ながくパーキンソン病を患いながら、
愛猫ROCCOを、
まるで俳優みたいに撮り続けた
星野正樹さんに聞きました。
たった独りでROCCOに向き合い、
部屋を真っ暗にして、
頭に、懐中電灯をくくりつけて。
病気に身体をふるわせながら、
どうして、そうまでして撮ったのか。
幼少時、舞台の「闇」に衝撃を受け、
長じてからは、
演劇プロデューサーとして活躍した
星野さんの半生が、
そこには、ふかく関係していました。
公私にわたる星野さんのパートナーで
ファッションクリエイター、
伊藤佐智子さんにも一緒に伺います。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第4回

演劇の魅力、病の到来。

──
星野さんが人生をかけていた演劇、
その魅力を教えてください。
星野
役者さんがいて、演出家がいて、
照明家がいて‥‥
観客は別次元の世界に入り込んで、
そこで存分に楽しんで、
でも、終わってパッと表に出たら、
何も変わらない日常がある。
──
ええ。
星野
子どものころは、
そのことがとにかく不思議でした。
エドモン・ロスタンの戯曲
『シラノ・ド・ベルジュラック』を
日本語に翻案した、
『白野弁十郎』という演劇があって。
──
すみません、存じ上げません。
星野
生まれてはじめて見た作品ですが、
とにかく、
その演出にびっくりしてしまって。
──
それは、どのような?
星野
みんな同じ格好をした登場人物が
真っ暗になった瞬間に消えて、
パッと灯りがついても、
舞台のうえには、誰もいない‥‥。
そんなものを目の前で見てしまい、
「どうやって消えたの?」
って、興奮して母に聞いたんです。
──
星野少年には、
イリュージョンのように見えたと。
星野
そしたら、母も誰も答えられない。
わけもわからないまま劇場を出て、
そのままずーっと1年くらい、
そのときのことを、
不思議だなあと思っていたんです。
──
1年。相当なインパクトですね。
星野
以来、映画館に通うようになった。
そして、映画というものの場合は、
そういうことが、
いとも簡単にできるんだと知った。
──
はい。
星野
演劇では簡単にできないけれども、
決まると、
素晴らしいということがわかった。
だから、演劇の内容からじゃなく、
はじめは、
瞬間瞬間の外連味みたいなものに、
惹かれていたんですね。
──
なるほど。

星野
とにかく、同時刻・同次元の中で、
舞台と客席が
同じ闇を共有するということに、
どうしようもなく惹かれたんです。
──
闇を共有する。
星野
そう。
──
それが、演劇の魅力?
星野
大きな魅力のひとつだと思います。
演劇のことは、つねに思っているんです。
書かれた物語に対して、
どうキャスティングできるかを考えると、
自分のチャンスとして、
まだあるかもしれないと思ったりします。
──
ええ、なるほど。
星野
自分のアイディアに近いことを
やろうとしている演出家が出てくると、
このやろうと思います(笑)。
素晴らしい作品を見たら悔しくなるし、
もっともっと、
若い人が出てくるといいなと思います。
今、演劇に対してはそういう思いです。
──
星野さんが闇に衝撃を受けたのって、
いつごろ‥‥小学生ですか。
星野
自分の席に座って、
一公演をがんばって観れる歳ですから、
5歳くらいだったと思います。
──
そのときの「闇への衝撃」が、
今度の写真にも、
やっぱり、出ているんでしょうね。
星野
そうだと思います。
──
演劇の第一線で活躍されていた最中に、
ご病気が判明するわけですが、
そのときのお気持ちは、どうでしたか。
星野
青天の霹靂みたいな感じではないです。
パーキンソン病はイントロが長いから。
──
イントロ‥‥前ぶれの期間が。
星野
いよいよはじまるという寸前までが、
とんでもなく長かった。
そこで、勘違いが起きたりもします。
──
勘違い?
星野
わたしのときには、西洋の医学では、
難病ですの一言で終わりでした。
どこのお医者さんにかかっても、
「これからが長いですよ」
と言われるだけの病気だったんです。
──
そうなんですか。
星野
だから病気にいいと言われることは、
ぜんぶ、やってみたくなった。
朝、起きたら腹筋を100回やるとか、
1時間ランニングするだとか、
そういうレベルの話から、
いわゆる代替医療まで、いろいろと。

──
星野さんにも、そういう時期が。
星野
ありましたね、もがいていたころが。
いろんなところに行ったりしました。
人が教えてくれるんです、
あそこに行けば治るぞということで。
──
いわゆる代替医療のことですね。
星野
そういう話はさんざん聞かされたし、
自分でも必死で調べたし、
海外‥‥東南アジアへも行きました。
有効な治療法があると聞けば、
飛行機に乗って‥‥何時間もかけて。
──
そうでしたか。
星野
当時は、いろいろ、あったんですよ。
今もあると思いますけど。
あるときに、マレーシアだったかな、
「自然医療の大家」
と呼ばれている人のところへ行って
「どうした」「腕がふるえる」と。
──
ええ。
星野
そしたら、その「大家」なる先生は、
弟子のうちのひとりに、
マレー語で何か命令したんです。
すると、
弟子が庭の木の葉っぱを切ってきて、
それを細かく刻んで、煎じて、
ペースト状にして、
わたしのふるえる腕に塗ったんです。
──
薬草‥‥みたいな?
星野
直感的に、ちがうと思ったんだけど、
そのまま黙って治療を受けました。
そうしたら、真夜中に、
塗ったところが熱く熱を帯びてきて。
──
わあ。
星野
熱くてたまらないと家内を起こして、
包帯を取ってもらったら、
ちいさな水ぶくれになっていました。
結局、3回も4回も塗られて、
皮膚が真っ赤になって終わりました。
──
うーん。
星野
そんなことは、たくさんありました。
タイだかラオスだか忘れましたけど、
木でつくった器具を
足の指と指の間に突っ込んで、
コロコロ転がしてもらったりだとか。
──
それが効くということで。

星野
そう、その治療を施してくれたのは、
その国の厚生大臣だった人でした。
すごく立派な身なりをしている人で、
威厳もあったので、
こっちもなんだか恐縮しちゃってね。
──
なるほど‥‥。
星野
とにかく、そんなふうに、
病気のイントロのときっていうのは、
治る可能性を求めて、
いろいろと試行錯誤したんですけど。
──
ええ。
星野
しばらくしたら、
筋の固縮という症状が出てきました。
──
固縮。
星野
本格的にはじまったんです。
──
病気が。
星野
うん。
──
イントロの長さは、どのくらいですか。
星野
人によって、変わってくるようですね。
1年の人もいれば‥‥半年の人もいる。
ただ「ふるえる」ことに対して、
あまり関心を持たないような人の場合、
その間、我慢しちゃって‥‥。
──
放っておいちゃう?
星野
そう。両腕がふるえ出して、
ようやく、病院に来る人もいるらしい。
そこでパーキンソン病ですと言われて、
どうしたらいいんだ‥‥って。
──
ようすがおかしいなと気づいてからは、
お仕事は、どうされたんですか。
星野
あるところで、きっぱり、諦めました。
コーヒーを持ってても飛ばしちゃうし、
右手がまったく落ちつかなくて、
これは異常だ、尋常じゃないと、
もう‥‥はっきりわかっていたんです。
──
なるほど。
星野
まわりに迷惑をかけたくなかったので、
病気になったとも言わず、
フェイドアウトするように辞めました。
向こうへ走り去って行くというよりも、
前を向きながら、
後ずさりするようにいなくなりました。
──
演劇の世界から。
星野
だから、ほとんどの人には、
何が起きたのかわからなかったと思う。
──
急にいなくなったわけですものね。
星野
当時は、強気で生きていましたからね。
何をやるにしても、私は。
──
血気盛んで。
星野
わりに若いころから、
プロデューサーの仕事についたこともあるし、
怖いもの知らずだったんです。
答えや結論の出し方が、
極端から極端みたいなところがあったんです。

(つづきます)

2019-04-06-SAT

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  • 病身の演劇プロデューサーが
    憑かれるようにして撮った、
    「俳優」ROCCOの写真展。

    星野さんが、自由にならない身体で、
    部屋を「暗闇」にして照明をつくり、
    ときには
    『八つ墓村』の「要蔵」みたいに
    頭に懐中電灯をくくりつけて撮った、
    愛猫・ROCCOの写真。
    10年以上、発表の方法を模索した結果、
    昨年、ようやく写真集として結実した
    星野さんとROCCOの「共作」を、
    TOBICHI2に展示させていただきます。
    世の中には、
    かわらしい猫ちゃんを撮った写真って、
    いろいろあると思いますが、
    それらのどれともまったくちがいます。
    猫の写真ではありますが、
    そうであることを忘れると言いますか。
    演劇プロデューサー・星野正樹さんと、
    「俳優」ROCCOがつくりあげた、
    ちょっと見たことのない、猫の写真展。
    ぜひ、ご来場ください。
    (本展は、開場時間を2時間、延長し、
    午後9時閉場といたします)

    会場では、
    写真集『Luv.ROCCO』はもちろん、
    写真を撮りながら
    星野さんがつづったROCCOの物語
    ROCCO 夢をこえた猫のお話
    なども販売いたします。
    オリジナルのTシャツも、素敵です。
    さらに、ROCCOの写真と
    小説『ROCCO 夢をこえた猫のお話』
    から抜いた言葉を組み合わせた、
    特製「ROCCOみくじ」を、
    無料で一回、引いていただけます。
    もし「当たり」が出たら‥‥
    素敵な景品をプレゼントいたします!
    どうぞ、いろいろ、お楽しみに。

    なお、展覧会場で上映されている
    ドキュメンタリーがまた素晴らしいです。
    これまで、日本とパリで展示された際の
    記録映像なのですが、
    YouTubeにアップいたしましたので、
    会場に来れない方はもちろん、
    会場でご覧になった方も
    ぜひ、あらためてごらんください。

    ◎日本編
    ◎フランス編

  • Luv.ROCCO
    暗闇の俳優。展

    写真 星野正樹

    期間/
    2019年4月5日(金)~
    2019年4月14日(日)
    会場/TOBICHI2
    時間/11:00~21:00
    ※展示内容により通常より2時間延長して営業
    ※よりくわしいことは
    展覧会の公式サイトでご確認ください。