アーティストの荒神明香さん、
ディレクターの南川憲二さん、
インストーラーの増井宏文さん、
3人を中心とした
現代アートチーム目[mé]。
2020年夏、彼らは
《まさゆめ》というプロジェクトを
実施する予定でした。
東京の空に、
実在の「誰か」の顔を浮かべるというもの。
そのプロジェクトを前に、
「ほぼ日曜日」では、
街と人のつながりについて、
「見る」ことについて、
東京の風景について、
目[mé]のみなさんと、
3人のゲストを迎えたトークセッションを予定していました。
しかし、4月にはほぼ日曜日はお休みとなり、
このトークセッションは
それぞれの登壇者がオンライン上で顔を合わせ、
配信で行うことになりました。
直接会えない状況のなかで交わされた言葉たちを
ここに採録します。

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トークセッション#02 伊藤亜紗×目[mé]「見る」ということ 1 遠くの波を見る

第二回のゲストは、
美学、現代アートを専門とする
東京工業大学准教授の伊藤亜紗さん。
視覚障がい者の方の世界の見え方などを
研究している伊藤さんと、作品を通じて
「見る」ことをテーマとしている目 [mé]。
「見る」とは何なのか、
その根源を探る時間になりました。

[profile]
伊藤亜紗

美学者。
東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター准教授。
リベラルアーツ研究教育院。MIT客員研究員(2019)。
専門は美学、現代アート。
もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。
2010 年に東京大学大学院人文社会系研究科博士課程を
単位取得のうえ退学。同年、博士号を取得(文学)。
主な著作に、
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、
『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)など。
WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017、
第 13 回(池田晶子記念)わたくし、つまり Nobody 賞(2020)
受賞。

南川
お忙しいなか、またたいへんな状況のなか、
ありがとうございます。
伊藤
うれしいですよ!
南川
僕らが手がける《まさゆめ》は、
誰でもない誰かの巨大な顔が都市に浮いている、
というプロジェクトです。
誰でもない誰かは実在する誰かなのですが、
「誰?」のまま浮いている。
もしかしたら
「『誰?』ってなんだっけ?」と思うことになるかも。
伊藤
ふふふ。
南川
《まさゆめ》を通じて
「見るってどうだっけ?」と問いかけたい。
誰もが明確に「見えない」状況にあるいま、
ものの見方について話せたらと思います。
ひとつ、僕らの2011年の活動を紹介します。
都内にある視覚障がい者のための福祉施設
「ひかりの家」という施設で実施したプロジェクトです。
参加したのは全員が生まれつき全盲の方で、
目 [mé]を結成する前に僕と増井がたずさわり、
荒神も参加したものです。
このプロジェクトは、最初に施設にお願いに行く段階から
僕らがアイマスクをして、
相手も建物も見ていません。
だから記録は自分たちの記憶を頼りにしたイラストです。
全盲の方々と何度かミーティングして、
「森のなかでバレエをする」というアイディアが生まれました。
一面の落ち葉に覆われた公園でバレエを踊ってもらう。
それを全盲の人たちが見る。
「バレリーナがどう踊ってるのかを想像するんですか?」と聞いたら
「違うよ、最初から見えないんだから」と言われました。
全盲のピアノの方の伴奏で、
プロのバレリーナの方に踊っていただきました。
森の中にクラシックが流れて、そのなかに繊細なノイズのような、
カサカサと落ち葉を踏む音が聞こえる。
「そこにあるものを聴くんだ」と参加者の方はおっしゃっていた。
聴く=見る、ということの扉にちらっとふれたような、
そんなプロジェクトでした。
伊藤
どういう経緯でチーム名を「目」にしたんですか?
南川
直感で決めたんです。
荒神がかつて作った
《contact lens》という作品があって、
人間の目には水晶体という「レンズ」がついていて、
じつはそのレンズによって歪められた景色を
現実だと思って見ている、という考えから作られた作品です。

荒神 明香
《コンタクトレンズ》
2011年
「建築、アートがつくりだす新しい環境ーこれからの 荒神 明香 《コンタクトレンズ》 2011年 「建築、アートがつくりだす新しい環境ーこれからの"感じ"」展示風景、東京都現代美術館 撮影:阿野 太一 Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

南川
あと、荒神からお題をもらったんだよね。
荒神
「当たり前すぎて気づけないもの、
たいせつすぎて気づけないものを名前にしたい」って。
伊藤
目って自分では見えないですもんね。
私は『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
(光文社新書)という本を出して、
当時から視覚障がいを持った方の研究をしています。
研究って、やっていけばいくほどわからなくなるんですよ。
見えないって見えるな、見えるって見えないな、と思う。
障がい者と晴眼者、それぞれの「見える」があって、
見える/見えないのパターンが違う。
私たちもそうとう見えてないなって思うんですよね。
目の作品も「見る」ことがわからなくなるところに
連れていかれるなって思います。
目[mé]に《景体》という作品がありますよね。
これはどう作ったんですか?

目 [mé]
《景体》
2019年
展示風景:「六本木クロッシング2019展:つないでみる」森美術館(東京)
撮影:木奥惠三
画像提供:森美術館(東京) 目 [mé] 《景体》 2019年 展示風景:「六本木クロッシング2019展:つないでみる」森美術館(東京) 撮影:木奥惠三 画像提供:森美術館(東京)

増井
南川と荒神から
「遠くの海を切り取って、
目の前にぽんと出現させるものを作ってほしい」
と言われたんですよ。
そこで3Dで波を起こして大きな形を作って、
表面をどんどん作っていきました。
伊藤
表面もかなり複雑ですよね。
遠くにあるはずの大海原が目の前にあって、
見えているのに見えていないと感じた作品でした。
止まっている物体だけど運動している感じがして、
それもポイントだと思ったんです。
視覚障がい者がいくつか把握しづらいものがあって、
たとえば人の髪型。
さわると「髪の毛」であって、
髪型ってさわれないんですよね。
さわると動いちゃうし、
自分が介入した瞬間に違うものになってしまう。
増井
それ、めっちゃわかる!
南川
増井は《景体》を作るために、
波の形をつかもうとして何度か船に乗って見に行ったんですよ。
増井
「遠くの波」を作るために見に行ったのに、
近づいてみたら「近くの波」なんですよね。
それがショックで。
南川
何回も海を見に行って、
「どうだった?」って聞いたら
「近いわー」って(笑)。
増井
見たイメージで作ったら、近い波しかできないんですよ。
そのときに試行錯誤してたどりついたのが、
「遠くの波をさわるように」作るということ。
目で見てると波っぽくないけど、
遠くの波を意識して作ってみると、波っぽくなる。
いわば「手で見る」ように作りました。

(つづきます)

2020-06-19-FRI

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  • 目 [mé]
    アーティスト 荒神明香、ディレクター 南川憲二、インストーラー 増井宏文を中心とする現代アートチーム。
    個々の技術や適性を活かすチーム・クリエイションのもと、特定の手法やジャンルにこだわらず展示空間や観客を含めた状況/導線を重視し、果てしなく不確かな現実世界を私たちの実感に引き寄せようとする作品を展開している。
    主な作品・展覧会に「たよりない現実、この世界の在りか」(資生堂ギャラリー 2014 年)、《Elemental Detection》(さいたまトリエンナーレ 2016)、《repetitive objects》(大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2018)などがある。第 28 回(2017 年度)タカシマヤ文化基金受賞。2019 年は、美術館では初の大規模個展「非常にはっきりとわからない」(千葉市美術館)が話題を呼んだ。

    《まさゆめ》とは
    年齢や性別、国籍を問わず世界中からひろく顔を募集し、選ばれた「実在する一人の顔」を東京の空に浮かべるプロジェクト。現代アートチーム目  [mé]のアーティストである荒神明香が中学生のときに見た夢に着想を得ている。
    東京都、 公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京が主催するTokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13の一事業。
    公式サイト