ネスのソフビ(※)を作るプロジェクトが
スタートしたのは2020年1月のこと。
それから月日が経ち、2024年、
私たちが目指した「ネスのおもちゃの決定版」は、
M1号さん、チャイルド工芸さん、オビツ製作所さんの
3社の協力を得て、ついに完成しました。

その制作の過程、つまりメイキングの一部始終は、
しっかりと記録しておきたい。

そんな強い思いから、
これまでのすべての打ち合わせで
ボイスレコーダーを回していました。
そのため、手元にはたくさんの音声データが残っています。

これは、ネスのソフビの完成後に
あらためて録ったインタビュー記事ではありません。
4年半にわたる制作の記録の中から
とくに重要な箇所だけを抜き出した
制作日記のようなものです。

題して「ネスのソフビができるまで。」。
制作に携わった3社との主要なやり取りの様子を、
当時の空気感とともにお届けしていきます。

※ソフビ:PVC(ポリ塩化ビニル、通称ソフトビニール)を
金型に流し込んで成型する人形の通称。

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第1回 目指すは「抜ける」原型。(2020年1月10日 チャイルド工芸にて)

ソフビで「ネスのおもちゃの決定版」を作る。
そのために私たちがまず訪ねたのは、
千葉県我孫子市にある原型制作会社、チャイルド工芸。
怪獣、ロボットからアートソフビ、
デザイナーズソフビと呼ばれるインディーズの作品まで、
幅広いジャンルの原型に携わっています。
お相手は、代表取締役社長の鹿野健一さんと、
原型を担当してくださった主任の勢村譲太さんです。


プロフィール
チャイルド工芸 勢村譲太
怪獣玩具、ヒーロー玩具の原型制作の老舗
チャイルド工芸(代表 鹿野健一)所属の原型師。
ワックスを直に彫る、昔ながらのアナログな製造方法を今も貫く。
公式サイト:http://childkougei.co.jp/


左:鹿野健一さん 右:勢村譲太さん 左:鹿野健一さん 右:勢村譲太さん

──
まず、原型師という仕事について教えてください。
鹿野
ソフビのもとになるモデルを作る仕事ですね。
勢村
粘土でやるところも多いんですけど、
うちではワックス(蝋)でやっています。
──
代表の鹿野さんが、
この仕事に就かれたきっかけというのは?
鹿野
私はもともと、香料の会社で働く
パフューマー(調香師)だったんですよ。
石けんや、化粧品の香りを作る仕事でした。
だいたいは商品名を先に聞かされて、
そのイメージに合った香りをブレンドして作るんです。
──
原型師と同じく、センスが必要そうな仕事ですね。
鹿野
はい。自分ならではの「味」を効かせて作る
という意味では、香りも原型も同じかもしれませんね。
──
なぜパフューマーから
原型師に転身されたんですか?
鹿野
もともと美術が好きで、
クリエイティブな仕事がしたかったんですよ。
でも先輩に「絵描きでは食えないよ」と言われて、
まず調香師になったんです。
それを7、8年やったある日、
おもちゃ会社の経理を担当していた義理の兄が
「健ちゃん、おもしろい会社があるよ」って
言い出したんですよ。
1974年のことでした。
それで紹介してもらった会社が、
原型制作会社だったんです。
──
いまのチャイルド工芸さんと同じ、
ソフビの原型を作る会社。
鹿野
ええ、そうです。見学に行ったら、
物置みたいな狭い部屋で3人が作業をしていました。
そのときに彼らが作っていたのが、
ウルトラマン、仮面ライダー、
戦隊モノのソフビの原型。
見た瞬間に、一気に惹かれてしまいましてね(笑)。
それで私は会社に「1週間休みをくれ」と言って、
作りかたを教わることにしたんです。
で、実際にやってみると、
形があるものを作るというのが、
香りを作るのに比べて非常におもしろかった。
──
はまってしまった、と。
鹿野
はい。たとえばヒーローの資料があったら、
それを見て「作れ」と言われるんです。
見よう見まねでやっと作ったものを見せると、
「左右のバランスが悪い」とか、
「脚が細すぎる」とか
「ここのディテールが違う」とか教えてくれる。
もちろん、自分で納得がいく形にしてから見せるんですけど、
最初は何度もやり直しをさせられていましたね(笑)。
──
原型というのは、
どこから作っていくものなんですか?
鹿野
まず頭身を決めたら、
それを図面化することから始めます。
ソフビの場合は成型条件もあるから、
それも加味してね。
──
成型条件、というのは?
勢村
ソフビは最終的に
金型を作って成型するんですけど、
ええと、たとえばですね‥‥。
こう、脚のパーツの金型があるとしますよね(絵を描く)。

──
足首が太い場合と細い場合、ですか?
勢村
はい。この金型の中に、
液体状の材料(ソフトビニール)を
上から注ぐわけですが、
足首が太ければ
材料が金型全体に行き渡りやすいし、
材料が固まってできたパーツを、
上から引き抜きやすい。
でも足首が細いと、
材料もまんべんなく金型に入っていかないし、
引き抜きにくいわけです。
鹿野
ソフビ人形を作るには、
金型から「抜けない」デザインは
基本的にダメなんですよ。
──
なるほど。そうなんですね。
勢村
たとえば以前
「これをソフビ人形にできませんか」と頼まれて、
私たちはこうアレンジしたんです。

△左:アレンジ前の元のモデル 右:アレンジしてソフビ人形にしたもの(写真はフレグランスブランド『John’sBlend』のキャラクター、調香師のジョンおじさん) △左:アレンジ前の元のモデル 右:アレンジしてソフビ人形にしたもの(写真はフレグランスブランド『John’sBlend』のキャラクター、調香師のジョンおじさん)

──
あ、元のモデルは手首や足首が随分細かったんですね。
勢村
そうなんですよ。こういうふうに、
「抜ける」かどうかを考えてデザインするわけです。
──
そうすると、ネスにもアレンジが必要、
ということですね。
勢村
はい。最初に三面図を描いてみて、
「抜ける」原型を目指しますね。
もし何か希望があったら、先に教えておいてください。
──
これまでに発売されたネスの人形は
どれも関節が動かないスタチュー(彫像)タイプで、
台座が付いたフィギュアだったんです。
今回、せっかくのソフビ人形なので、
台座がなくても自立するものにしたい。
そして、手足を動かして遊べるものにしたいんです。
鹿野
なるほど、アクションさせて遊べるように、ですね。
──
はい。座れるようにするのは、難しいですか?
勢村
できますよ。半ズボンは穿いているけど、
股に関節を作る、ということですよね。
──
そうですね。それを違和感なくできれば。
あとは、昔のソフビ人形のような、
レトロなムードが少し出るとうれしいです。
鹿野
ゆるくて、あたたかみのある感じ、ですよね。
いまは原型もデジタルで作れる時代で、
それだとすごく正しい、カッチリしたものが作れるんです。
でもうちは、昔のやりかたで全部手作業だから、
自然とゆるさやあたたかさが出ますよ。
本当は私たちも、昔からカッチリ作ることを
目指してやっていたんですけどね(笑)。

勢村
そうですね(笑)。
これ、サイズはどれくらいにしますか?
──
古いソフビで言う、いわゆるスタンダードサイズ
(高さ約20cm〜22cmほど)にしたいです。
勢村
ボリューム感があって、よさそうですね。
──
たとえば服に縫い目をつける、
なんてこともできそうでしょうか?
勢村
できますよ。帽子とか半ズボンには、
縫い目をつけましょうか。
半ズボンはデニム生地らしく表面をザラつかせると、
手触り感も良さそうです。
逆に、ボーダーのTシャツはつるっとさせて、
生地に差がある感じにしてみましょうか。
──
いいと思います。ありがとうございます。
あと、古い怪獣のソフビ人形に、
手に東京タワーを持たせられるものがあったんですが‥‥。
鹿野
はいはい、ありましたね。
──
ネスはバットやヨーヨーを持って戦う
キャラクターなんですが‥‥
手に何かを持たせることってできそうですか?
勢村
バットは、指をちょっと握ったポーズにしておけば
はめられますよ。
ヨーヨーは、どうかなあ。ちょっとやってみましょう。
──
あと、ネスはPSIという超能力も使って戦うんです。
だから、エネルギーの塊のようなものを、
バットとは逆の手に持たせたいんですが‥‥。
勢村
それもできたら、楽しいですね(笑)。
──
飾るだけのものではなく、遊べるようにしたいんです。
鹿野
大きさもある程度ありますから、
実現できる可能性は高いと思いますよ。
ちょっと考えさせてください。

△打ち合わせの後日、勢村さんが描いた図面が送られてきました。 △打ち合わせの後日、勢村さんが描いた図面が送られてきました。

(つづきます)

2024-09-19-THU

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