ロゴで大事なコンセプトを伝えたり、
色で心をつかんだり、
字詰めや書体で何かを予感させたり。
デザイナーさんの仕事って、
じつに「ふしぎ」で、おもしろい。
でもみなさん、どんなことを考えて、
デザインしているんだろう‥‥?
職業柄、デザイナーさんとは
しょっちゅうおつきあいしてますが、
そこのところを、
これまで聞いたことなかったんです。
そこでたっぷり、聞いてきました。
担当は編集者の「ほぼ日」奥野です。

>名久井直子さんプロフィール

名久井直子(なくい・なおこ)

ブックデザイナー。1976年岩手県生まれ。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、
広告代理店に入社。2005年に独立し、
ブックデザインをはじめ、紙まわりの仕事に携わる。

前へ目次ページへ次へ

第4回 来た球を打ち返している。

──
川上未映子さんによる有名な小説
『黄色い家』も、
名久井さんの装丁だったんですね。
名久井
はい、これも写真なんですけど、
実際に「黄色い家」を撮りたいなあと。
海外のサイトで
イメージに合うドールハウスを見つけたんですが、
黄色いものが見つからなくて、
白いドールハウスを買って
黄色いペンキで塗ることにしたんです。
でも、届いてみたら「組み立て式」で。
それも切りっぱなしの板が、
たくさん入ってるだけみたいな感じの。
──
日本のガンプラみたいな親切さはなく。
名久井
そう、芸大の建築科の方に、
組み立てるのを手伝ってもらいました。
版元の会議室を全面養生して、
黄色いスプレーで家全体を塗ったあと、
黄色いペンキを
上から少しずつかけ続けて撮りました。
──
あ、じゃあ、このドロっとした感じは、
リアルにペンキが垂れてる途中?
名久井
そうです。リアルです。
──
やっぱり固まったペンキを撮るのとは、
ちがうんでしょうね、きっと。
名久井
そうだと思うんです。
少しずつペンキをかけているうちに、
窓の桟の輪郭が、
だんだん甘くなってきたりとかして。
ペンキは、オリンピックへ行って、
選んで買いました。
──
でも、そういうアナログな手法でしか、
得られない微妙さがあるんでしょうね。
名久井
そうだといいなぁと思って、
いろいろとやってるんですけど(笑)。
いまは、すごいAIとかもあるので、
「黄色、家、垂れてるペンキ!」
とかって入力したら、
簡単にできちゃうかもしれないけど。
──
でも、このカバーには、
つくり手つまり人の意図しないものが、
多く含まれていそうな気がします。
AIで自動生成したデジタル画像って、
何となくなんですけど、
過去に存在したイメージの延長線上に
収まりそうな‥‥。
名久井
わたしも「偶然にうまれるもの」を、
信じているのかもしれないです。
──
とにかく、この本は、これからも、
この顔で記憶されるわけですよね。
物語と一緒に、この「顔」を思い出す。
名久井
そうなんですよね。
でも、その一方で、
100年後には、わたしも川上さんも
絶対に死んでるじゃないですか。
──
えっと、はい(笑)‥‥でしょうね。
「100年後」には、さすがに。
名久井
そのときも、川上さんのこの作品は
読みつがれているとは思うけど、
新しい装丁に生まれ変わっている可能性も
大いにあると思っています。
夏目漱石の『坊ちゃん』にしたって、
カバーに変遷がありますよね。
だから記憶の中の『坊ちゃん』って、
世代によって、
それぞれ別のカバーだと思うんです。
──
たしかに。
ベストセラーであればあるほど、
その「顔」は、時代によって変わる。
名久井
逆に、わたし自身も、
過去のすばらしい装丁家のみなさん、
たとえば
野中ユリさんや堀内誠一さんが
装丁した本の新装版を、
担当させていただくこともあります。
だから‥‥本って、いまの時代には
いまの顔で記憶されるけど、
どんどん変わっていくものだなと。
わたしは、永遠に残る自分の作品を
つくっている気持ちはなくて、
「バケツリレーの途中の、1バケツ」
なんです。

──
1バケツ‥‥なるほど。
祖父江慎さんのコズフィッシュには、
『坊ちゃん』が、
こーんなに並んでますもんね。
時代時代の「『坊ちゃん』の顔」が。
ちなみにですが、
偉大な作品をデザインするときって、
緊張したりするものですか。
名久井
しますね、もちろん。
最近では、黒柳徹子さんの
『窓ぎわのトットちゃん』の「続巻」を
装丁させていただきました。
戦後最大のベストセラーと言われている
前の本は1981年刊行で、
和田誠さんが装丁をしているんですね。
だから、どうしようと思って‥‥
わたしは、
わたしなりにやるよりほかないと思って、
デザインしたんですけど。
──
ええ。
名久井
タイトルの色をグレーにしてるのは、
リスペクトの気持ちで、
和田さんの装丁と
おそろいにさせていただいています。
──
そういう感じで、バトンを受け取って。
名久井
続巻なので、
和田さん本と並べてもらえることも
あると思うんです。
だからそのときに、
違和感のないようにしたいな、とか。
──
たとえば『坊ちゃん』の場合って、
もう書いた人はいないじゃないですか。
本人と話すことができないわけですが、
そういう状態では、
何を手掛かりにデザインするんですか。
名久井
あ、そこは大丈夫なんです。
生きている人とも、しゃべらないので。
──
あ、そうなんですか。
編集さんとは話してつくってるけども。
名久井
そうですね。まあ、作家さんによって、
コミットの度合いもちがいますが、
大半の作家さんは
「お任せ」いただくことが多いです。
たとえば(川上)未映子さんなんかは
昔から友だちだし、
やりとりしたりもしますけど、
ほとんどの作家さんとは、
直接のやりとりはありません。
だから
相手が「夏目漱石」だったとしても、
仕事のやり方としては変わらないです。
──
なるほど。
名久井
あと、たとえば『坊ちゃん』だったり、
太宰治の『人間失格』だったり、
何度も版を重ねている名作の場合には
「遊べる」というと変ですが、
「こういう感じは、まだなかったかも」
みたいなつくり方ができる、
ということはあるのかなと思ってます。
──
以前、佐々木マキさんに取材したとき、
うかがったおんですが、
マキさんって、
基本、他の人のつくった物語には
絵を描かないことにしてるんですって。
名久井
そうなんですか。
──
はい。「お金に困っているとき以外は」
という正直な条件付きだったのが
マキさんらしくて素敵だったんですが、
とにかく「そう決めていた」と。
でも、やっぱり「アリス」だけは‥‥
つまり『不思議の国のアリス』と
『鏡の国のアリス』だけは例外で、
イラストレーターを名乗る以上、
万が一オファーが来た場合、
逃げるわけにはいかないと思ってたと。
名久井
そうなんですね。
──
あるとき、ついにオファーが来たので、
満を持して描いたらしいんです。
そういう作品とかって、ありますか。
あるいは、
ぜひデザインしてみたいお話だとか。
名久井
わたし、そういうのがないんです。
──
そうですか。何だか、意外なような。
名久井
完全に「受け身の気持ち」なんです。
来るものを、やらせていただく。
「どんな本をつくってみたいですか」
とか
「どんな加工を試してみたいですか」
とかって聞かれたりするんですけど。
──
来た球を、どう打ち返そうか‥‥が、
おもしろい。
名久井
そう。もちろん個人として、
好きな作家、好きな物語はあります。
でも、装丁したいかどうかで、
あんまり考えたことはないんですよ。
──
それとこれとは「別」なんですね。
名久井
はい。もちろん、うれしいんですよ。
たとえば『ドラえもん』なんか、
子どものころから大好きですからね。
でも、わたしのほうから、
いつか『ドラえもん』やりたいとは
思ってはいなかったので。
──
そこがフラットだから、
こんなにもたくさんできるんですかね。
名久井
あー。
──
すごいやってますよね、数でいうと。
名久井
ビジネス書をやっている人だったり、
スタッフのいる事務所は、
もっと多いと思いますが、
はい、やっている方だとは思います。
大みそかに数えてるんです、毎年。
──
その年、装丁した本の数を?
名久井
はい。ここ5~6年は、
だいたい「120から130」なんです。
──
ハンパないですね(笑)。
月に平均10冊って。忙しいでしょう。
名久井
忙しいですね。でも、楽しいんです。

(つづきます)

2024-09-05-THU

前へ目次ページへ次へ
  • 名久井直子さんの装丁による最新刊は、 プレゼントブック、贈る本。 万城目学さんの「ちいさな物語」です。

    名久井直子さんの装丁による最新刊は、 プレゼントブック、贈る本。 万城目学さんの「ちいさな物語」です。

    直木賞作家・万城目学さんの小説で、
    誰かの誕生日を寿ぐような、素敵な物語です。
    題名は『魔女のカレンダー』。
    ちっちゃな本で、特製の箱に入ってます。
    ふだんから
    名久井さんとおつきあいのある製本屋さんで
    つくっていただいたそうです。
    コンセプトは「プレゼントブック」なので、
    この本そのものをプレゼントにしても、
    別のプレゼントに添える
    うれしい物語の贈り物にしてもいいですねと、
    名久井さん。
    ちっちゃいから本棚ではなく、机の上だとか、
    身近なところに置いておけたり、
    身につけておけそうなのもいいなと思います。
    もちろん、名久井さんのことですから、
    ただかわいいだけじゃなく、
    装丁にも、何らかの「意味」が‥‥?
    本屋さんには流通せず、ネットのみでの販売。
    詳しくは、公式サイトでチェックを。

     

    デザインという摩訶不思議。大島依提亜さんに聞きました編