好きなおいしいものは何ですか? と訊かれたら
飯島奈美さんの料理だと答えるという、俳優の松重豊さん。
しかしながら飯島さんにしてみると、
松重さんにはドラマや映画の撮影以外で
ちゃんと料理を召し上がっていただく機会が、
これまで、なかったのだそうです。
そこで『LIFE 12か月』ができあがった記念に、
‥‥という口実で、松重豊さんを、
飯島さんのアトリエにご招待しました。
いっしょに食べるのは、糸井重里。
飯島さんにも、調理をはさんで
おしゃべりに参加していただきました。
出てくる料理は、『LIFE』シリーズに登場したものから、
飯島さんがよくつくるというおかず、
パリでつくって友人にも大好評だった一品など、
ドリンクからデザートまで、た~っぷり、15品。
松重さん、今日は、もう、おなかいっぱい食べてください!

>松重豊さんプロフィール

松重豊(まつしげ・ゆたか)

俳優。1963年福岡県出身。
大学卒業と同時に蜷川幸雄主宰の
GEKISYA NINAGAWA STUDIOに入団、
演劇活動を始める。
舞台、映画、テレビドラマへの出演作多数。
最近ではテレビドラマ
「きょうの猫村さん」の猫村さん役、
大河ドラマ「どうする家康」の石川数正役、
「孤独のグルメ」の井之頭五郎役などが話題に。
ラジオ番組のレギュラーに
「深夜の音楽食堂」がある。
(FM Yokohama 84.7 毎週火曜日 深夜0:30~1:00)
2020年、初の短編小説『愚者譫言』(ぐしゃのうわごと)
とエッセイを収載した書籍『空洞のなかみ』を、
2023年、禅僧の枡野俊明さんとの対話集
『あなたの牛を追いなさい』を刊行。
雑誌「クロワッサン」で『たべるノヲト。』という
食にまつわるエッセイを連載中。
エッセイを朗読する『しゃべるノヲト。』も自身のYouTubeチャンネルで公開中。
また、日本全国のものづくりの現場を訪ねる動画シリーズYouTube 【TIMELINE】チャンネルで公開中。

zazous(松重豊さん所属事務所)インスタグラム
zazousX(エックス)
公式Instagram
公式X(エックス)
公式YouTubeチャンネル
公式YouTubeチャンネル「TIMELINE 松重豊の旅」

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その10 食べ物にかかわる仕事。

飯島
コーヒーが入りました。
松重
いただきます。
おいしいな、これはどこの豆ですか?
飯島
これは恵比寿の喫茶店の自家焙煎なんです。

松重
美味いねー。
糸井
深煎りだね。
飯島
深煎りです。
松重さんに教えていただいたところの豆も
時々取り寄せています。
糸井
へぇ、コーヒーマニア話。
松重
大好きなんです。
糸井
それはどこですか。
松重
ぼくは鎌倉の喫茶店なんです。
マスターがブラジル音楽の好きな人で、
そこの焙煎が美味いんです。
さきほどおっしゃっていましたが、
糸井さんはコーヒーをブラックでお飲みにならない。
糸井
美味しいと思わないんです。
みなさん、どんどんブラックになっちゃったんで、
お砂糖を入れるのが少数派になっているんですけど、
ぼくはちょっと甘くしたほうが美味しいんですよね。
松重
甘いものかなんかと食べてもらっても。
糸井
そういう手はありますね。
飯島
このあいだ広島に行った時に、
紅茶みたいなコーヒーを飲みました。
色が薄いんです。
そこのお店は煎ることは焦がすことだから、
豆の個性を生かせないと考えていらっしゃって。
映画のセットみたいな古い喫茶店で、
コーヒー豆の種類もいっぱいあって、
ファンの方もたくさんいるお店でした。
こういうコーヒーもあるんだなっていうのが、
すごく面白かったです。

糸井
浅煎りはひとつのブームですよね。
松重さんはやや深煎りがお好き?
松重
好きですね。酸味が強いタイプよりも。
これは美味いですよ。
飯島
グァテマラの中深なんですけど、重すぎない。
糸井
深くしすぎないんだね。
松重
深煎りが好きだといっても、
フランスもそうだったんですけども、
ヨーロッパでエスプレッソが主流の国、多いでしょう? 
そういうところに行くと、
コーヒーが「そればかり」だというのが、
ぼくにはつらくて。
そうしたらパリで「そうじゃない店もある」と、
日本のドリップをまねたアメリカ系のカフェを
教えてもらったんです。
ちゃんとドリップしたほうが
コーヒーって美味しいよなっていう流れが
出てきたんでしょうね。
糸井
ぼくもこのコーヒーが美味しいと思うし、
大好きなんですけど、
今、じつは、逆に、
浅煎り系統のほうに行ってるんです。
淹れる道具も「エアロプレス」といって、
ピストンのシリンダーみたいなやつで、
手で空気圧をかけるんですよ。
松重
圧力をかければ一気にコーヒーになるんですか?
糸井
そうなんです。
それを好みで薄めて飲むんです。
それで浅煎りを淹れるのが、
確実に美味しいなと感じていて。
‥‥ところで、松重さん、
学生時代はどんな勉強を? 
ずっと演劇なんですか。
松重
一応、演劇専攻だったんですけども、
そこから蜷川幸雄のところ(GEKISYA NINAGAWA
STUDIO)に入って。お芝居をやりながら、
海外の公演とかに連れて行ってもらったりしていました。
勉強っていう勉強よりも、
いろんな経験をさせてくれましたよ。
糸井
じゃあ、もう最初から演劇だったんですね。
松重
最初から演劇です。
大学で三谷幸喜さんと同期ぐらいだったので、
一緒に芝居をやってましたし。
糸井
「実は工学部なんです」ということは、
全然ないんですね。
松重
ないですね。音楽も好きだったので、
周りに音楽好きなやつもいっぱいいて、
クロマニヨンズの甲本ヒロト君がいたり、
年代的にもおもしろかったかも。
糸井
ある意味、めっちゃくちゃエリートコースですね。
演劇やりたくてやってた人が、
今もこうしてやってます、なんだから。
松重
そうですね。
演劇で食えるっていうことは
考えないほうがいいよっていう前提の時代でしたけど。
それよりも好きな芝居をやっている、
っていうことが楽しかったんだと思うんですよね。
糸井
なかなかそういう人はいないでしょう。
今の時代だったらとくに。
松重
お芝居が好きで続けることは、
ほんとにすてきなことだと思うけれど、
それで生活ができるようになるかどうかっていうのは‥‥。
今は、そういうふうにやりたいんですけどと言っても、
テレビに出たらなんとかなるよとか、
有名になったらなんとかなるよっていう時代じゃ
なくなってきていると思うんです。
今を、ぼくらの時代と当てはめることはできないから、
ちょっとアドバイスが難しいかな。

糸井
ある時代には「まぁいいか」みたいな場所が
結構いっぱいあったっていうことですよね。
食えてるし、好きなことをやれてるし、みたいな。
松重
そうですよね。
「糸井さんのようなコピーライターになりたい」とかって、
今の若い子にはあるんですか?
糸井
あるみたいですね。まだ。
松重
そう言われたら、どんなアドバイスをなさいますか。
糸井
「やめたほうがいい」と。
松重
おお。
糸井
彼らが思っているコピーライターって、
単純につまらないでしょうから。
松重
へぇ。
糸井
建築で言えば、プレハブをつくらされるばかりに
なるでしょうから、
「そんなもん、なりたいものじゃないよ」って
ぼくなら言いたいですね。
だってテレビ見てて、
面白いコマーシャルとかないじゃないですか。
松重
難しいと思うんですよ、これから。
こういう仕事って、どうしても目立つ職業ではあるので、
ある程度憧れを持って門をたたくんでしょうけど、
どういうアドバイスをするのか‥‥。
でも、食べ物って、わかりやすいじゃないですか。
糸井
食べ物、わかりやすいですね。
飯島
ねっ。
松重
それがなくなることは、世の中にこれから‥‥。
糸井
ない。
松重
演劇がなくなっても、
食べ物がなくなることはないです。
糸井
ピンからキリのどこにいても、
なにかの役に立ってる。
飯島
食べないと死んじゃいますものね。
松重
フードスタイリストっていう肩書は、
飯島さんくらいから始まったんですか。
飯島
もっと前からあったんです。
わたしは二十歳ぐらいの時に、その職業名を見つけて、
「これになりたい」って直感で思ったんです。
糸井
先生がいたっていうことだよね。
飯島
はい。書籍などで食器をコーディネートする方や、
CMや映画で食べ物を扱う方がいました。
わたしは伊丹十三さんの映画で
フードスタイリストをなさっていた先生に付いたんです。
松重
『タンポポ』とか?
飯島
はい、『タンポポ』はわたしが入る前でしたけれど、
その先生の仕事でした。
わたしがアシスタントで現場に行ったのは、
『ミンボーの女』や『静かな生活』、
『スーパーの女』などですね。
糸井
その世界は、伊丹さんの功績が大きいね。
飯島
そうですよね。あの時代から、しっかりと、
そういう配置をプロにやってもらっていたんですよね。
そういう意味では、ジブリもずいぶん昔から、
美味しそうな食べ物が登場する作品が多いですよね。
松重
食べ物を撮るっていうのは、
日本人って結構うまいんじゃないですか。
飯島
上手だと思います。
糸井
グルメ、グルマンじゃなくて、
食べ物を普通に、ちゃんと美味しく撮りますよね。
西洋だとぜいたくな王様の食卓の表現みたいになるけど。
先日「ほぼ日」の有志で「神田祭」に参加したとき、
お祭りのリーダーシップをとっていた
町会長さんが言うには、祭りになると、
いつもは機嫌の悪いオヤジが機嫌がよくなるって。
それはいろんなお菓子をみんなが持ってきてくれて、
それが山盛りになって「どうぞ食べてください」になる、
それがうれしいんだって。
普段だったらうらやましいような
「うさぎや」のどら焼きがいっぱいあって、
怖いオヤジがニコニコしてるの。
そういうの見ると「祭りはいいもんだ」と
あらためて思ったって。
飯島
うわぁ、いいお話!
松重
ははは! すごいですね。
食べ物の力と影響力と。
糸井
お神輿が回るときに、門付っていうのがあって。
お店なり、会社なりが、みんなを休ませるための飲み物と
食べ物を置くんですよ。
たとえば「ほぼ日」はカツサンドにしたのかな。
そば屋がそうめんを出したり、
イベントホールは揚げ物を出したりして、
よいしょってお神輿を置いて食べるんだ。
そんなに食べないと思うじゃない? 大人同士だし。
それがあっという間になくなるんだよ。
松重
わはは。
飯島
ものすごくたのしみにしてたんでしょうね。きっとね。
糸井
久しぶりに、みんなが遠慮せずに
食べ物に飛びつく姿が、気持ちがよくて。
ああいうのを見た経験があっての、今日だったから、
食べ物、すげえ! って思いました。
松重
ぼくもこんな食べ物にかかわる人になるとは
思わなかったんです。
自分の予想を超えて。

飯島
そうですよね。
『孤独のグルメ』は10年以上ですよね。
松重
はい、10年やっているんですよね。
食べるドラマで人生が変わるような人になるとは
思ってもいなかったので。
飯島
ネットフリックスで日本以外の国でも放映されて。
松重
日本のご飯しか食ってないのにね。
あの井之頭五郎が食べた店を回る
海外の方向けのガイドもあるそうなんです。
糸井
日本ブームにもなっているしね。
松重
有難いことですよね。
糸井
いいですよね。
「すっごく美味いんだよ」っていう
一番のところの競り合いじゃないところを、
全部突っついてるじゃないですか。
松重
そういうことなんですかね。
糸井
それが、ぼくらはうれしいんだと思う。
一番はなあにっていうお店は、
接待の予約でいっぱいですよ、今。
袖の下の代わりに使われているわけですよ。
松重
井之頭五郎が行くのはそういう店じゃないですよね。
糸井
うん。だから飯島さんのやっていることもそうですよね。
「一番美味しいのは何?」っていうのを
選びきっているんじゃなくて。
飯島
はい。普通のものをいかに美味しくつくるか、
っていうところが、わたしが目指してるところなんです。
糸井
いやぁ、飯島さんのごはん、
コロナ禍のあいだ、
ずっと食べる機会がなかったから、
ものすごく久しぶりでした。
だからかな、また、とくにいいなって。
松重
あ、こういう機会がなかった?
糸井
そうなんです。コロナ禍前の「ほぼ日」では、
時々、試食会だとか、こういった企画で、
飯島さんに料理をつくってもらうことが
あったんですけれど。
飯島
また、ぜひ開催しましょう。
あと、お土産もあるんです。
松重
ありがとうございまーす。
飯島
タイで食べて気に入ったスペアリブのレシピがあるので。
それをつくってお土産に。夕飯にでもどうぞ。
松重
どうもありがとうございました。
ほんとうにごちそうさまでした。
糸井
ありがとうございました。

(おわります)

2023-09-20-WED

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