を、
見せてるんですよ（笑）。
- ──
- ああ、「本になったよ」って。
- ３年間におよぶ撮影は、
どうやって終わりが来たんですか。
- 星野
- ああ、もういいかもしれないって、
思えるときがきたんです。 - ROCCOのためにも、
もうこれ以上はやめようと思った。
- ──
- じゃあ、納得の一枚が撮れたから、
というわけでもなく。
- 星野
- そうですね、撮っている最中は、
私は、彼女の笑顔が見たい、
という気持ちで続けていたんですが、
その気持ちに、
ROCCOが一生懸命に応えてくれた、
という感じです。
- ──
- なるほど。
- 星野
- さっき、彼女が好きだと言った写真、
コクトーの『オルフェ』では、
ジャン・マレーが、
倒れて、どんどん顔が変わっていく。 - その変わる寸前の顔に、
すごく似てるなあと思う写真もある。
- ──
- きっと、そういうのって、
狙ってできる撮影じゃないですよね。
- 星野
- 狙った写真はいくらでもありますが、
ああなるとは思わなかった。 - フィルム撮影ですから、
撮ってから、上がってくるまでには
時間がかかるんです。
- ──
- ええ。
- 星野
- だから、次々撮っていくことのほうが
大事だと思ってやってました。
- ──
- 演劇に対する星野さんの「思い」が、
ROCCOを撮るにあたっても、
すごく関わっていると思いました。
- 星野
- そうだと思います。
- ROCCOを巻き込んだかぎりにおいて、
私は、
そういう気持ちを持って、
ROCCOを撮っていたんだと思います。
（つづきます）
2019-04-05-FRI
-
病身の演劇プロデューサーが
憑かれるようにして撮った、
「俳優」ROCCOの写真展。
星野さんが、自由にならない身体で、
部屋を「暗闇」にして照明をつくり、
ときには
『八つ墓村』の「要蔵」みたいに
頭に懐中電灯をくくりつけて撮った、
愛猫・ROCCOの写真。
10年以上、発表の方法を模索した結果、
昨年、ようやく写真集として結実した
星野さんとROCCOの「共作」を、
TOBICHI２に展示させていただきます。
世の中には、
かわらしい猫ちゃんを撮った写真って、
いろいろあると思いますが、
それらのどれともまったくちがいます。
猫の写真ではありますが、
そうであることを忘れると言いますか。
演劇プロデューサー・星野正樹さんと、
「俳優」ROCCOがつくりあげた、
ちょっと見たことのない、猫の写真展。
ぜひ、ご来場ください。
（本展は、開場時間を２時間、延長し、
午後９時閉場といたします）会場では、
写真集『Luv.ROCCO』はもちろん、
写真を撮りながら
星野さんがつづったROCCOの物語
『ROCCO 夢をこえた猫のお話』
なども販売いたします。
オリジナルのＴシャツも、素敵です。
さらに、ROCCOの写真と
小説『ROCCO 夢をこえた猫のお話』
から抜いた言葉を組み合わせた、
特製「ROCCOみくじ」を、
無料で一回、引いていただけます。
もし「当たり」が出たら‥‥
素敵な景品をプレゼントいたします！
どうぞ、いろいろ、お楽しみに。なお、展覧会場で上映されている
ドキュメンタリーがまた素晴らしいです。
これまで、日本とパリで展示された際の
記録映像なのですが、
YouTubeにアップいたしましたので、
会場に来れない方はもちろん、
会場でご覧になった方も
ぜひ、あらためてごらんください。 -
Luv.ROCCO
暗闇の俳優。展写真 星野正樹
期間／
2019年４月５日（金）～
2019年４月14日（日）
会場／TOBICHI２
時間／11:00～21:00
※展示内容により通常より２時間延長して営業
※よりくわしいことは
展覧会の公式サイトでご確認ください。