元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(10歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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それでも今日も自転車にのって

なおぽんファミリーといえばママチャリだ。

以前noteに書いた記事が反響をよび、
イラストレーターまりげさんが描いてくださった
この連載のトップ画像も、
最初の一年は家族で自転車に乗っているイラストだった。
前のチャイルドシートに次男、
後部座席に長男をのせてどこへでも行った。

なおぽん号は、ただのママチャリではない。
「電動アシスト自転車」だ。
地元の会社に勤めていたころは、
台風の日も雪の日も荒川越えを支えてくれた。
小さかった息子たちの学校と保育園への送迎もあった。
橋や地下トンネルなどアップダウンが激しい道のりも、
ペダルに足をのせるだけでグングン進む。
息子たちも、重い荷物も、座席にのせてしまえば無重力だ。
ずいぶん遠くへも遊びに行った。
家族をはこぶ大切な足、最高の相棒だ。

今は息子たちも成長して自分の「愛車」を手に入れた。

長男が自転車にのれるようになったのは3歳の頃だった。
流行りのペダルなし子ども自転車「ストライダー」から
練習を始めた。
彼が使っていた「へんしんバイク」は、
ペダルを後付けすることができた。
男児はある日突然、大胆な行動に出る。
公園の丘の上までヨイショヨイショと転がして登ると、
てっぺんから飛び込むように直滑降した。
横で見ていたわたしは全身の血が引いて倒れそうになった。
長男は10インチくらいの小さなタイヤのペダルを、
ハムスターのようにすばやく回転させて
スイスイと自転車をこげるようになった。
挑戦はすばらしい。母の心臓には悪い。

小学校の決まりで4年生になると自転車免許証が交付され、
保護者のつき添いなく自転車にのれるようになる。
解禁と同時に長男は逃げるように自転車にのって、
彼女とのデートに向かっていった。

一方、次男は自転車に興味をもたず、
保育園の卒園間際まで三輪車もこげなかった。
もう小学生になるのだからと、
6歳の誕生日に祖父母が自転車を買ってくれた。
次男が選んだのは18インチの自転車で、
兄のよりもすこし大きい。
兄に負けたくない思いから、
補助輪もとっとと外してしまった。

兄にできるなら僕にもできる。
根拠のない自信をもって公園で練習してみたものの、
何度か転びかけるとすぐに心が折れて、
自転車を放り投げてしまった。
皆がとめるのも聞かずに
補助輪をはずした自分のことは棚に上げて、
自転車の性能が悪いと泣いていた。
帰り道、30キロを超える自分の愛車を腕で支えながら、
18インチの自転車もかついで帰るとわたしの心も折れた。

しばらく放置して新品だったボディが錆びたころ、
次男は突然また練習すると言い出した。
野球練習に通う同級生の中で、
自分だけ自転車にのれなかったのが
プライドにさわったらしい。
スイッチが入れば男児は上達が早い。
ブレーキのかけ方の説明をちっとも聞かないので
何度も公園のフェンスに激突し、痛みでのり方を覚えた。
傷だらけの顔で誇らしげに笑う。
なぜ、男児は話を聞かないのか。

とにかく、無事に息子たちが自転車にのれるようになり、
これからの生活の足も確保できた。
長い間、彼らをのせたシートは気づけばだいぶ傷んでいた。
シートの亀裂から飛び出したスポンジが寂しげに見えた。

いつも仕事帰りは、
実家に預けている息子たちを自転車で迎えに行く。
帰り道は真っ暗だ。
大通りを過ぎると、兄弟の合唱タイムが始まった。

忘れていた目を閉じて 取り戻せ恋のうた 
青空に隠れている 手を伸ばしてもう一度

大好きな映画『猫の恩返し』の主題歌、
つじあやのさんが歌う『風になる』は、
彼らの定番ソングだ。

忘れないですぐそばに 僕がいるいつの日も 
星空を眺めている 一人きりの夜明けも

朝早くまだ暗い時間に彼らを実家に預け、
帰りもすっかり日の暮れた時間に戻ってくる毎日。
歌詞が胸をチクリと刺す。

たった一つの心 悲しみに暮れないで 
君のためいきなんて 春風に変えてやる

しずかな住宅街、遠慮なく大声で歌う兄弟は楽しそうだ。

いつだって元気をもらうのはわたしのほうだった。
息子たちがいたから、がんばってこられた。
自分を大切にすることを知らずに生きてきたわたしは、
君たちがそばにいなければ心も体もボロボロだっただろう。

でも、君たちはもうすぐ離れていく。
自分の自転車で走っていく。
寂しくなんかない。早く手離れして、楽にさせてほしい。
休日は好きなだけゴロゴロしていたい。
ゆっくり本を読みたい。ゲームをやりたい。
お酒を飲んで翌朝は昼まで寝ていたい。
やりたいことを考えていたら、
それは月にせいぜい2、3日あれば十分なことだと気づき、
寂しさが一気に加速した。

子どもはあっという間に大きくなっていく。
3人で歌う時間も、終わりが近づいている。

陽のあたる坂道を 自転車で駆けのぼる 
君と誓った約束乗せて行くよ

暗い夜道には、なんともミスマッチな明るい歌。
可笑しさと申し訳なさで、わたしは苦笑いした。

ふと、次男が歌をとめていった。

「おかあさん! ぼくね、うまれかわっても
おかあさんの子になるんだ」

あまりにも突然のことばに、うまく返事が返せなかった。

こんな母さんでごめんね、といつも思っていた。
いつだって力不足だ。
それでも彼らがもう一度選んでくれるなら、
わたしは何をしてあげられるのだろう。
こんなわたしを、選んでくれてありがとう。

今にもこぼれそうな気持ちを、
ふふふ、と笑ってごまかした。

息を深くひとつ吐き、わたしも彼らと一緒に大声で歌った。

ララララ 口ずさむ 
くちびるを染めてゆく 
君と出会えた幸せ祈るように

自転車が別々になっても、わたしたちは変わらない。
みんなでこの道を進んでいく。家族はこれからも一緒だ。

うろ覚えの歌詞を鼻歌で歌いながら道を進んだ。
最後の信号が、青に変わった。

イラスト:まりげ

2024-02-28-WED

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