次第に日差しがあたたかくなってきました。
きれいで、やさしくて、おいしいものが
大好きなわたしたち。
親鳥であるニットデザイナー・三國万里子さんの審美眼に、
ときめきに花を咲かせる4人が水鳥のようにつどい、
出会ったもの、心ゆれたものを、
毎週水曜日にお届けします。
「編みものをする人が集える編み会のような場所を」と、
はじまったmizudori通信は、
ニットを編む季節の節目とともに一旦おやすみします。
ニット風景も一挙ご紹介です!

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♯004

2020-11-18

去年の冬、母がうちに遊びにきたときのこと。
渋谷でやっていたわたしの展示を見てから
新潟に帰るというので、
会場を案内するために一緒に出掛けることになりました。
さあ行こうと部屋を出て、
鍵をかけたところで母が急にわたしの腕を掴みました。
「まりちゃんどうしたの、その白いの」
ん?
母の視線を追うと、わたしの着ている黒いコートの、
前も後ろも、袖にまで、あちこち大きく鮮やかに
白い斑の模様がついています。
わけがわからず後ずさりをしてマンションの通路を見渡すと、
壁に張り紙がしてあるのに目が止まりました。
「ペンキを塗りました。
服に塗料がつかないようお気をつけください」と。
なんということでしょう。
部屋を出て、くるっと振り向き、ドアに向き合うまでの間に
わたしはいろんな角度で体を
ペンキ塗りたての壁に擦り付けていたらしい。
そうか、ペンキ…。
一瞬、頭の中でいろんなことが駆け巡りました。
これはわたしが持っている中で一番好きなコートだ。
去年の冬、青山のアクネで試着をして、
一番小さいサイズでも引きずっちゃうくらい長かったけど、
形がすごく素敵だし諦めきれずに買って、
自分で裾上げをしたら案外いい塩梅で、
着るたびにうれしい気持ちになったんだ。
素材もカシミヤで、裏地がついていなくても十分暖かい。
足首までの一重のカシミヤコートなんて、
もう次、いつ買えるかわからない。
インターネットでペンキの落とし方を調べたら
何かしらやれることはあるだろうか?
……いやいや、多少は落ちるとしても、
さすがに黒のフェルト地に白のペンキだよ?
母さんが新幹線に間に合わなかったら困るし、
あれこれ騒いでいる時間はない。
そもそもペンキは一度ついたら取れないって
聞いたことがあるような気がする。
「ペンキって一度ついたら落ちないよね」
もうほぼ諦める方に気持ちが傾いたわたしは
母に同意を求めました。
「そう聞いたことあるね」
「そうだよね…。うん、このコートのことは諦める。
違うコート着てくるから待ってて」
母はわたしを遮りました。
「まあ待ちなさい、まりちゃん、
それ、よほど高かったんじゃない?」
わたしがぼそぼそと値段を打ち明けると
母はキッと目尻を釣り上げました。
「ペンキ塗りの人がまだマンションのどこかに
いるかもしれない。わたしが探しに行って
『服にペンキがついたんですけどどうしたらいいでしょう』
って聞いてみるから、まりちゃんは
部屋に入ってパソコンで落とし方を調べなさい」
そして階段の方へ走っていきました。
(ここでひとこと言うと、母はこの時72歳であり、
本来なら娘のわたしがとっとと塗装屋さんを
探しに行くべきであるけれど、
母はただの72歳ではなく、毎日ウォーキングとスイミングと
その他ヨガや筋膜体操などをこなす
スポーツウーマンであるために大変身が軽く、
それほど良心の呵責なくマンション内の探索を
任せることができたのです)
わたしは礼を言って部屋に入り、
パソコンを開いて「ペンキ 服 落とし方」と入力しました。
ずらっと並んだ検索結果を見てまず知ったことは、
服にペンキがつくというのは
実によくある事故なのだということでした。
(黒いロングコートに白いペンキがついて
ホルスタイン牛みたいになった、
などという事例は見つかりませでしたが)
そして次にわかったのは、ペンキには油性と水性があり、
油性ペンキは衣服に着くと落ちにくいけれど、
水性ならすぐ処置をすればなんとかなることもある、
ということでした。
母は間もなく戻ってきて、言いました。
「塗装屋さんいたよ!
『水溶性のペンキだから、なるべく早く
洗剤を入れたお湯とタオルで拭いてください』って。
『時間が勝負です』だってさ」
そこでわたしたちは床に
さっとバスタオルを広げてコートを置き、
洗濯洗剤を入れたお湯でフェイスタオルを絞って
ペンキの上からせっせと拭いていきました。
最初に水気の多いタオルで
ペンキのついたところをよく湿らせ、
次に固く絞ったタオルで水気をふき取ることを
繰り返しているうちに、
白いペンキの染みはどんどん薄くなり、
やがてきれいさっぱり消えました。
その間、約20分。
カシミヤでできた厚手のフェルト生地には
既にペンキが中まで染み込んでいて、
ある程度落ちてもグレーっぽく残るのではないかと
思いましたが、ありがたいことにそうはなりませんでした。
わたしは真っ黒に戻ったコートを眺め、心から礼を言いました。
母さんありがとう。
母さんがいなかったらこのコートは
練馬区の布リサイクル行きだったよ。
さあ、新幹線の時間には間に合うと思うけど、急がなきゃ。
あちこち湿ったコートは水分を飛ばすために軒先に吊るし、
えもいわれぬ達成感に二人ともふわふわしながら
部屋を後にしました。
もちろん今度は壁に触れぬように気をつけて。
その時のコートが、上の写真のものです。
ペンキだらけになったなんて、ちっともわからないでしょう?
これが今年も着られて、うれしい。
あのおかしな思い出の分だけずっとうれしい。
ペンキが服についたら、
諦める前に急いで水性か油性かを調べましょう、
と(老婆心ながら)言いたくて書いた、
少々恥ずかしい去年の出来事です。

おおらかシャツワンピースさん

 
頻繁に着るわけではないのですが、
気に入っている白いシャツのワンピースがあります。
数年前に古着屋さんで袖を通した時、
洗いたてのシーツのような、
柔らかいのにすこしひんやりする着心地が
気に入って購入しました。
かたちは襟元やカフスにポイントがありつつも、
丈も幅はたっぷりとおおらかなところも好きです。
すこしおおらか過ぎたところがあったので
自分のサイズに合うよう
カフスのボタンの位置をずらしたりしました。
なかなかぴったりサイズに巡り会うことは難しいですが、
購入後にあれこれと試行錯誤する時間も好きです。
そんなおおらかシャツワンピースさんを
いつもは春先と秋口に着ていたのですが、
今年は冬にも着れたらいいなぁと、
一緒に着られるニットを探しています。
ふわふわのモヘアも合いそうですし、
アラン模様も相性がよさそう…と
たのしみが広がるばかりです。

『プリズン・ブック・クラブ』から始まる読書が好き。

 
コロナウイルスの感染拡大以来、
おうちでのんびり過ごす時間が増えたので
読書にハマっています。
とはいえ、
自分がいま、どんな本が読みたいのか
迷子になってしまうときもしばしば。
なにか好みに合うものを探していたときに
『プリズン・ブック・クラブ』という本に出会いました。
刑務所で開かれる読書会の様子が綴られた
ノンフィクションなのですが
服役している方たちが、本を読んで感じたことを
気取らず、まっすぐに伝えてくれるのが印象的でした。
そして、
毎回の読書会で登場する課題図書が、
どれもとてもおもしろそうなのです!
以来、コリンズ・ベイ刑務所のみなさんと同じ本を
わたしもよく読んでいます。
ずしっと腹に響く、重い社会問題を扱ったものから
わくわく楽しく読めるものまで、ジャンルは様々。
今まで読んだ中だと、わたしはこのあたりが
面白かったです。
ヤン・マーテル『パイの物語』
(救命ボートでトラと漂流した少年の物語。
 海の上の日々なんて単調かと思いきや、
 事件が次々おこります!映画化もされました)
マーガレット・アトウッド『またの名をグレイス』
(実際にあった殺人事件を下敷きにした小説。
 容疑をかけられた女性の生涯や真相追求の様子が
 鋭い目線で描かれます。)
 
マーク・ハッドン『夜中に犬に起こった奇妙な事件』
(主人公はサヴァン症候群の少年。
 近所の犬の死因を追求するうちに、意外な展開が。
 数学がキーになっていて、知的好奇心も刺激されます。)
ジョン・スタインベック『怒りの葡萄』
(1930年代アメリカの物語。自然災害や大企業に
 これでもかと翻弄される小作人の姿が胸が迫ります。
 淡々と、朴訥に綴られる文体も象徴的です。)
シドニィ・シェルダン『ゲームの達人』
(これは課題図書ではなく、話の中で登場する作家の作品。
 三世代にわたる立身出世の物語で
 ゲームのごとく、機転で未来を切り開いていく姿が
 読んでいてスカッとします)
つぎの週末は何を読もうかな。
まだまだコリンズ・ベイ刑務所の
課題書籍リストは尽きないので、
しばらく愉しんでいけそうです。

三國さんのお話を息子の新幹線のおもちゃの横で読んでいました。
姉妹で育った私は最初こそ新鮮で楽しかった男の子の遊びですが、
君が新幹線や貨物が好きなことはよーくわかった!
そろそろ私自身の好きなものを思い出そう!と編み物を再開しました。
暑がりでニットは着てくれそうにないな…と自分のために編んでいたのですが、
ミクニッツ小物編のハリネズミのミトンを見て
これなら!とキットを購入しました。
この夏、息子は初めてハリネズミを抱っこしたのです。
編んでいる間も「これ〇〇(自分の名前)のハリネズミ?!」と
しそうで、今はパペットのように遊んでいます。

自分のための物って、とってもうれしいですよね。
息子さんのよろこびが写真から充分に伝わってきます!

 

写真拝見してお腹の底から笑いました。
(お母さんのディレクションを感じます)
わたしも息子が小さいときに、
自分の世界に没入する時間として
編みものにだいぶ助けられました。
お母さんだって熱中したり
遊んだりすることが必要ですよね。


 

“わたしのニット風景”を、募集しています。
大人数があつまる編み会がかなわない今年ではありますが、
ほぼ日の中で編みものの進み具合やできばえを
みんなでたのしみあえたら、と思います。
完成した作品のコーディネート、お供のお菓子やお茶など
写真とひとこと添えて送付ください。

送り先→postman@1101.com 件名→わたしのニット風景

三國さんが手がけたセーターmarikomikuni
明日19日11時より再販予定です。

2020-11-18-WED

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