ながくパーキンソン病を患いながら、
愛猫ROCCOを、
まるで俳優みたいに撮り続けた
星野正樹さんに聞きました。
たった独りでROCCOに向き合い、
部屋を真っ暗にして、
頭に、懐中電灯をくくりつけて。
病気に身体をふるわせながら、
どうして、そうまでして撮ったのか。
幼少時、舞台の「闇」に衝撃を受け、
長じてからは、
演劇プロデューサーとして活躍した
星野さんの半生が、
そこには、ふかく関係していました。
公私にわたる星野さんのパートナーで
ファッションクリエイター、
伊藤佐智子さんにも一緒に伺います。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第6回

運命を変えた人。

──
東宝にいらしたころは、
どんなお仕事をされていたんですか。
星野
演劇の部署に配属されました。
──
それは、ふつうに入社試験を受けて、
入ったんですよね。
星野
はい。
──
難しかったんじゃないんですか、
当時、東宝という企業に入るのって。
いまも難しいと思いますが。
星野
いや、別にそうでもなかったですよ。
面接は厳しかったですけど。
ただ、志望学生はけっこういたけど、
入ったのは、私だけだったかな。
──
え、1人だけですか、受かったの。
じゃあ、やっぱり狭き門ですね。
星野
なかば、押しかけていったんです。
私の場合は、じつに幸運なことに、
加東大介さんという、
もう亡くなられた俳優さんですが、
その方の紹介ということを、
履歴書に書くことができたんです。
──
お知り合いだったんですか?
星野
踊りをやっていた母が知り合いで、
加東さんに、
頼みますとお願いしてくれたって。
──
へえ‥‥。
星野
父は演劇には興味のない人間でしたが、
母は踊りをやっていたんです。
生徒さんにかぶき踊りを教えていて、
家の扉を開けると、
チントンシャンと漏れ聞こえたりして。
──
それで、加東さんとお付き合いが。
星野
あったのかもしれないです。
──
厳しかったお父さんとは対象的に、
お母さんは、星野さんに演劇を見せて。
星野
ええ。
──
幼い星野さんは、
そこで「闇への衝撃」を受けたりして。
星野
ですから、母が助けてくれたんですよ。
ただ、母は私を
競馬のジョッキーにしたかったんだと、
ポツリ言われたことがある。
──
え、それはそれで険しい道ですよね。
何でなんでしょうね。聞きました?
星野
いや‥‥母は福島の出身で、
子どものころ、自分のまわりの大人が、
福島競馬って、
東北でも有名な競馬に行っているのを、
よく見ていたから、
そんなふうに言ったのかもしれません。
ただ、どんな仕事でもいいから、
「あなたが好きなら、それでいいのよ」
と言ってくれる母だった。

──
お母さんのこと、好きだったんですね。
星野
母としゃべっていると、安心しました。
少し世間知らずな部分もあるんですが。
──
そんな経緯で、東宝に入社されて。
星野
でも、入ったとたんに
とんでもない人に捕まっちゃって。
ある意味では、
私の運命を変えてしまった人です。
──
運命の人?
星野
いや、運命の人じゃないんですよ。
そんなポジティブな感じではなく、
会っちゃった‥‥という感じ。
──
誰ですか。
星野
橋本さんってプロデューサー。
東宝の異端児で、
たいへんな才能を持っている人で、
演劇というものを
じつに深く理解していた人でした。
──
おお。
星野
橋本さんは、自分の思いとしては、
帝劇でひと花、
咲かせたかったらしいんですけど、
なにしろ、
人とうまくやれる人ではなかった。
──
異端児、というくらいで。
星野
あっちにぶつかり、こっちにぶつかり、
いろいろたらい回しにさせられて、
でも東宝を辞める気持ちはなくて、
それでも、突っ張って、やってる人で。
最終的には、
日劇のミュージックホールの部署に
まわされたんですが。
──
そこは、演劇プロデューサーとしては、
つまり、傍流というか。
星野
左遷でしょう。
私は、東宝に入ったばっかりのときで、
舞台のカーテンを
開けたり閉めたりやってたんですけど、
あるとき本番中にツケを打っていたら、
「ドスン!」と足元に落として、
大目玉をくらったんです。
──
わあ。
星野
三木のり平さんはじめ、
幹部のみなさんに謝ってまわったので、
入りたてなんだけど、
名前がへんに知られちゃったわけです。
──
新人くんがやらかしたぞ、と。
星野
芝居そのものは「ドスン!」がついて、
満場大笑い、ウケたんだけど(笑)。
──
それは、せめて、よかったです(笑)。

星野
そういうスタートだったんです。
仕事はきついし、
なかなか家に帰れなかったから、
母は心配したけど、
私はうれしくてしょうがなくて。
──
楽しかったんですね。
星野
楽しかったんです。
会社員で演劇をつくるっていうのを、
私は、半分バカにして、
入ったようなところがあったんです。
つまり、ちょいちょいっと
簡単にできるシステムがもうあって、
誰かがハンコ押して一丁上がりと。
──
ええ。
星野
でも、実際の演劇の現場っていうのは、
徹底的に「手づくり」で、
思い描いていたものに近かったんです。
そのうちに、寺山さんの助手になって。
──
え、寺山修司さんの!
星野
他にも、観世寿夫さんにもつきました。
いきなり、大物の助手をやらされて、
戸惑いながら‥‥
ま、向こうも戸惑ったでしょうけど。
──
誰がやれと言ったんですか。
星野
それが、その橋本さんなんです。
なぜだか私を、買ってくれてたんです。
演劇に対する考え方は
私とはぜんぜん違う人だったんですが、
話がいのある人で、何かあると
「これから、
 世の中を壊すのも生かすのも
 芝居の力だ」
みたいな、
橋本さん一流のキメ台詞みたいなのを、
耳元で叫んだりするんです。
──
すごい。耳元で‥‥。
星野
いまだに覚えているのは、
橋本さんが、別の先輩とケンカしてて、
それが、実に演劇的なケンカで。
──
演劇的な?
星野
つまり、セリフを言いあってるんです。
ふたりとも、
芝居のセリフを暗記してるんですけど、
まずは自分がセリフを言って、
お前、その次を言えるか‥‥みたいな。

──
それは勝ち負けがつくものなんですか。
星野
つきますよ。どんどんセリフを言って、
言えなくなったほうが負け。
──
はー‥‥すごい。
星野
東宝の社員には、
他にも優秀な人たちがいましたけど、
橋本さんは、ズバ抜けていた。
すっかり50代だろうと思っていたら、
当時、まだ30代でした。
──
おお。部長クラスに見えた(笑)。
星野
そう、顔つきも、身体つきもね。
稽古にウイスキーの小瓶を持って
ニコニコしながら、
フラっと入ってくる人って感じで。
──
ええ。
星野
36歳で死んだんです。
──
え、そんな若くして。
星野
あるときに背中が異常に丸く見えて、
押したら、
指がググーッと入っていったんです。
これ、ちょっと尋常じゃないから、
病院に行ったほうがいいですよって。
──
はー‥‥。
星野
ガンでした。不摂生だったんですね。
当時のスポーツ新聞全紙に、
橋本さんの死亡記事が出たんですよ。
──
そんなことあるんですか。
星野
才能のある若い演劇プロデューサーが
死んでしまった‥‥と。
有名人なら別ですけど、裏方でしょ。
それも、まだ30代の。
それで死亡記事が出るっていうのは、
マスコミ関係の人は、
よっぽど買ってたんじゃないですか。
──
橋本さんのことを。
星野
橋本さんが死んだ日、猿之助さんが、
舞台から駆けつけて来ました。
舞台衣装のままで、泣いてました。
猿之助を泣かすなんて、
本当にすごい人だったんだと、
死んで、改めて、思い知りました。
──
なるほど‥‥。
星野
それが、入社して3年目のことです。
そうやって橋本さんが死んじゃって、
拠りどころになるものが
何にもなくなっちゃったみたいで、
東宝にいる理由も、なくなりました。
──
星野さんにとって、橋本さんは、
師匠という感じだったんですか。
星野
師匠とは思わなかった。
──
じゃ、先輩ですか。
星野
そうですね、兄貴分というかな。
ただ、個人的に好きだという感情は、
いちども持たなかったです。
──
あ。じゃあ、好きじゃないけど‥‥。
星野
尊敬していました。

(つづきます)

2019-04-08-MON

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  • 病身の演劇プロデューサーが
    憑かれるようにして撮った、
    「俳優」ROCCOの写真展。

    星野さんが、自由にならない身体で、
    部屋を「暗闇」にして照明をつくり、
    ときには
    『八つ墓村』の「要蔵」みたいに
    頭に懐中電灯をくくりつけて撮った、
    愛猫・ROCCOの写真。
    10年以上、発表の方法を模索した結果、
    昨年、ようやく写真集として結実した
    星野さんとROCCOの「共作」を、
    TOBICHI2に展示させていただきます。
    世の中には、
    かわらしい猫ちゃんを撮った写真って、
    いろいろあると思いますが、
    それらのどれともまったくちがいます。
    猫の写真ではありますが、
    そうであることを忘れると言いますか。
    演劇プロデューサー・星野正樹さんと、
    「俳優」ROCCOがつくりあげた、
    ちょっと見たことのない、猫の写真展。
    ぜひ、ご来場ください。
    (本展は、開場時間を2時間、延長し、
    午後9時閉場といたします)

    会場では、
    写真集『Luv.ROCCO』はもちろん、
    写真を撮りながら
    星野さんがつづったROCCOの物語
    ROCCO 夢をこえた猫のお話
    なども販売いたします。
    オリジナルのTシャツも、素敵です。
    さらに、ROCCOの写真と
    小説『ROCCO 夢をこえた猫のお話』
    から抜いた言葉を組み合わせた、
    特製「ROCCOみくじ」を、
    無料で一回、引いていただけます。
    もし「当たり」が出たら‥‥
    素敵な景品をプレゼントいたします!
    どうぞ、いろいろ、お楽しみに。

    なお、展覧会場で上映されている
    ドキュメンタリーがまた素晴らしいです。
    これまで、日本とパリで展示された際の
    記録映像なのですが、
    YouTubeにアップいたしましたので、
    会場に来れない方はもちろん、
    会場でご覧になった方も
    ぜひ、あらためてごらんください。

    ◎日本編
    ◎フランス編

  • Luv.ROCCO
    暗闇の俳優。展

    写真 星野正樹

    期間/
    2019年4月5日(金)~
    2019年4月14日(日)
    会場/TOBICHI2
    時間/11:00~21:00
    ※展示内容により通常より2時間延長して営業
    ※よりくわしいことは
    展覧会の公式サイトでご確認ください。