元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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Can't Take My Eyes off You

「徒競走で1位になったら猫を飼う」
とんでもない賭けを息子たちにもちかけられたのは、
もう1年前のことだ。

今年も運動会の季節がやってきた。
今どきは5月開催が多い。
スポーツの秋にやらなくなったのは
「10月頃は台風が多い」と聞いたことがある。
受験勉強で忙しい子がいるから、とも。
時代を感じる。

学校に行ったり行かなかったりの次男は、
運動会にも乗り気ではなさそうだった。
一方、長男は応援団に入団した。
「5年生になったんだから、
運動会全体を支えて盛り上げていかないと」と
壮大な責任感を胸に、
鏡の前でせっせとたすき掛けの練習をしている。

長男は近頃、みるみるたくましくなった。
身体は小ぶりでも、ぎゅっと筋肉がひきしまり、
ぷくりとふくらんだ頬はどこかへいってしまった。
ダボッとしたシャツにたすきが掛かると、
濡れた猫のように、締まった体が浮かび上がる。
白い手袋は真っ黒に日焼けした腕のほそさを際立たせ、
やけに手だけ大きくみえる。
ミッキーマウスのようだ。
横でぽてぽてした次男が自分の腹の肉をつまみ
「ぼくはダイエットしなきゃ」と笑った。

今年は兄が紅組、弟が白組と分かれてしまった。
長男は応援団の練習で毎朝30分も早く登校し、
夜はぱたりと眠る。
無関心な弟は電車の本を読みながらゴロゴロしている。
どこかすれ違いのまま、当日を迎えた。

「今年もアレが出るのか」

開会式、父兄たちの注目は校長のアレだった。
昨年、唐突に運動会の開幕を告げた校長のホラ貝。
伝統なのか、校長の私物なのか。
父兄たちは皆、肩で笑いをこらえた。
残念ながら、今年は登場しなかった。
すこし寂しい。
全校生徒が一同に介し、元気に宣誓をする、
ごく普通のスタートだった。
来年は、ぜひ復活してほしい。

開始早々に2年生の出番が来た。
次男の出番は「無事に終わりさえすれば満点」の
つもりで見守っていた。
玉入れ競技に表現ダンス、次男の練習不足は否めないが、
始まってみれば楽しそうだ。
ダンスのフィナーレで子どもたちはそれぞれ、
かっこいい決めポーズを用意していた。
次男も何か独創的なポーズを決めている。
なんだろうと思っていると、
となりで一緒に見ていた同じ野球チームのコーチがいった。

「あれ、彼がバッターボックスに入るときのポーズですよ。
本当に野球を好きになってくれたんだなぁ」

電車や昆虫など、自分だけの世界にこもりがちな次男。
野球はそんな彼が、すこしずつ集団や社会と関わる
きっかけを与えてくれるかもしれない。
練習はあまり好きではないけれど、
決めポーズに選ぶほど野球を好きになってきたことが
母として嬉しかった。

問題は次の徒競走だった。
出かける前、次男は「ぼく、足おそいから」と
徒競走を嫌がっていた。
実際、次男は野球チームのなかで
ベースランニングが遅い方だ。
そもそも、何度教えても、走り出すと夢中になってしまい、
ベースを踏む手順を忘れてしまう。
そんな弟に、兄が魔法の言葉をかけた。
「2年生のコースは直線なんだから、1塁駆けぬけだよ」。

次男がスタートラインで構え、
パンッと乾いた雷管が響いた。
あっという間に白いゴールテープが宙に舞った。
次男は自分が何番なのか気づいていなかった。
結果は1番だった。
まさに猪突猛進、隣など見ていない。
「セーフ」と言われたくて、無心で駆けぬけたらしい。
キョロキョロする次男のところに
1位の背番号をつけた上級生が迎えにきた。
「え?ぼくが1位ですか?」という言葉に上級生が笑った。

兄の徒競走はU字コースで、
インコース1レーン最後方からのスタートだった。
彼は今年もニコニコと楽しそうに走った。
昨年と身長はほとんど変わらない。
けれど、中身はエンジンを載せ替えたように別人だ。
ぐんぐん加速し、他のコースの選手をごぼう抜きして、
危なげなくトップでゴールテープをきった。
大喜びするかと思ったら、ウインクで応援にこたえる。
モテ男仕草は変わっていなかった。

最後の競技は、今どきめずらしい騎馬戦。
団体戦と一騎討ち戦がある。
一騎討ちに登場した長男の騎馬隊は、
公平に組んだのか疑問なほど小さな騎馬隊だった。
騎士はその中でも一番小さい長男。
互いに奪いあう札をおでこにつけた姿は、
雛人形のようだった。

ひとまわり大きな相手チームが迫る。
誰の目にも勝敗は見えていた。
ところが、
長男はすこし後ろにのけぞってから素早く手を伸ばし、
相手の札をスナップで地面にはじき飛ばした。
判定の先生たちは一斉に赤の旗を上げた。

プオォーン。

満を持して、ここでホラ貝が鳴った。
あったんかい!
どどんと和太鼓も鳴った。
信じられないと目を丸くする相手の騎士の横で、
長男は小さくこぶしを握った。
番狂せに会場は今日一番の盛り上がりをみせた。

たった1年でもここまで変わる。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」と言うとおり、
本当に男児からは目が離せない。

クラスの友人たちと楽しそうに話す次男。
炎天下に声をはりあげて盛り上げる応援団員の長男。
体力をつけ、自信をつけ、
だんだんと自分の世界をひろげている。
わが家にとって、最高の運動会になった。

最高の運動会には最高のご褒美がふさわしい。
猫を飼うわけにはいかないが、
2年ぶりにディズニーランドに行こう、と決まった。
ところが、運動会の振替休日は、まさかの台風雨直撃。
延期と思いきや、台風なら空いているだろうと
体力まかせに決行してしまうのがわが家流である。

ディズニーランドのネックは「人数奇数問題」だ。
たいていの乗りものは2人乗り。
「母さんと乗りたい」は、常にケンカの火種だ。
そこで急遽、長男の友人をひとり誘うことにした。
兄弟一致で選んだのは、なんと長男の元カノだった。
「それ、本当にいいの?」と聞くと、
長男は迷いなくこういった。
「彼女とは悪い別れ方をしてないから大丈夫」。
10歳の君は、女性との正しい別れ方まで知っているのか。

ははひとり、むすこふたり、元カノひとり。
1日いっしょにいて、女子と男子の違いを思い知った。
女子は急に走り出したりしない。
女子は目に入るすべてのフードを食べようなんて言わない。
女子はポップコーンを飲むように口に流しこまない。
女子は列に並んでいる最中に、
おしっこ我慢ダンスを始めない。
チームの中にちゃんと話ができる「人間」が
ひとりいるだけで、こんなに楽なのか。
安心感が全然ちがう。

彼女と一緒にお土産のキーホルダーをキャッキャと選んだ。
女子同士、心が通いあった気がした。
気がつくと、
息子たちはワールドバザールの奥地に姿を消し、
行方不明になっていた。
やはり、男児たちからは目が離せない。

イラスト:まりげ

2024-06-27-THU

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