俳優の中井貴一さんは、
デビュー当初からヒット作に出演し、
シリアスからコミカルまで幅広い演技力で
私たちを魅了しつづけてきました。
中井さんはこれまでずっと、
メインロードにいたように見えます。
しかし、どうやらそうじゃないらしい。
じゃないほう」の中井貴一さんと、
糸井重里がお会いして話しました。
さまざまなことがあった俳優人生、
中井さんの演じる芝居はいったい、
どんな場所にあるのでしょうか。

この対談は、
「ほぼ日の學校」でもごらんいただけます。
ときどき演技をまじえて話す
中井貴一さんのいきいきした表情を
ぜひ動画でおたのしみください。
(「ほぼ日の學校」は新規申込の場合、
1ヶ月間無料でごらんいただくことができます)

>中井貴一さんのプロフィール

中井貴一(なかい きいち)

俳優。1961年東京生まれ。
1981年、大学在学中に映画「連合艦隊」でデビュー。
1983年開始の大ヒットテレビドラマ
ふぞろいの林檎たち」の主演をつとめる。
その後、映画「ビルマの竪琴」「壬生義士伝」
大河ドラマ「武田信玄」など話題作に数多く出演し、
日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をはじめとする
多くの賞に輝く。
NHK「サラメシ」やミキプルーンのCMでみられる
親しみやすいナレーションや演技も魅力のひとつ。

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最終回 経験はすべてを上まわる。

中井
たとえばオーディションで、
悪(アク)やってください」
と言われるとします。
まわりに何もないところでも、
悪さを表現するのは、けっこうできるんです。
しかし急に試験官に、
えーっと、じゃあ、正義やってください」
と言われると、
何もないところで正義はできません。
正義は、悪を止める手段だからです。
ですから、正義をやるには二人要るんですよ。
悪は一人でできるけど。
糸井
おお、なるほど。
中井
ですから、正義というものは、
悪と相反するものではないんです。
糸井
そうか、悪を必要としているんだ。
中井
はい。
正義をやるには、悪が必要なんです。
ちょっとちょっと、やめろって」
やめろって言ってんじゃないか」
という、やめさせる相手がいない限り、できません。

糸井
それ、すごいことですね。
中井
ですから、正義と悪でいえば、
悪が必ず先であると思います。
悪を止める手段として倫理や正義ができたんだ、と。
正義を振りかざす」ってよく言いますけど、
たとえばインターネットがこんなに普及したのって、
きっと、エッチなものを見たいという
こともあったでしょう(笑)、
人間のそんな欲求が先に存在するんだということを
理解しなきゃいけない。
ぼくは人間というものを
演じていかなくてはいけないので、
この人はいい人だ、
どこからどう見てもいい人なんだ」
という人をやるときには、
その人の中の悪を大事にして演じます。
糸井
ああ、なるほど、
それは中井さんの考えですか?
中井
はい、まぁ、これはオリジナルです。
糸井
いつ、そんなことを考えてるんですか?
中井
やりながら自然に自分で、考えています。
糸井
そうか、そうかぁ。
正義は悪に対応するところに
生まれたものだったんですね。
ゴッサム・シティに悪がないバットマンって、
何していいかわかんないですよね。
中井
はい。
普通の、コスプレのうまい人、みたいな(笑)。
糸井
わはははは、そうですね。
バットマンは、それこそ悪によって
成り立ってますよね。

中井
はい。だから圧倒的に
悪が悪ければ悪いほど、
正義が大きく見えるわけです。
まず、悪の深さが
先に来なきゃいけないんですよ。
喜劇も同じ。
悲劇が深いほど、おもしろさが増します。
そのコントラストが、
ドラマを生んでいくのでしょう。
糸井
中井さんはこれまで、弁護士や医者、
総理大臣の役までなさいましたよね。
そういったときに、自分がその能力を
身につけたかのようにはならないですか?
中井
なります。
それはもう、恋愛もそうです。
ぼくらは撮影中、恋愛をして、
撮影が終わった瞬間に、失恋をしています。
これが役者の商売です。
医者であれば、
ほんとうにメスが持てるんじゃないか、
ぐらいまで探求します。

糸井
でもそれ、誤解しちゃうこともあるでしょうね。
中井
あるんじゃないでしょうか。
ぼくはこの間まで
ナースをやらせていただいたんですね。
糸井
はい。
中井
看護指導に来てくださった方が
たくさんいらっしゃいました。
もうね、あの方たちは
白衣の天使じゃないです、白衣の神です。
そんなところに気を遣うんですか?」
という隠し玉のようなことが
数々ありました。
ああいったことは、患者さんは
気づかないままでしょうね。
糸井
かっこいいなぁ。
中井
だからぼくはその期間は、
普段からものすごく、
人に対して看護的になるわけです。
糸井
普段も(笑)。
中井
ちょっとむせられた方がいると、
大丈夫ですか?」
ちょっと前向きになってください」
びっくりするでしょうが大丈夫ですよ」
なんてやっちゃって、
俺、何やってんだろうと。
糸井
笑)いまはもう撮影は終わって‥‥。
中井
はい。
もうだいぶ看護は消えました。
糸井
でも、ゼレンスキーさんという方が
いらっしゃいますよね。
中井
あのー、あのですね、
ゼレンスキーさんは、
ぼくもちょっと体験が重なってるんですよ。
あの方も大統領役をやって、それがコメディで。
ですから、ゼレンスキーが大統領になった
報道が流れときに、全員が、
なんとなく俺のほうを見た瞬間がありました(笑)。
糸井
役者をやっていると、
思考のコピーをどんどんしていくわけだから、
進化したり、専門的になっていくものなのでしょうか。
中井
知識は増えていく感じがします。
糸井
取材もしますしね。
中井
テロリストの役をやったときには、
実際にその人の居住場所まで行って、
取材させてもらったりしました。
そうすると、その方の日常が見えます。
テロをどうやって実行するかというよりも、
じつはそこが、いちばん大事なんです。
ぼくたちが演じるときに重要視するのは、
ナースであればナースの、
オペ室や診察室でのあり方ではありません。
その方が朝起きて、どう出勤して、
どういうリズムで病院に入って、
ナースステーションまでたどり着き、
そこでどんな立ち振る舞いをしているのか。
人を演じるときにはそんな「周囲」が
とても大事なんです。
テロリストであれば、どんな日常を送っていて、
それがテロ行為につながっていくのか、
よく観察して身につける必要があります。
当然、想像力が必要になってきます。

糸井
核心部分ではなく、
そのプロセスが。
中井
だからほんとうにね、
経験はすべてを上まわると、
ぼくはやっぱり思います。
これまでさまざまな経験をしてきましたが、
経験こそが、自分の考えを変えさせてくれたり、
少し大きくしてくれたりするのかなと思います。
糸井
普段の経験もそうですね。
仕事の波でいえば、
中井さんのおっしゃる
下のほう」で得た経験が
自分を作りあげていくのかもしれない。
中井
それこそ、これまで
うわ、俺、死ぬかもしれない」と思う瞬間が
やっぱりいくつもありました。
そこから「よし、ポジティブ出動」なんてことも
何度もありましたので。
糸井
上がっていくきっかけは
1回のごはんだったかもしれないし、
友達や誰かかもしれないし。
その経験もまた、実を結んでいきますね。
中井
食ってやっぱりすっごく大きくて。
糸井
あ、サラメシですもんね(笑)。
中井
ええ、そうですね、サラメシです(笑)。
ほんとうに、一歩踏み出す力に
食はなりえます。
これ、俺、食える!」
ということに、何度も救われてきました。
または、たったひとりの方から、
声をかけられたことだったり。
そういうことも、経験としてすごく大きいです。
糸井
ああ、たのしくやってまいりましたが、
こんな時間に。
3時までのはずだったんです。
中井
えっ、そうなんですか。
糸井
長くお引きとめいたしまして。
中井
いいえ、とんでもないです。
ありがとうございました。
糸井
今日はテーマも何もなかったんですけど、
中井さんとは
こういうことを話したかった」ということを
お話できました。
中井
やっといま、趣旨がわかりました。
糸井
笑)
中井
ありがとうございます。
糸井
ほんとうに、ありがとうございました。

おしまいです。ありがとうございました)

写真 小川拓洋

2023-04-14-FRI

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  • リーディングドラマ
    終わった人』

    内館牧子さん原作の小説『終わった人』の朗読劇に
    中井貴一さんが出演します。
    キムラ緑子さんと中井さん、おふたりによる朗読です。
    定年を迎える頃って、ほんとうに終焉期なのか?
    泣いたり笑ったりの大人気小説が、
    おふたりによってどのような窯変を見せるのでしょう。
    東京・草月ホールでの公演は
    2023年8月31日(木)~9月3日(日)の予定。
    くわしい情報はこちらからごらんください。


    今回の中井貴一さんと糸井重里の対談は
    ほぼ日の學校」で動画で配信しています。
    ときどき演技をまじえて話す中井貴一さんの
    いきいきした表情をどうぞおたのしみください。

    「ほぼ日の學校」は新規申込の場合、
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