ながくパーキンソン病を患いながら、
愛猫ROCCOを、
まるで俳優みたいに撮り続けた
星野正樹さんに聞きました。
たった独りでROCCOに向き合い、
部屋を真っ暗にして、
頭に、懐中電灯をくくりつけて。
病気に身体をふるわせながら、
どうして、そうまでして撮ったのか。
幼少時、舞台の「闇」に衝撃を受け、
長じてからは、
演劇プロデューサーとして活躍した
星野さんの半生が、
そこには、ふかく関係していました。
公私にわたる星野さんのパートナーで
ファッションクリエイター、
伊藤佐智子さんにも一緒に伺います。
担当は「ほぼ日」奥野です。
第7回
11年の思い。
- ──
- 谷川俊太郎さんが、
写真集の『Luv.ROCCO』に寄稿文を
書いてらっしゃいますね。
- 星野
- ありがたいです。
- 伊藤
- もう11年くらい前になるんですけど、
谷川さんが『ヤーチャイカ』という
写真映画をお撮りになったとき、
私がコスチュームデザインを
担当したんですけど、
谷川さん、ここにいらして、
私製の本をじっと見てらっしゃって。
- ──
- 私製‥‥というと、
ご自身でつくってらしたんですか。
- 伊藤
- そう、たくさんつくってたんです。
自分たちで、構成を考えて。 - でね、そのなかの一冊を、
じっと見てらっしゃったんですが、
そのときは、
この本を、出版というかたちで
世の中に出せる手立てはなかった。
- ──
- はい。
- 伊藤
- ぜんぶ、いろいろ難しくて。
- でも、そのときに、私は、
もしもこの本が出るときがきたら、
そのときはぜひ、谷川さんに
何か文を書いていただきたいって、
そう思ったんです。
- ──
- おお。
- 伊藤
- 思っただけで、言ってませんけど。
- だから、それから11年経って、
青幻舎さんから
こうして本を出せるようになって、
すぐに手紙を書いたんです。
- ──
- 谷川さんに。
- 伊藤
- そう、いまから11年前に、
谷川さんに書いていただきたいと
よぎったんですけど、
今回ようやく出版にこぎつけた、
つきましては、
何か書いていただけませんかって。
- ──
- ええ。
- 伊藤
- そしたら、3日後に、詩と散文が。
- ──
- えぇーっ、3日後!
- 伊藤
- 届いたんです。感動しました。
- ──
- 憶えてらしたんでしょうか。
11年前に見た私製の猫の写真集を。
- 伊藤
- たぶん、そうだと思います。
いただいた葉書は宝物です。
- ──
- でも、そんなに長いこと、
星野さんの写真集を出せないかと
機会をうかがっていた
伊藤さんも素晴らしいと思います。
- 伊藤
- この世は捨てる神ばっかりだって
思ってたんですけど(笑)、
やっと拾う神が現れてくれました。 - そしたら、どんどん、
みなさんに拾われる感じになって。
- ──
- 11年って、本当にすごいです。
つまり、その気持ちを持ち続けるのは。
- 伊藤
- 無謀なことも、していたんです。
- ツテもない出版社に送って、
「こういう写真集を出版してほしい」
とかって。
- ──
- 11年、じっと動かなかったものが、
急に動き出したのには、
どういうきっかけがあったんですか。
- 伊藤
- 私は、展覧会をやるってことは
考えていなかったんですが、
渋谷の松濤にある
ギャラリーTOMの村山さんが、
「すぐにやらなきゃいけない!」
って、突然。 - 神がかり的に言い出して(笑)。
- ──
- ええ(笑)。
- 伊藤
- ただ、彼は‥‥つまり星野は、
展覧会をやるなら
フランスからはじめたい、って。
- ──
- フランス。
- 星野
- はい。
- ──
- それは、どうしてですか?
- 星野
- フランスで出版したかったんです、
もともと。 - 日本では無理だろうって
ずっと言われていたこともあるし、
フランスだったら、
見てくれる人もいるのかなあと。
- ──
- なるほど。
- 星野
- だから、スタッフも、
あちらで出版することを見据えて、
動いてくれていたんです。 - プレゼンテーション用の資料だとか、
写真集の一部に
フランス語訳のあらすじをつけたり、
そういうのを、ワンセットにして。
- ──
- ええ。
- 星野
- 最初いいところまで行ったんですが、
そのあと、
会議で反対が出たということで、
そのときも結局、
出版はダメになってしまったんです。 - ま、そういうことで、
一喜一憂していた時期もありました。
- 伊藤
- でも、とにかく
ギャラリーTOMの村山さんが、
わかりました、
フランスでやりましょう‥‥と。 - でもその前に「予行練習」だと思って
TOMでやったらどう‥‥って。
- ──
- 予行練習。素敵な提案ですね。
- 伊藤
- で、TOMで展覧会を開催するなら、
やっぱり出版しなきゃと思って、
青幻舎さんに、
「どうしても、
出版したい本があるんですけど!」
って、おしかけて(笑)。
- ──
- 青幻舎さんの本社がある京都まで。
- 伊藤
- 1週間で、決断してくださいました。
本当に感謝しています。
- ──
- 出版したいという気持ちは、
伊藤さんのほうが強かったんですか。
- 伊藤
- そうですね。
- ──
- やっぱり、多くの人に見せたいと?
- 伊藤
- どうやって広めていったらいいのか、
いろいろ、
考えなきゃいけないんですけど、
なにしろ、
「たくさんの人たちに、見てほしい」
という気持ちがありました。
- ──
- で、いざ写真集をつくるにあたっては、
おふたりで話し合いながら。
- 伊藤
- そうですね。
- ただ、とにかく11年かかってるわけで、
写真のセレクトから、並び順から、
言葉をどう入れるかまで、
いろいろ変遷、試行錯誤があるんです。
- ──
- え、今回の出版に到るまでに、
こんなに、バージョンがあるんですか。
- 伊藤
- そうなんです(笑)。
- ──
- これまで、演劇の世界を退いたあと、
星野さんは、
衣装デザインやアパレルを手がける
「BRUCKE」の代表取締役として、
プロデューサー的に、
活躍されていたんだと思うんですが。
- 伊藤
- ええ。
- ──
- 今回の写真集の場合は、
どちらかというと
伊藤さんがプロデューサー、ですか。
- 伊藤
- そうですね、会社については、
ずっと彼が指針を与えてきてくれて、
逆に私は、
あんまり人のことを深く考えないで、
自分が何をつくりたいか、
何をしたいか、
そればっかり考えている人間でした。
- ──
- なるほど。
- 伊藤
- だから今回の写真集制作の過程では、
はじめて、
彼の側に立ったという気がしました。 - それは役割という部分だけじゃなく。
- ──
- と、おっしゃいますと?
- 伊藤
- 毎日毎日、
やらなきゃいけないことが多いから。 - そういう言いわけをしながら、
私は、
彼のこころのなかの闇を慮ることが、
できなかったんだと思った。
- ──
- そう思われますか。
- 伊藤
- そういう意味では、この本を通じて、
はじめて、
そこに思いを致すことができたなと。
- ──
- 今回、星野さんは、物語‥‥
ROCCOの小説も書かれていますね。 - ROCCOが宇宙を旅して、
何やらふしぎなちからを身につけて、
危機に瀕した地球を救おうと‥‥。
- 星野
- 写真を焼いてみたら、
そこに「ドラマ」があったんです。
- ──
- ドラマ。
- 星野
- 写真には「言葉」がないから、
もの足りなくなったのかもしれない。 - 足りないと思ってしゃべらせたら、
ROCCOが、
どんどん饒舌になっていきました。
- ──
- 物語が、自然に生まれ出た?
- 星野
- ROCCOが、撮影にみちびかれて
演じたキャラクターを、
流れのままに、書いていきました。 - 私の身体をつかって、
自分の「人生観」みたいなものを
書かせたのかもしれない。
- ──
- けっして短くはないお話ですよね。
- 星野
- 出会わざるを得ない、
天からの声だった‥‥と思います。
- ──
- こうして、展覧会や本になって、
たくさんの人が見てくださるのって、
どういう気持ちですか。
- 星野
- 照れくさいですね、やっぱり。
- 会場ではスピーチもさせられますし、
自分が、主役みたいなかたちで
脚光を浴びることって、
今までの人生で、なかったんですよ。
- ──
- プロデューサーですものね、ずっと。
- 星野
- そう、逆でした。裏方でしたから。
- 檜舞台に、スポットライトの下に、
送りだす役だったのが、
急に表に‥‥
というのは、
正直言ってやりにくいです(笑)。
- ──
- そうですか(笑)。
- 星野
- なにせ、照れくさいんですよ。
- 自分は裏が合ってると思いました。
裏でやってる方が、
仕事は、はるかにおもしろいです。
- ──
- そこはきっと、
正直なところなんでしょうね。
- 星野
- 最近なんか、
サインしてほしいとまで言われて。 - 遠慮したんですけど、
著者としてはやるものだと言われ、
仕方なくサインしました。
- ──
- はい(笑)。
- 星野
- 俳優のみなさんがたのご苦労が、
いまさら、わかりました(笑)。
- ──
- なるほど(笑)。
- 星野
- これは知らなかった世界だなあと。
- 演劇の世界にどっぷりいたけど、
これは、半分も知らなかった‥‥
半分どころか、
ぜんぜん見えてませんでしたね。
- ──
- 「サインの苦労」は(笑)。
- 星野
- そうですねえ、見えてなかったです。
そこそこ、長くやってたんですけど。
(おわります)
2019-04-09-TUE
-
病身の演劇プロデューサーが
憑かれるようにして撮った、
「俳優」ROCCOの写真展。星野さんが、自由にならない身体で、
部屋を「暗闇」にして照明をつくり、
ときには
『八つ墓村』の「要蔵」みたいに
頭に懐中電灯をくくりつけて撮った、
愛猫・ROCCOの写真。
10年以上、発表の方法を模索した結果、
昨年、ようやく写真集として結実した
星野さんとROCCOの「共作」を、
TOBICHI2に展示させていただきます。
世の中には、
かわらしい猫ちゃんを撮った写真って、
いろいろあると思いますが、
それらのどれともまったくちがいます。
猫の写真ではありますが、
そうであることを忘れると言いますか。
演劇プロデューサー・星野正樹さんと、
「俳優」ROCCOがつくりあげた、
ちょっと見たことのない、猫の写真展。
ぜひ、ご来場ください。
(本展は、開場時間を2時間、延長し、
午後9時閉場といたします)会場では、
写真集『Luv.ROCCO』はもちろん、
写真を撮りながら
星野さんがつづったROCCOの物語
『ROCCO 夢をこえた猫のお話』
なども販売いたします。
オリジナルのTシャツも、素敵です。
さらに、ROCCOの写真と
小説『ROCCO 夢をこえた猫のお話』
から抜いた言葉を組み合わせた、
特製「ROCCOみくじ」を、
無料で一回、引いていただけます。
もし「当たり」が出たら‥‥
素敵な景品をプレゼントいたします!
どうぞ、いろいろ、お楽しみに。なお、展覧会場で上映されている
ドキュメンタリーがまた素晴らしいです。
これまで、日本とパリで展示された際の
記録映像なのですが、
YouTubeにアップいたしましたので、
会場に来れない方はもちろん、
会場でご覧になった方も
ぜひ、あらためてごらんください。 -
Luv.ROCCO
暗闇の俳優。展写真 星野正樹
期間/
2019年4月5日(金)~
2019年4月14日(日)
会場/TOBICHI2
時間/11:00~21:00
※展示内容により通常より2時間延長して営業
※よりくわしいことは
展覧会の公式サイトでご確認ください。