昨年の夏の終わりに糸井重里が
ロサンゼルスを訪れたのは、
知人に招かれてドジャースタジアムで
大谷翔平を観るためだったのですが、
じつはもうひとつ、目的がありました。

それは、『MOTHER2』の英語版である
EarthBound』のローカライズを担当した、
マーカス・リンドブロムさんと会うこと。

30年前、『MOTHER2』のことばを
『EarthBound』のことば」に翻訳した
マーカスさんと糸井重里が、
はじめて会って話しました。
知らなかったことがいろいろありましたよ。

>マーカス・リンドブロムさん(Marcus Lindblom)

マーカス・リンドブロムさん(Marcus Lindblom)

30年以上にわたるゲーム業界でのキャリアを任天堂でスタートし、
一番有名なプロジェクトはEarthBoundの英訳のローカライズ。
その後、さまざまなパブリッシャーや
デベロッパーの会社でプロデューサーとして活躍。
Partly Cloudy Gamesというゲームコンサルティング会社を
10年間共同経営し、現在はゲーム業界での次の冒険を探している。

この対談は日本語・英語でお読みいただけます。

前へ目次ページへ次へ

第5回 「マザーライク」へ

マーカス
当時の話に戻りますが、
EarthBound』はアメリカで発売されたものの、
大ヒットというわけではありませんでした。
それを、残念に思いましたか?
糸井
いえ、正直、あんまり意識してなかった(笑)。
マーカス
ああ、それならよかったです(笑)。
糸井
ああいうかたちのロールプレイングゲームそのものが、
当時のアメリカではあまり売れていなかったですから。
マーカス
当時はスーパーファミコンの成熟期で、
3Dライクな『スーパードンキーコング』とかが出て、
時代が3Dのものに注目していたというのもありますね。
糸井
でも、そうはいっても、そのときに
EarthBound』をプレイした子がいっぱいいたわけで。
それがいまのこの人気を支えているわけだから、
それは、少なかったけども、多かったんだよ。
マーカス
そうですね(笑)。
糸井
30年経ったいま思うと、
おもしろいことばかりですねぇ。
マーカス
ひとつ、エピソードがあります。
さきほど話したように、三浦さんと私は、
シアトルで2か月、ローカライズの作業をしていました。
ほとんど休みなく、週末もずっと毎日やってました。
そんななか、2月8日に娘が生まれました。
その日だけ、作業を休みにしました(笑)。
そして、三浦さんと話して、
私は娘の名前を『EarthBound』のなかに入れました。
ニコ」というのですが、
三浦さんから「入れようか」と提案があって。
糸井
へぇーー、知らなかった。
どこに、どんなふうに入っているんですか?
マーカス
マジカントで、いろんなキャラクターが並んでいて、
順番に話しかけていくようなところがありますよね。
あのなかのひとりなんですが。
──
ここに『MOTHERのことば。』があるので、
探してみましょう。
糸井
この本にはゲームのなかの
すべてのことばが載ってるんですよ。
マーカス
このあたりですね、ゆきだるまがいて‥‥
あっ、この子ですね。
この子がニコという名前になりました。
糸井
ああ、この子。日本語版では名前はないね。
セリフは‥‥
ランララン 
 いっしょに うたを
 うたいましょ!」

マーカス
EarthBound』のなかでは、
マイ・ネーム・イズ・ニコ。
 いっしょにあそんでうたいましょう」
というようなセリフだった思います。

糸井
ああ、そうですか。
いやあ、なんだかおもしろいね。
なんかこう、みんなが手を加えて、
大きな仏像をつくったみたいな話だね。
マーカス
EarthBound』のローカライズに
関わることができたことを光栄に思ってます。
私は任天堂を離れたあと、
ゲームの製作チームで働いたことがあるんです。
ぜんぶで300人くらいの大きなチームだったんですが、
そこに来ていたインターンの若い子の机に
EarthBound』の公式ガイドが置いてあって、
ぼくはそれに関わったんだよ」というと
彼女はものすごくびっくりしていたんです。
大好きなゲームなんです!」って。
それをきっかけに、チームのなかに
EarthBound』を好きな人が何人もいることがわかって、
若い世代にも『EarthBound』は
伝わっているんだなと思いました。
糸井
ずっとつながってますよね。
いま通訳をしてくれているリンジーも、
EarthBound』をきっかけに
ほぼ日で働いてくれることになって、
いまもこうして関わってくれているし。
リンジー
EarthBound』のファンが集まるイベントで出会って
結婚した人たちも何人もいますよ。
糸井
いつも思うけど、
若いころの自分が『MOTHER』をつくってくれて、
ほんとうによかったね。
最近、またちょっと海外からの取材が増えていて。
マーカス
ああ、私も2か月くらい前に、
イギリスのゲームメディアからインタビューされました。
糸井
なんか、終わらないんだよね。
もう、30年以上も経つのに。
リンジー
MOTHER』のように、いまもずっと
愛されてるゲームはあまりないと思いますよ。

糸井
レトロなゲームが人気だというのも
あるかもしれないけど。
リンジー
でも、懐かしんでいるだけじゃないと思います。
いま、インディーゲームのシーンでも、
MOTHER』のようなドット絵のRPGを
若いクリエーターたちがつくっていて、
マザーライク(motherlike)」という
呼び名のジャンルがあるくらいなんですよ。
糸井
あ、その言い方、こないだ聞いた。
リンジー
もう、完全にジャンルになっているくらい、
MOTHER』はリスペクトされてるんです。
糸井
トビー・フォックスさんの
Undertale』がさきがけになったのかもね。
マーカス
まさにそうですね。「マザーライク」。
糸井
アースバウンドライク」じゃないんだね。
リンジー
マザーライク」ですね(笑)。
アースバウンドライク」じゃない。
糸井
おもしろいね、それも。
EarthBound』は『MOTHER』だっていうことが
わかってもらえているんだ。
リンジー
いまはもう『MOTHER』といえば、
ゲームのファンならみんなわかると思います。
昔はそうじゃなかったけど。
糸井
そうだよね。
いやあ、こんなことになるとは。
今日のこの取材もそうだよね。
こんな日が来るとは思わなかった。
マーカス
あ、ちょっといいですか‥‥。
その、糸井さんのサインをいただきたくて。
このスーパーファミコンのソフトに。
EarthBound』が出るまえに
三浦さんからいただいたものです。
糸井
おお、もちろん。日本のだね、これ。
マーカスさんってスペルは?
マーカス
MARCUS」。
糸井
じゃあ、ぼくの名前は漢字で。はい、どうぞ。
マーカス
ありがとうございます。
糸井
いや、こちらこそ。
リンジー
宝物ですね(笑)。
マーカス
最後に、ひとつ、質問をいいですか。
ビートルズのなかで、誰が一番好きですか?
糸井
ジョンかな。
マーカス
ジョンですか(笑)。
ぼくはジョージが好き。
アルバムはどれが一番好き?
糸井
そのときどきで変わるんだけど、
いまは『ハード・デイズ・ナイト』かな。
マーカス
ハード・デイズ・ナイト』。
ああ、おもしろい(笑)。
ぼくは『リボルバー』が好き。
今日は、ほんとうにありがとうございました。
糸井
こちらこそ!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。)

2025-04-04-FRI

前へ目次ページへ次へ
  •  

    ©SHIGESATO ITOI / Nintendo