スピードスケートの金メダリスト、
小平奈緒さんと焚き火のまわりで話しました。
日本を代表するアスリート‥‥なのですが、
小平さんはとても不思議です。
勝ち負けや、記録や、順位といったことを、
すっと突き抜けて、もっと違う場所を見ている。
いえ、それ以前の、根っこのところを見つめている。
引退後も長野県の相澤病院で職員として働き、
地域と人をつなぐアンバサダーとしても活躍している
小平奈緒さんと焚き火のまえで話しました。
え? 焚き火? その説明からはじめましょう。
小平奈緒(こだいら・なお)
1986年生まれ。長野県茅野市出身。
3歳からスケートを始め、
信州大学在籍時代より結城匡啓コーチに師事する。
信州大学卒業後の2009年より相澤病院に所属。
2010年バンクーバーオリンピック
女子チームパシュートで銀メダルを獲得。
2018年の平昌オリンピック女子500mにおいて、
オリンピック日本女子スピードスケート史上
初となる金メダルを獲得。1000mでも銀メダルを獲得。
国内外の大会で37連勝を記録するなど第一線で活躍し、
2022年の全日本距離別選手権大会
500m優勝をもって現役引退。
現在は相澤病院のブランドアンバサダーとして、
ひとや心をつなぐ活動にあたっている。
- 平昌オリンピック
女子スピードスケート500mの金メダリスト、
小平奈緒さんの原点は、
子どものころお父さんと毎週のように行った、
「山登り」にあるそうです。 - 引退後、ご自身の半生をまとめた著書、
「Link」のプロローグにこうあります。
子どもの頃、夏になると父と一緒に
毎週のように山登りをしました。
長野県茅野市に生まれ育ち、
八ヶ岳はとても身近な山でした。
標高3000mを超える仙丈ヶ岳など
南アルプスの山にも行きました。
私の競技人生の歩み方は
山登りが原点だったのではないか──。
選手として最後の夏を過ごしていた
2022年8月11日の山の日、
そのことに気付きました。
2018年2月の平昌五輪スピードスケート女子500mで
金メダルを獲得した後、
私にとって金メダルを獲得することが
最終目的ではなかったことが分かったからです。
「Link」小平奈緒(信濃毎日新聞社)より
- ほぼ日のキャンププロジェクト、
「yozora(ヨゾラ)」が立ち上がり、
アウトドアに関連するコンテンツをつくるなかで、
ぜひ、小平奈緒さんに
お話をうかがいたいと思いました。 - さいわい、キャンプチームのひとり、
が前職での取材を通じて
小平奈緒さんと親しくしていたこともあり、
子どものころから小平さんが登っていたという
八ヶ岳の山に一緒に登ることができました。
そして、夜には、焚き火を囲みながら、
小平さんのお話をうかがうことができました。
- 取材とはいえ、一緒に山に登り、テントを張り、
ごはんをつくって食べたりしたあとでしたから、
焚き火を前にインタビューをはじめたときは、
なんだか不思議な親密さが生まれていて、
独特のやわらかい空気のなかで
さまざまな話をすることができました。
焚き火の煙があちこちに回ったり、
話に夢中になって薪が崩れたりして、
ちょっとばたばたしたんですけど、
なんだかそれもほどよく作用したと思います。 - 焚き火のまえでうかがった、
小平奈緒さんの話、どうぞおたのしみください。
2024-08-05-MON
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ロケ地協力:TINY GARDEN 蓼科