元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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腹ペコ兄弟とふたつの炊飯器

ある日の朝、
5時半に炊けるようセットした炊飯器を開けると、
生米と水が入っていた。
翌日も、同じことが起きた。
炊飯器が壊れていた。

多いときは日に3合の米を平らげる兄弟。
炊飯器はわが家の生命線のひとつだ。
壊れた炊飯器は小さくて手頃な
マイコン炊飯器だった。
引越してすぐに買ったものだ。
慌てて新しい炊飯器をメルカリで調達した。

新入りは、5.5合炊きの圧力IH炊飯器。
新品だと高くて、とてもではないが
急には手が出せない代物だ。
早速その値段相応の実力を試すべく、
家族三人で炊きたてのご飯をほおばった。
「んまい!」息子たちが目を輝かせた。
炊飯器を変えたら、米の味まで変わった。
別もののような美味しさだ。
圧力IH炊飯器の加入により、
白飯レベルは格段に上がった。

一方、タイマー機能がきかなくなっただけで、
まったく動かないわけではない炊飯器1号。
なんとなくもったいないので、
捨てずに調理器具として活用することにした。

炊飯器クッキングは、とても便利だ。
直火では不可能なほったらかし料理ができる。
煮込み料理も焦げつかず、
お肉はホロホロに柔らかく煮える。
保温機能で低温調理もできる。
好きなだけ温泉たまごもつくれる。
なにより別の家事をしながら
調理を進められるのがありがたい。
壊れる前よりマイコン炊飯器を重宝するようになった。

定番おかず「鶏ハム」も、炊飯器でつくる。
鶏むね肉をジッパーつきパックに入れ、
ストローで中の空気をすって
真空パック状にしたら炊飯器に入れる。
上から熱湯を注ぎ、蓋を閉じて「保温」約50分。
試行錯誤の末、肉に下味をなにもつけないと
最もしっとり仕上がることに気づいた。

この鶏ハムが大好きな兄弟。
適当に切り分けて、
シンプルに塩こしょうを振ってテーブルに置くと、
副菜を用意する前に皿から消えている。
ハッとフライパンを見ると、
彩り用に蒸しておいたブロッコリーも消えている。

メインメニューを失った食卓に、
白飯と野菜スープが並ぶ。
兄はごま塩、弟はケチャップをご飯にかけ、
一気にかきこむ。
わたしが腰をおろすのと同時に「おかわり」の声がかかり、
また立ち上がる。
母を休ませない息子たちの食欲。
これからどうなっていくのか。
炊飯器2台がそのまま丼ぶりになる日もくるのではないか。
食費にも体力にも不安がつきない。

ご飯を食べ終えたかと思えば、
またモグモグと何かを食べている。
彼らがおやつに好んでいる干し芋も炊飯器でつくった。
玄米炊きモードで炊いたさつまいもの粗熱をとって刻み、
野菜ネットで3日ほど干したものだ。

ご馳走メニューもある。
牛かたまり肉にミックススパイスで味つけし、
フライパンで表面を焼きつけておく。
粗熱がとれたところで、
「鶏ハム」づくり同様にジッパーパックに入れて
真空パック状にしたら、
炊飯器に入れて熱湯を注ぎ「保温」約40分。
絶妙に火の通った「ローストビーフ」の出来上がりだ。
正月、おせち料理用に用意して親戚から喜ばれたが、
お重に盛りつける前に兄弟が食べてしまった。

兄はとくに気に入ったらしい。
先日、次男が7歳の誕生日を迎え、
数人の友人たちを招いて小さなお誕生日会をした。
次男の大好きな揚げ物をたくさん用意しようとすると、
横から長男が
「パーティーといえば、ローストビーフだよね」と
要求してきた。「君は今回わき役だから。
弟の好きなものを用意しないと」と
返すと「一般論だよ」と引かない。
いちいちずる賢い。

つくった料理をよく食べ、
好きでいてくれることはうれしい。
わたしは昔から料理するのが好きだった。
今は週末くらいしか、腕をふるう時間がない。
つい最近、息子たちが
「お母さんの何の料理が好き?」と聞かれて答えたのは、
「炊飯器ごはん」だった。
「まさか米しか食卓に出していないのでは?」と
誤解が生まれる回答だ。
わが家は炊飯器から、いろいろな料理が飛び出してくる。
それが「炊飯器ごはん」なのだ。

「今日はこごみの天ぷらを食べたよ」

実家に息子たちを迎えに行くと、
揚げ油の香りがした。
夕食は天ぷらだったらしい。
皿には何も残っていなかった。
息子たちは口唇をつやつやにしてご機嫌だった。

昔はよく祖母が天ぷらを揚げてくれた。
祖母のつくる天ぷらは、ほとんどが山菜だった。
趣味の山菜採りへ、
まだ春早い時期にもよく山に出かけて行った。
持ち帰ってきた一見ただの野草だらけの手さげ袋には、
フキノトウ、わらび、タラの芽、こごみ、コシアブラなど
高級食材が詰まっていた。

台所に立つ祖母の横は、
料理を学ぶにもつまみ食いにも特等席だった。
花が開いたかのように
美しく葉をひろげた山菜の天ぷら。
つまみ食いするにはあまりにも熱い。
それでも手づかみでアチチと口へ運び、
揚げたての天ぷら衣をサクッと噛みしめると、
独特の春の香りが口いっぱいにひろがって
鼻にぬけていった。

とくに美味しかったのはコシアブラだ。
あの味は忘れられない。
たまたまスーパーにあったコシアブラには
味も香りもなかった。
山菜もやはり鮮度なのだろう。
たくさんの新鮮な山菜が食卓に並ぶことは、
祖母がそっと用意した贅沢だった。
「こごみの天ぷら美味しかったよ」と
満足げな息子たちに、
あのコシアブラも食べてほしいと思った。
それに、旬のこごみを味わうなら
本当はお浸しをオススメしたい。
食べる直前、胡麻油をほんのすこしだけ足すのが
わたし流のかくし味だ。

コンロの上には、
仕事を終えた南部鉄器の天ぷら鍋が静かに冷えていた。
祖母の料理レパートリーは星の数ほどあって、
どれも美味しかったし好きだった。
でも、祖母を思い出すのは「南部鉄器の天ぷら鍋」だ。
それに対し、いつか息子たちに
「マイコン炊飯器で母を思い出す」といわれるのは、
やや複雑な気持ちではある。

日中、暖かい日がふえてきた。
冷え込む夜でさえどこか春めいて感じる。
久々に素手で米を研いだ。
水はまだ冷たく、指先がジンと冷えた。
この苦労の分、米は美味しくなるだろうか。
明日の朝、息子たちは
「いつもより美味しい」と言うだろうか。
いや、気づかないだろう。
それでも、明日も彼らが笑顔で食べてくれればそれでいい。
料理とはそんなものである。

いつも通りのようで、
日々はすこしずつ変化している。
季節が変わる。
もうじき、祖母の一周忌だ。

イラスト:まりげ

2024-03-27-WED

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