元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
お風呂からキャッキャと兄弟の遊ぶ声がきこえる。
かれこれ1時間。手指はシワシワだ。
「今夜はしゃぼん玉パーティーだ!」と、兄の声。
すこし間をおいて
「こんやは しゃぼんだまパンティーだ!」と、
弟がつづく。
「世界で一番大きなしゃぼん玉を作るんだ!」と、
兄の宣言。
ちょっと考えて
「せかいでいちばん 中くらいのしゃぼんだまを
つくるんだ!」と、弟がつづく。
そんな「なかよし兄弟」の時間が減った。
双子のようにじゃれ合って遊んでいた兄弟も、
すこしずつ関係性が変わりはじめた。
同じ小学校に通うようになり、
面倒見のよい兄ぶりを発揮してくれると期待した。
ところが、長男は友人たちとの時間を
優先するようになった。
成長の置いてけぼりをくった弟はいじけていた。
ぐんぐん成長する兄は、
学年代表委員に選ばれたのだという。
宿題を間違えずにやり終えては
「ぼく、代表委員だからね」と髪をかきあげ、
野菜も残さずに夕食を食べ終えては
「ぼく、代表委員だからね」と腰に手をあてる。
3年生の時は落選したらしい。
二度目の挑戦で、満を持しての選出。
誇り高き代表委員バッジ。
代表委員は朝も早く起き、ゴミ出しも手伝ってくれる。
母にとってもありがたい。毎日はりきって楽しそうだ。
一方で弟は、小学校に行きたくない。
学童保育室にも行きたくない。
次の日の朝を思って夜からグズる。グダグダの毎日だ。
入学前は、ずっと小学校に行くのを楽しみにしていた。
届いたランドセルを背負って近所の公園に
遊びにいってしまうから、
入学式にはすっかり新品感がなくなっていた。
ランドセルには、絵本やら自由帳やらを
つめて持ち歩いた。
ノートを開き、「べんきょう」と大きく書いて、
「きょうの しゅくだい おわった」と兄のマネごとをした。
ところが、なぜか学校嫌いになってしまった。
ある朝、職場で携帯が鳴った。
小学校からの通知に、いやな予感がした。
「弟くん、学校にきていません」。
実家にあわてて連絡をいれた。
実家から小学校の正門までは直線で1分。
迷子になりようがない。ただ、車通りは多い。
心がザワザワして仕事が手につかなくなった。
祖母が駆けつけると、
次男は無事先生に捕獲されていた。
学校まわりでフラフラと蝶を追っていたらしい。
安堵と同時に、兄を叱った。
まだ1年生の弟をおいて、先に学校に行くなんて。
すると、「代表委員の集まりがあったから‥‥」と、
申し訳なさそうに長男が下を向いた。
しまった、と思った。
通勤時間が早いために朝は見送ってあげられず、
長男ばかりに任せていたわたしが反省すべきだった。
次男は次男で、思い描いていた兄との楽しい
学校生活にならず、しょぼくれていたのだ。
兄弟は最近、毎日ケンカばかりしている。
ゲーム機を先に使ったとか、座る位置が違うとか、
顔が気に入らないとか。
どうでもいい理由ばかりで、目を合わせればケンカする。
日々過激化する兄弟ゲンカ。
成長スピードのすれちがいから、
徐々に心の距離がはなれていくように見えた。
昨年の大晦日の晩にまで、兄弟はケンカしていた。
実家に親戚があつまり、
おせち料理などを囲んで楽しむ宴の席、
カニの取り分で小競り合いを繰り広げている。
そうこうしている間に次男が疲れて眠ってしまった。
つれて帰ろうとすると、ううん、と首をふった。
しかたなく、長男と自宅に帰ることになった。
二人で家につくと、部屋はしんと静まっていた。
長男はすこし嬉しそうだった。
「もうすぐ新年だね、ぼく起きてるんだ」と
ウキウキしていた。
一緒にゲームで遊んだり、テレビをみたり、
持ち帰ったおせち料理をフライングでつまみ食いしたり。
久しぶりに二人で過ごす時間は
おだやかで楽しかった。
しっかりしていても、まだ10歳。
こんな時間も必要なのかもしれない。
まもなく、年を越すときに長男はぽつりといった。
「今日は母さんと二人でいられてすごく嬉しかった。
でも、弟がいたほうがもっと楽しいんだってわかったよ」
思いもよらぬ言葉だった。
「ハッピーニューイヤー!」とテレビの中で
タレントたちがさけんでいた。
わたしと長男は、小さくハイタッチした。
元旦の朝はやく弟を迎えにいくと、
寝不足がたたったのか兄が発熱した。
兄がぐったりと寝ている夜、
今度は久しぶりに次男と二人でお風呂にはいった。
嬉しそうな次男。
ジャバジャバと遊んだあと、ふと入り口をみて
「にいちゃんが ここにいたらなぁ」とつぶやいた。
兄弟とは、なんだか不思議なものである。
わたしにも3つ歳下の弟がいる。
幼いころ、やはりケンカを繰り返した。
そのうち、大人になるまで疎遠になった。
寂しいと思ったことはなかった。
彼らは違う。毎日ケンカをするが、
近くにいないと心が欠けてしまうらしい。
それなら仲良くすればよいのに。
取っ組み合って、必要に思い合う。
やっかいで謎の生きものである。
成長とともに彼らの距離がすこし変わったとしても、
わたしが案ずることではなかった。
兄弟の体調が戻った冬休み最終日に、
公園でキャッチボールをした。
まだまだ野球初心者の兄弟。
互いに投げかたが下手だと罵りあって、
あいかわらずケンカをしている。
あなたたちは仲が良いのか悪いのかと
苦笑いで問いかけると、兄が振りむいた。
「弟がいない人生なんて、ぼくには考えられないよ」
兄はやさしくほほえみ、
わざとあさっての方向にボールを力いっぱい投げつけた。
「これがいわゆる『敬遠の仲』だね」
兄はウインクした。
それをいうなら「犬猿」だろう、とつっこむ間もなく、
暴投ボールに怒った弟が地面の砂利を握りしめて
追いかけてきた。
わたしは仲裁をあきらめた。
ケンカをすれば腹がへる。
仲良くしてても腹はへる。
家に帰ったら兄弟が大好きなナポリタンを
テーブルにならべるのが、わたしの仕事なのだ。
イラスト:まりげ
2024-01-26-FRI