新刊『月と散文』を出版された
又吉直樹さんに、
お話をうかがう機会を得ました。
まずは「読む人」として
本好きで知られる又吉さん、
作家としては、
ただ「書く」だけじゃなく、
売るところまで責任を持ちたい、
そう言っていたのが印象的で。
その創作の根源にある思い。
物語はなぜ「必要」なのか。
担当は、「ほぼ日」奥野です。

>又吉直樹さんプロフィール

又吉直樹(またよし・なおき)

1980年、大阪府寝屋川市生まれ。吉本興業所属。2003年にお笑いコンビ「ピース」を結成。2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。同作は累計発行部数300万部以上のベストセラーとなる。2017年には初の恋愛小説となる『劇場』を発表。2022年4月には初めての新聞連載作『人間』に1万字を超える加筆を加え、文庫化。2023年3月、10年ぶりのエッセイ集となる『月と散文』を発売。他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』、共著に『蕎麦湯が来ない』(自由律俳句集)、『その本は』など。又吉の頭の中が覗けるYouTubeチャンネル【渦】、オフィシャルコミュニティ【月と散文】 も話題。

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第4回 漱石、芥川、太宰、広辞苑。

──
自分は編集者なんですが、
企画を立てたり、連載や特集を考えたり、
本をつくったりするときって、
5年とか10年、
できれば50年後、100年後まで
「残したいな」と思いながら、
「残るもの」にすべくつくってるんです。
又吉さんが本を書くときの「動機」って、
言葉にすると‥‥。
又吉
何かをつくるのが好きだから‥‥
というか、それ以外で
生きていける手段が思いつかないですね。
単純に、まだ書いてなくて
書きたいこととかもめちゃくちゃあるし。
──
おおー、そりゃ楽しみです。
又吉
ぼくも楽しみで。うまく書けるかどうか。
ただ‥‥正直、
おもしろいかどうかもわからないですし、
まだ編集者にもあててないので
「そんなのダメです」って
言われるかもしれないんですけど、
自分の中では書きたいと思ってること、
まだまだたくさんあるんですよ。
──
いろんな人に取材する仕事なんですけど、
たとえば、
ミュージシャンの話を聞いていると、
大げさでなく
「この人、音楽に救われたんだろうなあ。
その恩返しのようにして、
いま、音楽で誰かを救っているのかもな」
と思うことがあるんです。
又吉
ええ。
──
ミュージシャン以外でも、
漫画家なら漫画に、画家なら絵画に、
小説家なら小説に
「救われたんだろうな」と感じることがある。
その意味で、又吉さんは
何かに救われたような感覚はありますか。
又吉
好きな作品にはもちろんそうなんですが、
どっちかっていうと、
何かをつくるという行為に救われています。
──
つくる。それは、本でも、お笑いでも?
又吉
ぼく、いまでもそうなんですけど、
大勢の人の中に入れられて
「はい、自由にしゃべっといてください」
と言われることに、
めちゃくちゃな苦手意識があるんですよ。
もう、いますぐ帰りたいなとなるんです。
──
それはもう、昔から?
又吉
はい、子どものころからです。
ずーっとそういう人間なんだけど、
「じゃあ、誰かみんなの前に出て、
つくったものを見せて」って言われたら、
「自分の出番が来た」と思うんです。
──
おお‥‥。
又吉
ちっちゃいころから
みんなでおるときはしゃべられないけど、
出し物をするとか、作文を書くとか、
そういう段になったら、
ようやく自己表現の場をもらえた、
自分の出番が来たんだって気持ちになる。
サッカーでいったら、
フィジカルは弱いかもしれないけど、
フリーキックだったら
絶対俺に蹴らせてくれみたいな。
──
そこが「自分の持ち場」だと。
又吉
そうですね。一回それをやっておくと、
平場でもパスが回ってくるんです。
「あの又吉の作文、おもしろかったよな」
となったら、それまで孤立して
端っこにぽつんといたのが
声かけてもらえたり、
「あ、あいつは、ああいう人間なんや」
って理解されて、
まあまあ呼吸しやすくなるというか。

──
そうやって又吉さんは、
自分の居場所を、見つけてきたんですね。
つまり「小説」もそうだった、と。
「自分の居場所は、ここなんだ」という。
又吉
もちろん何かをつくること以外で、
作品そのものに救われた経験もあります。
「自分ってちょっと変なんかな」とか、
「ものを考え過ぎるとこあるな」とか、
思い悩むことも多い人生なんですけど、
いわゆる近代文学、
純文学と呼ばれる小説を読んだときに、
「ああ、自分と同じように、
頭の中で、細かいことを
ずっとしゃべってる人がいるんや」と。
──
ああ、そういう「安心」の仕方。
又吉
夏目漱石とか芥川とか太宰とか、
みんなそうじゃないですか。
自分だけじゃなくみんな黙ってるだけで、
何か変なこと、
他人には言えないような考えとか感情を
心の中に抱えてるんやなってわかって、
ちょっと楽になったんです。
──
漱石、芥川、太宰‥‥に、救われた。
又吉
それでいうとですね、
14歳くらいのときに何やら思春期で、
それまでとは
モードが一段ちがう感じで
精神的にしんどくなったことがあって。
広辞苑で「思春期」って調べたんです。
──
おお。いろいろと調べがちですしね、
その時期。わかります。
又吉
そしたらそこに
14、15歳とかから18、19歳くらいで、
異性のことやなんかを含めて
精神的なバランスが崩れる時期である、
みたいなことが書いてあったんです。
それを読んで
「なんだ、すごく特別だと思っていた
自分のこの憂鬱は、
辞書に載るほど平凡なものやったんか。
全員そうやったんやな」
と思ったときに、なるほどなって。
──
ラクになった。
又吉
そのことを知ってたので
18歳とか19歳で
またちょっと憂鬱になったときにも、
「あ、いわゆるこれが
『広辞苑』に載ってたアレやな。
さすがにやっぱりしんどいな」とか。
自分の憂鬱を客観視することができた。
──
広辞苑にも救われた‥‥!
又吉
そう、救われた。その部分はあります。
近代文学と同じように
「あれ? なんだ、みんな一緒やんか」
みたいな。
「俺だけじゃないやん」っていう、ね。

(つづきます)

2023-07-16-SUN

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    又吉直樹さんのエッセイ集としては、
    『東京百景』から、約10年。
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    改稿したり、大幅に加筆したり、
    あらたに描き下ろしたり‥‥
    350ページ超の、うれしいボリューム感。
    コロナ禍というちょっと変わった季節に、
    又吉さんの考えていたこと。
    思いかえす、ちっちゃいころの記憶。
    振り返ると
    「我ながら、そんなことまで書くんや」
    と思ったそうです。
    松本大洋さんの装画がうれしくて、
    読み終えたあとも
    部屋に飾っておきたくなります。
    少年の瞳の中を、よく見てみると‥‥。
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