元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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線路はふえるよ、どこまでも

「いつか全てがゴミになるのよ」。

プラレール、トミカ、仮面ライダー。
そんなものはしょせん男児の一過性の趣味なの。
先輩ママはそう言い放って、
衣装ケースいっぱいのプラレールの青い線路を、
まだ小さかった息子たちに譲ってくれた。
この「宝の山」も、いつか「ゴミ」になるのか。
諸行無常。

ところが、覚悟して待ちかまえていても、
わが家の電車ブームが去ることはなかった。
むしろ、
Nゲージにまで手をひろげ線路は増え続けている。

夏が過ぎ風あざみ、昆虫を追う季節は終わった。
息子たちの心は鉄模様だ。

秋が深まり、朝と夜の境がぼやけてきた。
自然と息子たちの目覚めも悪くなる。
彼らをシャキッと起こすために考案したのが、
「乗換路線当てゲーム」だ。

寝室の壁に貼った
関東全線路線図のA1サイズポスター。
それを指でたどりながら、
毛布のなかの息子たちに呼びかける。

「溜池山王、永田町、四ツ谷」。
次男がむくりと起きて、
「東京メトロ南北線」と答える。
「正解。乗り換えます。
四ツ谷、信濃町、千駄ヶ谷、代々木」
「総武線」
「正解。乗り換えます。代々木、原宿、渋谷、恵比寿」
「山手線!」
「正解。乗り換えます。恵比寿、広尾、六本木」
「日比谷線!!」。
郊外まで進んだころ、しっかり彼らの目が覚める。

乗り換えルートの是非を議論しつつ朝食をとり、
自転車で小学校近くの祖父母宅へと向かう。
「ンーンー」と、どこからかモーター音が聴こえる。
電動アシスト自転車ではない。
次男が再現する電車のモーター音だ。
信号で止まれば「ヒュゥーン」とスピードを落とし、
青に変わると「プシッ、ハー」と
ブレーキエアーを吐きだして動きだす。

電車は野球の間も憑依している。
ベースランニングで塁を駆けぬけるとき
「ファン!」と非常警笛が鳴りひびく。
「東京メトロ13000系!」と兄がエールを送る。
鉄の絆だ。

鉄兄弟の前でいい加減なことは言えない。
「お仕事でブルーベリーなんとかパーク駅に行くよ」
と言ったら、
「それ東急田園都市線の
南町田グランベリーパーク駅でしょう!」と
即ツッコミがきた。
2019年10月に南町田駅がリニューアルして
南町田グランベリーパーク駅になった、と
歴史まで教えてくれた。

鉄道図鑑、Youtube、鉄道情報雑誌「鉄おも!」などを
駆使した情報収集には余念がない。

毎年12月ごろ東武鉄道南栗橋車両管区で行われる
東武ファンフェスタ。
昨年は、イベントの1ヶ月ほど前に始まる
入場登録受けつけの告知をうっかり見落とした。
ギリギリで入場券は確保したが、事前予約制の
撮影会や体験会はすべて逃した。
「今年は母にはまかせておけない」と、
10月に入ってイベント情報にピリピリしている。

体験型イベントは逃したけれど、昨年の
東武ファンフェスタの熱気はすごかった。

ふだん入れない車両基地や工場棟まで入れる。
工場の無骨で広大な空間、機械油独特の匂いに囲まれて
「鉄分不足」の母ですらテンションが上がった。
その横で兄弟は、
車体移動デモンストレーションで
クレーンに吊り上げられた車両を見て
「9000系だ!」と声をそろえた。
よく見かける東武線の通勤型車両だ。
「入口のほうにもあったよね」と言うと
「あれは10000系なんだよ、お母さん」と、
弟鉄が憐れむような笑顔をみせた。

その10000系も「はやく写真をとって」とせがまれた。
珍しくもない車両なのに、と面倒そうにしていると、
こんどは兄鉄が諭すような低い声で
「よく見て。区間準急の北千住行きだよ?」といった。
レアな行先表示らしい。

出口の「ようこそ南栗橋工場へ」という看板の横で
敬礼をキメる鉄兄弟の写真を撮った。
「南栗橋」駅、か。
JR線「南越谷」駅を鉄兄弟は「なんこし」と呼ぶ。
「南栗橋は、『なんくり』かな?」と聞くと
「みくりに決まってるでしょ」とあきれられた。

工場を出て、敷地内線路を走る6050系をうっとり眺め、
保線車両のマルチプルタイタンパーを
じっくり観察する息子たち。
「もう少しここにいるから、
母さんは何か食べものを買ってきて」と、
ついに鉄道素人の母はパシリ扱いだ。

昼食をとったのは、
休憩所として開放された栃木ローカル線、
通称「トチロー」20400系の車内だった。
ベリーハッピートレインと呼ばれた特別ラッピング車で、
文字通り兄弟は至福の時間を過ごした。

鉄兄弟のハートにとどめの一撃をさしたのは、
ずらりと並んだ関東鉄道会社各社のグッズ販売ブースだ。
東武フェスで一堂に会する鉄道会社のゆるキャラたち。
「夢の共演だ‥‥」と感動に震えつつ、全ブースを巡回した。
プラレールのレア車両、鉄道コレクション、カレンダー、
駅名やヘッドマークのキーホルダー、Tシャツ、ピンバッジ、
車内掲示用の路線図シール、つり革。
彼らの熱にのまれて、
後半はわけのわからないものまで買ってしまった。

ぱんぱんのお土産袋を大事そうに抱えた帰り道。
袋から飛び出したプラレールの箱をみて、
「いつかゴミになる」という言葉を思い出した。
深まるばかりの「沼」にも終わりがあるのか。

でも。
このコレクションがすべて「ゴミ」になったとしても、
寂しいとは思わない。
「かんじんなことは、目に見えないんだよ。
(岩波少年文庫:翻訳 内藤濯)」
と、サン=テグジュペリは書いた。
それはまさに息子たちと過ごす日々の中にある。
彼らの理解不能の情熱に、体力のかぎり寄りそった時間は、
「宝もの」としていつまでも残る。

きょうも仕事を終えて実家に息子たちを迎えにいくと、
プラレールの走行音が聞こえてくる。
ふたりは線路に「幸せの黄色い電車」
京急新1000系イエローハッピートレインを走らせながら、
わたしの帰りを待っている。
さて、今年の冬の電車旅はどこへいこうか。

イラスト:まりげ

2024-10-29-TUE

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