昨年12月に「ほぼ日曜日」で行われた
皆川明さんと糸井重里の公開対談です。
ふたりっきりの対談は約4年ぶり。
その4年間での変化や気づきを、
おたがいに伝え合うような場になりました。
洋服をつくりつづける皆川さん。
アイデアを考えつづける糸井。
かろやかに進むふたりの会話には、
ものを生み出すためのヒントが
たくさん散りばめられていました。
皆川明(みながわ・あきら)
1967年東京生まれ。デザイナー。
1995年に自身のファッションブランド
「minä(2003年よりminä perhonen)」を設立。
時の経過により色あせることのないデザインを目指し、
想像を込めたオリジナルデザインの
生地による服作りを進めながら、
インテリアファブリックや家具、陶磁器など
暮らしに寄り添うデザインへと活動を広げている。
また、デンマークKvadrat、
スウェーデンKLIPPANなどの
テキスタイルブランドへのデザイン提供や、
朝日新聞の挿画なども手掛ける。
- 糸井
- 都現美での「つづく」の展覧会には、
長年使いつづけた服が展示されています。
ぼく、あの部屋がいちばん好きでした。
- 皆川
- 「洋服と記憶」がテーマの部屋ですね。
- 糸井
- (会場を見渡しながら)
いま、みなさんも知ってる前提でしゃべってますが、
まだ見てない人っていますか? いない?
おお、ほんとんどみんな見てるんだ。
- 皆川
- ありがとうございます。
- 糸井
- もしまだ見てない人がいたとしても、
あれ、ネタばらしにはならないですよね?
- 皆川
- あ、そうですね。大丈夫です。
- 糸井
- 知らない人のためにちょっと話すと、
ぼくはその部屋に入って、
最初「なんだろう」と思ったんです。
部屋もちょっと暗くしてあって。
- 皆川
- はい。
- 糸井
- 部屋のなかに入ってみると、
だれかが使いつづけた服が、
まるで標本のように展示してある。
そこには使っていた人の「記憶」が書いてて、
「まだ父が生きていた頃、
この服を着て父の病室を訪ねたら、
こういう会話があって‥‥」とか、
そういう素朴なエピソードが添えてあるんです。
それがもう、すっごくいいんですよ。
- 皆川
- さっきの数字の話のつづきになりますが、
ぼくらは数字や物質的な価値じゃなくて、
ほんとうは「感情」でしか評価できないはずなんです。 - 洋服の評価というのも、
「こういうシルエットで、こういう柄だから」
というもので決まるものじゃなくて、
ほんとうは「あのときのあの服」という
感情が大事なんじゃないかと思ったんです。 - そういうことを表現するには、
やっぱりそれなりの時間が必要になります。
ブランドが25年経って、
洋服がだれかのもとにわたって
十数年の時をもつようになったおかげで、
ようやくあの展示ができるようになったんです。
- 糸井
- あの部屋はたまんなかったなあ。
ちょっと泣いたかも。
- 皆川
- あれはほんとうに
お客様からお借りしたものなので、
ぼくらもあらためて、
「ああ、そういう記憶が入ってるのか」
ということを知りました。
- 糸井
- あれは、どうやって呼びかけたんですか?
- 皆川
- ホームページから募集しました。
選ぶときも偏りがないようにして、
洋服がもってるいろいろな思い出を
展示してみようと思ったんです。
ファッションをそういう文脈で語ることって、
これまでの展覧会ではなかったと思います。
- 糸井
- ほんと、そうかもしれない。
- 皆川
- ファッションを感じるときに
「何年の何々シルエット」というふうに語るのは、
歴史としては意味があるかもしれないけど、
人の感情とはちょっと離れてる気がするんです。
ぼくらはもっと
「その服がどんな感情に変わったのか」
ということを知りたかったんです。
- 糸井
- そう思うようになったきっかけが、
何かあったんですか?
- 皆川
- もともとぼくのなかに、
「自分が頭に描いたことが、
どうして物質になるんだろう」
という疑問がずーっとあったんです。
- 糸井
- うん。
- 皆川
- 例えば「コップをつくりたい」と思ったとき、
「それにはガラスがいるぞ」
「あそこのガラス工房にお願いして、
こういう工程を踏めばかたちになるぞ」
というようなことを考えます。
そして、その通りの手順をふめば、
目の前にガラスのコップは現れます。 - 材料と技法と時間をかけ合わせると、
頭で思い浮かんだものが、
目の前に物質として現れる。
ぼくにはそのことが、ずっと不思議でした。
なんで「頭のなかのコップ」が、
手で触れられる「物質」になるんだろうって。 - 最近この話を時々するので、
すでに聞いた方もいるかもしれませんが、
なんでだろうってずっと考えていたら、
それは単純に
「この部屋の水蒸気が水になるようなものなんだ」
ということに気がついたんです。
- 糸井
- 水蒸気が水に‥‥。
- 皆川
- もしこの部屋の湿度が50%なら、
およそ半分の高さくらいまでは水になり、
上半分は湿度0%のカラカラ状態でも
おかしくはないようなものが、
この空気中には存在することになります。
- 糸井
- うん、そうだね。
- 皆川
- そういうものが実際にはあるんだけど、
目には見えないからわからないし、
存在としても感じない。
でも、それを冷やしたりすることで、
水蒸気は水になります。 - そうやって手で感じられる状態になると
「これは水だよね」ってわかるんだけど、
水蒸気として空気中に浮いてるうちはわからない。
つまり、頭のなかにある意識というのは、
その水蒸気と同じ状態なんじゃないかと思ったんです。
- 糸井
- うわー、おもしろい(笑)。そうか。
- 皆川
- そして物質化した水はいずれ蒸発して、
水蒸気になって見えなくなります。
それは「物質が人の感情に戻る」ことと
同じだと思ったんです。
展覧会での「記憶をもつ服」では、
そういうものを表現したいと思ったんです。
- 糸井
- 物質化したあとは、
今度は逆にモノから意識へ戻っていくと。
- 皆川
- はい。
- 糸井
- 洋服の場合は、
つくった人が着るわけじゃないから、
その記憶には皆川さんの記憶と、
それを着ていた人の記憶が重なるわけで。
もっというと、その服を着てた彼女を
「素敵だなあ」と思った人の記憶も
そこに入ってくる。
- 皆川
- そうなんです。第三者の記憶もあります。
- 糸井
- たまんないなあ、それ(笑)。
いやー、たぶんそういうことを
思いながら読んでたんですよ、きっと。
- 皆川
- 「思う」と「物質」って、
結局、存在のしかたが違うだけで、
ほんとうは同じものなんだって思ったら、
いろんなことに合点がいったんです。
だから、自分たちがつくるものは、
「どんな記憶になるか」を想像すれば
いいんじゃないかって思えるようになりました。 - 「どんなかたちにするか」や
「どんな素材にするか」というのは
まだ途中段階のことで、ほんとうは
「それはどんな記憶になるのか」まで考えることが
「デザイン」なんじゃないかなって、
そんなふうに思うようになったんです。
- 糸井
- それ、すっごくいいですね。
つまり、材料とか工程っていうのは、
いわば道具なわけですよね。
- 皆川
- ある種、感情と感情の間にある
ハブみたいなもので、
両方をつなぐものというか。
- 糸井
- それがないと「思い」が寄せられないし。
- 皆川
- そうなんです。
- 糸井
- いまの話は文章を書くときも同じですね。
たぶん、音楽なんかも同じだと思うな。
- 皆川
- そう思います。
- 糸井
- いつ頃、そんなことに気づいたんですか?
- 皆川
- 「なんで思いが物質になるんだろう」という疑問は、
ミナがはじまったくらいからずっとあったんです。
それが「そうか、水蒸気と水なんだ」って、
ほんとうに思えるようになったのは、
それこそ、ここ1年ぐらいのことですね。
(つづきます)
2020-01-25-SAT
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東京都現代美術館での展覧会
「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」は、
2月16日(日)まで開催中!ミナ ペルホネンと皆川明さんの創作に迫る
大規模な展覧会が開催中です。
生地や衣服、インテリア、
食器などのプロダクトはもちろん、
デザインの原画、映像、印刷物や皆川さんの挿画など、
創作の背景を浮き彫りにする作品や資料も
たくさん展示されています。
このチャンスをぜひお見逃しなく。
展覧会の特設サイトはこちらからどうぞ。
ミナ ペルホネン/皆川明 つづく
会期|2019年11月16日(土)〜2020年2月16日(日)
会場|東京都現代美術館 企画展示室3F
時間|10:00〜18:00※展示室入場は閉館の30分前まで
休館日|月曜日